尾白川黄蓮谷右俣

日程:2016/01/09-11

概要:初日に竹宇駒ヶ岳神社から五合目に上がり幕営。2日目に黄蓮谷に降りて氷結良好な右俣を遡行し、甲斐駒ヶ岳山頂を踏んでから帰幕。3日目に下山。

山頂:甲斐駒ヶ岳 2967m

同行:かっきー

山行寸描

▲坊主ノ滝。上の画像をクリックすると、黄蓮谷右俣の遡行の概要が見られます。(2016/01/10撮影)
▲奥ノ滝2段目。ここが最後の滝場となり、後は脚力任せに登るだけとなった。(2016/01/10撮影)

初級のアルパインアイスの代表的なルートが、黒戸尾根の右側を甲斐駒ヶ岳に突き上げる黄蓮谷右俣です。ここは2003年に沢登りで遡行していますが、その頃からアイスクライミングでの遡行を意識していたものの、気が付けばそれから既に12年以上。長いブランクの後にアイスクライミングを再開した動機もここを遡行したかったからですが、周知のように黄蓮谷は、早過ぎれば凍らず、遅過ぎれば雪に埋もれ、遡行適期をつかまえるのが難しい沢。一昨年・昨年とタイミングをつかめず手をこまねいていたのですが、この冬はその異常な暖かさのせいで黄蓮谷が登れるようになったのは例年より1カ月も遅くようやく天皇誕生日の連休の頃からでした。その後も懸念された南岸低気圧の襲来はなく、この成人の日の三連休に満を持して甲斐駒ヶ岳に向かうことになりました。相方はもちろん、源流系釣り師かっきーです。

2016/01/09

△10:20 尾白川渓谷駐車場 → △14:55 五合目

中央自動車道を走って甲府盆地に入り、未だに黒々とした鳳凰三山の前を通って甲斐駒ヶ岳の登山口となる竹宇駒ヶ岳神社へ。空はどこまでも青く、絶好の登山日和です。

昨年10月のワンデイ御中道渡りでもこの駐車場を起点としましたから2カ月半ぶりですが、まったく雪がないので冬山という感じがしません。それでも駐まっているそこそこの数の車の半分くらいは、おそらくアイスクライミング狙いでしょう。

その印象は黒戸尾根を登り始めても変わらず、葉が落ちて見通しの良くなった尾根道の明るさはどちらかといえば晩秋の山という趣きです。それでも刃渡りでようやくちらほらと雪が出てきましたが、これほど雪が少ないと幕営地として予定している五合目で水を作れるかどうかが不安になってきました。近頃は七合目まで上がって宿をとり、黄蓮谷へは六丈沢右岸の尾根を下って坊主ノ滝の上に出るというプランがトレンディーなのですが、我々はトラディショナルな五丈沢ルートをとることにしているので幕営地は五合目ということになるわけです。

五合目到着。案の定、かつて小屋があった広場は地面がむき出しの状態でしたが、それでも吹き溜まりにはそれなりに雪があって水を作ることができそう。これなら、かっきーが根性で持ち上げてくれた2.5リットルの水と合わせればどうやら困らずにすみます。一番奥まった位置の先客のすぐ隣に寝室と食堂を設営し、後は毎度おなじみのつみれ鍋を作りながら酒を飲むばかり。満腹になったところで早々に就寝しました。

2016/01/10

△04:35 五合目 → △05:55 千丈ノ岩小屋 → △06:50-08:30 坊主ノ滝 → △08:50 二俣 → △09:40 奥千丈ノ滝入口 → △12:30-45 10m滝 → △13:15-50 3段滝中段 → △15:35 稜線 → △15:40-15:55 甲斐駒ヶ岳 → △17:30 七丈小屋 → △18:15 五合目

2時50分に起床し、朝食をとってから朝のお勤め。林間でしゃがんでいる間にも、ガチャガチャと音をさせながら黄蓮谷へ向かう道を進む人の気配がありました。

4時半を回ったところで出発。かっきーの軽量リュックサックには60mロープ、私のリュックサックにはスクリュー8本とビバーク装備を積んで、まだ真っ暗な中、五合目の広場の奥に続く道を進みます。かつては登山口から尾白渓谷を通り五丈沢沿いにこの五合目に上がってくる登山道が整備されていて、この奥に進む道はその名残りなのですが、その後この道は廃道となり、現在では途中のザレを過ぎてしばらくしたところから先は樹林の中の悪い斜面を勘を頼りに下るしかありません。先行していた日本人と外国人の2人組も道に迷って右往左往していましたが、ここを何度か下った経験を持つかっきーが先導してどうにか一緒に正しい方向へ下ることができました。

やがて暗闇の中に浮かび上がったのは懐かしの岩小屋です。ここは2012年1月に尾白川本谷を途中まで詰めた際に快適な宿を提供してくれたところですが、この日は誰も泊まっている様子はなく、我々もそのまま下降を続けました。黄蓮谷に下り着いたのは五合目を出発してから1時間半がたった頃で、ようやく空が白み始めていました。結氷していない最初の滝を右岸の明瞭な踏み跡を使って巻き、凍った河原をしばらく進むとやがて大きな滝が出てきて、これがこの日最初のポイントとなる坊主ノ滝(2段50m)です。既に2組がロープを伸ばしており、我々と一緒に下ってきた日外混成パーティーが右寄りで待機している状態でした。

坊主ノ滝は、結氷は甘いものの、混成パーティーが待機している右側は階段状によく凍っていて不安なく登れそう。一方、既に取り付いている2組が採用した中央のラインは氷の下に水が流れているのが見えている状態です。なんだか嫌な感じだなと思って見ている目の前で先行の1組のフォローの女子がそのラインを登り始めましたが、明らかに力量が不足していてアックスは力なく目の前の氷を叩き、アイゼンの前爪も決まらずに何度かずるずるとフォールしていました。見かねた我々や混成パーティーの日本人が「もっと肘を伸ばして!」「高いところを打って!」などと余計なアドバイスを送りましたが、その甲斐あってか彼女はやがて急傾斜部を越えて滝の中間の段差に設けられたビレイ点まで上がっていきました。

混成パーティーの2人が上がっていったところでようやく我々の順番が来ましたが、リードの私の離陸はここに着いてから40分待ちの7時半頃になっていました。もっとも私も人のことは言えず、今季まともなアイスクライミングはこれが初めてである上にアックス自体を軽量化しすぎていたために打込みが利かず少々もたつきましたが、他のパーティーと同じ場所でスクリューで支点を作ってかっきーを迎えました。続く2ピッチ目はかっきーのリードで、出だしがやや不安定なランペ状となるものの、後は傾斜の緩んだ氷のスラブを丁寧に登っていけば右岸の灌木でビレイ点を作れます。

続く15m滝も氷を登れそうでしたがスピード優先で左岸から巻き上がるとすぐに二俣で、我々の後にやってきていた男女2人組は難度の高い左俣を登るということでしたが、大半のパーティーはそのまま右俣を詰めていく模様。膨らんだ氷床をガシガシと登って行くと、やがて前方に先行パーティーがロープを出しているのが見えてきました。そこが奥千丈滝の始まりです。出だしは右のランペを登ればロープなしでも行けそうでしたが、ここは他パーティーにならってかっきーリードで正面から越えました。

出だしの狭隘部の滝を越えた先は氷の廊下となりますが、雪がそこそこ着いているので確保なしで安心して登ることができます。フォローの私が前に出ていったんロープをいっぱいに伸ばしてからロープを外して畳み、そこからは思い思いのペースで谷の中を登りました。途中、幅広く氷床が覆ったパートは正面から見ると傾斜が緩そうですが、安全運転で右から回り込むように登りつつ横から見てみるとそこそこの傾斜。こうしたところに不用意に突っ込まないのが長生きのコツです。

高度を上げるにつれて、背後に八ヶ岳や奥秩父の山の景観が広がりだします。美しいつららの出迎えを受け、前後するガイドパーティーとも親しく言葉を交わしながら、さらにフリーでの登高を続けました。

いつの間にか奥千丈滝を過ぎ、インゼルの横を抜けた先で半ば雪に埋もれた10m滝が現れました。右寄りから登れば滝の高さを稼ぐことができますが、中央の凹角の中に雪の斜面が伸びていてこの滝の弱点となっています。今度は私のリードの番で、凹角のどん詰まりにスクリューを決めてからアックスを上へ伸ばしてみると、打ち込まなくても引っ掛けだけで不安なく登れました。

10m滝の先に見えていた奥ノ滝(3段60m)は、沢登りでは右の尾根から巻き気味に越えることになりますが、アイスクライミングではルートどりが違います。下段は正面から左を回り込むように巻き上がり、中段の緩いながら長い滝はロープを出してかっきーがリード。そして上段を再び左の雪の急斜面から抜ければもう滝はありません。ここから先は純粋に体力勝負で、はっきりと私が遅れ始めました。

踏み跡を頼りにひたすら上へ上へと登り続ける雪の谷の登高はラッセルがないだけまだしもですが、それでも数十歩登っては足を止めて息をつくことの繰り返しでかっきーとの距離がどんどん開いていくばかり。頭上の雲の動きは速くなり、背後を見るといつの間にか黒い雲が空を覆い始めています。我慢の登りを続けること1時間余り、最後はハイマツに覆われた小尾根を登って黒戸尾根上部の登山道に飛び出すとそこは山頂まで10分ほどの場所で、もちろんかっきーは既に山頂に立ってこちらに声援を送ってくれていました。

息も絶え絶えになった私が山頂に着いたときは、仙丈ヶ岳や北岳は雲に隠れていたものの鳳凰三山とその向こうの富士山はまだ見えていました。待ってくれていたかっきーと共に、2011年の年末に尾白川で亡くなったかっきーの友人moto.p氏に御神酒を捧げたら、後はテントに戻るだけです。どんどん雪雲が高度を下げてくる中、それでも遡行を終えた安堵感に包まれつつ、黒戸尾根への下降にかかりました。

我々の後から2組の男女パーティーが最後のハイマツの小尾根を登ってきていましたが、いずれもこの時間に稜線に出られれば安全に下れるはず。気になるのは坊主ノ滝でずり落ちていた女子を含むパーティーで、奥千丈滝に入ってすぐのところで氷床にスクリューを入れてセルフビレイをとった状態で休憩していた彼らの姿をその後見てはおらず、明るいうちに稜線まで抜けられるとはちょっと思えません。それでも奥ノ滝さえ越えれば、そして天気がこれ以上荒れなければ、後はヘッデン登高でもなんとかなることでしょう。

八合目御来迎場で振り返ると、甲斐駒ヶ岳の山頂は雪雲の中に隠れてしまっていました。それでも無事に目的を果たすことができたことへの御礼として、山頂の祠に向かって手を合わせました。

五合目に戻れば温かい鍋が待っています。先に帰幕していたかっきーは、既に日本酒でいい気分になりながら水を作ってくれていました。一方の私はギアを外すのも億劫なほどに疲れ切っていましたが、鍋の中身が煮えていい匂いが漂いだすと共に食欲が復活しました。

2016/01/11

△07:05 五合目 → △10:40 尾白川渓谷駐車場

今日は下山するだけですが、「美味小家」での昼食から逆算するとあまりのんびりもできません。

二晩お世話になった五合目広場を後にして、黒戸尾根を各自のペースで下ります。幸い、昨夕甲斐駒ヶ岳山頂を覆った雪雲はどこかに消えて今日も良い天気です。

ワンデイで篠沢七丈瀑を狙うパーティーが上がってくるのとすれ違ったりしながら高度を下げましたが、実は昨日の登攀中に、昨夏のミディ〜プラン縦走で負傷した左足親指を再び傷めてしまっており、絶え間ない激痛に耐えながらの下りとなってしまいました。おかげで五合目から登山口まで3時間半を要しましたが、どうにか竹宇駒ヶ岳神社に無事下山の参拝をすることができました。

「尾白の湯」で風呂につかり「美味小家」で厚切りヒレかつ定食をいただいて山行終了。思わぬ負傷はしましたが、長年の目標を達成することができて充実した3日間となりました。同行してくれたかっきーには感謝あるのみです。

夏冬比較

沢登りで遡行したことがあるとは言うものの、緑豊かな沢と氷の回廊とでは景観が異なり、実のところ「ここはどこ?」と疑問符が常にヘルメットの周囲を回ったままの状態でのクライミングが続きました。しかし帰宅してから過去の写真と今回撮った写真を見比べてみると、いくつかのポイントで対比可能なアングルの写真が見つかりました。

たとえばこれは、奥ノ滝の上段の直下です。奥のブロック状の岩の形が一致していることでそれとわかりますが、今回はただの雪の急斜面であったところが、沢登りのときにはそこそこの奮闘になったのですから面白いものです。こうしてみると、もう一度無雪期に遡行してみて地形を再確認したい気持ちも湧いてきますが、まだまだたくさん課題が残されている「いつか登るリスト」を見る限り、もうそうした時間的なゆとりは自分には残されていそうにありません。

日本のクラシックルート

黄蓮谷をアイスクライミングの対象として意識したのは自分がクライミングを始めてから比較的早い時期だったことは冒頭に記した通りですが、それはこの『日本のクラシックルート』のカラーガイドの中で唯一のアルパインアイスルートとして黄蓮谷右俣が紹介されていたからです。このカラーガイドに取り上げられているルートは次の通りです。

タイプも難易度もさまざまですが、いずれも「クラシックルート」として歴史の重みを備えた好ルートばかり。どこまでコレクションを増やすことができるか、これからも頑張ってみようと思います。