龍王岳東尾根
日程:2023/05/12-13
概要:初日は移動日として室堂でパートナーと合流し、立山室堂山荘泊。2日目に一ノ越を越えて龍王岳東尾根を登り、龍王岳と浄土山のピークを踏んで室堂に戻る。
⏿ PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。
山頂:龍王岳 2872m / 浄土山 2831m
同行:よっこさん
山行寸描
南方の島国に赴任した旦那の後を追って今年の夏から数年間日本を離れる山友よっこさんの送別雪山登山を信州の鉢伏山で行ったのは3月のことでしたが、もう少し雪山を登りたいよっこさんからゴールデンウイークを前に山行の誘いが入り、選んだ行き先は前々から気になっていた龍王岳東尾根です。『日本登山体系』にも特にむずかしいところを選ぼうとしない限り、ザイルは必要がない
と書かれたルート(ただしこの記述は無雪期登山に関するもの)なので、先日のサギダル尾根と同様のバリエーション・ハイキングになりそうだと思いながら現地入りしましたが、結果的にはサギダル尾根よりワンランク上の岩稜登攀を楽しめました。
2023/05/12
△14:55 室堂 → △15:15 立山室堂山荘
日曜日(5月14日)に予定が入っている私の方の都合で今回の山行日程は金・土の2日間ですが、金曜日はほぼ移動日です。のんびり行くなら高速バスを使う方が節約になりますが、あいにく中央道集中工事期間中につきバスの遅延が見込まれるので、立山黒部アルペンルートとの接続を確実にするために新宿駅8時発の特急あずさに乗って、信濃大町に降り立ったのは11時過ぎでした。
信濃大町で時間があるときには立ち寄ることにしている「昭和軒」の「元祖ソースがけかつ丼」をいただいて気合注入。初めてこの店に入ったのは11年前のことでしたが、店の名前の通り昭和レトロな雰囲気がまるで変わらないのが嬉しいところ。諸般の事情から最近値上げしたようですが、それでもこのボリュームで900円というのは相変わらず破格です。なお、メニューに書かれたかつ丼とかつ重の違いの解説には目から鱗でした。
扇沢から久々に乗ったアルペンルートはさほど混んでおらず、乗っているお客さんも訪日観光客ばかり。そして黒部ダムに出たときに視線を向けたのは観光放水ではなく(そもそもこの時期は放水していません)周囲の山の雪の残り具合でした。
電気バス→徒歩(黒部ダム)→ケーブルカー→ロープウェイ→トロリーバスを乗り継いでやっと到着した室堂は富山側からの観光客でごった返しており、一気に観光地の喧騒に巻き込まれました。ここでよっこさんと無事に合流してから徒歩15分ほどの距離にある立山室堂山荘までの短い雪原歩きがこの日の行程です。向こうに見えている浄土山の様子を見る限りやはり雪がかなり少なくなっている模様で、この時点で、どうやら明日はもっぱら岩登りに終始しそうだと見当がつきました。
34年ぶりの投宿となる立山室堂山荘でモンベルカード特典のただビールで乾杯の後、部屋に戻って支点構築法のおさらい。唐揚げメインのおいしい夕食をいただいてから夕日を期待して外に出てみました。
残念ながら雲が降りてきており夕焼けを見ることはできませんでしたが、こうした蕭条たる雰囲気も悪くありません。しかし、この寒い中で純白ひらひらのフェアリーな出立ちの女性が三脚を立てて自撮りをしていたのにはびっくり。雪山であってもいろいろな人がいるものです。
2023/05/13
△05:05 立山室堂山荘 → △05:50 一ノ越 → △06:15-25 龍王岳東尾根取付 → △10:45-11:10 龍王岳 → △11:30 浄土山 → △12:20 室堂
午前4時に起床し、前日のうちに受け取っていた朝食代わりのお弁当をそそくさと食べてから、ハーネスを着けヘルメットをかぶり、ビーコンのスイッチをオンにして出発。我々の出発は5時頃になりましたが、そのときにも昨日のフェアリーがそのままの格好にごつい機材バッグを肩から下げて出勤していきました。撮影ご苦労様です。
室堂から一ノ越までは浄土山の山裾を絡むようにトラバースしていくことになりますが、朝方の締まった雪が歩きやすく、雪の斜面に等間隔に立てられた竹竿に導かれてスムーズに一ノ越に到着しました。
一ノ越を乗り越すとごく近いところに龍王岳が北面を見せていて、その岩がちの風貌にはあらためて残雪期の終わりに差し掛かっていることを実感させられます。目指す東尾根は龍王岳の山頂から左下に長く伸びていて末端はかなり下の方まで続いていますが、途中から下はただの岩がちの盛り上がりになるので、登攀対象となりそうな岩の大きさが始まるところを取付と見定めてアプローチすることにしました。
一ノ越から龍王岳東尾根に向かっては地形図を見る限りどのようにでも近づけそうですが、実際にはところどころのハイマツの尾根が行く手を遮ります。それらをかわし、さらにいくつかのクレバスもよけながら下り気味に雪の斜面を進んで、無事に一ノ越から目星をつけていた取付の位置に乗ることができました。
ロープを結んで登攀開始。見上げる限り雪の要素はなく傾斜も緩いただの岩尾根ですが、アイゼンを履いたまま、まずは私のリードでスタートしました。時間にゆとりがあり後続もいないので、ここから山頂まで全行程スタカットの予定です。
しかし易しいはずだと侮ったのがたたったのか、ワンポイント冷や汗をかく場面がありました。1ピッチ上がったところに大きな岩壁があり、素直にルートを探せばその右寄りに楽な登路が見出せるはずなのに残置ピンに騙されて左から取り付いてハマりかけ、靴幅程度の狭い岩のバンドを尾根の右側に向かってきわどくトラバースする羽目になってしまいます。しかしハンドホールドが薄くて確信が得られず、これはヤバイかも……と逡巡の末にグローブを外して素手になってここを突破し、クラックにカムを決めてからどうにか上へ抜けました。幸いトラバースの部分ではランナーをとっていないので、後続のよっこさんはバンドではなく安定した下地を歩いて尾根の右寄りに移り、こちらは難なくこの岩壁を通過できました。
この後はつるべでの登攀にしてよっこさんにもロープを引いてもらいましたが、踏み跡も残されていてルートファインディングに困る場面はありません。しかし、我々がのんびりと登っている横から突然単独の男性が現れて風のように軽やかな足取りで抜かしていき、我々は「うーん、やはりこの尾根は軽装快速でさくさくと登るのが似合うなぁ」と感心しながらその背中を見送るしかありませんでした。
登るうちに徐々に傾斜が強くなってきましたが、斜度の変化がマイルドなので「いつの間にか」I峰の左斜面に変わっていたという印象で、それでも振り返ればそれなりに高度感があってうれしくなってきます。ただし途中にハイマツの根が踏み荒らされた区間があったので、もしかすると我々が追っていた踏み跡は正しいルートを外していたのかもしれません。
I峰のてっぺんはフラットな岩畳になっており、これを乗り越えたらII峰は右からかわしてIII峰の雪の斜面を目指します。
ガアガアとにぎやかな雷鳥に迎えられて緑の尾根を先端近くまで登り、ハイマツの根元にスリングを巻いて確保(昨夜のおさらいが役に立ちますね)。気温が上がって緩んできた雪の斜面を越えるとそこがIII峰のてっぺんで、前方には最後の登りとなるIV峰への雪の登路が見えています。
ちょっと嫌らしいIII峰からの下りを慎重にこなしてしばらく尾根の右斜面をトラバース。先行の踏み跡はぎりぎりまで右斜面の雪を使っていましたが、我々は早めに左へ折れて尾根の真上に乗るラインを選択しました。
そこには目論見通りIV峰に通じる易しいスノーリッジがあり、これを使って安全にIV峰頂稜の手前に達することができましたが、そのどん詰まりで岐路が現れました。ここでも先行の踏み跡は左の細いルンゼの中に残された雪を踏んで登っているのですが、その途中には若干ややこしそうに見える段差がある上に雪も腐っていて踏抜きが怖く、あまり踏み込みたくない感じ。これに比べれば正面の岩壁突破の方が確実に思えます。
……というわけでシュルントに注意しながらIII級程度のワンポイントをこなして岩壁の上に乗り上がり、ハイマツでビレイしてよっこさんを迎えました。見ればその先には精神安定剤程度には使えそうな残置ピンがあり、このラインも登られていることは間違いないようです。
事実上最後のピッチはよっこさんのリード。先ほど見つけた残置ピンにランナーをとったよっこさんは、若干の試行錯誤の末にアイゼンでのハイステップをこなして前方の岩の上に立ち、そこからガラガラの岩の積み重なりとハイマツとのコンタクトラインを登って安定した場所までロープを伸ばしてくれました。よっこさん、ナイスリードです!
最後は3mほどの雪壁を乗り越えると龍王岳山頂に続く安定した雪尾根の歩きとなり、ロープいっぱいとなったところでコンテに切り替えました。
龍王岳山頂到着。終わってみればなかなかのスケールの中に岩と雪が混在し、最後にスパイス的なパートも出てきて楽しいルートでした。登り終えたよっこさんも感激してくれているようで、それが自分にとって何よりの成果です。
龍王岳山頂からの眺めは360度。北アルプス北部の山々が一望で、それらの多くはこれまでにピークを踏んでいるものばかりですが、間近にそびえる立山(雄山)以上に存在感を放つのは、その北の剱岳と遠い南の槍ヶ岳でした。
大展望に別れを告げての下山コースは、かつて剱岳を背にする阿弥陀堂が建っていたという浄土山に向かっての緩やかな下りと登り返しから。富山大学立山研究所が建つ浄土山南峰山頂には一ノ越からスキーヤーが数人上がってきていて、次々に滑走を始めていました。
振り返り見る龍王岳はなかなか立派で、その左奥に先ほど完登した東尾根の全貌を(早くも懐かしむ気持ちで)見ることができました。想定していたよりもずいぶん時間がかかってしまいましたが、下り坂予報だった天気がここまでもってくれたのはラッキーでした。
浄土山北峰の山頂には、なぜか山頂標識は見当たらない代わりに最高地点から少し先に日露戦争で亡くなった富山県出身の軍人を慰霊する軍人霊碑が立っています。これを見たら少し戻り、岩が露出してすこぶる歩きにくい夏道を下りました。
さすがに傾斜が緩むと雪の斜面になって歩きやすくなり、後は室堂を目指して一直線。立山信仰の中で西方浄土を象徴する浄土山と同じく地獄を象徴する地獄谷との間に室堂があるということは、やはり室堂は人間界=俗世を示しているということなのでしょうか。それまで我慢してくれていた雪雲がとうとう乾いた雪の粉を降らせ始める中、観光客で大賑わいの室堂ターミナルに着いたところで無事の山行終了を祝って握手を交わし、よっこさんは富山県側へ、私は長野県側へとそれぞれの帰路に就きました。