剱岳八ツ峰主稜
日程:2007/05/03-05
概要:室堂から別山乗越を越えて剱沢を下り、平蔵谷出合に幕営。翌日、八ツ峰主稜を縦走して剱岳山頂を踏んでから平蔵谷を下降して帰幕。最終日は往路を戻って室堂へ。
山頂:剱岳 2999m
同行:現場監督氏 / ひろた氏
山行寸描
毎年恒例「おやぢれんじゃあ隊」のゴールデンウィーク合宿は、前半組(Sakurai / Niizawa)が転付峠を越えて塩見岳北俣尾根。残念ながら時間切れ敗退との報告を耳にしつつ後半組(現場監督 / ひろた / 私)が向かったのは、剱岳の八ツ峰です。扇沢で集合し、アルペンルートの料金の高さに不平を言いながらトロリーバスやらケーブルカーやらロープウェイやらを乗り継ぎました。
2007/05/03
△09:35 室堂 → △10:20 雷鳥平 → △12:20 別山乗越 → △13:20 平蔵谷出合
殺人光線並みのぎらぎらした紫外線が充満する室堂を観光客やスキーヤーに混じって雷鳥沢方面に向かって歩くことしばし、「あれ?」という声に振り返ると、そこにはにこにこ顔のえびさんとかばさんがいました。えびさんたちは昨年もその前の年も室堂定着でまったりとこの時期を過ごしているのですが、まさかこんなふうに行き合うとは。前を歩いていた現場監督氏とひろた氏を呼び止めて、5人でしばし雪上歓談タイム。「明後日には下りてくるので、そんときは生ビールよろしくお願いします」と無茶なお願いをしてから、2人の見送りを受けて再び歩き出しました。
雷鳥平の先からは別山乗越に向けて急な尾根登りとなりました。あらかじめ予想したことではありますが、健脚ひろた氏はがんがん先行者を抜いて高度を上げていきます。なぜか22kgに達していたリュックサックの重さ(中身よりもリュックサック自体が重いとの説が有力)にこちらは早くもへばり気味で、はるかかなたに小さくなっていくひろた氏や現場監督氏をちらちらと見上げながら、他の登山者と共にゆっくりと足を進めました。
別山乗越に達すると、こごしい岩肌に純白の雪をまとった剱岳がどーんと鎮座しているのが見えました。山頂から右下に伸びているのは源次郎尾根で、その奥に羽を広げるようにぎざぎざのスカイラインを示している顕著な尾根が目指す八ツ峰です。しばし景色に見とれてから剱沢を下り、剱沢小屋のテントサイトを過ぎてさらに下降。翌日の行動を楽にするため、今日は平蔵谷出合にテントを張ることにしています。
平蔵谷出合に着いてみると両岸には幕営適地がなく、剱沢の雪渓のほぼど真ん中を少し掘り下げ、川上側に申し訳程度にブロックを積んで、ひろた氏のテントを設営。現場監督氏持参のワインや私が持ち込んだ焼酎とつまみでまったり過ごしているうちに外は風と雪になりましたが、それもさほど激しいものとはなりませんでした。早い時刻に夕食を済ませてシュラフにもぐり込む頃には、平蔵谷出合・長次郎谷出合・真砂沢出合のそれぞれにいく張りかのテントが張られ、明日のルート上の賑わいが予想されました。
2007/05/04
△05:20 平蔵谷出合 → △07:15 八ツ峰主稜上(III・IV峰間) → △09:20 V・VIのコル → △13:10-55 八ツ峰ノ頭 → △15:05-25 剱岳 → △17:10 平蔵谷出合
3時半起床の予定が30分ほど寝坊。朝食と勤行を済ませ、一通りの登攀具と一応のビバーク装備を分担して、いよいよ出発。長次郎谷出合を見下ろすとやはり少なからぬ人数が屯していて、今日の渋滞が懸念されます。ベースキャンプからわずかに下って長次郎谷に入ると先を行く大部隊がつけた踏み跡が真っすぐ上に伸びているので、これを追って我々も長次郎谷を登りました。しかし、我々が目指すI・II峰間ルンゼには立派なトレイルがあるだろうとたかをくくっていたのが失敗で、昨夕の雪でどうやらトレイルはかき消されてしまっていた模様。おまけに、つられるようにして追った先行の大部隊はV・VIのコルに直行していたようで、このことも我々の判断を誤らせました。やがて現場監督氏が「ここかなぁ?」という顔で見上げたルンゼが後から調べてみれば正解だったのですが、上部の狭さと斜度のきつさがそのルンゼに入ることをためらわせます。協議の結果、一つ先の比較的広く緩やかなルンゼに入ることにしましたが、これは実はII・III峰間ルンゼ。しかもルンゼを忠実に詰めるのではなく途中から左手の広く急な雪面を左上するルートをとったため、ルンゼの入口から1時間強のアルバイトで登り着いたところはIII峰とIV峰の間の緩やかなコルとなりました。つまり計画していたピークのうちII峰とIII峰を割愛してしまったことになるのですが、この時点での我々は、まさかIII峰まで巻いてしまっていたとは思っていませんでした。
ちょっと登ると前方に、剱岳本峰の近くまでうねうねと続く八ツ峰の雪稜が、真っ青な空の下に白銀色に輝いていました。わずかに進んで小さなクライムダウン、さらにきれいな雪稜を進むと雪のピーク(IV峰)があって雪の中からスリングが1本掘り出されており、どうやらこれで懸垂下降する模様。スリングがどういう付き方をしているのかわからないので最初の1人(ひろた氏)に限りスノーバーを刺しバックアップをとって20m余り下降してから、また10分ほどで顕著なピークに到達しました。見れば前方には大きなコルがあるし、進行方向左手には写真で見たことがある顕著なピナクル。その浮世離れした景観に喜びながらも「もしやこれは……」と思って振り返ると下部のピークが数えられて、ここがV峰であることがはっきりしました。ということは、ここから40m×2回の懸垂下降です。
V峰の下降点はピナクルの上部ということになっているのですが、ピナクルにはべったり雪が着いていて本来の支点は埋もれており、その代わりピナクル基部の岩に真新しいスリングが巻き付けてあったのでこれをありがたく使わせていただくこととしました。最初に下った現場監督氏はロープの長さいっぱいに下ってからそのままの方向にクライムダウンを始めましたが、それではあまりうまくありません。後続した私やひろた氏もどういうラインどりがいいのか迷いましたが、下降の途中、V・VIのコル寄りに2カ所支点があって、結局40m下ったところでいったん切り。そこにある貧弱な残置支点を使ってコル側に回り込むように再下降しました。
V・VIのコルは広々としていて、長次郎谷から直接ここに上がってくる踏み跡もありますしテントを張った跡もあって、落ち着いて休憩できます。ここで私が行動食をテントに忘れてきてしまったことに気付いて青くなりましたが、ひろた氏がパン、現場監督氏がドーナツを分けてくれて、どうにかシャリバテを免れました。
行動再開。目の前のVI峰はかなりの急雪壁で、V峰から見えていた先行パーティーはここでロープを出していましたが、我々はロープなしで慎重に登ります。気温が上がって雪が腐り始めており、ところどころ足元が崩れて苦労する場面もありましたが、それでもさほど危険は感じずに雪壁を越えて雪稜に乗り上がりました。VI峰の上は各フェースの頭が連なっており、VII峰も含めて3カ所の下降支点はいずれもスノーボラード。実はスノーボラードでの懸垂下降は初めての体験で、最初の下降のときは「こんなんで本当に大丈夫か?」と疑いの目を向け、極力荷重を減らすために足を使いながら(つまりへっぴり腰で)下りましたが、慣れるにつれて多少なりともスムーズに下れるようになってきました。しかし、この辺りから先行パーティーとの間隔が詰まり、時間待ちでたびたび足が止まるようになります。
先行パーティーの下降待ちで待機しているときには、長次郎谷にドロップしたスキーヤーの派手な転倒を見物したり、谷をはさんで隣の源次郎尾根の様子なども観察していたのですが、見ればあちらの渋滞はこちらの比ではない模様。何しろ、II峰(←突端に懸垂支点)の稜線上にずらりと何人ものクライマーが立ち尽くしていて、それがいくら時間がたってもまったく動く気配を見せません。我々は冗談で「まるでオブジェだね」「誰があそこに設置したんだろう」などと好きなことを言い合っていましたが、渋滞に巻き込まれた人たちにしてみればそれどころではなかったでしょう。後から聞いたところによれば、懸垂下降ポイントあたりの雪の状態が悪かったようで待機時間は5時間以上に及び、結局、懸垂下降を終えたコルにビバークしたりそこからヘッドランプでエスケープしたりと、各パーティーとも大変な目に遭ったようです。
幸いこちら八ツ峰は遅いとは言ってもそこまでのことはなく、適度なビスターリペースで前進しました。チンネの胸壁やクレオパトラニードルが間近になったVII峰あたりは前方のアルペン的景観と目の前の非常に細いナイフリッジとが好対照でとりわけ楽しいところです。ここは一応コンティニュアスにしたのですが、高度感はあっても足元にはしっかりしたトレイルがついているし、下降ポイントにはスノーボラードが設営済み。要するに技術的にも戦術的にも追い詰められる要素は皆無の殿様登攀で「これでいいのか?」と思わなくもないものの、登り口のI・II峰間ルンゼを探すのに他人のトレイルをあてにしていた自分にそんなことを言う資格はありません。
最後の急雪壁となるVIII峰の登りは、ジャンケンで勝った現場監督氏がリード。一応かたちばかりスタンディングアックスビレイで確保はしましたが、雪面には階段状のトレイルができておりここも拍子抜けです。40mあまり進んだところで雪から掘り出されているハイマツの根元にスリングを巻き付けて支点とし、後続した私がそのままVIII峰のてっぺんまでロープを伸ばしました。
高度感が凄い雪のナイフリッジのVIII峰からは、ほんのわずかのスノーリッジ歩きで八ツ峰ノ頭に到着しました。しばらく懸垂待ちの後、池ノ谷乗越寄りの支点から40mほどの懸垂下降で雪面に降り立ってすぐに池ノ谷乗越。先行の大部隊はここでテント及び雪洞泊の構えでしたが、平蔵谷BCに戻りたい我々は剱岳本峰を目指して直ちに縦走を続けました。
あまり人のことは言えませんが、それでも我々の前のパーティーはちょっと慎重過ぎ。八ツ峰ノ頭で懸垂待ちの間、彼らが鹿島槍ヶ岳東尾根で渋滞を引き起こし後続パーティーに怒鳴られたという話をしていて、それを聞いたひろた氏は「何も怒鳴らなくても!」と自分のことのように怒っていましたが、私は内心「うーん……」。
もはや安全地帯とは言っても、体力的には厳しいアップダウンが本峰までの間に繰り返されます。ガスが巻き始めた稜線上で珍しく現場監督氏が消耗した様子を見せ「もう歳だ」「来年は隠居だ」などとボヤいていましたが、たとえゆっくりでも歩き続けていればいずれは山頂に到達するのが山登りのいいところ。最後の急雪壁もなんとかこなして、雪の盛り上がりとなった剱岳の山頂にとうとう立つことができました。
記念写真を撮ったり八ツ峰・源次郎尾根・剱沢のカールなどを飽きもせずに眺めたりして山頂での穏やかな時間を楽しみましたが、あまりゆっくりしていると残業になってしまいます。適当なところで腰を上げて、ひろた氏を先頭に下山開始。一般登山道らしき場所を下って、本来の下降路であるカニのヨコバイには行かずにタテバイ方面へ。そのタテバイの鎖が見えるところで反対側の雪壁をクライムダウンすることしばしで、平蔵谷に降りつきました。先に下っていたひろた氏と現場監督氏はシリセードでぐんぐん高度を下げていきましたが、ほとんど新品のハーネスを履いている私にとってシリセードなんてもってのほか。軟雪に足を潜らせながらがしがしと下っていくと、下から見上げていたひろた氏から声が掛かりました。
ひ「シリセード!」
私「ハーネスがもったいなーい!」
ひ「(じゃあ)頭からー!」
私「……」
それでも十分明るいうちに帰幕することができて、ほっと一息。ご褒美の白桃缶を開け、昨日の残りのワインと焼酎とで祝杯を挙げました。
2007/05/05
△06:25 平蔵谷出合 → △08:50 別山乗越 → △09:35-10:15 雷鳥平 → △11:20 室堂
当初のプランでは八ツ峰に加えて源次郎尾根を登ることも検討していましたが、この日の午後から天候が下り坂になるとの予報だったので今日は下山するだけ。といっても、実際は平蔵谷出合から別山乗越までの辛く長い登り返しがこの日最初のアルバイトということになります。
相変わらず元気いっぱいのひろた氏(どこからこの脚力が生まれるのか……)に引きずられるように、現場監督氏と私はのろのろと歩みを進めました。それでも何とか別山乗越まで到達すれば、少なくとも雷鳥平まではうれしい下り斜面。ここでひろた氏は、奇声を発しながらE難度の背面逆さ滑降を何度も決めて喜んでいました。
直射日光にぐずぐずになった雪は滑るには柔らか過ぎ、歩くにしても足が潜ってしまって難儀したのですが、どうにか雷鳥平のテントサイトに着いてきょろきょろしているとあちらの方でかばさんが手を振っているのが目に入りました。
そこに用意されていたのは、目を疑うほどに立派な雪のテーブルと雪のベンチ。周囲をめぐる壁もまるで左官職人が腕をふるったかのように滑らかに仕上げられていて、我々が平蔵谷出合で作った手抜き工事の防風ブロックとはまるで比べ物にならない美しさです。そしてここで、ビールとチーズの饗応にあずかったのでした。実は私は山で飲むビールをそれほどおいしいと思ったことがないのですが、今回ばかりは別。五臓六腑に染み渡るとはこのことかと思いました。
楽しい歓談の時間を過ごした後、ごちそうになったビールのお礼と器物損壊(ひろた氏が背中で壁を一部破壊!)のお詫びを申し上げて「えびかば亭」を辞しました。しかし、すっかりアルコールが回った身体での室堂までの最後の登りは、ある意味この3日間で最も厳しいものでした。