桃洞沢〜中ノ又沢〜赤水沢下降

日程:2024/08/16

概要:森吉山自然公園野外活動基地をベースとする周回コース。桃洞沢を遡行し、裏安ノ滝歩道を乗り越して中ノ又沢に入り、安ノ滝の落ち口を見下ろしてから中ノ又沢を遡行。分水嶺上の最低鞍部から赤水沢に下り起点に戻る。

⏿ PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

山頂:---

同行:---

山行寸描

▲桃洞沢から中ノ又沢を経て赤水沢までの全行程。一生分のナメを堪能した気分。(2024/08/16撮影)

◎本稿での地名の同定は主にNPO森吉山ネイチャー協会のサイトおよび東北森林管理局が公開している国有林野施業実施計画図(8-5,8-6)の記述を参照しています。

この夏のメインイベントは「末娘」エリーを引率しての東北地方某沢でしたが、諸般の事情から行き先が日帰りで遡行できる桃洞沢とうどさわに変わり、さらに東北地方を襲った台風5号の影響で日程が変更になったためエリーが脱落。こうなったら一人ででも行くかと好天が続く8月15-17日に森吉山の麓を目指しました。

その行程は、まず秋田新幹線「こまち」で角館に行き秋田内陸縦貫鉄道に乗り換えます。漫画「クレヨンしんちゃん」の野原ひろし(しんのすけの父)が秋田県出身という設定であることにあやかった田んぼアートを眺めつつの約1時間半のローカル線の旅の後に到着した阿仁前田温泉駅で昼食をとってから、あらかじめ予約してあった森吉山周遊乗合タクシーに乗って森吉山自然公園青少年野外活動基地まで1時間(2,600円)です。青少年野外活動センターで受付を済ませてから移動した親子キャンプ場は、清潔で使いやすい炊事場とトイレが完備されており〔後述〕、すばらしい環境の中で好きなところにテントを張ることができて利用料無料。就寝までの6時間ほどをのんびりと過ごしました。

さて、桃洞沢の遡行というと多くの記録ではその750m二俣で左俣に入り、P938の南の鞍部を越えて赤水沢に下る短い周回コースがとられているのですが、今回計画したコースは750m二俣から右俣に入り、分水嶺を越えて中ノ又沢に降りた後に安ノ滝の落ち口を覗いてからこの沢を遡行して、再び分水嶺を越えて赤水沢を下るロングバージョン。実はこれは私のオリジナルプランではなく、ときどきその記録を参考にさせていただいているポムチムサワグルイのパーティーが2022年に実行した遡行のコースをなぞるものです。このたびはお世話になりました(感謝)。

2024/08/16

△04:40 親子キャンプ場 → △05:45 森吉山野生鳥獣センター → △06:25 桃洞・赤水分岐 → △06:55 桃洞滝 → △08:35 裏安ノ滝歩道乗越 → △09:25 安ノ滝落口 → △11:40 標高915m乗越 → △13:30 兎滝 → △14:50 桃洞・赤水分岐 → △15:20 クマゲラ保護センター → △16:10 親子キャンプ場

午前3時半起床。サニタリー棟の炊事場で朝食(ラーメン)をとって、野生動物対策のために食料や飲料はひとまとめにしてサニタリー棟内の所定の場所にデポしてから出発です。

親子キャンプ場→青少年野外活動センター→森吉山野生鳥獣センターと車道を歩いて約1時間。これだけで、この青少年野外活動基地の広さがわかるというものです。

野生鳥獣センターの前から森の中の道に入り、川を渡って桃洞滝を目指しますが、前日の受付の際に係の方から予告されていた通り、この時期のこの区間は藪蚊の襲来がすごい!長袖の上衣に防虫ネットをかぶって虫除けスプレーも多用したものの、それらをものともしない蚊の連中の波状攻撃に追い立てられるようにして先を急ぎました。

途中には桃洞・赤水分岐の標柱や桃洞横滝などポイントになる地点もありますが、そんなものに目をくれて立ち止まっていたらたちどころに数発くらってしまいます。ホント、勘弁してほしい。

やがて沢を飛び石で渡る場所が現れたので、ここで素早くヘルメットをかぶりハーネスを装着して沢登りの格好に変身します。ここから沢の中を進むこともできますが、特にこれといった面白みがあるわけではないので右岸を歩いたり沢の中に入ったりを交互に繰り返しながら先を急ぎました。

やがて目の前に大きな滝が二つも現れました。左は六段ノ滝、右奥が前々から一度は実物をこの目で見たいと思っていた桃洞滝です。なるほど、桃洞滝というのは確かに女性的というか桃のようなというかなんとも絶妙な形態をしていて、その存在感は抜群です。

よく知られているように、この柔らかい溶結凝灰岩でできた桃洞滝には右(左岸)に「マタギステップ」と通称されるステップが穿たれており、これを使って安全に滝の落ち口へと抜けることが可能です。それにしてもこんなところを昔のマタギは鉄砲を担いで上り下りしていたのか?獲ったクマはどうやって下ろしたのだろう、などと考えてしまいがちですが、マタギというのは年がら年中狩猟をしているわけではなく、春は山菜・秋は茸の収穫のために山に入る生活をしており、このステップはゼンマイ採りのための道であるということを後で青少年野外活動センターの方に教えていただきました。

桃洞滝の上にはナメが続き、水流の侵食によってこれまた得も言われぬ形状を形作っています。この上の写真は、人が腹ばいになって寝そべっている姿をお尻の側から見た構図に見えないでしょうか?

やがて二俣になって右に八段ノ滝と呼ばれる立派な連瀑が現れましたが、進行方向は左です。それにしても、平日(金曜日)かつ時刻が早いせいだろうと思いますが、こうした景観を完全に独り占めにして好きなだけ堪能できるというのは誠に贅沢なことです。

横一文字に黒々と沢を塞ぐ中ノ滝。真ん中の部分が出っ張っており、そこを一歩上がれれば中央突破ができそうでしたが、その出だしが緑の水草で覆われていてラバーソールではまったく歯が立たず、仕方なく左(右岸)のステップを使って安易に越えました。

続いて見栄えのする男滝。これは水流右端のステップと残置ピンを使って登り、バンドを左にトラバースして落ち口の右に抜けていきます。この沢にはガイド山行が入っているため落ち口手前にロープが設置してありましたが、これを使うも使わないも遡行者の自由ですし景観を大きく損なっているわけでもないので、あえて目くじらを立てることはないでしょう。ただ、バンドに乗り上がるまでの斜面のボルト連打は、これが生活(ゼンマイ採りなど)のためではなくガイド遡行のために設置されたものだとしたらさすがにやり過ぎで、自然破壊の謗りを免れないように思います。

標高750mの二俣は、上の写真の丸印のところにピンクテープがあってすぐにそれとわかりました。冒頭に記したように多くのパーティーはここから左ノ沢に入ってただちに赤水沢を目指すのですが、今日向かうのは右ノ沢です〔概念図〕。

右ノ沢に入ってからもナメやナメ滝が続いていい感じ。ポットホールの連続なども面白く、これは儲け物です。そしてこの先にもところどころにステップが切られており、ゼンマイ採りの人たちがこの山域を縦横無尽に歩いていたことを実感させました。

さて、そのようにして右ノ沢の景観を楽しみながらも適切なところで中ノ又沢への乗っ越しをしなければなりません。今回の計画のポイントは「安ノ滝の落ち口を覗いてから中ノ又沢を遡行する」なので、安ノ滝の落ち口に近いところへ下る沢を探すとこれは獅子穴トヤバ沢(林班図にはこう書かれていますが「トヤバ」は「鳥屋場」でしょうか?)の一択になります。そうすると桃洞沢から獅子穴トヤバ沢へ尾根上のどの鞍部を越えるのがいいのかということになりますが、いくつかある選択肢のうちポムチム・サワグルイルート=P880の北の鞍部は尾根の両側の谷の切れ込みが比較的明瞭で、確かに沢筋を追うのに都合が良さそう。そんなわけで自分も同ルートをそのまま採用することとし、手元のジオグラフィカ上でポイントとなりそうな二俣や鞍部にマーカーを付けておいてこれを適宜参照しながら遡行していました。

かくして標高840mを少し過ぎたところで本流に対し右(左岸)から入ってくる枝沢に入りましたが、この沢筋は小さいながらも高いところまでナメをつなげており、歩きやすくて助かりました。

最後に土壁になったと思ったらその上が高場森から南〜南東に伸びる尾根筋で、その上には予想していなかった登山道があり少々驚きました。しかしこれは自分の予習不足で、これも後に青少年野外活動センターの方に教えていただいたところによれば元来ゼンマイ採りの道、そして営林署の人たちが行き来する道なのだそうです。帰宅してから調べたところこの道は「裏安ノ滝歩道」と名付けられていて、登山者もそれなりに歩いているようですが、もしかするとこの「歩道」とは(丹沢でも「○○歩道」がたくさんあるように)林業由来の命名かもしれません。

それはさておき、この道を乗り越して反対側に下ると最初は細かった沢筋は期待通りにすぐに明瞭なナメ沢に変わり、困難な滝もなく高度を下げてくれました。

向こうに見えている轟轟と音を立てている沢が目指す中ノ又沢です。獅子穴トヤバ沢の最後のワンピッチは中ノ又沢に向かって急傾斜で落ち込んでいますが、ナメのフリクションが抜群にいい上に左の笹薮がしっかりしたホールドを提供してくれるので、ほぼ前向きに降りることができました。

中ノ又沢に下り着くと、奔流がはるか下方に向かってぐんぐん流れ下っています。幸いここでも両岸の岩が良好なフリクションを提供してくれるので、計画通り安ノ滝の落ち口に向かって下ってみました。

すっぱりと切れ落ちた安ノ滝の落ち口。下から見上げると2段90mの巨瀑だそうですが、この角度ではそうしたスケールはさすがに伝わってきません。あと10m近づいたら落ち口の下を覗き込むことができそうですが、万一のことを考えると確保がほしくなってきます。こういう点は自分の臆病なところですが、ここに来るまでの間にも滝の魅力に吸い込まれそうになっている自分の心理状態に薄々気がついていたので、ここらへんが潮時かもしれません。

獅子穴トヤバ沢出合まで戻って、中ノ又沢の遡行にかかります。初めは開けていた沢は、やがて少し両岸が迫りその中に深くえぐれた水路を通すようになります。これは複数のポットホールがつながってしまったものだと思いますが、その雰囲気は同じ東北の大行沢下部のゴルジュを連想させます。

狭くなったと思った沢はまた開けましたが、それにしてもこの自然の造形の妙はどうでしょう。同じ凝灰岩でありながら桃洞沢とは趣きが違うし、後で下降する赤水沢とも違う、独自の個性を持った沢だと言えそうです。その後、トウドウ沢を左に分けて少し進むとミニゴルジュのような地形が出てきますが、そこには右(左岸)を小さく巻くためのステップと共に切れたロープが残置されていました。どうやらこの沢にも、古くから今に至るまで少なからぬ人々が山の幸を求めて入っているようです。

さらに進んで二俣になったところで、右の金兵衛沢(林班図では「金平沢」)と左の甚兵衛沢(同「甚兵ェ沢」)に分かれます。金兵衛沢の方には魅力的な連瀑がすぐそこに見えていますが、残念ながらここでも進む先は左です。

甚兵衛沢に入ってからもまだしばらくナメやポットホールが続き、飽きることがありません。

しかし、さしものこの沢も先ほどの二俣から20分ほども歩いたあたりからナメが姿を消して河原状になり、ブナを中心とする林の中を蛇行するようになってきます。ことに標高900mの等高線に囲まれた一帯は極端に平坦な地形になっていて、まるでアマゾンの密林を彷徨しているような気分。びゅんびゅんと行き交う魚影がピラニアでないことだけが救いです。さらに本流から左(北)に折れて少しずつ高度を上げていくと倒木が行く手を阻むこと二度三度となって、今回の遡行の中ではこのあたりの30分間ほどが例外的に気が滅入る区間でした。もっとも、目指す方向は中ノ又沢と赤水沢との分水嶺の最低鞍部(標高およそ915m)で実はアルバイトとしては大したことはなく、目指す鞍部周辺にいることをGPSでつかんだら沢筋に見切りをつけて左の尾根を乗り越すと、そこには期待した通りに赤水沢から伸びてきている谷筋が待ってくれていました。

やれ嬉しや!赤水沢側の沢筋はすぐにナメになって歩行が容易です。たまに慎重にクライムダウンする滝や倒木ダム湖などがありはするものの、ぐんぐん歩くことができて先ほどのジャングルでの怨嗟の声はすっかり忘れてしまいました。

はっきりと赤水沢の本流に乗ってから、やがていくつかの顕著な滝が現れるようになりましたが、傾斜の強い滝には懸垂下降支点が設置されており、そうでないものはラバーソールのフリクションを利してクライムダウンが可能です。

そしてそうした滝を降りて振り返るとほぼ例外なくステップが切られていて、こちらも多くの人を迎えてきた歴史を感じさせてくれます。

最後の大物は兎滝ですが、これも滝の途中までは左斜面を(へっぴり腰で)クライムダウンすると、残りワンピッチの懸垂下降は30mロープ1本でお釣りがきます。

振り返り見る兎滝。今回、この赤水沢の下降用に8mm30mロープと5mm30mスリングを持参していましたが、結局後者の出番はありませんでした。ただ何度かの懸垂下降の中で一度、支点に残置されていた古いスリングが音をたてて切れた(残されていた複数のスリングすべてにロープを通してあったので問題はありませんでした)ので、自前の信用できる捨て縄を積極的に活用すべきだと今さらながら再認識しました。ともあれ、この赤水沢はフリクション全開のナメの歩行と滝の下降が続いてすこぶる面白く、逆に遡行対象として見ても(桃洞滝の存在を除けば)桃洞沢以上の価値があるのではないかと思いました。

兎滝を過ぎて平坦な沢床をじゃぶじゃぶと歩いていくと大きく沢が屈曲するところで右から沢が入ってくる箇所は赤水・玉川分岐で、その名の通りこの右から入る沢を遡行していくと赤水峠を経て玉川温泉に降りられます。東北の鄙びた温泉を愛したつげ義春も、もしやここから玉川温泉に?などと妄想しましたが、彼が玉川温泉を訪れたという記録はどうやらなさそうです。そして地図上ではこの赤水・玉川分岐から点線マークが続いているので道があるかと思ったのに、いつまでたっても平坦な沢筋の中を歩き続けなければなりませんでした。さらに、この区間でとりわけつらかったのはアブの襲来です。歩いている間中つきまとい続け、ちょっとでも足を停めようものならただちに噛みついてくるこいつらに対してはタオルをぶんぶん振り回して応戦しましたが、それでも数箇所に噛みつかれて痛い目に遭いました。

さすがに飽きてきたと思う頃、左岸にしっかりした山道が通っていることに気付いてそちらに乗り上がり、少し歩いて桃洞沢を渡ったらそこが朝方通った桃洞・赤水分岐でした。周回としてはこれで終了ですが、実はここからが最後の難所。相変わらず活性の高い藪蚊の群と戦いながらの長い帰路が残されていたからです。

帰幕して沢装備を洗って干して、薄いウイスキーの水割りを作ってほっと一息。ジオグラフィカの計測によれば、この親子キャンプ場を起点にして全体で29kmの行程でしたが、最高地点と最低地点の標高差が300mほどというフラットなルートだったので体力的にはさほどハードではありませんでした。そして桃洞沢・中ノ又沢・赤水沢とそれぞれに面白みのある沢をつなげたこの沢旅は、ポムチムが長い長い珠玉のナメコースと激賞しているように間違いなく素晴らしいものでしたが、いかんせん藪蚊とアブには参りました。この記録を見て興味を持った方には、ぜひ紅葉の季節にお出かけくださいと申し上げておきます。

森吉山自然公園青少年野外活動基地 親子キャンプ場

ここでは、今回お世話になった森吉山自然公園青少年野外活動基地の親子キャンプ場の紹介をしておきます。上記の通り利用料は無料で、私はあらかじめ電話で利用を申し込んでおき、当日は乗合タクシーで野外活動センターへ送ってもらってそこで受付をしてもらいました。キャンプ場の利用時間は(宿泊の場合)到着日の午後1時から出発日の午前11時までですが、混んでいなければ後者についてはかなり融通をきかせてくれるようで、私はあらかじめリクエストした上で午後1時にチェックアウトしました。

キャンプ場は車の利用が前提となっており、場内には車道が通じていて適当なサイトの駐車スペースに車を駐め、その近隣にテントを張るスタイルです。場内には2箇所にサニタリー棟があり、中には清潔な水洗トイレあり。外には靴などを洗う場所もあれば炊事台もあり、焚火は禁じられていますがこの炊事台で調理可能です。そして屋内には既述の通り獣害を避けるために飲食料を保管するスペースが用意されており、重いガラス扉で鳥獣の進入を遮断する作りになっています。

あえて難点をあげるとするとシャワールームが「故障中」ということで使えなかったことですが、これは一過性の問題だからいいとして、けっこう困るのが携帯電話が通じないことです。一応、野外活動センターではドコモが通じるということではありますが、確実な通信手段が得られないと「下山通知を送れない」という問題が生じるので、ここだけは改善していただきたいところです。もっともそれは、このキャンプ場に限らず山懐の中で過ごそうと思えばどこでもついて回る問題ですし、そうしたマイナスを差し引いてもこのキャンプ場が素晴らしい環境と施設とで利用者を迎えてくれていることはありがたく、遠方から桃洞沢遡行に訪れる人はぜひこのキャンプ場の活用を検討してみてほしいと思います。

◎「森吉山」へ続く。