苦土川大沢左俣↑井戸沢↓

日程:2023/07/17

概要:裏那須の苦土川大沢左俣を遡行して稜線に達し、井戸沢を下降。大沢は『日本登山体系』が言うとおり「井戸沢ほどの明るさはないが、滝は井戸沢を上回りおもしろい」沢だった。

⏿ PCやタブレットなど、より広角(横幅768px以上)の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

山頂:---

同行:ヅカ氏

山行寸描

▲遡行のあらまし。40m滝があまりに快適だったので、そのパートがやや長め。(2023/07/17撮影)

梅雨明け宣言がまだ出ていないのに東京は猛暑が続く今日この頃。例によって専業沢登ラーのヅカ氏からお誘いを受けて行き先を諸々検討の末、向かうことになったのは裏那須の苦土川大沢左俣です。この方面では大沢の隣の井戸沢が有名で、私も2006年に故・常吉さん他の方々と一緒に井戸沢を遡行しているのですが、『日本登山体系』によれば大沢は井戸沢ほどの明るさはないが、滝は井戸沢を上回りおもしろいのだそう。今回のプランは、大沢を遡行して稜線に達し、わずかの登山道歩きの後に井戸沢に降りて起点に戻ってくる周回遡行です。

2023/07/17

△07:00 林道分岐 → △07:35 大沢堰堤(入渓) → △09:25-35 標高1260m二俣 → △12:45 五葉の泉 → △13:10 井戸沢下降点 → △15:55 井戸沢堰堤(脱渓) → △16:10 三斗小屋宿跡 → △16:55 林道分岐

以前の井戸沢遡行のときは前夜発で深山ダムにテントを張りましたが、今回は早朝にヅカ氏が私の家まで迎えに来てくれて、快適ドライブで現地を目指しました。

三斗小屋宿跡へ通じる道と大沢へ向かう道との分岐の広場に車を駐め、最初から沢装備を身につけてスタート。途中に2箇所分岐がありますが、いずれも左が正解です(我々は2回とも右に入ってしばらくしてから軌道修正しました)。まだこの時間帯はさほど暑くありませんが、日差しの明るさは昼間の猛暑を予想させます。

正しい道を歩めば30分もかからずに大沢に達し、そこから堰堤を一つ越えると大沢の遡行が始まります。もっとも最初のうちは樹林の中のゴロゴロの河原になっており、うっかりすると見落としそうなほど特徴のない西沢の出合を過ぎてもゴーロが続きますが、やがて空が開けてその先に最初の滝が見えてきました。

ここからが連瀑帯の始まり。この滝を見てもわかるように、この沢は流れにどっぷり浸かるような沢ではなく登攀要素を楽しむ沢です。

最初の滝は右(左岸)からなんということもなく上がり、次の滝も同じく右から。多少のヌメりはあるものの、ラバーソールの不利を感じさせるほどではありません。

そして、すぐにぶつかるのが20m滝です。この滝は各パーティーそれぞれの考え方の下にいくつかのラインで登られているようですが、ちょうどこのとき後ろから追いついてきた単独行の男性に先を譲ったところ、彼は左のルンゼの途中から右上するラインを選択しており、これが私のルートファインディングと一致していたので我々も彼に倣うことにしました。

上流で出てくる40m滝を私がリードすることになっているので、この滝はヅカ氏のリード。単独行氏と同じくルンゼを途中まで上がり、そこにハーケンを1本打ってランナーをとってから右壁に取り付いてじわじわと上がっていきました。ロープの動きが止まった後に確保支点構築に難儀したらしく、ずいぶん時間がたってからホイッスルでのコールがあって私も後続。ハーケンを回収してから右上ラインを見上げたところ、そちらのフットホールドはいずれもやや甘く確保なしに取り付くには若干の勇気が必要そうで、そのためか目についただけで2カ所の残置ピンを見掛けました。

20m滝の上も引き続き滝場になっており、スケールはないもののヅカ氏曰く「小難しい滝」が連続します。この表現は言い得て妙で、どの滝も少しばかりの身体能力と滝の弱点を見つける目の良さとを求めてきている感じがしました。

沢は中だるみすることなくぐんぐん高度を上げていきます。各種サイトで直近の遡行記録を見ると、上越の沢ではまだところどころに雪が残っていて遡行者を悩ませているようですが、この沢ではもはやそうした心配はなく、純粋に岩との駆け引きを楽しむことができる状態でした。

標高1260mほどにある二俣で小休止。右俣は右奥へ向かってすぐに視界から消えますが、左俣は大きなスラブを出だしに置いてとても明るい雰囲気です。

スラブ滝をフリクション頼みに登り切ると、すぐに左右が狭まって細い高さのある滝が現れます。ここは左(右岸)のカンテ状からでしょう!……と最初は思ったのですが、見れば右から巻いてもブッシュの中のバンドを辿って落ち口に出られそう。実際に両方とも越えられている記録があるのですが、右から取り付いた私は落ち口の高さに達する前の笹薮の斜面が予想外に急傾斜であることに辟易して戻ろうとしたところでハマりかけ、時間を空費してしまいました。素直に第一感に従って左に向かえばなんということもなかったのに……。

さらに上にも「小難しい滝」が続いた後に、比較的最近崩落したように見える岩たちが沢筋を埋めている一角(しかし後で調べたら2010年の遡行記録にも鋭利な岩が雑然と積み重なっているという記述があった)を慎重に過ぎると、その先に右からなだれ落ちてきているスラブ状の滝が目指す40m滝でした。

滝の真下から観察すると、水流は幅広の斜面の左端近くに流水溝を刻んで細く落ちており、その右に顕著なカンテを置いてさらに右は横幅のある明るいスラブになっています。傾斜はさほどなさそうですが、高さは十分にあるのであらかじめの予定通り再びロープを結び、私がリードで取り付きました。スラブの下部を右に横断するように数歩進んで見上げてみると、残置ピンは見えないもののどうやらカンテ沿いに登るのが良さそう。そこで左へ切り返す感じで高さを上げ、常に左手にカンテ上のブッシュを感じながらさらに数m登ったところで、ようやく残置ピンを見つけました。

最初のランナーをとったここからはスラブに手掛かりが乏しくなるので左のカンテに乗り移り、後は自然にホールドをつないで落ち口まで達します。しかし、落ち口のさらに上にも段差があって完全に安定した場所でビレイするためにはそこまでロープを伸ばさなければなりませんが、この滝を念頭に置いて持参した50mロープでも段差の上までロープを伸ばすことはできず、中途半端な位置で左岸の灌木に確保支点を構築し、後続のヅカ氏を迎えることになりました。この大きな滝は、素晴らしいフリクションと適度に散りばめられたホールドとで快適この上ないIII級といった感じでしたが、それにしても不思議だったのは、滝の上部の際どい位置に複数見られた動物(それもそこそこの大型獣)のフンです。ヅカ氏はカモシカのフンではないかと言っていましたが、確かにカモシカがこうした足元のあやしい場所を苦にしない様子は私も丹沢で目撃しているので、そうなのかもしれません。

ヅカ氏も私も40m滝が終われば滝場も終わりかと思っていたのですが、大沢はそれほど甘い沢ではありませんでした。いくつかの少々神経を使う滝、沢筋を両岸から覆い隠す笹、そして何より水涸れになったことで急速に上がってきた気温が我々の体力を確実に奪っていきます。

私の方はともかく、若いヅカ氏までもいつもの馬力が出ずに足が止まりがち。ことに稜線が近づくと身を隠すもののない草付き(日当たり良好な南向き!)になって、茶臼岳の眺めがいいのと引き換えに太陽が容赦なく背中をあぶってきます。40m滝の上で水を汲んでおいて良かった、とつくづく思いました。

最後は笹原になりましたが、幸い笹の背丈は腰程度までなので自由に漕いで進むことが可能です。GPSの世話になりながら等高線に沿って進んで会津の南の国境稜線上にある池塘・五葉の泉にダイレクトに達し、ここから登山道を少し東へ歩いて眺めのよい場所で大休止としました。

行動食をとり、水を飲んで一息ついたら下山開始。そのまま登山道を大峠方向に進んで右手(南)の井戸沢の源頭部を見下ろしたところ、最初のうちは斜面が急で(私は)あまり下りたくない感じ。なんだったら易しい峠沢下降でもいいぞ、という軟弱なメンタリティでさらに進むとどうにかこれなら(私でも)下れそうな緩い笹の斜面が現れました。衆議一決、当初の計画通り井戸沢下降です。

いかに傾斜が緩やかに見えるとはいっても、そこは沢の下降なので最初は脆いガレ場、続いて細かい滝のクライムダウンが次々に出てきます。これまでも度々このブログに書いているように私は沢の下降が(と言うよりクライムダウンそのものが)すこぶる苦手なのですが、そういうところでは先行するヅカ氏が教師モードになって下からあれこれと誘導してくれました。これが自分一人だったら、間違いなく随所で補助ロープを使用して貴重な時間を費やしていたことでしょう。

唯一懸垂下降したのは赤茶色の18m滝。ここは右岸から巻き下ることもできるそうですが、せっかく50mロープがあるのだからと手近の灌木に支点を作りました(6mmスリング残置)。

その後の滝は右岸から巻いたり、水流に沿ってクライムダウンしたり。薄茶色の岩肌がスリップしそうに思わせて、実は比較的フリクション良好なのがありがたいところです。そして15m末広の滝は左岸の中の踏み跡を使って巻き、笹の斜面を強引に下って沢床に着地しました。

最後に一つ小さい滝を右からクライムダウンして井戸沢の滝は終了し、堰堤から右岸の道を辿ると懐かしい三斗小屋宿跡に導かれます。これでこの日の沢登りは終わったかに思えましたが、実はここから車を駐めた場所まではまだ45分ほどの下り基調の退屈な歩きが残っていたのでした。

沢登りの後は入浴が欠かせません。行きに車でその前を通って気になっていた「幸の湯温泉」を試してみましたが、入湯料500円とリーズナブルでありながら立派な露天風呂を備えたすてきな温泉で、湯につかりながらヒグラシの声を聞くひと時にしみじみと日本の夏を実感しました。駐車場には少なからぬ車があり、それでいて風呂はほとんど我々の貸切のような状態でしたから宿泊客が多かったよう(ちょうど夕食どき)でしたが、フロントをはじめ従業員の方々が日帰り入浴客である我々にもフレンドリーだった点も高い評価点をつけられます。

前評判の通り、今回の大沢は数えきれないほどの滝を次々にこなすのが面白く、遡行価値の高い沢でした。全体を通しての核心部は最初の方で出てくる20m滝で、ここを安全にこなせば後は楽しい登攀の連続が待っています。ただし、隣の井戸沢の方は初心者向きの沢と言われることが多いのに対し、こちらの大沢はある程度沢慣れた人向きと言えるかもしれません。それは、我々がロープを出した二つの滝以上にそれらの前後にある「小難しい滝」について言えることで、これらをいかにスピーディーにこなしていけるかがパーティー全体のスピードを左右しそうです。

また、遡行時期を選ぶなら夏真っ盛りは避けた方が良さそう。水が涸れてから稜線に出るまでのそこそこ長い時間を、日の光を遮るものがない中で登り続けるのは苦行と言わざるを得ません。そんなものは苦にしないのだという奇特な方であればあえて止めはしませんが、それでも40m滝を登り終えたところで水を汲むことは忘れないように。