荒川大沢川

日程:2023/10/14

概要:飯豊連峰と朝日連峰を分ける荒川の支流のうち、羽越国境近くで荒川に北から合流する大沢川を遡行。赤芝峡入り口の駐車場からスタートし、遡行終了後に沖庭神社に参拝してから起点に戻った。

⏿ PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

山頂:---

同行:ヅカ氏

山行寸描

▲荒川大沢川の遡行。沢も神社も素晴らしかった。(2023/10/14撮影)

7月の苦土川大沢左俣以来3カ月ぶりのヅカ氏との沢登りは、5月にも挑んだ大沢川。実のところを言えばこの週末は土日でかなり意欲的な沢登りをするはずだったのですが、お互いの諸般の事情と日曜日の雨予報が重なってこの計画は没となり、土曜日日帰りで行くなら宿題を片付けようという発想でこの沢を選んだのでした。何やら消極的な理由で選んでしまって大沢川に対し申し訳なかったのですが、遡行を終えてみればなかなかに良い沢でした。

2023/10/14

△08:00 赤芝峡駐車場 → △09:10-35 2段滝 → △10:25-11:00 大滝の高巻き → △13:30 脱渓 → △13:45-50 沖庭神社 → △16:00 赤芝峡駐車場

事前の天気予報では、日曜日の降り始めの時刻が早まってきているものの土曜日は終日晴れのはずだったのですが、当日山形県内某所で起床してみると深い霧。これはいかなこと!

いずれ霧が晴れることを期待しつつ、前回と同じく赤芝峡の西の入り口にある駐車スペースにヅカ氏の車を置いて出発しました。車道の下から入渓し、運休中のJR米坂線の鉄橋の下をくぐってスリット堰堤を通過。2度目なのでこのあたりは勝手がわかっているところですが、5月の遡行時との違いは水が思ったよりも冷たくないことでした。沢の水温は気温よりも上流の雪の有無に大きく左右されるということが、このことからもわかります。

やがて出てきたCS滝は、前回は残雪の下だったので初お目見え。ここは泳ぎが大好きなヅカ氏が率先してトライしましたが、最初は手も足も出ず敗退。いったん戻って作戦会議を行って、ハンマーのブレードを側壁に引っ掛ければ身体を引き上げられるのではないかと再トライしたもののこれもダメ。

したがってこれまた前回同様に、CS滝の少し手前からトラロープをつかんでの高巻きとなりました。

CS滝(の高巻き)の先は楽しく登れる連瀑帯です。沢の中には相変わらず霧が立ちこめていますが、それでも好きに登れる滝が連なっているので気分は明るくなってきました。それに沢の中には秋の花に加えて不思議にカラフルな植物もあったりして、目を楽しませてくれます。

そして現れたのがこの沢の核心部と思われる2段滝。前回はこの滝の前に鎮座するスノーブリッジに恐れをなして撤退したので、ここからは未踏区間ということになります。オブザベーションをしたところでは狙い目は滝の左端で、最上部の立っている壁の直登を回避するならその手前から左上ですが、いずれにせよロープは結ぶことにしてヅカ氏にリードを託しました。ヅカ氏はあらかじめのプラン通りに高さを上げていき、壁が立ってくる中間部で2箇所にピトンを打ち込んでから行き先を模索していましたが、やはり最上部の膨らんだ壁を左にかわして抜けていきました。後続の私もピトンを回収しながらヅカ氏が向かった左上ラインを模索しましたが、そちらはなんとなく嫌な感じ。それよりも確かに立ってはいるものの水線沿いのラインの方が確実なホールドが得られて自然です。このあたりはリードとフォローとでの見える世界の違いによるものですが、何はともあれ二人ともそれぞれの判断で無事に2段滝の上に出て、ロープをしまうことができました。そしてこのときには、霧はすっかり消えて青空が広がっていました。

2段滝が終われば再び楽しい連瀑帯となります。各自好き勝手にラインを選んで滝を登っていきますが、実は2段滝のすぐ上のなんでもなさそうな段差で私がハマってしまったことは白状しておかなければなりません。早めに水流を渡ってな段差の右(左岸)から登ればなんということもなかったのに、考えなしに左(右岸)から近づいたところヌメりのために進めなくなり、しかもそこでスリップして水流に巻き取られるとすぐ下の2段滝まで流されるかもしれないという状況に完全に身動きがとれなくなって、ヅカ氏のお助け紐の世話になりました。油断大敵、お恥ずかしい限りです。

話を戻して連瀑帯の方は、明るく開けた滝もあればトイ状に幅を狭めた区間もあり、どちらにしても私は弱点を見つけてそこを突く登り方ですが、ヅカ氏の方はあえて強点を狙って果敢に突っ込んでいきます。

やがて谷の奥に左(右岸)から落ちる大滝がちらっと見え、その手前に前衛滝も姿を現しました。前衛滝自体が仮に登るとしたら相当な奮闘を余儀なくされそうですが、ここはまとめて右(左岸)から高巻くのがセオリーです。幸い、比較的明瞭な踏み跡が前衛滝の少し手前から上に続いており、これを頼りに高巻きにかかりました。

我々がとった高巻きのラインは上流側への水平移動に入るポイントが早すぎたようで、途中で木登りによる軌道修正を余儀なくされてしまいましたが、その途中から見下ろす大滝の姿は実に立派で見応えがありました。そしてこれを見下ろした先でさらに1段上がってみると踏み跡らしきものに合流し、そこからわずかの水平移動の後にさしたる苦労もなく沢に回帰することができました(所要時間35分)。

高巻きが終わればまたしても変化に富んだ連瀑帯。本当にこの沢は、飽きるということをさせてくれません。

途中やや高さのある滝が出てきたので一応ここでもロープを出し、途中の灌木をランナーに使用しましたが、水流から離れた右壁はお日様が当たる向きであることもあってフリクションが良好だったので、終わってみればロープは不要でした。

さらに小滝をいくつか登るといったんナメが広がりますが、その先にすぐに次の連瀑が見えてきます。そのうちの一つは左壁にラインを見出したものの、水線に近いところを行こうとすると漏れなくヌメりがついてきます。ヅカ氏は左の草付きとの接線を登っていきましたが、私の方はタワシでごしごしと工作をしてフットホールドを作って水線沿いを抜けました。タワシ様さまです。

さしもの連瀑帯も標高550mから600mの間で斜度が弱まると終わりが近づいてきましたが、その終盤に出てくる立った滝は中央から突破しようとするとひどいヌメりに足をとられてハマります。ここも果敢に挑んだヅカ氏でしたが、登ることはおろか直登を断念して降りようとするときにも足をスリップさせ、見ているこちらの方が肝を冷やしました。

先ほどのスリップ滝を右から越えて、さらに滝とは言えない段差を乗り越えると今度こそ傾斜がなくなって沢は穏やかな様相を示すようになります。

さすがにスケールは違うものの北海道のクワウンナイ川を連想させるきれいなナメや、元気のいいイワナたちが大胆に姿を見せる小川をひたひたと歩いて、地形図を見ながら沖庭神社に最も近いところから脱渓しました。本当は我々が脱渓したポイントよりも下流側のどこか[1]にかつての街道〔後述〕が横断していたポイントがあったはずなのですが、残念ながらそれらしいものに気づくことはできませんでした。

脱渓した地点からブナ林の中を沖庭神社目指して適当に歩いていくとやがて踏み跡らしきものに乗り、さらにはっきりと人の往来を感じさせる道に出て、わずかの上り下りでまんじゅう型の岩峰の足元に降り付きました。これだけでも見ものではありますが、地形図を見るとはっきりと神社の建物が書かれているのでそれがあるとおぼしき方向へ進んでみると、確かに歩かれている踏み跡が坂を斜めに登り、一度切り返してからトラロープで傾斜のきつい壁を登らせて、先ほどのまんじゅう岩の隣の岩峰のてっぺんに導いてくれました。そして目指す沖庭神社の祠はそこにありました。

祠自体は木の柱とトタンの壁に覆われた4m四方くらいの大きさの質素でこじんまりとしたものでしたが、その祠の正面側は開けていて小国盆地が一望の下に見渡せました。そしてこの山はほとんどブナ林に覆われているのに、祠の左前には御神木であるかのごとくに大きな杉の木があり、右前の方には数本の松が立つといった具合にこの祠の周囲だけ植生が違って見えるのが不思議です。

そもそもこの沖庭神社の由緒についてはネット情報だけでは調べがつかず、自分の中では判然としていないのですが、少なくとも祀られているのは沖庭大権現(神仏習合)であること、越後の光兎山の金銅仏のうち一体を上杉景勝の会津移封の際に勧請していること、今でも麓で行われている「舟渡の獅子踊り」は作神(農作の守護神)である沖庭権現に奉納されることなどがわかりました。

また越後米沢街道(別名「十三峠」)は新潟県下越地方と山形県置賜地方を結ぶ幹線として16世紀から整備が進められ、国境付近では荒川の南側の山間を通っていますが、それ以前には荒川の北岸にある越後の八ッ口から上ノ沢~越戸(廃村)を経て山越えでこの沖庭神社の下を通り、小国盆地の小渡に通じる街道が用いられていたのだそうです。

沖庭神社の祠が建つ岩峰を降りて小国側に回り込んでから見上げると、ブナ林の中に立ちはだかる岩壁が実に立派。もしもこの岩が麓から見えていたなら、その上に神社を建てたいと願うのは自然な感情のような気もします。しかし、気がつけばブナの葉を通して注がれてくる日の光は既にいくらか傾いてきており、あまりここに長居はできません。それというのも、もし車2台で来ていてそのうちの1台を沖庭神社の下の駐車スペースに置いていれば山行はそこで終わりになるのですが、我々は車1台でのアプローチなので朝出発した赤芝峡入り口まで歩かなければならないからです。かくして神社とその祠を載せた岩峰に別れを告げた我々は、山道15分の下りで沖庭神社の下の道路に出て、さらにそこから1時間半をかけて赤芝峡入り口まで歩いて戻りました。ただしこの歩きが実りも潤いもないものだったかと言えばそんなことはなく、林道の途中からは前方に朝日連峰の山々が並んでいる様子が見られ、さらに向きによっては吾妻連峰の展望にも恵まれて、名だたる山々に囲まれた小国町の環境の良さを実感しながら歩くことができたのでした。

遡行を終えて振り返ってみると、この大沢川はその流程の中に数えきれないほどの滝をぎゅっと詰め込み、しかもそのほとんどがフリーで登れる上に、高巻きやナメや小川歩きといった変化を伴っていて、前評判通りすばらしい沢でした。装備は2段滝が30mロープでぴったりで、ここでピトンを2枚使用したもののカムは出番がなく、そしてところどころにヌメりはあっても全行程を通してみればラバーソールがフィットします。ただ、いかんせん短い。入渓してから脱渓するまで、途中のんびり休みながらでも5時間半で終了ですから、この沢だけを目的として東京からここまで足を運ぶのはコスパが悪すぎます。沢登りの観点からは、週末に日帰り沢を2本計画するうちの1本としてこの沢を取り上げるのが妥当のように思いました。

一方、歴史フリークや古道マニアの素養を持つ沢登ラーにとっては、大沢川は沖庭神社の裏参道としての価値を持つかもしれません。あらかじめ沖庭神社の由緒について十分調査した上で、遡行終了後に沖庭神社の祠を訪れることを計画に組み込めば、これはこれで充実した遡行プランになるに違いありません。

脚注

  1. ^帰宅してから調べてみたところ、どうやら古い街道は出羽側から沖庭神社に登った後、我々が通った神社の西の鞍部をまたぐのではなく、神社からしばらく南に水平に進んで標高685mピークの北にある標高650mの鞍部を越え、その西にある短い沢筋を下って大沢川に達していたようです。上記の記録中に「はっきりと人の往来を感じさせる道」と記し、動画の中でも15:12あたりで出てくる道がそれです。