塾長の山行記録

塾長の山行記録

私=juqchoの登山の記録集。基本は癒し系バリエーション、四季を通じて。

一ノ倉沢烏帽子沢奥壁南稜

日程:2015/05/24

概要:一ノ倉沢を詰めてテールリッジから南稜テラスに達し、南稜を登る。登攀終了後は一ノ倉尾根を一ノ倉岳へ抜け、谷川岳から天神尾根を下る。

山頂:一ノ倉岳 1974m / 谷川岳 1977m

同行:セキネくん

山行寸描

▲テールリッジから見上げる衝立岩。いつ見ても素晴らしい威圧感。(2015/05/24撮影)
▲馬の背を登る。終了点まであと少し。(2015/05/24撮影)
▲最終ピッチをリードするセキネくん。淀みないクライミングだった。(2015/05/24撮影)

セキネくんから「5月に谷川岳に行きたい」という連絡が入ったのは、4月24日のこと。セキネくんは谷川岳の山頂を踏んだことがないのだそうですが、ここで登りたいと言っているのはもちろんノーマルな登山道ではなく一ノ倉沢のバリエーションルートで、そうであるなら一ノ倉沢の概念をつかむためにまず登るべきはポピュラーな烏帽子沢奥壁南稜ということになります。この南稜は、現場監督氏に先導してもらって2002年9月に初めてアルパインルートを自力で登った記念すべきルート。いろいろな意味で鮮烈な記憶を残した登攀でしたが、自分としては良い印象を持っています。あいにく、かつて山ノボラーたちに快適な宿を提供していたベースプラザの売店フロアが今は夜間閉鎖になってしまっているという話を聞き、私は列車、セキネくんは車でそれぞれ土合駅に向かい、ここで合流することにしました。

終電で21時頃に土合駅に降り、懐かしい462段の階段をがんばって登り無人の改札を出て右手の待合室にシュラフを広げました。私の他には改札の中にテントが1張り、待合室に独り言が不気味な単独の男性、駅舎の外には数台の車。24時前にはセキネくんも到着したようですが、彼はそのまま車中泊とし、約束の3時に駅のロビーで落ち合って手早く朝食をとった後に立体駐車場まで車を進めました。

2015/05/24

△03:45 駐車場 → △04:35 一ノ倉沢出合 → △04:55 テールリッジ末端 → △05:20-25 中央稜取付 → △05:40-05:55 南稜テラス → △08:10-50 終了点 → △09:55 5ルンゼの頭 → △10:30-45 一ノ倉岳 → △11:50-12:05 谷川岳(トマの耳) → △13:40 天神平

登山指導センターから一ノ倉沢までは歩きやすい舗装路で、男性3人・男女2人の各パーティーと前後しながら明るくなりかけた道を早足で進みました。ここを初めて歩くセキネくんは、マチガ沢の威容を目にするあたりから早くも興奮気味です。

一ノ倉沢出合の駐車場には数張りのテントがありました。なるほど、ここは今では通年交通規制がかかっていますから、駐車場にテントを張っても車両への迷惑にはならないわけです。ここでハーネスを装着している間に残りの2パーティーが先行していきましたが、それより先には人影は見当たりませんでした。

出合からテールリッジまでは安定した雪渓が続いていますが、先行の2パーティーのうち3人組の男性1人と男女パーティーの男性を除くとこのテールリッジへのアプローチには慣れていない模様で、テールリッジに着いた時点で先頭に立つことができました。一ノ倉沢では先頭に立つことは登攀のスピードと安全にとって極めて大きな要素なので、これはラッキーでした。

通い慣れたテールリッジを登り衝立岩を見上げれば、以前痛い目にあったダイレクトカンテが目に付いて悔しい思いが込み上げてきます。一方のセキネくんは、初めて見上げる衝立岩の想像以上の大きさに驚いた様子でした。

衝立岩中央稜の取付から始まる烏帽子沢奥壁のトラバースは、メジャールートのスタートポイントをセキネくんに教えながらの観光案内モードとなります。

あれが中央カンテ、あの高いのが変形チムニー。

などと頭上を見上げながらの歩きですが、このトラバースを落石の不安なしに歩けるというのも早出をしたことの功徳です。このトラバースの途中で南稜テラスから戻ってくる3人組とすれ違いましたが、話を聞くとどこかでビバークしていたようでした。

テールリッジを素晴らしいスピードで登る単独行の男性に道を譲ったので南稜テラスについたのは2番手になりましたが、ソロシステムでの登攀となるために時間がかかるからと先を譲ってもらえました(ありがとうございました)。ここから烏帽子岩奥壁を振り返ると、昨年登った凹状岩壁の上部の崩壊部がそこだけ真っ白なのがよくわかります。

核心ピッチをセキネくんに登ってもらうために奇数ピッチ=セキネくん、偶数ピッチ=私というオーダーとし、ロープを結んでいよいよ登攀開始。後続パーティーも続々このテラスに集結してきているので、あまり無様なクライミングは見せられません。スピーディーに登ろう!

1ピッチ目:III級程度のスラブ状フェースを20m右上し、IV級のチムニー10mを登るピッチ。出だしは問題ないもののチムニー部は案外難しく、セキネくんも最初は戸惑っていましたが、どうにか上へ抜けていきました。後続の私もチムニーで登り方に迷ってしまい、バック・アンド・フットで格好悪くズリズリと身体を引き上げました。

2ピッチ目:ホールドがしっかりした階段状のフェース25m。ランペ状を右上してから左へ切り返すラインとなり、丁寧に登れば問題はありませんが、この頃に本谷の雪渓が部分的に崩落して巨大な音を立て周囲の者を驚かせました。

3ピッチ目:草付40mの歩き。ここは確保することなくセキネくんに先行してもらいました。

4ピッチ目:かぶった岩の下を左の6ルンゼ側へ回り込む20mの短いピッチですが、III級とガイド本にあるわりには神経を使います。後続してきたセキネくんも「III級とIV級の違いがわからない」と呟きながら登ってきました。

5ピッチ目:6ルンゼ沿いに階段状を登ってから途中で右のリッジに乗り移り適当なところまで。技術的にはまったく問題ありませんが、トポでは30mとなっているところをセキネくんはリッジに乗り移るのが遅れたのか適切な支点を見出せずロープを50mほぼいっぱいまで伸ばしたところの残置ピンでピッチを切りました。

6ピッチ目:馬の背リッジの上半部。最初は右から上がり、途中でランナーをとってからリッジの左側に回り込んで登ればすぐに安定したテラスに出ることができました。一応IV級ですが岩が堅くて快適です。

7ピッチ目:いよいよ最終ピッチはテラスから頭上に広がる垂壁20m(V)でルート全体の核心部。ここは確かに壁が立っていて動きが制約されますが、横引きやアンダーのガバを使って上手に身体を振りながら高さを稼ぎ、最後はリップのガバをとって気分良く終了点に乗り上がることができます。セキネくん、ナイスリードでした。

終了点から草付の中を少し上がったところでロープを畳み、行動食を口に入れて一息つきながら周囲を眺めれば、右上には烏帽子岩が聳えています。先々のためにと再び観光案内モードに戻り、中央カンテなどを登った後は烏帽子岩の肩から懸垂下降してこの南稜終了点に降りてくることができることをセキネくんに教え、さらに6ルンゼの懸垂下降点の場所も実際に足を運んで示しました。

このままここから下ってももちろん良いのですが、後続パーティーがいると4ピッチ目以下のところで交錯することになりますし、何より谷川岳の山頂を踏むことができなくなります。ここを下るのはまた別の機会にしてもらうことにして、この日はそのまま稜線を目指しました。

ここから一ノ倉尾根へとスラブ状の斜面を登るのは初めてではありませんが、それにしてもこんなに長かったかな?と思うほど長く、途中では笹藪漕ぎも混じって消耗しました。おまけに登攀中は高曇りだった天気がこの頃からすっかり晴れになってきて、お日様がじりじりと照りつけてきます。ちょっとした苦行のようになって1時間も登り、どうにか抜け切ったところは5ルンゼの頭のすぐ下でした。

かつて南稜を登ったときは5ルンゼの頭への脆い斜面を各自フリーで抜けましたが、この日は確実を期してロープを出すことにしました。幸い、馬の背あたりまではすぐ後ろにいた後続パーティーも最終ピッチで時間を使っているのか背後に迫っている様子がなく、安全第一でも迷惑がかかる気遣いはありません。

そして5ルンゼの頭手前のコルに着くと、右下には2009年春に一ノ倉尾根を登ったときに抜けてきた狭いダイレクトルンゼが懐かしく見下ろせました。さらに5ルンゼの頭から先はほぼ水平のリッジが一ノ倉岳直下まで続いており、時折ピンクの美しいシャクナゲを愛でながらの楽しい歩きとなりました。

最後は笹の斜面の中の踏み跡を辿って、一ノ倉岳山頂の左(谷川岳寄り)の登山道にポンと飛び出し、一応山頂を踏んでおこうとそのまま登山道を右へ進んで一ノ倉岳の山頂標識にタッチ。これで登攀を完全に終了し、一ノ倉岳山頂で再び行動食をとってからのんびりと谷川岳を目指しました。

一ノ倉岳とオキの耳との間の鞍部にあたる「ノゾキ」から一ノ倉沢を見下ろすと、南稜を登るクライマーたちの姿がはっきりと見えていました。ちょうど谷川岳方面からやってきていた登山者にそのことを教えると、そんなところを登れるとは思いもしないその登山者は驚いていましたが、こうして眺めてみると南稜の終了点が岩壁のずいぶん下の方であることに改めて気付きます。なるほど、終了点から5ルンゼの頭まで出るのに時間がかかるのもこれでは当たり前だ。

オキの耳の浅間神社の鳥居をくぐり、トマの耳では大勢のハイカーに混じって休憩しながら上越の山々のたおやかな姿にみとれました。この頃になると再び雲が出始めていましたが、それでも武尊岳や至仏山・燧ヶ岳といった尾瀬の山々、対岸の白毛門や朝日岳、反対側の国境上の万太郎山やその向こうの仙ノ倉山、平標山、さらに奥に平らな山頂を見せる苗場山を見通すことができました。この辺りは1999年に馬蹄形縦走〜主脈縦走をつないで歩いたことがありますが、あれからもう15年以上がたっているのかと思うと感無量です。

下山のルートは山屋の沽券を重視すれば西黒尾根経由で下山するのがセオリーとなりますが、クライミング終了後の長い下山が好きではない私としては天神尾根でラクラク下りたい。そうした空気を察したのか、セキネくんも「お任せします」と言ってくれました。

標高差のあまりない天神尾根は途中に雪を蓄えて木道が隠れていたりしましたが、特に難しいところもなく無事に天神平ロープウェイ駅へ下ることができました。お疲れさまでした。

今回は一ノ倉沢入門として最も易しい南稜を登りましたが、この山域はテールリッジを登ってからの狭い範囲内にポピュラーなルートがいくつもあります。

あれが中央カンテ、あの高いのが変形チムニー。

セキネくんには今回の経験を活かしてこれからも一ノ倉沢の各ルートにアグレッシブに挑んでほしいと思いますし、その内のいくつかには私も付き合うことができるかもしれません。ことに秋、一ノ倉沢の雪が消えてからのアプローチなどは一度は案内しておいた方が良いのではないかと思います。←私利私欲アリアリ。