横岳西壁中山尾根

日程:2024/08/23

概要:美濃戸から行者小屋を経て中山尾根を登攀。地蔵尾根を下りその日のうちに下山。

⏿ PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

山頂:---

同行:セキネくん

山行寸描

▲登攀終了後に日ノ岳の山頂から見た眺め。撮影者=セキネくんのセンスが光る一枚(2024/08/23撮影)

この日は一ノ倉沢でのクライミングの予定でしたが、鴨川の水と山の天気は平安の昔からままならぬもの。数日前から天気が思わしくなく、岩が濡れてしまっては危険になるルートを想定していたためにこのプランは中止となって、相方のセキネくん(山梨県在住)と協議の結果、場所的にもルートの内容としてもお手軽な八ヶ岳の中山尾根へ行くことになりました。

このルートは過去に二度(2004年2014年)登っていますが、いずれもアイゼンを履いての冬季登攀で、それを夏にクライミングシューズで登るのですから技術的な問題があろうはずはありません。それでも半日で終わる手軽さを採用して登ってみると、ガスに巻かれたり晴れて展望が開けたりを交互に繰り返しながらの登攀が案外楽しく、おまけに終了点付近のお花畑もとてもキレイ。アプローチのしっとりした森林の雰囲気も含めて、夏の八ヶ岳もいいものだということを再認識しました。

2024/08/23

△04:10 美濃戸 → △06:25-35 行者小屋 → △07:35 下部岩壁取付 → △09:35-10:00 日ノ岳 → △10:20 地蔵ノ頭 → △11:00-15 行者小屋 → △12:40 美濃戸

前夜は小淵沢の某所にて4時間弱の仮眠をとり、午前3時に起床して近所のローソンで朝食の後、美濃戸まで入って暗い中を出発です。このようにせわしない行程としたのは、午後から雨が降るという予報になっていたからです。

通い慣れた南沢沿いの道も、無雪期に歩くのはなかなかに新鮮。穏やかな森林の雰囲気を愛でながら歩いていくと、行く手に懐かしい横岳西壁が見えてきました。

中山乗越からはヘルメットとハーネスを装着して踏み跡を辿っていくと、やがて下部岩壁手前の傾斜が強くなるあたりで踏み跡が判然としなくなってしまいました。冬なら雪の上の踏み跡を辿ればいいだけなのに(←他力本願)とぶつぶつ言いながら部分的に藪漕ぎも交えて登りましたが、ここはどうやら左へ左へと意識しながら登れば良かったようです。それでもどうにか尾根が細くなってきて、前方の霧の中に下部岩壁が立ちはだかりました。この時点で7時半ですが、天気予報によれば9時頃から晴れてくるはず。今後の天候が良い方向に進むことを期待しつつ、下部岩壁の足元でロープを結びました。今回は60mシングルロープを用意しており、通常2ピッチに分けて登る下部岩壁を一気に登る計画です。

まずは私のリードから。冬季に登るときは取付きからいったん右下に下って左上するランペに入ることが多いのですが、今日はクライミングシューズを履いているので目の前の壁を直上します。出だしが少し立っている上に八ヶ岳特有の「このホールドは信用していいのか?」という心理が働くので若干緊張しましたが、要所に打たれているハンガーボルトに励まされて右上気味にランペに入ったら、あとは自然に1ピッチ目の終了点まで登ることができました。そして目論見通りロープの残りは十分なので、そのまま右上に切り返して岩の凹角を登りましたが、アイゼン登攀だとそれなりに難しいこのパートもクライミングシューズなら楽々。ただしロープがここで屈曲するためにずいぶん重くなってしまいましたが、かまわず草付の急斜面を登って最初に出てくるしっかりした灌木にスリングを巻き、後続を迎えました。

下部岩壁と上部岩壁との間は長い草付きの尾根になっており、お互いにロープをコイルにして肩に担いでコンテで登り続けます。上部岩壁が近づいたあたりには脆い露岩があってそこだけは慎重に手足の置き場を選ぶ必要があるものの、難なく上部岩壁に達した頃には待望の青空が広がってきました。

上部岩壁の出だしはセキネくんのリード。下から見上げたときの印象は「こんなに小さな壁だったっけ?しかも寝てるし」というものでしたが、実際に取り付いてみれば垂壁に近いというのはアルパインあるあるです。

上部岩壁を抜けたところからリードを交代した私がハイマツ帯の中を登っていると周囲は再び霧に包まれ始めましたが、岩場を左から巻いて水平のリッジに達し、岩にスリングを巻いて振り返ったとき、背後にブロッケン現象が現れました。ありがたや🙏……と写真をばしばし撮ってからセキネくんを迎えて、ここから普通なら水平リッジを乗り越した先のバンドを奥〜右にトラバースして登山道に出るのですが、今回はせっかくなので日ノ岳へ直登するラインを登ることにしています。最初は目の前に見えているトサカのようなリッジ通しに登るのかと思ったのですが、念のためにセキネくんがiPhoneに入れていたトポをここで確認するとさにあらず。いったんバンドを短く進んで、そこにある凹角から登るラインが示されていました。ちなみに後で日ノ岳の山頂からこのリッジを見たところ、リッジ通しのラインはずいぶん奮闘的(要するに難しい)だった模様……。

……と予習不足を反省したところで凹角の入口まで20mほど移動して、最終ピッチはセキネくんのリード。出だしでかぶり気味の岩に圧迫されながら右上バンドを抜けたら、そこから先は開けた斜面の中に適当にラインを見つけ、一番高いところを目指して登っていきます。残置ピンは出だしのバンドに古いハンガーボルト、途中のスラブ状の岩にピトンがあり、さらに上部ではカムが使えました。

セキネくんが脆い岩の中に時間をかけてカムで構築した終了点は日ノ岳山頂の直下で、近くには気持ちのいい広場もあり、ここで装備を解除しました。下部岩壁を登り始めてから日ノ岳山頂でロープを外すまで、ちょうど2時間のコンパクトな登攀でした。なお、ここまでの行程を整理すると次の通りです。

  1. 下部岩壁(通常2ピッチのところを1ピッチで):50m
  2. 尾根歩き(コンティニュアス):200m
  3. 上部岩壁〜ハイマツ帯の途中:50m
  4. ハイマツ帯の途中〜水平リッジ:50m
  5. バンドを凹角の入口まで(歩き):20m
  6. 凹角〜日ノ岳山頂:40m

日ノ岳の山頂には小さいながらお花畑があって、足の置き場に気を使いました。しかも我々には花の知識の持ち合わせがなく、何が何やら。上の写真の右側のウメバチソウとトウヤクリンドウはかろうじてわかりますが、左から二つ目はタカネナデシコ?左端のピンクは何?後で調べたらイブキジャコウソウらしい。

それよりも、日ノ岳山頂で下山に向けた身繕いをしている間にぐんぐん霧がとれて周囲の展望が広がったことの方がうれしく、しばらくはセキネくんも私も写真撮影に専念しました。北を見れば大同心・小同心を従えた横岳があり、眼下には行者小屋が見えています。そして南を見ればもちろん赤岳です。

さあ、帰ろう。その前にここで一首。

年たけてまた越ゆべしと思ひきや 命なりけり中山の尾根

年老いてから、この尾根をまた越えることができると思っただろうか、いや思いはしなかった。中山尾根を登ることができるのは、命があるからこそだなあ。

地蔵尾根を下る途中までは中山尾根の全貌が見えていましたが、行者小屋に着いたときには主稜線は雲の中に隠れていました。さらに美濃戸まで下る途中では一瞬ぱらぱらと雨が降る場面もあったのですが、「J&N」で美味しいランチをいただいてから下界へ出るとかんかん照りの猛暑。あの雨予報はいったい何だったのか……。