白馬岳主稜
日程:2003/05/03-05
概要:猿倉から白馬尻を経て主稜に取り付き、三峰頂上に幕営。翌朝主稜を抜けて山頂に達した後、杓子・鑓の山頂を踏んで天狗山荘前に再び幕営。3日目に不帰ノ嶮を通過して唐松岳に達し、八方尾根を下山。
山頂:白馬岳 2932m / 杓子岳 2812m / 鑓ヶ岳 2903m / 唐松岳 2696m
同行:現場監督氏 / Niizawa氏 / Sakurai氏
山行寸描
現場監督氏、Niizawa氏との3人で『中年戦隊ヤツレンジャー』を結成(?)し八ヶ岳の石尊稜に挑んだのは今年の2月。それから2カ月余りがたってゴールデンウィークはどこに出動するかを検討しましたが、第一候補だった槍ヶ岳の北鎌尾根は曜日の並びから予備日がとれないためパス。鹿島槍ヶ岳の東尾根も候補にあがったものの、こちらも核心部での渋滞が予想され日程が読みにくいのでこれまた却下。それよりも以前『やっぱり山が好き!』のsudoさんがソロで登った白馬岳主稜が皆の心に残っていたので、それなら間違いなく三連休の中で行けそうなここにすることにしました。ゴールデンウィークの白馬岳には1998年に登ったことがあるのですが、そのときは主稜から雪庇を越えて続々登ってくるクライマーの姿に感心こそすれ、自分が同じルートを登ることになるなど想像もしていませんでした。
なお、コースは現場監督氏の提案でさらに不帰ノ嶮へ継続することにし、メンバーもNiizawa氏の友人のSakurai氏が加わることになって、4人組での2泊3日の山旅へ、例によってNiizawa号で出発しました。
2003/05/03
△06:35 猿倉 → △07:30-40 白馬尻 → △11:50 六峰 → △13:50 三峰
Niizawa氏の夜を徹しての運転で、午前4時半にJR白馬駅前に到着しました。既に空は明るく、八方尾根の右手に白馬三山もきれいに見えています。車を奥に進めて猿倉の登山者用駐車場に入りましたが、既に車がいっぱいで空きスペースを見つけるのに苦労する状態です。しかし、前夜から張られていたテントにどいてもらってなんとか車を駐めることができました。駐車場からは正面に白馬岳主稜の全貌を見上げることができ、その長大な雪稜に取り付いている人の姿もケシ粒のように見てとれて登高意欲をそそられました。
猿倉荘の前のベンチで身繕ろいをしてから出発。白馬尻までの道はきれいに雪に覆われていますが、よく踏まれて歩きやすくなっていました。真っ青な空の下に真っ白な白馬岳、カラフルないでたちの登山者や山スキーヤー。春山ならではの明るさが満ちあふれています。
雪の多い白馬尻で大雪渓を登る登山者たちと別れて右手へ、主稜を目指しました。緩やかに台地上の斜面に登るとそこが八峰の下で、トレースにしたがって登って行きましたがいきなり大きなシュルントに行く手を阻まれ、先行パーティー2人が途方に暮れていました。そこで現場監督氏が偵察してみたところ、壁を左へトラバースしたところで灌木の幹を頼りに上の雪壁に乗り上がれる箇所があり、苦しい体勢でここを突破しました。そのまま八峰の直下の露岩帯まで急登して休憩しましたが、恐ろしく気温が高くて早くも息絶えだえです。
しばしの休息の後に気を取り直して出発し、最初の木登りからナイフリッジになるところで念のためロープを出して現場監督氏が先行しました。
さらに雪稜をしばらく行くと、2カ所のガレ場に遭遇しました。どちらも薮まじりながら岩がボロボロで緊張を強いられ、さらに灌木をくぐったりまたいだりするピッチで露出させていた腕にたくさんの擦り傷をこしらえました。しかしそこから先の雪稜は開放感を楽しめる明るい登りで、ところどころで左右がすぱっと切れ落ちた厳しいナイフリッジになってはいるもののしっかり過ぎるくらいトレースされていて、足元の雪の崩れに注意すれば問題なく歩けます。暑さと荷の重さにめげそうになりながらも、頭上に聳える白馬岳を見上げては気持ちを奮い立たせて登高を続けました。
登っているうちにだんだん今宵の泊まり場が気になってきました。四峰あたり(と思うものの、登っている途中は自分達の現在地を把握するのがかなり困難)にも1、2カ所幕営跡はありましたが、山小屋の近くにあるような広々としたテントサイトなどはもちろんなく、細い雪稜を整地してかろうじてへばりつくようにテントを張ったらしい様子が窺えます。万一適当なテントサイトが見つからなかったら今日のうちに抜けてしまおうか?といった話をしながら、息を切らしつつ登り着いた三峰に、しかし素晴らしい整地跡がありました。左手の大雪渓側から(おそらく)3号沢が入り込んできていてその対岸上方に白馬岳山頂を見上げる小ピークで、その白馬岳側の緩い斜面が大型テント1張り分掘り下げられていて、我々に「今夜は泊まっていったら?」と誘っているようです。時間は少し早いものの最初から主稜の途中で泊まるつもりでしたし、この先に適当な泊まり場があるかどうかわからず、しかもここまでけっこう体力も使っていたので、ありがたく先行者の残してくれたテントサイトを使わせていただくこととしました。
我々が持参したのはNiizawa氏の3〜4人用テントと現場監督氏の2〜3人用テントのふた張り。スコップで整地跡を横に広げてテントを張り、さらにNiizawa氏が立派なトイレも作ってくれて快適この上ない宿ができあがりました。そうこうしているうちに後続のパーティーも到着し始め、てんでに土木工事が始まって、最終的にはこの狭いピークに6張りものテントが張られることになりました。雪を融かしてお茶を作り、しばしおしゃべりしているうちに太陽が白馬岳の西側に沈み、こちらのテントサイトも日陰に入りはじめると途端に気温が下がってきました。見上げれば、その暗い雪稜を今日中に抜けようとしているクライマーの姿を認めることができ、Niizawa氏が「がんばれ〜!」と声援を送りました。
Niizawa氏のテントにSakurai氏、現場監督氏のテントに私がそれぞれ同宿し、現場監督氏自慢の黒糖焼酎と私が持参したブランデーでアルコールを補給しながらマルタイラーメンの夕食をとりましたが、ブランデーを入れてきたスキットルはあっという間に空になってしまいました。食事が終わって就寝したのは19時すぎで、私は軽量化とコンパクト化のためにサーマレストを持ってきておらず、薄いぺらぺらの銀マットを畳んで敷き、その上にリュックサックの背中に入っているウレタンマットを抜いて広げて、三季シュラフをその上にのべました。おまけに履いているズボンも夏の沢登り用の薄く柔らかなもの、上衣はフリースもなしで、さすがにこれだけではテントの下からの寒気を防ぐことができず、夜中に冷たさを感じて何度も寝返りを打ちました。深夜にはゴーッという強風の音がしていましたが、雪の斜面を掘り下げた位置にあるテントはほとんど揺れることもありませんでした。
2003/05/04
△04:45 三峰 → △06:15-45 白馬岳 → △06:55-08:30 白馬山荘 → △10:00-45 杓子岳 → △11:55-12:35 鑓ヶ岳 → △13:25 天狗山荘
3時起床。手早くシュラフを畳み、コーヒーを沸かしてパンとコンビーフを食べました。テントの外に出てみると、昨夜の強風にも飛ばされたテントはなかったようでほっとしました。実は、雪の狭い尾根上に浅く整地しただけでへばりつくように張られたテントもあったのでずいぶん心配していたのでした。また、外に出してあったコッヘルの中の水は凍っていなかったので、気温自体もさほど下がらなかったようです。
明るくなるのを待って出発した我々は、このテントサイトからは2パーティー目のスタートとなりました。ナイフリッジの上を一列縦隊で歩いているうちに後方に太陽が登り、前方にはピンク色の白馬岳がもうすぐそこです。二峰への厳しい傾斜の雪壁を登りテラスの前で先行する3人パーティーを見上げてみると、傾斜はさほどのことはなく彼らもロープはつけていないようなので、現場監督氏が「我々もロープを出さずに行っちゃいましょう」と提案しました。ではどういう順番で行こう?「大先輩方がお先に」と謙虚なNiizawa・Sakurai組と「いやいや、次代を担う若手が」と鷹揚な現場監督・塾長組の美しい(?)譲り合いがありましたが(さすがにここで「じゃ、五十音順で」とは言い出せず)、結局60mの雪壁の下で大のおとな4人がじゃんけんで順番を決め、その結果Niizawa氏-私-現場監督氏-Sakurai氏というオーダーになりました。雪壁自体はここまでの雪稜と比べてもそれほど傾斜が強いわけではありませんが、最後に稜線上に出るところが年によっては雪庇が発達してその処理に困ることになります。しかし今は1mほど垂直に近い壁になっているだけで、ここをダブルアックスを雪面に突き立てて乗り上がれば、そこが山頂の一角でした。
ちょうど私が山頂に着いたときに先行パーティーが下山を始めたところで、我々4人が揃ったときには他に登山者は誰もいませんでした。高曇りの少し寒い山頂でまずは握手をかわし、アイゼンを外して白馬山荘へ下りたら受付でビールを1本買って4人で分け合いました。ついでに明日通る予定の不帰方面の様子を聞いてみましたが、これといって有益な情報は得られませんでした。
暖かい白馬山荘につい長居してしまい、ようやく8時半に出発。ここから見る後立山主稜線は雪も少なく、夏道がおおむね露出しています。まず杓子岳に登ってみると、双子尾根を登ってくる登山者たちが次々に山頂に到着してくるところでした。この尾根も山頂に詰め上げるすっきりしたラインで、なかなか楽しそうです。杓子岳から南へいやになるほど下って登り返した鑓ヶ岳の山頂にも人が多くいましたが、登山者だけでなくスキーヤーも上がってきており、鑓温泉方面から上がってくる者もいれば逆にそちらへ下る者もいる模様です。そしてこの山頂からは、眼下に天狗山荘の赤い屋根が見えました。天狗山荘は営業していませんが、不帰ノ嶮を今日中に抜けるのはちょっと難しいと予想されたので、今日はその前にテントを張る計画です。
天狗山荘は縦走路の少し東側に下がったところに立っており、ちょうど我々が雪面を下ろうとしたところで不帰方面からやってくる2人組のパーティーがいたので様子を聞いてみたところ、彼らは不帰ノ嶮を縦走してきたわけではなく、八方尾根から支尾根を下って不帰東面に入り一峰尾根を登攀してきたとのことでしたが「縦走路上でもロープを出すところはあると思いますよ」と教えてくれました。
天狗山荘の前のコンクリートのテラスの雪をどけて、そこが乾くまで山荘前の地面にNiizawa氏のテントを張り、しばしまったりと昼寝などしてからテントをテラス上に移動して、次にせっせと水つくり。私のガスカートリッジが空になってしまって現場監督氏に緊急支援をいただきました(反省)が、ここで「もしも粉末ビールというのが発明できたら、絶対売れると思う」という現場監督氏の長年のアイデアにNiizawa氏が「それじゃ皆さんに1千万円ずつ出資していただいて会社を起こしましょうか」、私「売れはじめると大手ビールメーカーが参入してくるだろうから、特許をとっておかないとね」とビジネス談義で盛り上がりました。
2003/05/05
△04:50 天狗山荘 → △06:20 不帰キレット → △09:50 不帰二峰北峰 → △10:55-11:00 唐松岳 → △11:10-12:10 唐松岳頂上山荘 → △12:40-55 丸山 → △14:10 八方池山荘
夜はリュックサックも背中の下に敷いたため暖かく眠れましたが、どういうわけか「自分が起業した会社が家宅捜索を受ける」というろくでもない夢を見てしまいました。ともあれ、この日も昨日と同じく明るくなってから出発。今日は雲一つない快晴です。天狗の頭にはすぐに着いて、そこから少々歩いたところから天狗の大下りの始まり。前方に不帰一〜三峰と背丈の低い唐松岳の姿、さらに向こうには五竜岳や鹿島槍ヶ岳、そして槍ヶ岳・穂高岳の遠景までも確認してから、ガレた急降下の道をひたすら下降します。下り着いたキレットから雪渓上を左(東)へ下っている踏み跡がありましたが、こちらはそのまま緩やかな不帰一峰を越えて、ついで核心部となる不帰二峰へ向かいました。
不帰二峰の道は最初西側の岩壁につけられており、鎖もありますが特に困難なところはありません。しかし、鉄梯子が横に渡してある箇所を過ぎて東側に回り込んでみると、トラバース道は雪に埋もれており、ここからは急な壁にへばりついた雪の上を歩かなければなりません。そこでアイゼンを着け、まずNiizawa氏が斬り込み隊長となってロープを伸ばします。途中のピナクルにスリングを掛けロープをフィックスして、現場監督氏・Sakurai氏の順に渡り、最後に私がNiizawa氏のところに着くと現場監督氏とSakurai氏はそのままロープなしで先行した後で、つるべで私も雪が切れるところまで歩き、後からNiizawa氏を迎えました。しばらく露出した縦走路を歩いて再び雪上を歩く箇所に出たので、今度は現場監督氏が先行し、Sakurai氏・Niizawa氏の順に後続して、最後が私です。
途中のビレイポイントからSakurai氏がロープなしで先行し、私もつるべでそのまま続きました。稜角を回って雪の斜面を上方向にトレイルが転じるところでピッチを切り、ハイマツの幹にスリングをセットして苦しい体勢でビレイに入ってからNiizawa氏と現場監督氏を迎え、3人に先行してもらいましが、ビレイしている位置からは登っていく3人の姿を見ることができず、コールも聞こえてきません。ロープの動きも何かヘンで、伸びていったと思ったら立ち止まり、今度は逆に降りてきます。クライムダウンするような場所があるのか?と不思議に思いながら耐えていましたが、やがて業を煮やしてロープをつんつんと引っ張ってみるとどうやら上でもビレイの態勢に入っているようだったので、ようやく苦しい体勢から解放されて登り始めました。
ところが雪壁をがしがし登っていくと、先行していた3人はトレイルから外れて右手の灌木の中に立っています。雪面にシュルントが口を開いており、そこを渡っているスノーブリッジがすっかり痩せ細って使えない状態になっていたためで、3人が立っている場所の頭上には傾斜の立った10m弱程の岩がのしかかっていますが、そこを登るしかなさそうです。
ロープの状況から私がリードということになり、出だしは灌木の枝をつかんで強引に身体を引き上げ、右上するバンドに乗って頭上の岩の右手に回り、そこからカンテ部に這い上がるとホールドはしっかりしていてIII級程度。その先で岩の上に乗り上がる場所にも安心できるホールドがあって、苦もなく岩の上に立つことができました。しかしここで後続を迎えるにはスペースが狭く、支点もありません。ロープの残りを確認してから左手の雪面に戻ってさらに高度を上げるとやがて大きなテラス状の場所に出て、その奥には岩に回した鎖がありビレイポイントとして使えました。
全員が岩場を突破し、そこからは露出している一般縦走路をわずかに登って不帰二峰の北峰に着いたら、ここからはほとんど雪のない緩やかな稜線漫歩の道が唐松岳まで続いています。不帰二峰の南峰でアイゼンを外し、疲労と空腹に音を上げながらも唐松岳頂上山荘でのビールを思い浮かべつつ足を運んで、ついに唐松岳の山頂に到達。辿ってきた不帰ノ嶮を見下ろしながら、4人でがっちり握手を交わしました。
唐松岳頂上山荘では、何はともあれ缶ビールで乾杯。山荘前のテラスにしつらえられたテーブルで、雪をまとった剱岳や五竜岳を眺めながらの贅沢な祝杯です。さらにラーメンを頼むとチャーシューが2枚も入っていて、Niizawa氏が「夢見ていたチャーシューメンだ!」と大喜び。刺激的だったここ数時間の縦走を振り返りながらゆったりと時間を使い、後は楽しいシリセードも交えながら八方尾根を下りました。