横岳西壁中山尾根

日程:2004/02/28

概要:美濃戸口から行者小屋を経て中山尾根を登攀。地蔵尾根を下り、その日のうちに下山。

山頂:---

同行:現場監督氏

山行寸描

▲下部岩壁の全容。上の画像をクリックすると、中山尾根の登攀の概要が見られます。(2004/02/28撮影)
▲上部岩壁の全容。二つ前のパーティーのセカンドが登り始めているところ。(2004/02/28撮影)
▲最後の小ハング上のビレイポイントでの現場監督氏。終了点は間近。(2004/02/28撮影)

この週末は、現場監督氏、Niizawa氏、それにきむっちと私を加えたヤツレンジャー隊(Sakurai氏は閏年問題対応のため留守番)で八ヶ岳合宿。当初予定では赤岳西壁主稜、中山尾根に大同心南稜や小同心クラック、石尊稜なども加えて幅広い選択肢の中からチョイスすることにしていましたが、日曜日は天気が悪そうだとの予報のため金曜夜発のNiizawa号の中で協議し、土曜日に現場監督・塾長ペアが中山尾根、Niizawa・きむひろペアが赤岳西壁主稜を狙い、日曜日どうするかは降りてきてから考えることにしました。

2004/02/28

△05:50 美濃戸口 → △06:30 美濃戸 → △08:30-09:10 行者小屋前 → △09:55 下部岩壁取付 → △12:10 下部岩壁終了 → △12:50-13:20 上部岩壁取付 → △14:20 上部岩壁終了 → △15:30 終了点 → △15:50 地蔵ノ頭 → △16:20-55 行者小屋 → △17:50 美濃戸 → △18:40 美濃戸口

日付が変わる頃に着いた美濃戸口からできればそのまま美濃戸まで車で入ってしまいたかったのですが、ゲートが閉まっていて「スタッドレスにチェーン装着ならOK」との看板です。仕方なく美濃戸口に車をデポすることにし、Niizawa氏持参の4〜5人用テントを駐車場に皆で設営して就寝しました。去年石尊稜に登ったときは車の中で寝て窮屈な思いをしましたが、テントの中は身体を思い切り伸ばせて快適です。朝5時に起床し、前夜コンビニで買ってあった朝食を済ませ、テントを片付けて車に押し込んでから出発。出だしからNiizawa氏と現場監督氏が競い合うようなスピードで先行し、歩きの遅い私はふうふう言いながらついていきました。

美濃戸からは南沢沿いの道に入り、ちょうど2時間で行者小屋前に到着しました。天気は快晴で、目の前には横岳から赤岳にかけての大岩壁が横たわっており、ここで身繕ろいをして「一応16時にはここで合流することにしておきましょう。そんなに遅くなることはないと思うけど」と約束してから出発。

このときは、両パーティーともこの時刻を過ぎてしまうことになろうとは思ってもいませんでした。

行者小屋から中山乗越まではほんのわずか。そこから右手へ入る道はしっかりトレースされていて、途中で男女ペアのクライマーに道を譲っていただいて先行し、かなりの急坂を息を切らせながら登り続けます。やがてぐんと高くなったところに先行の男性2人パーティーが準備をしており、そこから前方に下部岩壁を見通すことができました。我々もここでアタックザックからロープを取り出してから、先行パーティーに続いて両側が切れた短い雪稜を渡って中山尾根の取付へ移動しました。

下部岩壁1ピッチ目のスタートは正面の岩を右手へ数m移動したところで、そこに立派な支点も設けられています。我々はその左手のこれもしっかりしたボルトに各自セルフビレイをとってルートが空くのを待つことにしましたが、ふと正面を見上げるとそこにもハンガーボルトがあり、しかも大した傾斜もなく右上するラインが見えてきて「こっちからも行けるんじゃないの?」「行けそうだよねぇ」と見解が一致しました。そこで先行パーティーのセカンドが登り始めた頃合いを見計らって、志願して私のリードでここに取り付きました。ところが、見ると登るとでは大違い。とりあえず2mほどの垂壁の上にある最初のボルトにクイックドローをかけるところまでは行ったものの、そこから上に乗り込むためのホールドが「やや大きめのカチ」という感じで、薄手の手袋であれこれやっているうちに冷たさで指先の感覚がなくなってしまいます。いったんロワーダウンし、やや厚手のグローブに交換して今度はクイックドローをつかみ右手の薄いバンド状へのトラバースを試みましたがこれもダメ。下から見ると寝ているようでも登ってみれば垂直、というのはこれまでも何度も経験してきているはずなのに、またやってしまいました。それでも「もう一度!」と最初のラインにチャレンジして今度は左足のアイゼンを大きく上げることに成功しましたが、そこから右上にホールドを探すとなんと氷のスローパー状態で手が出せず、またしてもロワーダウンでスタートラインに戻ってしまいました。そうこうしているうちに先ほど道を譲って下さった男女ペアがノーマルなラインに取り付き、我々を右から抜いていきました。仕方なく初志を捨て、私もノーマルラインから登ろうとしましたが、こちらの最初の2mも意外に悪く、先ほどまでの奮闘で前腕の力を失った私には登れません。心底がっかりしつつ、ここで現場監督氏にリードをバトンタッチしました。

現場監督氏も正面のラインに取りついて私が2度目にやってみた垂壁のトラバースに挑みましたが、やはりアイゼンが決まらないらしく、開脚状態でしばらくふんばっているうちにとうとうバランスを崩してしまいました。「あっ!」という声とともに現場監督氏が降ってくるのと私がぐっと腰を落としてロープを張るのとがほぼ同時で、現場監督氏は身長一つ分ほどのフォールで止まりました。アルパインでリードのフォールを止めたのは初めての経験ですが、しっかりしたボルトのおかげで怪我もせずに助かりました。しかし、このままでは2人ともここで力尽き、1ピッチ目で敗退ということになってしまいます。現場監督氏もこちらのルートは諦め、ノーマルルートから上がることにしました。

ノーマルルート(III)であれば百戦錬磨の現場監督氏にはノープロブレム。すいすいと登って上へ抜け、しばらくして上から「どうぞー!」の声が掛かりました。私はクイックドローを回収しなければならないので最初のラインで垂壁の上へ身体を引き上げ、そこからゴボウを交えてしっかりしたフットホールドへ移動しました。この間、たったの2歩。後から冷静に考えればここはMIXのつもりでバイルを使えばよかったのかもしれませんが、とにかくこの2歩を踏み出せなかったために1時間以上もロスし前腕をパンプさせてしまったのだから、クライミングは難しい。

左上する凹角を抜け、中間支点でビレイしている現場監督氏の後ろを通って、2ピッチ目(IV)は改めて私がリード。わずかに左へ回り込んだところから上へ凹状フェースを登るラインとさらに左の草付の急斜面を登るラインのどちらでも登れますが、草付の急斜面はまだらに凍りついていて悪そうなので凹状フェースに突っ込むことにしました。なかなかラインが見えず、というより1ピッチ目の敗北で岩に心が負けている私はしばらく逡巡していましたが、まず右手のホールドを引いて左に身体を振り込み1段上がり、次に正面のクラックにハンドジャムを決めて右上ののっぺりしたフットホールドに乗りました。そこまで上がると手の届くところに残置ピンが2本見えてためらうことなくクイックドローでA0。左壁にもアイゼンでのフットホールドが刻まれており、そこからは腕力頼みでぐいぐい身体を引き上げていけます。フェースを抜けたら草付の尾根状で、締まった雪にバイルをドスン!と音をたてながら打ち込んで高度を上げ、適当な長さまでロープを伸ばしたところでピッチを切り、現場監督氏を迎えました。

その後は多少岩場も混じって緊張感のある雪稜を高度を上げて、やがて上部岩壁に到着。ずいぶん時間をロスしたように思っていましたが、まだ2組前のパーティーのセカンドが登りだしたところでした。何はともあれセルフビレイをとり、テルモスを取り出してコーヒーを1杯。この高度に上がってきても風がほとんどなく、お日さまが照っていて暖かいくらいです。そのうち我々の前の男女ペアのパーティーが登りだしたので下から見ていると、リードの男性(以下「A氏」と呼ぶ)は最初の急な凹角を数m登ったところから、通常とられているはずの左のフェース(IV+)に入らずに正面の垂壁(V-)を直上するラインを選んでずいぶん時間をかけています。初めはフリーでああでもないこうでもないとやっていましたが、その次にバイルを岩に引っ掛けようとしてこれもうまくいかず、とうとうアブミをとり出しました。これを見て現場監督氏は「アブミ、持ってこなかったよ」とあせっていましたが、A氏はアブミで身体を引き上げてここを突破することに成功しました。そこでビレイをしている女性(以下「Bさん」と呼ぶ)を振り向いたA氏は「アブミ、どうする?」。

Bさん「上で使わないなら置いてって」
A氏 「上で使うと思うんだ」
Bさん「じゃ、いいけど……。(小声で)でも上ではもう使わないと思うけどな」

自分にもアブミを使わせてほしいという気持ちがありありのBさんの願いも空しく、A氏はさっさとアブミを引き上げてしまいました。するとBさんはまたも小声で「あっ、回収しちゃった。かわいそうだから置いていこうとは思わないのか!」。

しばらくして上からコールが掛かり、Bさんも登りだしました。Bさんが最初のランナーを回収して中段の垂壁に取り付いたところで現場監督氏もスタート。出だしの凹角はバイルも使ってさくさくと登り、最初のランナーをとったところで上を見上げていましたが、どうやらフェースの状態が悪いらしく先行パーティーと同じルートを行くことにしたようです。しかし先行パーティーのBさんは案の定先ほどA氏がアブミを出した目の前の垂壁で行き詰まっており、そのうち「ぶら下がっていい?」と上に聞いてからテンション。このときBさんの身体が思い切り左に振られて、そちらにいた現場監督氏はアイゼンはかろうじてかわしたもののピッケルバンドでだらんと垂れていたピッケルがヘルメットを直撃!しかし、幸い衝撃は大したことはなかったようで現場監督氏は無事でした。

しばらくもがいてからBさんが抜けていったのを見て、現場監督氏も垂壁に取り付きます。フットホールドが細かいらしくしばらく試行錯誤をしていましたが、やがてムーブを見つけて上に抜け、赤い残置スリングを使って(←今回の行程中現場監督氏が唯一A0にしたところ)左へトラバースしていきました。そこから先はビレイポイントからは見えなくなりますが、やがて上から意外に遠い声でコールが掛かりました。後続の私も出だしの凹角は問題なく登って、そこで本来の左ルートを見てみると岩壁に氷がまだらについていて状態が悪く、先行パーティーも現場監督氏もこちらを避けたのがうなずけました。そこで垂壁の登りになりましたが、1段上がったかすかなレッジから先、細かいながらもフットホールドは見えているのに、これを忠実に辿ろうとすると右に追いやられてうまく上へ抜けられません。正面奥にもホールドがここと思うところにあることはあるのですが、微妙に氷がついている上に握力が失われていて自分を信じることができません。2、3回試したもののうまくいかずそのたびにレッジに戻ってロープに支えてもらいながらパンプした腕をぷるぷると振ってレスト。最後にボルトにかけたクイックドローを渾身の力で引いて身体を引き上げ、両足のアイゼンをなんとかいい位置に上げることができてかろうじて抜けられました。

そこから先ほど現場監督氏が使った赤いテープスリングやボルトを使って左へトラバースし、中段のテラスから左上の短いかぶった凹角に入りましたが、ここまでくるとフリーにこだわる気持ちは微塵も残っておらず、抜け口の手前に現場監督氏がランナーをとったクイックドローをつかんで態勢を安定させ、そこからは両足のつっぱりでぐいぐいと抜けていきました。

この凹角を抜けた先では、草付と岩稜がミックスした斜面がようやく近くなってきた稜線へと突き上げています。上部岩壁を抜けたところからの易しい雪稜は私が先行し、続く岩稜は現場監督氏のリード。ここも最後に小さなハングが待っていて小粒でもぴりっとしたピッチでしたが、せめて最後くらいはときっちりフリーで抜けると、その先のピナクルで現場監督氏がビレイをとっていて、すぐ右前方に終了点が見えていました。先行パーティーは既に最後のトラバースを終えて終了点に到達しており、その向こうに富士山がきれいな姿を見せています。

ラストの1ピッチはまったく問題のない歩き(II)で、トサカ状岩峰に続く水平のリッジを右側にまたぎ越してぐるっと回り込むようにトラバースすると安定した稜線上に出ました。そこにはボルトが見当たらないので手近の岩にスリングをかけてセルフビレイをとり、肩がらみで現場監督氏にコール。すたすたと歩いてきた現場監督氏と合流して、ここでがっちり握手しました。

ロープを手分けして畳み、アタックザックの中にしまおうとしたところでアクシデント。ロープをリュックサックの底にしまおうと中に入っていたテルモスを手にしたときにとり落としてしまい、可哀想なテルモスはかちかちに凍った雪の上で跳ねてカラカラと乾いた音をたてながら急傾斜の西壁へと滑落していってしまいました。このときとっさに飛びつきそうになったのですが、そこで危うく自制しなければ自分もテルモスを追って奈落の底へと落ちていたかもしれません。現場監督氏も一瞬のことに驚いたようですが、「身替わりになってくれたと思って」と慰めてくれました。

ここから先は石尊稜のときに歩いた道ですが、どうやら約束の16時には間に合いそうもありません。右手を見下ろすと行者小屋がはっきり見えて、小屋の前にはこちらを見上げている(ように思える)人の姿もわかります。たぶんあれがNiizawa氏たちだろうと勝手に決めつけて「お〜い、今行くぞ〜」と手を振りました。

好天の稜線をゆっくり地蔵ノ頭まで歩き、雪の地蔵尾根を快適に下りました。途中シリセードも交えつつ高度を下げ、30分ほどで行者小屋に着いてみると、先に下っていた現場監督氏が一人で装備を解いており、怪訝な顔をしながら近づく私に「2人がいない」と告げてきました。いない?我々よりずっと先に着いていると思っていたのに、何かあったのでしょうか?心配になりながらも、人気の主稜のことだから単に混んでいて遅れているのだろうと思いつつこちらも装備の片付けをしていると、我々の15分後ににこにこ顔のNiizawa氏ときむっちがやってきてほっとしました。彼らの前のパーティーがかなり足が遅くずいぶん待ち時間を使わされたようですが、しかし快適な登攀を楽しむことができたとのこと。両パーティーの無事を喜び合いあらためて全員での大休止としましたが、先ほど行者小屋のシャッターを閉めていた赤岳鉱泉の従業員に現場監督氏が聞いたところでは、明日は雪模様である上、今日の鉱泉には大集団が泊まっているようです。それにNiizawa氏に聞いてみると「もうお腹いっぱい」とのこと。しかし、余裕の表情を作りつつも一番お腹いっぱいだったのは実は私で、ここからさっさと下山することに異議はありませんでした。

今回は私のミス(グローブの選択、無理なラインに執拗にこだわったこと)と技量不足とでパートナーに迷惑をかけてしまい、自分でも不本意なA0の嵐になってしまいましたが、今の自分の力量では仕方なかったのだろうと納得はしています。また、ヘボなパートナーを辛抱強く引き上げてくれた現場監督氏には感謝の言葉もありません。このルートは、技量を上げて再度挑戦したいと思っています。