丹沢ブナ巡り

日程:2023/11/02-04

概要:2泊3日をかけての丹沢ブナ巡り。宮ヶ瀬三叉路から車道を延々と歩いた後に堂平のブナ林の中を登って丹沢三峰尾根に登り着き、丹沢山みやま山荘に宿泊。2日目は棚沢ノ頭から熊木沢に下り、ショートカットして水晶平のブナ林を鑑賞してから臼ヶ岳経由檜洞丸の青ヶ岳山荘に投宿。ダイヤモンド富士を眺めた翌3日目は石棚山稜を歩き、1210mピークから大杉山北山稜を南西に下って箒沢乗越を越え、橅ノ平周辺のブナ林を堪能した後に中川に下って「ぶなの湯」で癒される。

⏿ PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

山頂:丹沢山 1567m / 臼ヶ岳 1460m / 檜洞丸 1601m / 石棚山 1351m

同行:---

山行寸描

▲ブナ巡りの山旅。丹沢の原風景に触れることができた。(2023/11/02-04撮影)

これまでさまざまなコンセプトで歩いている丹沢ですが、今回は長尺縦走(丹沢全山縦走など)や歴史遺構探し(尊仏岩跡など)ではなく、丹沢を代表する樹木であるブナの林を訪ねて歩く山旅としました。丹沢山中には至るところにブナの美林があるので、一口にブナ巡りといってもさまざまなコースを選ぶことが可能ですが、今回設定したのはブナの名所として名の通った東丹沢の堂平とその筋では有名な朝日向尾根上の水晶平、そして個人的に関心を寄せていた大杉山北山稜上の橅ノ平の3カ所をつないで歩き、下山後に中川温泉「ぶなの湯」で締めくくるというブナ四昧です。

2023/11/02

△08:40 三叉路 → △10:10-15 塩水橋 → △11:35-45 雨量観測所 → △12:55 三峰尾根 → △13:50 丹沢山(みやま山荘)

旅の起点となるのは宮ヶ瀬の三叉路バス停で、始発電車とバスを乗り継いでもここに辿り着けるのは午前8時半を回ってしまいます。早発ち命の登山にとってこの制約は痛い。この日の経由地は堂平のブナ林でゴールは丹沢山のみやま山荘なので、初日の山行を充実させようと思えばここから丹沢三峰尾根に乗り上がり、本間ノ頭から南東尾根を下ってブナの巨木を見て塩水橋に下る(標高差900m)か円山木ノ頭から弁天尾根を下り弁天大杉を見てワサビ沢出合に下り(同700m)、しかる後に堂平を目指すという選択肢がありますが、これだけの標高差の登り下りをこなした上で16時までにみやま山荘に到達するのは至難の業と思われたため、ひたすら車道を歩いてダイレクトに堂平に向かう安全策を採用しました。

では車道歩きは無味乾燥なものだったのかと言えば案外そうでもなく、途中何カ所かにあるキャンプ場(跡)の風情に諸行無常を感じたり、川沿いに石で組まれた謎の古代遺跡(違)を眺めて歴史ロマンに浸れたりと退屈することなく歩き続けることができました。

ただ、想定外だったのはこの日の気温の高さです。実はこの後の3日間ずっと高温が続き、最終日の11月4日に至っては東京都心で11月としては46年ぶりの暑さとなる26.3℃を記録するほどだったのですが、それを待つまでもなく旅の初日からTシャツ1枚で十分な暑さになっており、とにかく息が上がらないようにと気を遣いながら塩水橋からワサビ沢出合を経て、さらに堂平雨量局まで車道を使い続けました。

堂平のブナ林は1989年に選定された「かながわの美林50選」の一つとされた美林ですが、丹沢全域に見られるブナの衰退[1]に加え、シカの採食圧により林床植生であるスズタケが衰退したことを起因として広範囲で土壌侵食が進行し深刻な問題(ブナの倒木・生態系への影響・水質汚染・ダムの耐用年数低下など)となっていることから、天王寺尾根分岐へ通じる登山道を除いて堂平区域内には一般登山者が歩行できる歩道は設けられていません。ところが、調べてみたところCOVID-19以前に堂平のブナ林を歩くツアーが開催されていたことがわかり、このツアーを主催していたNPO法人に問い合わせたところ次の回答をいただきました。

堂平は県有林になっており、このイベントを実施する際、管理者である自然環境保全センター森林再生部に、入山に関する手続きについて問い合わせました。その際の回答で、イベントなら一応、入山届を出してほしいが、個人で、森林管理の経路を歩くだけなら、特に手続きは不要とのお答えをもらっています。

この回答を踏まえ、ローインパクトを心掛けつつ下堂平から上堂平へと堂平ブナ林の只中を歩くというのがこの日のメインイベントとなります。ローインパクトとは何か?具体的には、下堂平では治山事業用のモノレールから離れない、上堂平では森林管理用径路を忠実に辿るということです。

モノレールは新旧2本が間隔を広げたり狭めたりしながら並行して上へと伸びており、これに沿ってつけられた踏み跡を辿って針葉樹の植林帯の中を登り続けると、さほどの時間をかけずに明るいブナ林に入ることができました。

黄色と緑が混じったこの森は見通しがよく、林の向こうの山の形も透けて見えています。鮮やかな黄葉というわけではありませんが、これはこれで穏やかな秋の景色でたいへん気持ちの良いものでした。

モノレールが倒木によって行き止まりになったあたりから右手の方へ径路らしき踏み跡があり、これを辿ると坂道では木の階段が現れてはっきりと径路の形をなしてきました。ここで上から降りてきた単独の登山者と行き会ったほかは誰にも会わず、斜度の変化や背後の大山の眺めを楽しみながらのんびりと歩き続けるとやがて丹沢三峰尾根の上に出られましたが、そこには「県有林管理道につき立入禁止」の標識が……。

気を取り直して登山道歩きを続け、みやま山荘に着いたのは14時少し前。こんなに早く着けるのならせめて弁天尾根下りくらいはトライしてもよかったか?と思わないでもありませんでしたが、みやま山荘に早く着いたのには理由があります。というのも、前回ここに泊まったのはほぼ1年前の「丹沢グルメ巡り」のときでしたが、その際にみやま山荘の蔵書が驚くほど充実していることを知り、その中からいくつか読んでみたいと思っていたのでした。蔵書の中心は内外のアルピニズム黎明期の名著(それも全集物)ですが、私が借り出してビール片手に読みふけったのはスウェン・ヘディンの『さまよえる湖』です。読みやすい文体と豊富なスケッチによって、ロプ・ノールの移動にまつわる調査旅行の模様が生き生きと描かれていて、ついついビールが進んでしまいました。

夕方、頃合いを見計らって外に出てみるとちょうど日没どきでしたが、太陽は富士山の山頂からやや左に下がったところに落ちていきました。そして待望の夕食は例によって丹沢山中随一と思われる豪華なものでしたが、私の隣に座った単独の男性がお茶を飲むばかりでかろうじてご飯には箸をつけたものの副菜には手をつけられていません。聞けば西丹沢VCからここまで歩いてきたものの寝不足が祟ったのかグロッキーになっていたそうで、ポカリを飲むといいですよと助言すると箸をつけていない副菜は食べてくださいと言い残して去っていってしまいました。彼の向かいに座っていた別の単独行の登山者に水を向けてみましたがその方もあまり食欲がないようなので、それではと残された副菜(ほぼすべて)は私がすべていただいてしまいました。ごちそうさまでした。

2023/11/03

△06:00 丹沢山(みやま山荘) → △07:05 棚沢ノ頭 → △09:40 熊木沢 → △11:00-30 水晶平 → △12:25 臼ヶ岳 → △14:25 青ヶ岳山荘

昨夜、夕食をほぼ2人分食べたのでさすがに朝食でご飯のおかわりは控えましたが、これまた山小屋の食事とは思えないほどおいしい炊込みご飯に舌鼓。すっかり満足して、のんびり準備を整えてから出発しました。この日は棚沢ノ頭から熊木沢に下り、朝日向尾根に登り返して水晶平のブナ林を鑑賞し、そのまま尾根を登って臼ヶ岳に出たら縦走路を檜洞丸手前の青ヶ岳山荘までです。

日の出直後の丹沢山の西斜面から眺める不動ノ峰とその向こうの富士山、それに富士山の右に見える南アルプス全山の眺めほど美しいものはありません。刻々と色合いと明るさを変える山肌に見とれながら、不動ノ峰を越えて棚沢ノ頭を目指します。

棚沢ノ頭からは丹沢主脈・主稜縦走路を離れて熊木沢出合に向かって下りますが、その中間部分に当たる弁当沢ノ頭手前の平坦池もステキなブナ林になっており、色づきも鮮やかで思わず足を止めたくなるほどに美しい場所でした。

しかし、ちょっと色気を出して標高1200mくらいから点線ルートを外れ熊木沢の中流へダイレクトに降りる尾根を下ったのは失敗でした。この尾根はおおむねまっすぐ下に向かっているのですが、標高900mあたりの等高線が詰まっている(つまり崖がある)ことを地形図で見てとってその手前で右側の沢筋に降りようとしたところ、そちらも意外に足元が悪く少々冷や汗をかくことに。それでもどうにかザレた斜面をスリップすることなくガレ沢に降りられて、そこからわずかの下りで熊木沢の広い河原に立つことができました。

堰堤を一つ下ったら対岸(熊木沢右岸)の斜面に取り付くことになりますが、これは今年4月の丹沢横断の際に下った経験からだいたいどの辺から登ればいいかわかっています。すなわち、熊木沢の下流から数えて二つ目の堰堤の少し南側に突き出している尾根が狙い目で、その末端は少々立っているので左手の沢筋(虎杖沢)から入り適当なところから右の尾根に乗り移りました。すると、この尾根は水晶平に向かう登路として採用したものでありながらこの尾根自体が雰囲気の良いブナの尾根になっていて、一本調子の登りではあっても気持ち良く高度を上げ続けることができ、やがて標高1130mで水平の踏み跡に達してこれを右にトラバースしていくと自然に水晶平に着くことができました。

水晶平はユーシンロッジから臼ヶ岳に向かって登る朝日向尾根上にあり、ユーシン側から来ると小虎杖ノ頭を越えた先の鞍部に当たります。そこは鞍部とは言ってもそこそこの広さがあり、ゆったり間隔を空けて背の高いブナの木が林立していてなかなかの壮観です。

黄葉としてはまだこれからなのかもしれないという微妙な状態でしたが、陽光を通して輝くブナの葉は美しく、ここでしばらくのんびりと過ごしました。

水晶平から臼ヶ岳までの間を登るのは初めてですが、細くなったり広くなったり、また植生もさまざまに変わり、しかも右手には塔ノ岳が見えたり蛭ヶ岳が見えたりして飽きるということがありません。あまり人が歩いていない上に落葉のせいもあってところどころ道が不明瞭な箇所はありましたが、それでも問題なく臼ヶ岳山頂周辺に達することができました。問題はむしろ臼ヶ岳山頂そのもので、植生保護柵が作る複数のケージのせいで迷路のようになっている上に、最高点付近にはちくちくと細いトゲを衣服に残すタチの悪い枯れ草が繁茂していて往生しました。

臼ヶ岳のベンチから檜洞丸までの間は通い慣れた道です。相変わらずの暑さに苦しめられながらアップダウンを繰り返して久しぶりの青ヶ岳山荘に到着し、トラックログの記録を止めて宿泊の手続を済ませたらそのまま戸外でビールを1本。さらに頃合いをみてザックを担ぎ、檜洞丸の山頂を越えて展望階段に陣取りGoProをセットしてからもう1本。実はこの日がダイヤモンド富士に当たるということを知らずにこの山行の日程を組んでいたのですが、宿泊の事前手続を小屋主の理生さんと行っているときにそのことを知らされ、それならばとタイムラプスでの撮影を行うことにしたわけです。

階段上部よりも犬越路寄りにずいぶん下ったところからの方がきれいなダイヤモンド富士になるというのが山荘スタッフの助言でしたが、階段上部から見ていても山頂にほぼジャストで太陽が落ちてくれて、文句なしのダイヤモンド富士になりました。そしてその後には見事な夕焼けが広がり、その下に伸びる富士山の影が刻々と角度を変えていくのも面白い眺めでした。

夕食はおいしいカレーをいただき、そして青ヶ岳山荘名物の炬燵にあたりながら飲んだお酒は「丹沢山」。癖がなく飲みやすいお酒でしたが、どうせなら「檜洞丸」という名前のお酒を出してもらったらどうかという話でひとしきり盛り上がりました。

2023/11/04

△06:35 青ヶ岳山荘 → △06:45 檜洞丸 → △08:55-09:05 1210mピーク → △10:40 箒沢乗越 → △11:30-45 橅ノ平 → △13:30 ぶなの湯

山行最終日。早い登山者は3時頃に出発していきましたが、こちらの行程は今日も短いのでのんびり朝食のおでんを食してから御来光見物としました。

6時をわずかに回った頃、太陽が塔ノ岳の左から雲の上に姿を現しました。何度見ても御来光というのは敬虔な気持ちにさせられるもの。今回の山行で最もバリエーション要素が濃いこの日の行程が無事に終えられるようにとお日様に祈りました。

青ヶ岳山荘に別れを告げて檜洞丸に登り、山頂から左手の石棚山稜に踏み込みます。山稜の上部ではモルゲンロートから白色光に変わった日の光を受ける富士山を眺め、その後は樹林の中の明るく歩きやすい山稜上の登山道を石棚山まで進んだら、その少し先の県民の森分岐から右に折れて下降を始めます。

ヤブ沢ノ頭あたりから左前方を見ると顕著な起伏を持つ尾根筋が下方にありましたが、それこそこれから辿ろうとしている大杉山北山稜で、中央に見えている鞍部は箒沢乗越、その向こうに盛り上がっているピークは弥七沢ノ頭、そしてその先のなだらかな山稜の向こう側が橅ノ平に違いありません。

1210mピークでヘルメットをかぶりハーネスを装着し、足にはチェーンスパイク、手にはストック。そこからしばらくは緩やかな下りが続きましたが、途中から難しい尾根選択とザレた急斜面の下降に神経を使いました。

さらに弥七沢ノ頭からも部分的にクライムダウンを伴う急下降をこなし、やっと降り立ったのは丹沢横断の際の通過地点の一つとなった箒沢乗越です。そのときはここから東側へ懸垂下降の後に穴ノ平沢を下って穴ノ平橋に出たのですが、今回は直進して南に向かいます。この日の行程の中では、未体験区間でもあり客観的に見ても難易度が高い1210mピークから箒沢乗越までの間の区間を無事にこなせるかどうかがポイントでしたが、これでほぼ危険地帯は脱したことになります。

箒沢乗越から細い尾根筋を登るとまず登り着くのが弥七沢ノ頭で、そこから橅ノ平まではおだやかな稜線漫歩です。そして橅ノ平のブナ林は、ピークだけでなくこの漫歩区間を通してブナに囲まれる点にその良さがあります。このブナ林は堂平や水晶平と比べると小ぶりな感じではありますが、その代わりブナが密生している感があり、独特の親密な雰囲気が漂っています。今でこそ丹沢の稜線上はその多くが明るい展望に恵まれた開放的な様相を示していますが、もしかするとこのブナ林に取り囲まれた様子が丹沢の原風景ではなかったか、と思わせる佇まいがありました。

丹沢愛好家が参照することが多い『西丹沢登山詳細図』(吉備人出版 2016年第2刷)では、このピークに「ノ平」ではなく「ノ平」と名前が付されています。木偏なら「ぶなのたいら」ですが手偏では「なでのたいら」になってしまいますから、ここはどうあっても木偏であってほしいのですが、確証が持てません。それでも本稿では、今回の山行のテーマである「ブナ巡り」に基づく希望的観測と、この詳細図シリーズには誤記が散見される(たとえば『西丹沢登山詳細図』では「穴ノ平沢」→「穴平ノ沢」、『東丹沢登山詳細図』では「ノ木棚沢ノ頭」→「ノ木棚沢ノ頭」や「小虎ノ頭」→「小虎ノ頭」といった具合)という事実とに照らして、木偏の「ノ平ぶなのたいら」を採用しておくことにします。

橅ノ平で行動食をとり終えたら、いよいよゴールに向けて下降開始です。採用したルートは橅ノ平から真西に伸びる尾根を下り鞍部を越えて762mピークに達し、南西に向きを変えて中川へ下るというもので、鞍部までの間にはザレた急斜面もあったりして思ったほど楽ではなかったのですが、鞍部から先には予想外の道が付けられていました。これは登山道ではなく作業道だろうと思うのですが、それにしてはずいぶんしっかりした作りの道に助けられて難なく762mピークに着くことができました。

最後はやはり径路の痕跡を追って高度を下げ、無事に下界に着地。ヘルメットやハーネスをしまってから車道を歩いて中川温泉「ぶなの湯」を目指しました。

今年は各地とも異常気象の影響を受けて紅葉・黄葉が遅れたり色づく間もなくチリチリに枯れてしまったりといったことが起こっており、今回「丹沢ブナ巡り」を標榜して巡り歩いた堂平・水晶平・橅ノ平の3カ所も黄葉真っ盛りというわけにはいきませんでしたが、これはタイミングの問題ですから仕方ありません。それよりも、それぞれの場所でブナ林がまだまだ元気であること、そしてその姿を通してかつて人の手が入る前の丹沢の風景を想像することができたことが何よりの収穫でした。とりわけ橅ノ平周辺の親密な雰囲気が自分には好ましく、ますますこの一帯がお気に入りになったのですが、冒頭に記したように丹沢山中には至るところにブナの美林があるので、登山者一人一人が各自の「丹沢ブナ巡り」コースを組むことが可能です。もしかすると自分もまた、来年以降は異なる内容の「丹沢ブナ巡り」プランを仕立てているかもしれません。

脚注

  1. ^神奈川県自然環境保全センター「神奈川県のブナ」(2023/11/06閲覧)