塾長の山行記録
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塾長の山行記録

宝川ナルミズ沢

日程:2022/09/11-12

概要:宝川温泉から宝川沿いの林道・登山道を歩いて広河原(ウツボギ沢出合)に幕営。翌日ナルミズ沢を遡行し、ジャンクションピーク経由朝日岳手前から宝川温泉方面への登山道を下山。

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山頂:大烏帽子山 1,820m

同行:---

山行寸描

▲ナルミズ沢の「天国のツメ」から大烏帽子山へ。〔こちら〕をクリックすると、宝川ナルミズ沢の遡行の概要が見られます。(2022/09/12撮影)

本稿での地名の同定は、主に『東京起点 沢登りルート120』(山と溪谷社 2010年)の記述を参照しています。

先週の南アルプスの赤抜沢左俣が意外に奮闘系だったので、この週末は癒し系にしたいと思って各地の天気予報を見ていたところ、どうやら上越方面は日曜日から月曜日にかけての2日間がよい天気。こちらの代表的な癒し沢と言えばナルミズ沢ということになりますが、実は2004年にこの沢を遡行したときに最後に1本早く枝沢に入ってしまったためにいわゆる「天国のツメ」を体験し損ねた経緯があり、これは宿題を果たすタイミングだろうと考えてナルミズ沢を目指すことにしました。

2022/09/11

△09:05 宝川入口 → △09:25 宝川温泉 → △11:10 朝日岳登山道入口 → △12:50 広河原(ウツボギ沢出合)

朝一番で都内を出発し、水上駅に着いたのは8時18分。駅前にはここから谷川岳ロープウェイへ向かうバスに乗ろうと登山者が列を作っていましたが、そのバスは上毛高原駅を出発した時点で既に満員で、係員から「土合まで列車に乗り、そこから歩くように」と促されていました。かたや私が乗った湯の小屋行きのバスは私を含めて乗客3人とガラガラです。

宝川入口でバスを降りて、宝川温泉までは徒歩20分。今回の計画はこれまで採用していた東黒沢からの山越えを採らずシンプルに宝川温泉からの往復としているので、復路ではここでひと風呂浴びて帰ろうと考えています。

林道には出始めのススキの穂が秋の風情を漂わせていますが、気温自体はまだ夏の名残りの高さで暑く、我慢の歩きでこの日の宿となる広河原(ウツボギ沢出合)を目指しました。ダイモンジソウが群生している渡渉点で沢靴に履き替えて対岸に渡ったら、わずかの歩きで広河原です。ちょうどこの頃ヘリコプターのローターの音が鳴り響いていましたが、やがて朝日岳方面から下流方向に向かって飛び去ってゆくレスキューヘリの姿が見られました。事故でもあったのかな?

ナルミズ沢とウツボギ沢に挟まれた広場はこの時期ならたくさんのテントやツェルトがあってもおかしくありませんが、今日は日曜日なので既に出払った後らしく人の姿は見られません。私がお気に入りのナルミズ沢左岸側の林間広場にもまだ少し温かい焚火の跡があるだけで、どうやら今日この一帯に宿泊する者は私一人のようです。時間的には早過ぎるくらいなので大石沢出合まで進んでもおかしくありませんが、あえてここをビバークポイントとしたのは、本格的な遡行が始まるここからはなるべく軽荷にしたいのと、赤抜沢でできなかった焚火をするために薪の不安がない場所を選びたいという動機からです。

……とは言うものの、ツェルトを張り材木を集めて製材して焚火の準備を終えたら、もうすることがありません。こういうところが話し相手のいない単独行の弱点で、仕方なく15時過ぎから持参のウイスキーを長もちするようにごく薄い水割りにして飲み始め、17時になったところで夕食としました。

もちろん調理には焚火の火を利用したのですが、本格的に火が安定したのは食事が終わったあと。なんのための焚火かわからないな……と思いつつも立派に火が育ったことに満足して、まだ日の名残りが残っている18時過ぎにツェルトの中に潜り込みました。

2022/09/12

△05:25 広河原 → △07:10 大石沢出合 → △08:10 魚止め滝 → △08:35-40 二俣 → △10:05-20 大烏帽子山 → △11:55-12:00 ジャンクションピーク → △12:15 朝日岳手前分岐 → △13:20-30 大石沢出合 → △14:05-20 広河原 → △15:40 朝日岳登山道入口 → △16:50 宝川温泉 → △17:00 宝川入口

夜は予想以上に気温が高く、シュラフを持参せずにシュラフカバーだけにすればよかったと反省したほど。そしてその気温のせいかどうかはわかりませんが、シュラフから出した首筋や手首が活発に活動する蚊たちの餌食になってしまいました。前回遡行した際にも虫にかなり食われたので今回は防虫スプレーをきちんと用意していたのですが、残念ながら十分な効果が得られず、蚊取り線香を持ってこなかったことを後悔しました。

朝、まだ暗いうちに起床して焚火の様子を見てみると、あのたくさんあった太い薪たちはほとんど白い灰になっていました(断面が生木のようですが、もちろんすべて流木・倒木です)。朝食はガスの火で沸かした湯だけで作れるものにしていたので火熾しの手間もなく、念のための20mロープと行動食、貴重品など最低限の荷物をサブザックに詰めて残りはここにデポ。焚火の灰の上に石をかぶせ、行動を開始できる明るさになるのを待って出発しました。

最初のゴルジュとその向こうの7m滝は、今回も右から巻きました。前衛の段差に達するには泳ぎが必要そうだったからではありますが、巻いている途中から見下ろした7m滝の側壁は自分のフェルトソールには少々荷が重そうでもありました。この後、沢筋に戻ってからはいくつかの小滝を楽しく通過し、やがて左岸に幕営の跡を見かけたらそのすぐ先が大石沢出合でした。

大石沢出合の幕営適地は、上記の出合やや下流に小さいものを一つ、出合左岸にある程度の人数が泊まれる広さのものを一つ、そして(これは帰路に発見しましたが)大石沢を少し上流に向かって登山道が横切るあたりに広いものを一つ見かけました(他にも探せばあちこちにある模様)。そうした観察をしている間にも、うれしいことに出発時は沢筋近くまで垂れ込めていた雲が上がって青空が広がってきました。

S字状ゴルジュの入口の淵は腰までの水深で水圧もさほどなく、難なく歩いて通り抜けることができました。出口には段差がありますが、その左壁の手を伸ばした先に格好のガバホールドがあり、力任せに身体を引き上げることができます。

S次状ゴルジュの出口の壁は一見すると取り付く島がなさそうですが、左から近づいてみると容易にへつって左壁を登ることが可能でした。こうしたところは2004年にも同様に突破しているはずなのですが、なにしろ18年も前のことなのでまったく覚えておらず、遡行中はトポも見ていないので初見のように新鮮な気持ちでラインを読むことができます。

魚止め滝8m。さすがにこれは右端の凹角を登ったことを覚えていましたが、そのときと同じく今回もぬめって滑りやすく、ホールドを確かめながら慎重に登りました。この滝を越えると斜め滝、二俣、連続するナメといったポイントが出てきて、それらの乾いたところにはまださほど時間がたっていないと思われるラバーソールの踏み跡がはっきりと見えました。どうやら私の前に2人組が先行している模様ですが、進むにつれて踏み跡がはっきりしてきているので追いつくのは時間の問題のようです。

2段滝は左端に明瞭なホールドがあり、これも容易に登れます。ただし、2004年にここを遡行したときの記録に自分はロープを出すパーティーもあったが、はっきり言って不要と不遜なことを書きましたが、自分が誰かを引率する立場だったら迷わずロープを出すだろうと今なら理解できます。

そして2段滝を登り終えて少し先にくだんの2人組がおり、そこは二俣になっていました。挨拶をして言葉を交わすと、彼らは大石沢の上流に昨夜泊まっていたそうで、ここでどちらに進むのが正しいのだろうかと迷っていたそう。実は、こここそが2004年の遡行の際に左に進んだために「天国のツメ」を見逃すことになったポイントで、定石は右です。親しみやすい人柄の彼らにそのことを伝えてから、先行させてもらいました。

先ほどの二俣の先にもいくつかの小滝があってそれぞれ面白く通過し、最後に小さな2段滝を越えると一気に視界が開けました。青空の下に穏やかにうねる草原の広がり!この光景を見たいがために今回この沢に来たのです。もっとも、ここから先に進むと再び両岸が迫りだし、それと共に笹が優勢になってきました。早く開けた場所に出たいと思いながら進むうちに高度はどんどん上がり、再び草原に囲まれたときには稜線は目の前でした。

そこには小さなハート型の池塘があってよいアクセントになっていましたが、それでも「天国のツメ」と呼ぶにしては笹が勝ち過ぎています。まぁ世の中そんなものだよなと思いながら、せっかくここまで来たので進行方向右上に見えている大烏帽子山のピークを目指しました。高距100m分の追加の頑張りで登り着いた大烏帽子山のてっぺんには三角点があり、南西の方にはジャンクションピーク(JP)から朝日岳方面、北側には遠く巻機山が見えています。機会があれば残雪期にこの稜線を歩いてみたいと前々から思っていたのであえて労力を割いてこのピークを踏んだのですが、それだけの価値のある眺めの良さでした。

遡行としてはこれで終了ですが、山行としてはもちろんまだ終わっていません。ここから笹原の中の薄い踏み跡を辿って彼方に見えているJPを目指し、そこから登山道を使って大石沢出合経由、デポ品が待っている広河原へ下らなければならないからです。幸いなことに笹の背丈は概ね腰までと高くなく、ところによっては登山道が露出している場所もあって歩行が捗ります。

二俣から左上方に顕著に見えていたスラブは大烏帽子山とJPとの間に位置する地蔵ノ頭の斜面ですが、その手前の一段上がったところから左下を見ると懐かしい眺めが広がりました。このスラブと草原の連続は、2004年に遡行したときに詰め上がったところ(図の赤矢印)に違いありません。そのときは周囲が霧に覆われており、もちろんGPSなども使っていなかったのでどこを通ってどこに出たのか判然としていなかったのですが、これでようやく18年前に辿ったラインが確定できて気持ちがすっきりしました。もしかすると、このことが今回の山行の一番の収穫だったかもしれません。

JPまでの登りは最低鞍部から標高差にして230m余りで、上記の通り笹薮もそれなりに踏まれている上に軽荷であることの効果が大きく、私が大烏帽子山に向かっている間に先行する形となった2人組をJPの下で再び追い越すことになりました。全装備を担いで土合を目指すのであろうお二人に「がんばりましょう!」と声を掛けて先を急ぎ、JPでよく整備された登山道に達したときにはさすがに少しほっとしました。

朝日岳へ向かう道はほぼ平坦で歩きやすく、左下に点在する大きめの池塘を愛でながらの漫歩となります。この頃から雲が広がり始めたので、一番よいタイミングでツメの草原を歩けたことの幸運を喜びました。

JPを出発したのは正午で、そのときに確認したトポにはジャンクション・ピークから朝日岳を経て宝川林道車止めまで約5時間半と記されていましたから、車止めから宝川入口までの歩行1時間を足すとバス停到着は18時半になる計算です。ところが、稜線上の縦走路から大石沢出合へ下る道の分岐に立てられた指導標には「宝川温泉280分」と書かれています。えっ?今が12時15分だから、宝川温泉には17時前に着くということ?だとすれば、少し頑張れば宝川入口を16時59分発の水上駅行き最終バスに間に合うかもしれません。かくして俄然やる気を出して下りにかかったのですが、大石沢出合までの下りの途中には慎重に渡らなければならない露岩帯がいくつかある上に、刈払いによる葉が積もった道の上でフェルトソールが滑りまくり、気は急くもののスピードが上がりません。

どうにか広河原に戻ってデポ品を回収し、パッキングをし直してから広河原からの眺めに別れを告げました。これまで4回(2004年2012年2019年・今回)泊まったこの場所ですが、これが見納めになることでしょう。

早足で歩き続けて宝川温泉の前を通過したのが16時50分。もはや「ひと風呂浴びて」などとは考えてもおらず、行きに20分かけて歩いたこの先の区間を9分でこなすためにザックを揺らしながら駆け足になりましたが、奥利根橋を渡ってバス路線が通る街道までの最後の上り坂を息を切らせながら登っているとき、明らかに大型車両が近づいてくる走行音が聞こえてきました。見上げると最終バスがまさに宝川入口バス停に向かおうとしているところで、思わず手にしていたストックを振り上げて「おーい!」と声を掛けながら足を速めたところ、なんと運転手さんはサイドミラーを見てこちらの姿に気づいてくれたらしく、バス停にバスを停めて待ってくれました。運転手さん、ありがとう!

別にタクシー代が惜しいからではなく、間に合う可能性があるならなんとかして間に合わせてバスに乗ろうという意地のようなもので歩き通したこの下山の成功にはすっかり気を良くしましたが、もともとのコンセプトである「癒し系」とはほど遠いエンディングとなったことには自分でも苦笑するしかありません。それはさておき、かつて見逃した「天国のツメ」(と呼ぶのは誇大広告気味だと思いますが)を青空の下で独り占めすることができ、長らくもやもやとしていた2004年の詰めのルートも確定できて、山行の意義としては満点の出来だったと自賛したいと思います。

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