甲斐駒ヶ岳〔黒戸尾根〜御中道〜日向八丁尾根〕
日程:2024/08/10
概要:竹宇駒ヶ岳神社から黒戸尾根を登り、八合目御来迎場から御中道に入って摩利支天へ横断した後、甲斐駒ヶ岳に登頂。さらに三ッ頭・烏帽子岳を経て日向八丁尾根に入り、大岩山と日向山の山頂を踏んで起点に戻る。
⏿ PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。
山頂:甲斐駒ヶ岳 2967m / 烏帽子岳 2594m / 大岩山 2320m / 日向山 1660m
同行:---
山行寸描
今年はあまり標高の高い山に登っていないので、トレーニングを兼ねて甲斐駒ヶ岳に登ってきました。コースは、竹宇駒ヶ岳神社を午前4時に出発して黒戸尾根を八合目御来迎場まで登り、八丈バンド(御中道)を横断して摩利支天に達してから登頂。その後に三ツ頭から日向八丁尾根を歩いて起点に戻る周回コースです。このうち御中道は2015年に、日向八丁尾根は2018年にそれぞれ歩いているので、今回はこれら二つの山行のハイブリッド版というわけです。
◎「日向八丁尾根」という名称がどの範囲を指すかについては地図によって揺らぎがあり、烏帽子岳から大岩山までの区間にこの名称を付しているもの(たとえば「山と溪谷オンライン」)もあれば、この区間は「八丁尾根」であると区別して大岩山から日向山までの区間を「日向八丁尾根」とするもの(たとえば「山と高原地図」)もあります。本稿では〔こちら〕の検討経緯を踏まえて、烏帽子岳から日向山までの全区間を便宜上「日向八丁尾根」と呼んでいます。
2024/08/10
△03:55 尾白川渓谷駐車場 → △08:05-10 五合目 → △09:00-05 七丈小屋 → △09:50-10:00 八合目御来迎場 → △11:45 摩利支天 → △12:30-35 甲斐駒ヶ岳 → △14:50 三ッ頭分岐 → △15:10 烏帽子岳 → △17:30-35 大岩山 → △18:35 駒岩(鞍掛山分岐) → △19:55 日向山 → △20:45 日向山登山口 → △21:25 尾白川渓谷駐車場
竹橋発23時の「毎日あるぺん号」に乗って東京を離れ、尾白川渓谷駐車場に着いたのは3時半。まだ真っ暗な時間帯ですが、ここでバスを降りた登山者たちはすぐに三々五々歩き出していきました。
かく言う自分も簡単に身繕いをしたら出発です。いつもは「コンパス」で登山届を出していますが、今回は登山口に備付けの用紙に所定事項を記入してポストに投函しました。さらに竹宇駒ヶ岳神社に立ち寄ってお賽銭を納め、この日の安全を祈願しました。
軽装の登山者に次々に抜かされながら黒戸尾根を登り、刃渡りを過ぎたあたりの小さい岩場で前方を見るとブロッケン現象が起きていました。前方を横に流れる霧と背後からの陽光とでできたものですが、これだけ影がくっきりと映っているブロッケンにはなかなかお目にかかれません。
ブロッケン現象を作った霧は五合目に着く頃にはあたり一帯を覆っていましたが、七丈小屋に着いてみると前方の山頂方面はよく晴れています。そうなると気になるのは飲料の消費量で、この日はスポーツドリンクを1リットル担いできており、さらにここで水を1リットル補充(協力金100円也)してこれで万全だと思っていたのですが、実は最後の方で水を節約しながら歩かねばならず少々つらい思いをすることになりました。
懐かしの八合目からも、山頂がよく見えています。前回ここに来たのは2020年の赤蜘蛛ルート登攀のときですが、そのときは山頂は踏んでいないので、今回登頂すれば6年ぶりということになります。それはさておき、八合目の平坦地を奥に進んで岩小屋の前でヘルメットやハーネスを装着しようとしたところ、驚いたことに岩小屋の前に立派な石組みが作られ、比較的新しい焚火の跡が残されていました。しかしここは南アルプス国立公園の特別保護地区の中であり、許可なき焚火は禁止されています[1]。焚火の主はそのことを知らずに火を熾したのでしょうが、このままでは次に岩小屋を使う者も同じことをしかねないので、石組みは壊し、ついでに燃えさしのゴミ(アルミ箔など)を回収しました。
さて、気を取り直して岩小屋の前の道を奥へと進みます。まずは慰霊碑に詣でてから、奥壁下を緩いU字状にたわみつつ横断する八丈バンドへ踏み込みました。
2015年の記事にも書いたように、この八丈バンドは甲斐駒ヶ岳の奥の院にあたる摩利支天と八合目御来迎場とを結ぶ信仰の道であり、異説もあるものの、黒戸尾根を登ってきた講中の人々は八合目から山頂を越えて摩利支天に達した後、このバンドを辿って八合目へ戻ってきたと考えられているようです。
右ルンゼには豊富に水が滴り落ちており、これなら八合目の岩小屋に泊まる人は七丈小屋まで降りなくてもここで水を確保できそう。壊れかけた宗教的遺構も以前見たままの姿でそこに置かれていました。ここまではいいのですが、問題はここから先です。先ほどから濃さを増してきた霧のために視界は20mほどに制限されており、最低鞍部である左ルンゼを越えて登りに転じるあたりのルートがまるで読めません。一度は歩いているのである程度勘を働かせることはできるのですが、近年ガイドツアーが入っている割には踏み跡が明瞭ではなく、若干の不安を感じながらの登りになりました。
やがて木が人為的に切られている形跡が見つかってほっと一息。一方では熊の寝床らしき平坦地もあったりして気が抜けません。それでも地形図と方角を頼りに登り続けていくと……。
ありがたいことに一時的に霧が薄れ、向こうに摩利支天の鞍部が見えました。そちらに向かう踏み跡も眼下に見えており、以前渡ったときは安全策をとって懸垂下降した斜面にも歩いて下ることができるラインを見出すことができました。実は前回の経験を踏まえて30mロープとスリングを持参していたのですが、この瞬間にそれらはただの重りになってしまいました。
草付きの中のザレた踏み跡を慎重に下り(チェーンスパイクが有効)摩利支天鞍部への登り返しに達すれば、もう不安要素はありません。鞍部に登り着いたところでヘルメットとハーネスを脱ぎ、これらを納めたリュックサックをそこにデポして摩利支天の頂上までピストンすることにしました。
摩利支天の頂上は小広くなっており、本当はここで弁当を広げてのんびりしたいところですが、今日は先を急ぐのでタッチ・アンド・リターン。
リュックサックをデポしていた鞍部に戻ると雲の向こうにかすかに黒戸尾根のシルエットが見えましたが、はっきり雲がとれるまでには至りませんでした。少々残念ですが、仕方ない。今日の山行の目的は展望ではなく軌跡です。
……と言うわけで甲斐駒ヶ岳山頂に到着しても周囲の展望には無関心(と言うより見えていない)で、小休止の内にカロリーと水分を補給したらただちに鋸岳方面の登山道に向かいました。ここからが後半戦です。
恥ずかしながら甲斐駒ヶ岳山頂からの下り道を見つけるのに四苦八苦して15分ほどを無駄にしてしまいましたが、道に入ってしまえば一本道の尾根上なので迷う心配はありません。
ところどころに置かれたケルンの助けも借りながら順調に歩みを進めていると、鎖場で対向者と行き合いました。聞けば彼は逆に日向八丁尾根から甲斐駒ヶ岳山頂を目指している途上で、この鎖場を登り終えたときには息も絶え絶えという様子でしたが、その苦しい息の下から「大岩山の登りはきっついですよ!」と助言してくれました。
引き続きガスの中を下り続け、六合目小屋の先の砂礫地で小休止をとった際に振り向くと、彼方に甲斐駒ヶ岳の山頂を見ることができました。その秀麗な姿には惚れ惚れで、こちら側から見る(摩利支天を伴わない)甲斐駒ヶ岳の姿もいいものだということを再認識しました。
三ッ頭の分岐からわずかの歩きで到着する烏帽子岳は本来であれば素晴らしい展望台で、下ってきた甲斐駒ヶ岳、これから向かう大岩山、パスすることになった鋸岳などがぐるりと見渡せるのですが、こちらもご多分に漏れずガスの中。
一方、烏帽子岳と大岩山とを結ぶ八丁尾根の道は相変わらずよく整備されており、烏帽子岳からの急下降部分を我慢すればあとは歩きやすい平坦な道が続きます。もっとも、その平坦さが退屈さにもつながるので良し悪しではありますが。
そうした退屈を吹き飛ばすのが大岩山の登り返しです。出だしの鎖がまずもって強烈(腕力必須)、さらに梯子や謎の黄色いホースを伝って急斜面を登っていくのですが、標高差は100mに満たずに傾斜が緩むので実はさほどの苦行ではありません。むしろ、途中ですれ違った男性のようにここを下る方がよほど大変だろうと思います。
かくして無事に大岩山に到着し、ここから先は穏やかな山道をひたすら歩くだけ。リュックサックにしまってあったトレッキングポールを取り出して、柔らかい土の道の感触を楽しんだり鞍掛山のカラマツ林とその下生えの笹を愛でたりしながら歩き続けます。ただ水の残りが乏しくなっており、消費量を1時間ごとに200mlに制限したため心理的な渇きが続いて、我慢に我慢を重ねるつらい歩きでもありました。
最後は夜戦となり、「天空のビーチ」と称される日向山に着いたときには真っ暗。そこからさらに1時間半をかけて起点である尾白川渓谷駐車場に帰り着いたときには帰宅の手段を失っていました。足が速い人なら明るいうちに降りてこられるでしょうが、私の場合はどうしてもペースがポレポレになってしまうため、こうした事態は実は想定の範囲内。何はともあれ自動販売機で冷たいパインジュースを買い求めて一気飲みした後、駐車場の片隅でリュックサックの背面マットを取り出し、ツェルトを広げて野宿の態勢を整えました。
脚注
- ^自然公園法(昭和32年法律第161号)第21条第3項第6号。違反行為をした者に対しては1年以下の懲役又は100万円以下の罰金が科される(同法第82条第2号)。