湯檜曽川東黒沢〜宝川ナルミズ沢

日程:2004/09/18-19

概要:土合駅からすぐに東黒沢に入渓し、詰めの尾根を乗り越してウツボギ沢を下降、ナルミズ沢との出合に幕営。翌日ナルミズ沢を遡行し、ジャンクションピーク経由朝日岳手前から宝川温泉方面への登山道を下山。

山頂:---

同行:シュクラさん

山行寸描

▲ハナゲの滝を登る。上の画像をクリックすると、湯檜曽川東黒沢の遡行の概要が見られます。(2004/09/18撮影)
▲ウツボギ沢中流の滝。上の画像をクリックすると、宝川ウツボギ沢の模様(一部)が見られます。(2004/09/18撮影)
▲ナルミズ沢魚止め滝。上の画像をクリックすると、宝川ナルミズ沢の遡行の概要が見られます。(2004/09/19撮影)

この週末は谷川岳で中央カンテ・V右、と思っていましたが、天気予報がよろしくありません。パートナーのシュクラさんとメール協議で「北岳バットレス?でも混むし……」「小川山フリーも」といったやりとりの末、直前になって選ばれた行き先はなんと癒しの楽園ナルミズ沢。本当はしっかり晴れた日に行きたい沢ですが、週末になると雨が降る意地悪な今年の天気の前に贅沢は言っていられません。

2004/09/18

△09:05 東黒沢入渓点 → △09:40 ハナゲの滝 → △09:55 白毛門沢出合 → △10:20-30 二俣 → △11:00 間違えた二俣 → △12:15 尾根上 → △12:55-13:05 東黒沢に降り立つ → △13:45-50 丸山乗越 → △14:20 ウツボギ沢 → △14:55 二俣=ウツボギ沢遡行中止 → △15:25 広河原

始発で東京を出て土合駅でシュクラさんと合流。自宅の位置の微妙な違いから私は高崎・水上経由、シュクラさんは越後湯沢経由となりましたが、土合駅の改札口を出たのはほぼ同時でした。高崎あたりでは青空が広がっていたのにここに来ると雲が空を覆っており、多少気落ちしながらもとっとと入渓点を目指して歩きます。白毛門登山道手前の駐車場には平均年齢が我々より10歳は高そうな4人パーティー(以下「高年P」)、入渓点には逆に25歳近く若そうな学生4人パーティー(以下「学生P」)がいましたが、この2パーティーと後で不思議な縁で結ばれることになるとは、このときは知るよしもありませんでした。

学生Pと言葉を交わしながら沢装備を身につけ、先行した高年Pの後を追うように沢に入りました。最初はゴーロ状や右岸の道をかき分けるようにして進みましたが、徐々に上越の沢らしいナメ地形も出てきていい感じ。ぐるっとカーブを描いて左から落ちる滝を右からやり過ごすと、目の前に大きな滝が唐突に現れました。

これが20mハナゲの滝で、名前の響きとは裏腹に堂々とした立派な滝です。しかし傾斜は緩やかで、しかもこの日は思いの外に水量が少なく、下3分の1は水流の中を歩き、途中から水流左の階段状を登りました。上部の屈曲点からは左に明瞭な踏み跡が続いており、シュクラさんはそちらへ入っていきましたが、私はここから逆巻く水流をよっこらしょとまたいで左岸側へ渡ると、いつの間にか後ろになっていた高年Pの面々も続いて屈曲点を飛び越していました。

ハナゲの滝からわずかの歩きで白毛門沢が左から出合っています。この沢もいずれ日帰りで遡行するつもりですが、今日のところはそのまま見送って東黒沢を先に進みました。いくつかの小滝を難なく越えていくと、暗いゴルジュ状の地形が現れました。といっても出口は見えているので不安はありませんが、濡れたくない場合は右から巻くことになります。高年P、シュクラさんは巻きを、私は正面突破を選択してここを抜けましたが、巻きの方は沢床へ降りる箇所が心細いフィックスロープ頼りであまり楽しそうではなく、泳ぎを選んで正解だったと思いました。ただし、これも水量次第かもしれません。

円形劇場のような釜をもち、落ち口からぽっかり空と木々の緑が覗いている10m3段滝は右から簡単に登り、4m幅広滝を適当に越えると右から支沢が合わさる2:1の二俣で、ここで小休止しました。前後しながら遡行していた高年Pもここで休憩をとり、食用になる大きなキノコを見つけたりして大喜びしていましたが、かたや学生Pは姿も見せません。入渓点でも準備に時間がかかっていましたし、おそらくリーダー1人が沢初心者3人を指導しながら遡行するの図、といったところなのでしょう。我々は「若いのに遅いね〜」などと勝手な評釈を加えていたのですが、その罰を後で受けることになります。

この次の滝が面白く、4m2段滝の奥に8m2段滝が見えているのですが、一直線に連なっているのではなく、下の滝を越えると左へずれていって上の滝に接続するという感じ。この頃から青空が広がって水がナメの上にきらきら光り、沢旅の楽しさ全開という感じです。この先に再び右から支沢を合わせて20mナメ状滝が事実上最後の滝で、これを気分良く越えると一般国道並みのナメ床が続き、その向こうに白毛門から丸山へと続く尾根筋が見えてきました。

沢が大きく右へ曲がって二俣になりましたが、ここで痛恨のミス!曲がった先の二俣であること、方位、人の入った様子が窺えないことなどあらゆる要素がここは左だと告げていて、後から考えればどうして間違えたのか理解に苦しむのですが、この二俣の写真と「ここは右」というキャプションをどこかのウェブサイトで見た記憶が頭に焼きついていたためにどちらに進むべきか迷ってしまいました。シュクラさんは左だろう、と言っていましたが、我々に追いついた高年Pが「これは右!」と入っていったのにつられて右俣を選択したものの、登れば登るほど人が通った気配はなくなります。おそらく誰の胸のうちにも「これは間違えたかな……」という疑念と後悔の黒雲が広がっていたと思いますが、何となく途中で引き返す気持ちになれず、休みなく高度を上げていくうちにとうとう沢形が消えて薮に突入しました。二俣から1時間余りの奮闘でどうにか見通しのきく樹木がちの尾根上に出ましたが、ここは明らかに目指す鞍部のかなり右手です。高度的には鞍部と同じくらいで、高年Pは「ここからトラバースしていくか」と話していましたが、こういう樹木に覆われた斜面をストレートにトラバースするのは至難の業。弱点を見つけながら横に行くにしても、基本は沢筋をとらえて下降し、本来の東黒沢に合流して登り返すのが妥当な線です。というわけで高年Pに「お先に」と声を掛けて我々は道なき斜面に踏み込んでいきました。

下へ、右へ、下へ、右へ、と足を進め、やがてはっきりした沢に辿り着いて下降を続けました。案外早く二俣になった場所に降り着いて荷を下ろしましたが、地形図と高度計を眺めてみてもここが東黒沢なのかそうでないのか確信がもてません。「やっぱりあの二俣を左へ行けばよかったんだ」とシュクラさんは泣き崩れるフリをしましたが、とりあえず安定した地形なので休憩をとることにしてエネルギーを補給していると、下流から人が近づいてきました。見ればそれはあの学生Pで、このときだけは彼らの姿が天使のように見えました。もし我々が高年P同様に尾根上でゆっくりしていたら、あるいは彼らの足がもっと速かったら、我々は東黒沢にいることを確定するためにさらに下降を続けて元の二俣まで戻る羽目になっていたかもしれません。

現在地点が確認できたことで勇気百倍。学生Pの後を追うようにしてヤブ沢状になった東黒沢を詰め上がり、最後は若干の薮漕ぎで笹に囲まれた小空き地(赤テープあり)に到達しました。ここが分水嶺=丸山乗越で、ここから尾根の反対側が宝川流域です。

小空き地からはわかりやすい踏み跡が背丈の高い笹の中に伸びており、それを辿ると反対側の斜面に出て、右手の沢筋に自然に下ることができました。幅の狭い沢筋をぐんぐん下ること30分、広い沢に出た我々は「やれやれ、ナルミズ沢にやっと着いた」と疑いもせずに思い込んでしまいました。ふと右を見ると人影があって、彼は竿を持って下流の方へ歩き去っていくところ。ここでも立ち止まってよく考えれば、その釣り人が荷も背負わずに歩いていること、あるはずの登山道が影も形も見えないこと、この出合がほとんどテントを張れそうにないことなどから、広河原はここではないことに気付きそうなものですが、思わぬ時間のロスの中でなんとか16時頃には大石沢出合に達しておきたいという焦りが地形図を確認する手間を避けさせたのでしょう。ただちに上流に向かって遡行を開始してしまいました。

悪いことに、沢の中に太いワイヤーが沈んでいたり、なかなかよさげな釜や15mの立派な滝(右から巻きました)があったりして間違いに気付かせてくれません。しかし、その立派な滝を巻いた少し上で二俣に着いたとき、地形図を見て初めて我々が遡行しているのはナルミズ沢ではなくウツボギ沢本流であることがわかりました。これにはがっくりきましたが、悔やんでもしかたがなく、ここから逆戻りです。15m滝の巻き道の濡れた岩のクライムダウンはちょっと嫌らしかったのですが、後は問題なく下れる……と思ったら、ここまでがんばって濡れずに来ていたシュクラさんが釜のへつりで足を滑らせてドボン!最後の最後に濡れてしまって悔しそうな顔をしていました。

苦難の旅路の末に広河原に到着したときにはさすがに疲労が足さばきをラフにしているのを感じていたので、今日はここまでとすることになりました。ウツボギ沢とナルミズ沢にはさまれた河原状の広場に先客は2パーティー8人で、我々は両パーティーの間にそれぞれ持参のテントを張りました。ここの他には、ナルミズ沢のちょっと上流に大きなタープ1張り、後から来た1組がやや下流の登山道入口にテント1張り。ナルミズ沢左岸の樹林の中にも何組かがテントを張ったようです。

さっそく薪を集めて組み上げ焚火の準備をしてから、私はロンリコ、シュクラさんはウイスキーを取り出して乾杯。夕食を作り、火を起こし、お互いの今後のクライミングの傾向と対策について語り合いました。たくさんの羽虫が腕や足首に噛み付いていることにも気付かずに……。

2004/09/19

△06:00 広河原 → △06:55 大石沢出合 → △07:35 魚止め滝 → △07:55 二俣 → △09:00 稜線 → △10:00-10 ジャンクションピーク → △10:20 朝日岳手前分岐 → △11:20 大石沢出合 → △11:55-12:10 広河原 → △13:10 朝日岳登山道入口 → △14:30 宝川温泉

ごつごつした下地に背中がちょっと痛かったのですが、夜の間もとても暖かくおおむね気持ち良く眠れました。朝5時に起床してみると、夜半にテントを叩いた雨もすっかり上がって東には青空が見えています。朝食はチキンラーメン・チキンカレー乗せ。朝のお勤めを済ませて紙はちゃんと燃やして、シュラフや不要な衣類、ジョギングシューズなどをビニール袋に入れ、畳んだテントとともにツェルトの下に入れて重石を乗せてデポしてから、すっかり軽くなったリュックサックを背負って6時ちょうどに遡行を再開しました。

最初は普通の河原を膝まで濡れながら適当に進むと、やがてゴルジュ状の地形が出てきて奥に7m滝が見えましたが、朝一番ということもあってここは右から巻きました。その先からがナルミズ沢中流域の面白いところで、ビーバーダムのように沢を横切る岩のダムが次々に現れ、ダムの手前は透明度の高い釜、ダムの上も美しい釜。ところどころに不思議な形のポットホールがあって、自然の造形の妙に感動させられました。大石沢出合まで登山道を使う記録も散見されますが、はっきり言ってここを割愛したらナルミズ沢の魅力は半減です。

我々はペースもコースも自分の気の向くままに前に進みました。その方が、この沢の楽しみである「どこを渡ろうかな」というパズル解きをお互いに楽しめるわけです。もちろん積極的に水に入ってもいいのですが、そういうがさつな遡り方をするよりも、水流からつかず離れず、沢と知恵比べをしながら歩みを進めるのがこの沢にはふさわしい感じ。それに、沢沿いに見つけた赤い実をつけた小さなナナカマドの葉は既に色づいていて、秋が足早に近づいていることを教えてくれてもいました。やがて比較的大きな滝をこの日2度目の高巻きとし、左から笹の中を巻きましたが、これはかえって危なく、釜を泳いで右に取り付いた方が安全だったかもしれません。そして、その先であたりが開けたと思ったらそこが大石沢出合でした。左手の大石沢上流方向には朝日岳の稜線も見えていて、上の方はどうやら草黄葉が広がっているようです。

ここからも小滝が続き、極力水流沿いを進みました。面白いS字のゴルジュを、シュクラさんは右から巻き、私は例によって泳ぎで中央突破。中は3段くらいに分かれていて、最後の抜け口ではちょっとしたバランス技も使います。ここで、同じくS字ゴルジュの中を先行するノーヘルの男女2人組の姿がちらっと見えました。

その2人が小休止しているところを抜いたら出てきたのが雑誌やガイドブックの写真で見慣れた8m魚止め滝で、一見どこからでも登れそうですが、右の流れのない凹角が容易です。

だんだん樹木が少なくなってきて、これも比較的大きな斜め滝を左からトラバースして最後水流沿いに抜けると、すぐに二俣に達しました。この辺りからガスが頭上に迫ってきて、ぽつぽつ小雨も降ってきました。二俣を右へ行くと左右を緩やかな草の斜面に囲まれた赤茶色のナメ状になり、これが晴れていたらどんなに素晴らしいだろうかと思わせる景色です。ただし、足元をみると白い小さなワームが無数に散らばっていて、足がたくさんある生き物が苦手(足がない生き物も苦手)な私はひそかに身震いしていました。そのうち途中に傾斜のきつい滝が現れ、先行パーティーがロープを出して渋滞しています。我々が順番待ちしていると、後ろからやってきた先ほどの男女2人のうち女性の方がシュクラさんに「●●さん(シュクラさんの本名)、こんにちは。■■です」と声を掛けてきました。シュクラさんの知り合いだそうで、へー、山の世界も狭いもんだなとそのときは思いましたが、狭いなんてものではなくて、男性の方はWeb上での知り合いのGAMOさんだったことが後でわかりました(直接お会いしたことがなかったため、失礼しました)。しかもGAMOさんは昨日にょんまい夫妻と大石沢出合で遭遇していたのだとか。

この滝の先もナメが続きますが、ガスのため視界は20m程度に限られています。少し登ったところで左から沢筋(水なし)が合わさるところがあり、先行パーティーが真っすぐ本流を詰めていく後を追ってそのまま先に行こうとするところをシュクラさんに呼び止められました。地形図を見れば確かにここから左に上がるのが理にかなっているような気がします。しかし、正面のすてきなナメがもったいない……と後ろ髪を引かれましたが、後に続いていたGAMOペアがここから先に支沢を詰め上がっていき、我々も間隔を空けて後続しました。最初のうち沢幅は狭く、傾斜がきつく若干微妙なバランスを要求される箇所もありましたが、やがてまわりが開けてきて草原の中のスラブ登りの様相を呈してきました。途中に踏み跡はほとんどなく、しかも話に聞いている「天国のツメ」とは異なる登攀要素があったので、どうやら本来のルート(先ほどの「正面のすてきなナメ」がそれ?)を外してしまったようです。しかし、うれしいことにガスが上がって見通しがきくようになってみると、こちらはこちらで高度感もありいい感じ。適度な緊張を感じながらスラブをフリクションで越え、さらにつるつると滑りやすい草斜面を登り続けると、稜線直下で踏み跡に達することができました。

わずかの小休止の後、ジャンクションピーク(JP)を目指して沢靴のまま歩き出しました。途中の小ピークで先行していた男女混成パーティーやGAMOペアと一緒になり、ここからいったん下って登り返すあたりでガスがとれ、青い空を背景にJPがずいぶん高く聳えているのに仰天しました。そのうち我々が先行するかたちになって笹の中の厳しい登り道を、途中にちらほら見られる紅葉だけを楽しみにしながら登っていると、後ろからずいぶん足の速いパーティーが近づいてきます。稜線の少し下で追いつかれたために道を譲ったところ、それは東黒沢で共に道に迷ったあの高年Pでした。言葉を交わすと、先頭をぐいぐい登る男性が64歳(!)、それに続いてひいこら言いながらそれでも我々より速い3人もそれぞれ50代中頃。しかも、立派な道標の立つJPに一緒に到達してみると、彼らのリュックサックの中からは缶ビールは出るわ紙パックのお酒は出るわ、およそ軽量化とは無縁のパッキング。そのまま土合へ下るらしいので幕営装備も背負っているのでしょう。高年パワー心底恐るべし。

JPからは縦走登山者の人たちとともに、きれいに整備された朝日岳頂上付近の登山道を歩きました。前方には山頂標識の立った朝日岳のてっぺんが見えており、左手にはきれいな池塘も点在しています。宝川温泉への下り道は、その池塘を過ぎたあたり、山頂まであと数分のところから左に曲がった先で、しばらく木道を歩いてから下降にかかったのですが、下りの途中に現れた岩場のトラバースは一般登山道にしてはちょっと危ないと感じました。天気はどんどん良くなってきて、上からは大石沢出合を中心にナルミズ沢の全景を見下ろすことができました。1時間ほどの下りでその大石沢出合に到着し、ここからはナルミズ沢に沿った登山道を歩きました。この登山道は、整備してくれているであろう地元の方々のご苦労には頭が下がるものの、随所に深いぬかるみがあって登山靴では難儀しそう。もちろん我々は沢靴のままなのでノープロブレムですが、ただし途中で道をふさぐように斜面に横たわる倒木に白くて巨大なふわふわキノコがびっしりついているのを見たときには、背筋に冷たいものが走りました。

広河原に着いてデポしていた品々を回収し、そのまま右岸の登山道を歩くとすぐに徒渉点で、そこから1時間ほどの登山道は細かいアップダウンがけっこうこたえました。やっとの思いで林道に着いてジョギングシューズに履き替え、ここからよく整備された道を宝川温泉まで歩いたところ思ったより早く宝川温泉に着き、バスの時刻まで1時間あったので風呂を使ってさっぱり。風呂上がりのキリン・ラガーは一気に飲み干しました。

今回は私の地図読みのいい加減さが随所に出てシュクラさんに迷惑をかけ通しでしたが、終わりよければ全てよし……なわけないですね。すみません。ともあれ、2日間ありがとうございました。

帰ってみると、両腕や両足首が赤くマタンゴのように腫れ上がってしまい「これは、キノコ街道の祟りか?」と一瞬怯えましたが、もちろんそんなことはなく、テントサイトで食事中に羽虫に喰われた跡が疼いているのでした。これだけ派手にやられたのは北鎌尾根でのブヨ攻撃以来。この山域に限らず、泊付きの沢では虫除けスプレーと長袖は必携と思い知りました。つらいけれど、いい教訓です。