錫杖岳前衛壁3ルンゼ

日程:2008/09/15

概要:錫杖岳前衛壁3ルンゼを詰めてコルへ。下降は反対側のルンゼを懸垂下降。

山頂:---

同行:現場監督氏 / ヤマダくん

山行寸描

▲1ピッチ目を登る現場監督氏。上の画像をクリックすると、3ルンゼの登攀の概要が見られます。(2008/09/15撮影)
▲渋滞する5ピッチ目。ここは確かに難しい。(2008/09/15撮影)
▲チョックストーンのある6ピッチ目。ちょうど私が上へ抜けようとしているところ。(2008/09/15撮影)

◎「錫杖岳前衛壁1ルンゼ」からの続き。

2008/09/15

△06:35 錫杖沢出合 → △07:00 1ルンゼ取付 → △07:10-25 3ルンゼ取付 → △11:40-50 3ルンゼ終了点 → △11:55-12:05 コル → △13:05 懸垂下降終了 → △13:45-14:20 錫杖沢出合 → △15:15 中尾温泉口

5時起床、今日も朝食はラーメン……。気を取り直して出発し、今度は間違うことなく1ルンゼ取付に着いてから、壁に沿って右に続く明瞭な踏み跡を辿っていくと顕著なルンゼに出合い、これが3ルンゼです。我々の前には4人パーティー(以下「先行P」)がおり、2人ずつペアを組んで先行していましたが、見上げる3ルンゼは傾斜も緩くこれといって難しそうには見えません。ルートも短いはずだから先行Pの後についてのんびり登っても昼前にはテントに着いているだろうと鷹揚に構えていたのですが、世の中そうは甘くないということを後で知ることになります。

今日は昨日の約束通り現場監督氏がオールリードの予定。3ルンゼをリードすると言ったのは現場監督氏自身なのですが、どういうわけか3ルンゼは4ピッチ程度だろうと勘違いしていたようです。しかし、実は最後の草付を除いても6ピッチあり、最後の2ピッチはトポでは「IV,A0」となかなか手強いグレード。いつもは極力フリーにこだわる現場監督氏も、ルンゼ内に水がしたたっているのを見て「岩が濡れているのを言い訳にA0するかも……」と妙に弱気です。

1ピッチ目(35m / IV-):以下5ピッチ目まで現場監督氏のリード。ルンゼ内の狭い階段状を登って、突き当たりの湿った斜めの岩に微妙なバランスで乗り、頭上の岩に手を掛けて左右に足を突っ張りながら越えます。一見易しそうに見えていただけに、安易に取り付くと意外な手強さとプロテクションの貧弱さに焦ることになります。このピッチを私はアプローチシューズのままで登りましたが、一筋縄ではないことを悟り次のピッチからクライミングシューズにスイッチしました。

2ピッチ目(30m / III+):引き続きルンゼ内から、やや開けたところを左のフェースを登ります。幸い天気は良く、上に行くほど岩が乾いてくるのが助かりました。一方この辺りから、ビレイポイントごとに先行Pが先のピッチを抜けるのを待つようになってきます。

3ピッチ目(40m / IV):ここもルンゼ左の立った壁を登ります。3ルンゼは下から見上げるとほとんど寝ているように見えますが、実際に取り付いてみると立っているところは案外立っていることがだんだんわかってきました。ちなみに私は目撃していませんが、ここで先行パーティーの1人が落ちた模様。それにしてもこのルートの雰囲気は開放的な1ルンゼとは大違いで、終始ルンゼの中で閉塞感が漂い、岩が脆いわけではないものの傾斜がない分砕石がたまり、ところによって草木も茂っていかにも日本古来のアルパインルートという感じ。そのことをヤマダくんはしみじみと「……和風ですね」と表現していましたが、けだし名言です。

4ピッチ目(40m / III):右寄りのルンゼ本流に戻り、顕著なチョックストーンの裏手の穴を抜けて上に立つ面白いピッチ。しばらく待ってから現場監督氏の指示にしたがって後続し、穴を抜けてビレイポイントに着いたところで予想外の光景を目にすることになりました。次のピッチは問題のA0ピッチなのですが、先行P4人のうちの2人目が右の垂直の壁を1段上がってから残置スリングにつかまり乗り上がっていくところでロープにぶら下がったまま身動きがとれなくなっています。どうやら腕力不足のために背中のリュックサックの重みに負け身体を引き上げられずにいるようで、ここで先行Pは我々に先を譲ってくれようとしましたが、既にひと組が上と下に分かれている状態で割り込むわけにもいかず、現場監督氏は「ウチらは急いでませんから」とやんわり辞退。結局くだんのクライマーは空身になって再トライしたところうまく足が上がり、上へ抜けて行きました。後続の2人もがんばってこのピッチを終え、荷揚げもうまくいって一安心です。

5ピッチ目(30m / IV+,A1):先行Pが奮闘している間にじっくりルートを観察した現場監督氏は、ここをフリーでいく決意を固めたようです。出だし、左手のドアノブをつかんで身体を引き上げてから右手を遠いカンテに伸ばし、いったんクリップしてから身体を上げていきましたが、垂壁の上の外傾したバンドに乗り上がるところで右手をデッドに飛ばさなければならず、しかもクイックドローは足の下という状況でビレイしているこちらも緊張しました。ここをクリアした現場監督氏は慎重に右壁のランペを伝ってルンゼ奥のチョックストーンに達し、その上を横断して左壁のビレイポイントに到達(V+)。さすがです。続く私もあわよくばフリーでと思いましたが、クイックドローを外した時点ではセカンドの方がフォール時の振られの危険が高いため、リスクに負けて残置スリングの輪っかに足を入れてしまいました(A1)。そこから上も部分的にかぶり気味で見た目以上に難しく、しかも落ちれば相当振られるため、かなり心臓によくありません。最後に登ったヤマダくんはもちろんフリーで後続しましたが、彼も「ここはリードしたくない」と言いながら上がってきました。

6ピッチ目(40m / IV,A1):事実上の最終ピッチ。ここでまたしても先行Pの2人目が、ルンゼ左の脆い壁の途中でセミになっていました。見ればプルージック登攀を試みているようですが、明らかに手順が身に付いておらず、かえって消耗して身動きがとれなくなっています。仕方なく先行Pの3人目が近くまで登ってあれこれ指示を出しているのですが、そこも不安定なようで頻繁に落石を起こし危険この上なし。こういうとき「ゲレンデでしっかり練習してから本チャンに来てくれ」と内心毒づくのが常なのですが、気の毒なクライマーが女性(美人)なのと仲間がなんとかしようと必死になっている姿を見て、むしろガンバレと励ます気持ちの方が強くなりました。

とはいえ、ただじっと待っているのもリスキーなだけで能がありません。おそるおそる首を伸ばして観察してみると、先行Pが登っているのはルンゼ奥のチョックストーンのかなり手前から左の壁に取り付くラインですが、チョックストーン直下の垂壁にもスリングが垂れているのが見えています。立ち位置的に自分が一番前にいるので、私がここをシングルロープでリードすることにして、先行Pのビレイヤーの了解をとった上でルンゼの奥に進みました。見上げてみればきれいに立った壁の一番奥側にしっかりした手掛かりがあり、細かいフットホールド、そしてリングボルトやハーケンもつなげられそうです。意を決して身体を引き上げ、数m上がったところからアブミも繰り出しましたが、この間に先行Pの2人目及び3人目が動き出して私の頭上をトラバースしたために、現場監督氏が石を落とさないでくれと注意を飛ばしていました。もっともここはフォールラインに入った自分が悪く、先行Pが動く気配を見せている間は取り付くべきではなかったのでしょう。何はともあれ先行Pの3人目に続いて無事にチョックストーンの上に乗り上がってみたものの、あいにくビレイポイントは先行Pと共用せざるを得なかったため、やはり先行の全員が抜けきるまで現場監督氏とヤマダくんには待機してもらうことにしましたが、そのとき壁の中ほどにいた先行Pの4人目からかかったコールは「セルフとりましたぁ!」。

……いや、そこで休まれても困るんですけど。

さすがに先行Pのビレイヤーからも「途中で休まないでください!」と指示が飛んで、なんとか最後の1人もこの困難なピッチを抜けてくれました。めでたし。ビレイポイントで先行Pのメンバーはしきりに恐縮していましたが、途中で先を譲ろうとしてくれていたのですから我々が遅くなったのは彼らの責任ではないし、気持ちが折れそうになりながらも最後まで抜けきった彼女は立派です。それはそれとして、私が選んだラインはアブミまで出せば簡単なピッチで、後続した現場監督氏はA0で抜けられたと言いますし岩もすっきり堅いので、おそらくこちらの方が正規ラインだったのでしょう。あっという間に2人をビレイポイントに迎えてここでロープを解き、シューズを履き替えました。

トポの7ピッチ目は露岩混じりの草付で、若干III級が入るもののおおむねII級。コルに出ると右手には槍ヶ岳から穂高岳にかけてのスカイラインがきれいに見え、正面には杓子平のカールが特徴的な姿を見せていました。

ここから3ルンゼの反対側を20m懸垂下降したところで先行Pは左奥の下降路に入って行きましたが、我々は50mロープを2本つないだ懸垂下降をさらに2回で岩壁の基部に降り立ち、ルンゼの押し出しをしばらく下ってクリヤ谷の登山道に達しました。後はすこぶる歩きやすい登山道を、途中クリヤの岩舎を見物しながら下ると、予想外に早く道の右手の沢の中に赤いテントが見えてきて、それが現場監督氏のライズ1でした。

撤収、そして下山。沢渡の「梓湖畔の湯」で2日間の汗を流しましたが、ここは狭くて混雑がひどく、ちょっと失敗でした。引き続き向かいの食堂で、現場監督氏は豚生姜焼き丼、ヤマダくんと私はカツ丼(ヤマダくんは大盛り)を食べて、ようやく満ち足りた気分になって帰路に就きました。

今回登った錫杖岳は天候の変化による代替プランでしたが、十分に楽しめました。1ルンゼはすっきりと立った壁、3ルンゼはいかにも「ルンゼ」という感じの日本的なアルパインで、対照的ながらいずれも内容があり面白く、さらに腕を上げれば取り付けるもっと充実したラインが何本も岩壁に引かれています。東京からは少々遠いですが、これからも折々に通ってみたいと思いました。