錫杖岳前衛壁3ルンゼ(敗退)

日程:2023/03/06

概要:中尾高原口からクリヤ谷沿いの道を詰めてクリヤ岩小屋経由錫杖岳前衛壁3ルンゼを登る。しかし気温が高過ぎて雪崩の危険を感じ、2ピッチと少し登ったところで撤退を決定。同ルート下降の後に往路を戻った。

⏿ PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

山頂:---

同行:セキネくん

山行寸描

▲3ルンゼの入り口。雪が奥まで詰まっており、出だしの1ピッチ目はコンテで進むことができたが……。(2023/03/06撮影)
▲とぼとぼと帰る途中で振り返った錫杖岳前衛壁。どこで追い返されたかも一目瞭然。(2023/03/06撮影)

この日の行き先は、セキネくんの希望で錫杖岳前衛壁3ルンゼです。ここは無雪期に登ったことがありますが、なにしろ2008年のことなのでアプローチも含めてほとんど記憶に残っていません。よって今回はセキネリーダーにプランニング一切をお任せしての山行となりました。3月という遅い時期であるために氷がつながっておらず、ミックス主体となって難易度が上がるのではないかという点が事前の懸念材料でしたが、セキネくんの会社の後輩が3月1日にここを登っているので大丈夫でしょうというのがセキネくんの御託宣(もっともその「後輩」というのは、セキネくん曰く「めちゃ強女子」なのだそう)です。

2023/03/06

△03:45 中尾高原口 → △04:40 クリヤ谷渡渉地点 → △05:35 クリヤ岩小屋 → △06:15-55 3ルンゼ取付 → △08:20 撤退開始 → △08:45-09:00 3ルンゼ取付 → △09:15-40 クリヤ岩小屋 → △10:20 クリヤ谷渡渉地点 → △10:55 中尾高原口

前日の19時頃に牛伏山の麓のファミリーレストランでセキネくんと合流し、食事と買い物をすませてから錫杖岳登山のベースとなる中尾高原口(槍見温泉)の駐車場に移動。少々疲労している私は車での移動の間も眠らせてもらい、さらに駐車場ではセキネくんが持ってきてくれたシュラフ(#1)にくるまって車の中で睡眠をとりました。

午前3時起床。移動中の睡眠に加えて昨夜は22時に就寝できており、シュラフも十分過ぎるくらいに暖かかったので前日の登山の疲労はほぼとれている感じです。前日買っておいた朝食を手早く口にし、身繕いをしてから星降る夜空の下を出発しました。登山口からしばらくは樹林の中の雪のない登山道でしたが、やがて硬く凍った雪が道を覆い始め、飛び石での渡渉後はクリヤ谷左岸の雪の斜面をトラバースして上流に向かいます。踏み跡は明瞭でラッセルの必要は皆無。おかげでクリヤ岩小屋まで2時間もかからずに達することができました。

岩小屋の前は安定した小広場を提供してくれていますが、ここはスルーしてそのまま裏手の樹林帯の中の斜面を直登し、ある程度登ったところから左寄りにコースを変えて3ルンゼの入り口を目指します。この頃になると徐々に空が明るくなり、頭上の岩壁を見上げながら進路を正すことができるようになりました。

3ルンゼの真下の安定した場所には先人が身繕いしたであろう雪の掘下げがあり、我々もここでギアを身につけロープを結ぶことにしました。振り返ると槍ヶ岳から穂高連峰を経て焼岳まで続くスカイラインが朝日の色に染まり始めており、まもなく上がってくるはずのお日様が今日の好天を約束してくれているようです。

行動食などを入れたリュックサックはセキネくんが担ぎ、空身の私がロープを引きながら雪の斜面を登り始めたときには、前衛壁上部に日が当たり始めて眩しいほど。気温も徐々に上がってきましたが、それでもまだ雪は締まっており、先人が切ったステップもありがたく使わせてもらってそのままルンゼ内に入ります。トポに従えば1ピッチ目となる最初の40mは完全に雪に覆われており、そのどん詰まりの岩に設けられた支点までコンテでさっさと上がりました。

この最初の支点でセキネくんに確保態勢に入ってもらいましたが、コンテからスタカットに切り替えている間にもルンゼの上の方からパラパラと細かい氷塊や雪の塊が落ちてきます。なんだかイヤだなぁと思いつつも確保支点の右の狭いルンゼに踏み込み、段差をひとつ上がったところで左の立った氷の斜面に短めのスクリューをひとつ。そこからこの氷の斜面(60度ほど)を2m上がったところで左足のアイゼンが外れてしまい、安定した場所までダブルアックスと右足とで慎重にクライムダウンました。今回はミックス主体になるだろうと考えてアックスはクォークを選び、アイゼンも(いつものスティンガーではなく)デュアルのサイボーグ プロを持ってきたのですが、使用直前の調整を怠っていたことが原因です。いたく反省しました。

ともあれアイゼンを付け直して再び氷の斜面を登ると数メートルほどで雪壁に変わり、露出した岩に打たれたリングボルトにランナーをとることもできて、そのまま雪の凹角の中を進み突き当たりの岩に設けられている確保支点までロープを伸ばしました(35m)。

続くピッチはセキネくんのリードですが、夏にクライミングシューズで登るのなら問題なさそうな左の岩の凹角もドライツーリングでは掛かりが甘く、一方、右の狭い凹角の先には本来ならそこにあるはずの氷が消えていてこれまた可能性が見出せません。

彼にしては珍しく呻吟と逡巡を繰り返した末に、セキネくんは右の凹角の途中から左上へ乗り越すラインを見つけましたが、そこから先もランナーがとれない(まずもって氷が薄く、それではと残置ピンを掘り出すべく氷を落とすと足がかりがなくなる)ために行き詰まっている間に、下で確保している私はセキネくんが落とす雪に加えてルンゼの奥から落ちてくる氷の粒をばしばし受けていましたが、突然ドン!という大砲のような音がしたと思ったら頭上遠くの岩壁から派手に雪の塊が落ちてきました。セキネくんからの警告の声を聞いて直ちに目の前の岩にへばりつくと、幸い雪の塊は我々がいる凹角の左の斜面をなだれ落ちていきましたが、あれが直撃コースをとっていたらランナウトしているセキネくんはもちろんセルフビレイをとっている私もルンゼ内を叩き落とされていたかもしれません。雪が落ち着いたところで協議の結果、まだまだ気温が上がっていくことが見込まれる中でこれ以上ルンゼ内にとどまるのは危険だという結論に達し、撤退を決定しました。

セキネくんが慎重にクライムダウンして確保支点まで降りてきたところでロープを外し、ここからは懸垂下降2ピッチで取付へ戻ります。

幸い我々が下っている間は3ルンゼは意地悪をせず、チリ雪崩を起こさずに静かにしていてくれました。

しかし、余分な荷物をデポした場所まで戻ってのんびり片付けをしていると、再び岩壁上方の氷柱が崩れ、数秒の時間差をおいて目の前に盛大な雪の滝が出現しました。上の写真の中央に見えているレースのカーテンのようなものがそれですが、これでも滝の勢いが半減した状態で、いずれにせよここも決して安全地帯ではないと我々が思い知るには十分な迫力でした。

さっさと岩小屋まで戻ればもう安心。ここで腰を下ろして身の回りの金物を片付け、ゆっくり行動食をとったりボルダリングの真似事などをして寛いでから、帰路に就きました。

敗退は残念でしたが、太陽が高く上がって残雪の照り返しが眩しい帰り道の気温はすっかり春山のもので、この気温の高さには諦めもつくというものです。

11時前に車に戻り、まずは近くの槍見館で風呂に入ってから、新島々まで車を走らせ蕎麦屋で昼食。これだけゆったり時間を使ってもセキネくんは17時に、私も19時に帰宅することができました。

こんな具合に、この日のクライミングだけをとってみれば中途半端に終わったものの、直前のジム〜宴会〜鉢伏山から通して考えれば充実した3日間でした。この日で今シーズンの冬季登攀を終了するセキネくんには申し訳ないことですが……。