尾白川滑滝沢〔F2まで〕

日程:2021/01/07-09

概要:日向山登山口を起点に尾白川に入り、本谷と鞍掛沢との間の尾根を経由して本谷上部に下ってすぐに幕営。翌朝、未明に行動を開始して滑滝沢に取り付き、中段の滝の右端に通じるルンゼ状を登り詰めたところで登攀を終了。樹林帯を下降して尾白川に下り、往路を戻って帰幕。3日目に下山。

⏿ PCやタブレットなど、より広角(横幅768px以上)の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

山頂:---

同行:セキネくん

山行寸描

▲F1の登り。背後に烏帽子中尾根の側壁が立ち上がる。(2021/01/08撮影)
▲F2下のルンゼの登り。素晴らしい高度感だが傾斜は緩やか。(2021/01/08撮影)

一昨年昨年とターゲットにしていずれも敗退に終わった尾白川滑滝沢。友人の友人であった故moto.p氏の遺品回収で尾白川に入ったときから「いつか登る」リストの上位に入れていた課題ですが、3度目の正直を狙うことにしました。折しも関東の一都三県は新型コロナウイルス蔓延のために2度目の緊急事態宣言が発令されようとしているタイミング、加えて入山日に爆弾低気圧が通過した後に強烈な寒波がやってくるという予報。前者はおそらく滑り込みセーフ(発令は入山後)だし後者も南アルプスではさほどの影響はないだろうと都合の良い解釈をして山梨県に向かいました。相方は昨年と同じくセキネくんです。

2021/01/07

△06:55 日向山登山口 → △08:35-09:05 尾白川林道終点 → △10:15 鞍掛沢出合 → △13:05 1740mコル → △14:00 尾白川本谷に戻る → △14:20 幕営地点

日向山登山口の少し手前のゲートに車を駐めて、十分明るくなった頃に出発。今回の自分は甲府市内に前夜泊しているので睡眠時間は十分です。

しかし背中のリュックサックが重い……。自宅で計量したところ乾燥重量で21kgで、これはこれまでの冬季山行と比較してもとりわけ重い方ではないのですが、はっきりと自分の担荷力が落ちていることを歩き出しから実感しました。そんな状態ながら錦滝・平田ルンゼ・岩間ルンゼの前を過ぎていきましたが、林道歩きの途中で出会ったJAGUの山下ガイドから各氷瀑の結氷が思わしくないという話をお聞きして、内心穏やかではありませんでした。

尾白川林道終点から尾白川への下降はしっかりしたフィックスロープ頼み。河原をしばらく歩いて出てくる女夫ノ滝を見ると冷え込み具合がわかりますが、去年に比べればずっとましな状態(凍っている)です。

鞍掛沢との出合に達したら、左に梯子滝を見てそのすぐ右の尾根に取り付きました。最初はぐんぐん高度を上げる急登ですが、100mほど登ったところにはワイヤーで木材を運搬するのに使ったと思われるウインチ(?)の残骸があり、よい気分転換になります。エンジン部分に残っているプレートには性能諸元と共に「昭和14年12月 東京自動車工業株式會社」という文字が残っており、歴史の重みを感じさせました。

やがて尾根はなだらかになり、鞍部から沢筋を尾白川へと下ります。この下降路も初見ではルートファインディングに苦労するところですが、わかってしまえばルートは明瞭……ではあるものの、荷物の重さに負けている私はいらぬところで時間を食ってセキネくんを待たせてしまいました。この状態では昨年のように北坊主ノ沢の近くまで足を伸ばすことは難しいことと、今回は2泊3日行程で2日目の時間に余裕があることから、幕営地は尾白川に入ってすぐの適当な場所を選ぶことにしており、本谷に降りてわずかに上流の坊主岩を見上げる場所にテントを設営しました。

2021/01/08

△05:15 幕営地点 → △08:40-09:15 滑滝沢出合 → △15:00 登攀終了 → △17:10 チョックストーンの上 → △17:50-18:10 滑滝沢出合 → △20:20 幕営地点

前夜の申合わせで3時起床・5時出発としていたのですが、セキネくんのジェットボイルがあっという間にお湯を沸かしてくれるために出発予定時刻よりもかなり早く準備が終わってしまい、こんなことならあと30分余分に寝るのだったと少々後悔しました(もっとも後で「あと30分早く出発しておけばよかった」と後悔の中身が改まることになります)。

まだ暗い内に出発しましたが、沢筋の雪の上には比較的最近通ったばかりらしい踏み跡があり、これがルートファインディングを助けてくれました。

やがて明るくなった頃に昨年の幕営地を通過し、北坊主ノ沢・西坊主ノ沢をそれぞれ左に見ながらさらに上流を目指します。くだんの踏み跡は西坊主ノ沢を登るパーティーのものだった模様ですが、左岸・右岸を行き来しながら巧みに岩場を越えていくこの踏み跡がなかったら、我々の滑滝沢へのアプローチは(初見ではないとしても)相当に時間を要したかもしれません。

やがて1年ぶりの滑滝沢の出合に到着しました。どうやら昨年とは異なり、登攀可能な氷の状態であるらしいことにほっとします。先に着いていたセキネくんは手頃なサイズの岩小屋を見つけてくれており、ここで風を避けながら最終的な登攀準備を行いました。トポによれば滑滝沢はF1=150m強のナメ滝→100mの歩き→緩傾斜の岩溝状の氷瀑→F2=150mの氷瀑→150mのナメ滝という構成になっているそうですが、もちろんこのときは最上段の150mナメ滝まで達するつもりでいました。

ところで、今回の計画では滑滝沢の氷瀑を登り終えたら左岸の樹林帯を下降して尾白川の上流側に下り着くことにしていますが、そこにはV字谷をまるまる塞ぐ巨大なチョックストーンが鎮座しています。このチョックストーンは2013年に沢登りとして尾白川本谷を遡行したとき(右の写真はそのときのもの)にアブミトラバースと胎内くぐりで突破したところであることを思い出し、懸垂下降するならあの大岩の下流側に下りたいものだと考えました。後述するように実際にはそうはならなかったので、このとき何か虫の知らせのようなものが働いたのかもしれません。

登攀開始。F1は緩やかなスラブに広がるナメ滝で、まずはセキネくんが最初の段差の手前まで駆け上がるような勢いでリードし、続いて私が2mの段差を越えて次の段差の手前にある灌木まで(以下、奇数ピッチはセキネくん、偶数ピッチは私のリード)。

3ピッチ目に再び段差を越えると傾斜はいったん緩くなり、十分な雪があればここはコンテで進めるところなのですが、この日はところどころ岩の上に薄く雪が乗っているだけでアイゼンが滑る部分があったために、右の灌木も利用しながら私・セキネくんと交代にスタカットでロープを伸ばします。しかも5ピッチ目でぶつかったナメ滝が凍りきらずに水流を見せていたため、途中から沢筋の右(左岸)の樹林帯の中を迂回することになりました。

6ピッチ目で樹林帯から沢筋近くに戻り、7ピッチ目でさらに流芯に入るとそこが滑滝沢の核心部となる中段=F2の入り口となります。上述のmoto.p氏はF2をフリーソロ中に落ちて亡くなったとのことですから、彼の終焉の地はここと言うことになるのかもしれません。直接の面識はありませんでしたが、質・量共に卓越したクライミングを実践していた彼を思い心の中で合掌。

さて、この場所は左岸から側壁が張り出してきている狭隘部になっており、滑滝沢自体もこの上で屈曲しているため、この段差の下に立ったときには先を見通すことができないので、もっと手前でF2全体の氷の付き方を見渡してルートどりを頭に入れておく必要があります。

しかしその点に考えが至っていなかったために、まずここで左の青い氷瀑を登るのか右奥に見えている狭いルンゼを登るのかで悩んでしまいました。左の方が氷は厚く、ある程度傾斜もあって面白そうですが、右奥の方はそこまでの氷が薄いものの一見して弱点となっているし、水流が落ちてくる(ということは上につながっている)方向としても自然だと思えます。

そこで8ピッチ目は右のルンゼに入ることにしました。3mほどの段差を越えると緩やかなルンゼを埋める氷の廊下ができており、ロープの残りの長さを聞きつつ適当な場所でスクリュー2本を氷に埋めてビレイ点を作ります。雪混じりの冷たい強風が通り抜けてビレイをするのがつらい場所ですが、救いと言えるのは時折上空に青い色が見えることです。トポに言うところの「緩傾斜の岩溝状の氷瀑」とは、これのことなのでしょうか?

9ピッチ目もさらにルンゼの中にロープを伸ばします。上の写真で見ると左上から氷が降りてきており、後から思えばそこ以外に滑滝沢の上段に通じるルートはなかったのですが、そちらへ登るには薄い氷の段差とスラブを越えなければならず、現場の状況ではその発想は出てきませんでした。

したがって10ピッチ目はさらにルンゼを詰めていくことになりました。適度な硬さの氷のおかげでアックスやアイゼンの前爪がよく決まりさくさくと登れますが、傾斜が緩やかな分ふくらはぎがきつい!しかしそうこうするうちに前方に樹林帯が見えてきたことから、どこかで左壁を越えて左上しなければ上へ抜けられないことがはっきりしてきました。どうやらこのルンゼは、F2の本体(?)に対してその下端を右岸下流側から左岸上流側へと(カッターナイフの刃先のように)斜めに区切る位置関係にあったようです。

11ピッチ目、左側に黒々としたスラブを眺めながらさらに上へ。左奥にはもしかしたら「本線」だったかもしれない氷の厚みが見えていますが、あちらへ乗り移るのはもはや不可能です。

12ピッチ目、いよいよ行く手の樹林帯が近づいてきました。ここで上の写真中央に左から斜めに落ちてきている緑の氷を登るかルンゼの一番奥まで登るかの選択肢がありましたが、リードを担当した私のチョイスは後者。左岸の樹林帯への逃げ道を確保しておきたいというのがその意図でしたが、結果的にはこれは正解で、手前の緑の氷を登っていたらやがて傾斜のきつい露岩のスラブにぶつかり進退窮まるところでした。

13ピッチ目、セキネくんはルンゼ最奥から左上へ続く黄緑色の氷瀑を登っていきましたが、残念ながらこの氷瀑は長くは続かず、薄い雪に覆われた岩の凹角が行く手を阻んだために右(左岸)の樹林帯の中に逃げ込むしかありませんでした。標高2280m・出合からの高距約300m、ここで万事休すです。

樹林帯の中から改めて滑滝沢の上流を眺めると、傾斜が緩くなったところに最上段のナメ滝が青白い塊となって乗っているのを見てとることができました。しかし、既にF2の落ち口とほぼ同高度に達している我々の位置から見渡してみても、そこに通じる氷の登路をF2の中に見つけることはできませんでした。

気が付けば時間がかなり押しており、とにかく暗くなる前に尾白川本谷に下り着かなければならないと左岸の樹林帯の中を下降します。先を行くセキネくんは巧みに弱点を見つけて急傾斜をかわしていきましたが、樹林の尾根の末端にある崖の上から1ピッチ、さらに途中の斜面の灌木を使ってもう1ピッチ、合計2ピッチの懸垂下降を終えたときには夜の帳があたりを包んでいました。そして下り着いたところは、登攀開始前に「あの岩の下流に下りなければ」と眺めていた巨大チョックストーンの真上でした。

しかし幸いなことに、大岩の下の空間は雪に埋もれることなく通過できる状態にあり、クライムダウンと捨て縄を使っての懸垂下降を重ねて大岩の下流側に脱出することができました。やれやれ、一時はどうなることかと思った。

疲れ切った我々がテントに戻り着いたのは、セキネくんが19時半頃、私が20時20分頃になりました。残り少ないウイスキーをお湯割りにして、何はともあれ互いの健闘を祝福して乾杯。申し訳程度に酒のアテを口にすると、もう夕食を作る気力はなくなっていました。

2021/01/09

△08:20 幕営地点 → △08:40 枝沢出合 → △09:35-45 1740mコル → △12:05 鞍掛沢出合 → △13:20-40 尾白川林道終点 → △15:20 日向山登山口

最終日はゆっくり6時起床。当初の計画ではこの日下山前に北坊主ノ沢をF2まで登るつもりだったのですが、そうした考えは昨日の登攀終了時点で消え失せています。

下流方向は晴れ、上流方向は雪雲に覆われてテント周辺にも時折小雪がちらつく天候ですが、往路を戻るだけなので気分は楽。ただし食料・燃料の消費が進まなかったために期待したほどにはリュックサックが軽くなっておらず、往路に使った尾根への登り返しには難儀しました。

それでも我慢して足を運び続ければ、いつかはゴールに辿り着くもの。半分凍った釜を眺め、もうこの沢に来ることはないだろうと少しばかり感傷的な気分で尾白川に別れを告げると、最後のつらいアルバイトである尾白川林道終点までの登り返しに取り掛かりました。

完登はできませんでしたが、それでも大きな氷瀑を次々にピッチを重ねて登り詰めていく感覚を味わうことができ、アルパインアイスの醍醐味の一端に触れることができました。最上部の「150mのナメ滝」まで届かなかったのは正直に言えば残念ですが、このタイミングで与えられた環境と自分の力量とを突き合わせて導き出した解答がこれなので、悔いを残しているわけではありません。

とは言うものの、あらゆる面で自分の体力不足が山行の足枷となってしまったことには落胆しています。満足に歩荷ができない状態の私が曲がりなりにもそれなりの高度まで到達して無事に帰ってこられたのは、強靭な体力と的確な判断力を備えたセキネくんが相方を勤めてくれたからにほかなりません。これに対してもし自分が、せめて昨年の同時期と同等の体力を維持し初日の入山時に昨年と同じ場所までベースを進めることができていれば、滑滝沢に取り付く時間を早められ、そのことによってもっと安全に下降できたでしょうし、3日目の北坊主ノ沢の計画も実行に移せたかもしれません。

この山行は私にとって、今後も山登りを続けて行こうとするのであれば必要十分なトレーニングを自分に課すことができるコンディションに復することが先決だと痛感する機会となりました。

今回の滑滝沢でF2を越えて上段のナメ滝帯まで登り着くラインはあったのか?

……ということはやはり気になる(煩悩)ので、帰宅してから写真を矯めつ眇めつ眺めてみました。何ぶん限られた視角での写真しかありませんし、途中で寒さのためにカメラがダウンするというアクシデントもあって十分な素材は揃っていないのですが、結論は「ラインはつながっていたと思われるが不確定要素があり自分の技量では飛び込めない」です(詳しくは上の画像をクリック)。

ちなみにこちらは昨年の滑滝沢F2の写真(対岸からの遠望)です。こうして見ると、F1は今年の方が好コンディションでしたがF2は昨年の方が発達していたようにも見えます。このようにその時々によって姿を変える対象を登ろうとするなら、現場の観察眼が大事。それはもちろんアルパインクライミング全般に言えることですが、とりわけアルパインアイスはこれだから難しいし、面白い。でもやはり悔しい……。