不帰一峰尾根

日程:2014/05/03-05

概要:初日に八方尾根を丸山下(八方尾根支尾根の最上部)まで登ってベースを設営。翌日、雪の斜面を下って唐松沢側から不帰一峰尾根に登り、稜線通しに登高。不帰一峰から唐松岳まで縦走し、八方尾根を下ってベースへ帰着。3日目に下山。

山頂:唐松岳 2696m

同行:現場監督氏

山行寸描

▲唐松沢側からの登路。上の画像をクリックすると、不帰一峰尾根の登攀の概要が見られます。(2014/05/04撮影)
▲不帰一峰尾根核心部=断壁の全景。(2014/05/04撮影)

ゴールデンウィーク前半で現場監督氏と鹿島槍ヶ岳天狗尾根を登った私の後半のプランは、2年前にかっきー / きむっちと挑んだものの時間切れ敗退に終わった不帰一峰尾根です。当初、この山行のパートナーは関西在住の山仲間・トモコさんの予定だったのですが、4月30日になって彼女から風邪でダウンしたという連絡が入りました。うわ、どないしよー!……と慌てても仕方ないので、ダメもとで現場監督氏にリリーフをお願いしたところ快諾を得た次第。まさに「拾う神」とはこのこと、ありがたいことです。

2014/05/03

△14:05 八方池山荘 → △15:50 丸山下(BC)

初日はのんびりの行程なので、新宿7時半のあずさに乗って白馬駅に11時半集合。現場監督氏と合流し、駅前の食堂でまったり昼食をとってから八方尾根へ向かうバスに乗りました。

下界は桜満開の春爛漫の陽気ですが、西の空には怪しい黒雲が広がっています。天気予報が報せていたとおり、ゴンドラからリフトに乗り継ぐあたりで周囲は雲の中に入り、強い風が吹き荒れるようになりました。スキー場のアナウンスも、ゴンドラが運転休止になる可能性があるのでスキーヤーは早めに下るようにと告げています。

冷たい風に時折の雨。なかなか厳しい気象条件の中、八方池山荘から登山道を登りました。2年前にここに来たときには八方池山荘から上は一面雪に覆われていたはずですが、今年は登山道がかなり上まで露出しています。この冬の豪雪はどこへ行ってしまったのか?

←2年前

下ノ樺もこのとおり。それでもさすがに左右の樹林の中にはところどころ雪田が広がっており、そこにテントを張って既に盛り上がっているパーティーも見られます。しかし、とにかく視界が利かないのには困りました。2年前は下ノ樺の先くらいにテントを張り、そこから八方尾根支尾根の側面をトラバースして支尾根に達したのですが、それらしい場所も見当たらず何となく決め手を欠いたまま上ノ樺も過ぎて、丸山手前の2361標高点あたりまで登ってしまいました。

傾斜が緩やかになっていくらなんでもそろそろ足を止めないとまずいだろうと思い始めた頃、道の右手のハイマツに囲まれた雪田の中に緑のテントが張られているのを発見。これをしおに我々もこの辺に幕営することにしました。ブロックこそ積まなかったもののの、雪を掘り下げ張り綱をハイマツにしっかり結びつけて風対策とし、設営を終えたばかりのテントに入り込むと直ちにガスとアルコールで暖をとりました。

ところがテントの中に落ち着いてから30分ほどもすると、雲が切れて青空が広がってきました。そこで外に出て現在地を確認したところ、やはり登り過ぎている感じです。明日は来た道を少し戻って支尾根通しのラインに入ることにしましたが、下降のためのルートファインディングをしている間もやはり目を引くのは目指す不帰一峰尾根です。右手の唐松沢の谷底から一気にせり上がって最後に顕著な頭をもたげているその姿は、初めて見る訳ではないのにかなり威圧的。明日はあれを登るのか、1日で抜けきれるかな?と思いながら、2時起床を申し合わせてテントに戻りました。

この夜は、音をたててテントを揺さぶる強風が吹き荒れました。能天気な私はぐっすり熟睡でしたがテントオーナーの現場監督氏は風に大きくたわむテントに気が気ではなく、あまり眠れなかったようです。

2014/05/04

△03:50 丸山下(BC) → △05:45 唐松沢 → △06:30 不帰一峰尾根上 → △08:05-25 断壁取付 → △13:45-14:15 不帰一峰 → △16:30 不帰二峰北峰 → △17:50-18:00 唐松岳 → △18:15-20 唐松岳頂上山荘 → △19:10 丸山下(BC)

予定通り2時すぎに起床。この時点ではまだ風が残っているものの、どうやらこの日は好天に恵まれそうです。

現場監督氏のリュックサックにはロープ、私のリュックサックには万一のビバークに備えてツェルトと簡易コンロ。諸々の準備を済ませてキンと冷えた空気の中を出発したのが3時50分ですが、そのとき緑のテントの外で我々同様に出発の準備をしていた女性クライマーが現場監督氏に声を掛けてきました。会話の内容は聞き取れませんでしたが、どうやら昨日のうちに下降ルートの踏み跡をつけてあるということを教えてくださったようで、ありがたくそのアドバイスに従うことにして方向転換し、八方尾根を戻ることなく現在地から真っすぐ唐松沢への下降にかかりました。そのルートは八方尾根支尾根の左斜面を下るルンゼを下降するもので、ブッシュを抜けるとかちかちに凍った雪の急斜面を真っすぐに下を目指しています。見下ろすと既にはるか下の方でヘッドランプの光がチラチラ動いおり、早い!と驚きながらこちらも急ごうとしましたが、出だしは前向きに降りられたもののところどころのギャップや角度の変化がなかなか手強く、バックステップになったりブッシュに逃げたりしながら慎重に下降を続けることになりました。

気は急くもののスピードの上がらない下降が続き、ゴルジュ状の場所で小さいクライムダウンも交えての下りの後、ようやく唐松沢に下り立ちました。自分が下った分だけ不帰一峰尾根は高さを増し、朝日を浴びたその姿は威圧感も増大しています。ここで現場監督氏が指し示したところを見ると、2年前に登った不帰沢側ではなくこちらの唐松沢側の側面の雪のルンゼを登っているクライマーの姿が見えました。

©『岳人』2014 APRIL No.802

そのルート上の雪が下から上までつながっており、既に稜線上に人の姿もあることを見極めてから、我々も同じラインを目指しました。ただ、このルンゼは左側に岩壁を持っていてそこが朝日を浴びて温まると雪溶けと共に盛んに石を落とし、雪渓上の踏み跡と思った凹凸も実は落石が転がり落ちた跡だったりするので気が抜けません。水が流れる音、岩が崩れる音に注意しながら、なるべく足を止めないように心掛けて一所懸命登り続けましたが、ここはやはり夜明け前後のまだ寒い時間帯に登らなければならなかったようです。

不帰一峰尾根に乗り上ったのは取り付いてからわずか30分後。かつて不帰沢側から取り付いたときには稜線に出るまで2時間を要したことを思えば、圧倒的な時間短縮です。後にも随所で実感するように、2年前は今年と比べて同じ時期の同じ山とは思えないほど多い雪の処理に苦しんだ上に、3人でロープを使っていたので時間がかかったのも当然と言えば当然なのですが、それにしても1/4の時間で済んだとは驚きです。そして尾根上から振り返ると、出がけに下降路を教えてくれた親切なパーティーはずいぶん遅れて八方尾根側面のルンゼを下降中でした。がんばってください。気をつけて。

ここからはブッシュ混じりの雪の斜面やリッジを登り続けることになりますが、雪の着き方は良好で、2年前の苦労はいったい何だったのか?という感じ。不帰沢側にせり出した雪庇に気を使ったりブッシュ漕ぎに難渋はするものの、これといった難所もないままにやがて先行パーティーに追いつきました。

我々より先行していたのは3人組2パーティーでしたが、途中で先行パーティーがロープを出していたため、そこで我々を含む3パーティーがひとかたまりになったわけです。待機しながらもロープはいるかな?と様子を窺っていると、現場監督氏が赤いヤッケを着た恰幅の良いビレイヤーに「きのぽんさんですか?」と声を掛けました。エクストリームな沢登ラーであるゴルジュ13こときのぽんさんの名前は私も知っていましたが、現場監督氏は故moto.p氏のサイトできのぽん氏の風貌を知っていた模様。会話を交わしてみると、彼らは八方尾根の上ではなく不帰沢と唐松沢の二俣あたりにテントを張ったそうで、なるほど出発時に早くも谷底に動いていた灯りはそういうことであったかと合点がいきました。ともあれ、ここはロープは要らないと割り切ったもう一つの3人パーティー(男性1女性2)と我々はきのぽんパーティーのロープの横をフリーで抜けさせてもらうことになり、ここでパーティー間の順番が変わりました。ロープの先頭にいたクライマーがリッジの上で待っているところに追いついて挨拶を交わすと、彼はぶなの会の会員で常吉さんの知合い。そして我々のことを「塾長さんと現場監督さん」と同定してみせました。

そのすぐ先の、断壁手前のコルを見下ろす雪のテラスで小休止の後、今度は我々が先頭に立って細いコルを渡りました。このコルの右斜面は2年前の退却時に下降したところですが、今回はスノーリッジ、ちょっとした岩と薮、またスノーリッジといった具合に無事に通過して、その向こうに今は間違えようもない程はっきりと核心部だとわかる断壁の取付に達しました。

断壁は出だしに顕著な垂直のクラックを持ち、その上も高距100mにわたって急なリッジと雪壁が続いています。まず片付けなければならないのは最も角度がある出だしのピッチで、見上げたクラックは上部をハングで押さえつけられ、そこにアブミを掛けるためのものと思われる残置スリングが下がっていました。クラックは手掛かり・足掛かりが豊富そうですが、両壁がステミングを利かせるにはつるつるでちょっと難しそう。よってここはあっさり左の凹角に逃げることにしました。取付から左下へ10mほど回り込んだところにしっかりした残置ピンが2本打たれており、ここに立ち止まってホールド豊富な凹角が上部へ続く登路を提供してくれている様子を見上げながらロープを結び、登攀を開始しました。

1ピッチ目:岩壁。以下つるべで奇数ピッチが現場監督氏リード、偶数ピッチが私のリード。ここは確かにホールドが豊富で技術的には問題ない(III級程度)のですが、いずれもかなり脆く、不用意に体重を預けることができず神経を使うピッチです。終了点は灌木にスリングをタイオフ。セカンドの私も離陸しようとした途端につかんでいたホールドが欠けて焦りましたが、この間に後続の3人組はクラックルートをフリーで登ってきました。うまいなあ。

2ピッチ目:雪壁(一部岩壁)。小さいスノーリッジを回り込んで、残置ピンもある3mほどの簡単な岩壁を越えてから、緩くなった雪をだましながら傾斜のきつい斜面をロープいっぱいまで伸ばしてブッシュまで。

3ピッチ目:スノーリッジ(一部岩壁)から雪壁。途中にあるワンポイントの岩が核心部で、残置ピンにランナーをとってからホールドに手を掛けて思い切りよく身体を引き上げ、左の雪壁に左足を乗せて身体を支えて上へ抜けます。ここでもセカンドの私が手を掛けたホールドがゴトッと音をたてて動き、肝を冷やしました。

4ピッチ目:ブッシュの急斜面。木の枝や根をつかみながら弱点を縫ってひたすら上へ。次の支点まで50mロープではわずかに足らず、現場監督氏には少し工夫してもらいました。

5ピッチ目:雪壁。すっかり柔らかくなった雪に足が決まらず苦労しながらとにかく上まで。ここで灌木にセルフビレイをとって小休止。時刻は11時になっていましたから、断壁の取付を離陸してからここまでいつの間にか2時間半が経過していたことになります。

6ピッチ目:雪のリッジ。ロープはいらないかもしれないと思いつつ、先が見えないので念のため。目の前の雪壁をシュルントに気を使いながら登りきると前方の見通しがつき、ここで振り返って現場監督氏に状況を報告しました。

私「(一峰まで)まだまだ先!」
現「うえっ!」
私「ただしほぼ平ら」

「ほぼ平ら」というのは若干誇張が含まれており、確かに既に断壁の上に抜けていて先には傾斜がぐっと緩んだスノーリッジが見えているだけなのですが、登りが続いていることには変わりありません。

僕らの前に道はない 僕らの後ろに道は出来る

……と嘯きたいところですがこれもやや言い過ぎで。確かにこの日不帰一峰尾根に入ったパーティーの先頭に立って進んでいることは間違いありませんが、スノーリッジ上にはうっすらと数日前の踏み跡が残されていました。ここからはコンテにしましたが、ロープを畳んでしまった方が速かったかもしれません。

徐々に雲が広がって気温が下がってきましたが、雪がこれ以上緩まないのは歓迎すべきことです。そして、コンテで行き着いた先は不帰一峰のピーク直下のブッシュの壁でした。一見したところロープなしでも行けそうでしたが、念のためにとコンテからスタカットに切り替えて登り始めたところ、垂直に近いブッシュ壁の中を腐りかけの木の根や細い枝を頼りに身体を引き上げていくのは意外にスリリングで一筋縄ではありませんでした。それでもどうにか40mほど登ったところでピッチを切り、最後のピッチを現場監督氏に託してとうとう不帰一峰の頂上に達しました。

不帰一峰の上でロープを畳み、大休止として行動食をとりました。衣類も重ねてここから唐松岳までの縦走に備えつつ見下ろすと後続パーティーが雪稜上を続々やってきていましたが、あそこからこのピークまでは近いようでも優に1時間はかかりそう。既に午後2時頃になっていますから、こうなると時間との戦いとなってきます。一方、ここから帰幕するために通過する不帰一峰から二峰・三峰を経て唐松岳までの稜線はかつて白馬岳主稜を登った後に縦走したことがあり、そのときの記憶も残っていましたが、それでも思わぬアルバイトになってしまいました。

不帰一峰からの二峰は一見すると取り付くシマのないような風貌をしていますが、おそらく縦走登山者と思われる数名が遠くでトラバースしている様子が見えており、だいたいのラインは見てとることができました。そうそう、確かあそこでロープを出したんだったよなと記憶を呼び起こしながら、まずは一・二峰間の鞍部に下ります。気温次第ではここで一・二峰間ルンゼを下る選択肢もないではありませんが、唐松沢から八方尾根までの登り返しの労を考えてこれは却下。素直に唐松岳を目指すこととし、鎖や鉄の梯子を使って高度を上げていきました。

見たところ二峰側面の雪は安定していそうでしたが、ここまで来たら安全サイドで、とロープを出しました。確かに部分的に雪が緩んでいるところもありはしましたが、まずまず問題なし。1ピッチで最初の雪壁をトラバースし、岩のセクションを挟んでさらに3ピッチかけました。

3ピッチ目はちょっとした岩を越える部分があり、ここで現場監督氏はカムも使って慎重に越えていきましたが、後からやってきた男女混成の3人パーティーは雪と岩の様子を観察した後「横を通ります」とことわった上でロープを出すこともなく淡々と抜けていってしまいました。

不帰二峰北峰から先はもう稜線漫歩の世界です。不帰二峰南峰の平らな山頂で小休止の後、鞍部に張られたテントを横目に見つつ通過して不帰三峰を右から回り込めば、唐松岳への最後の登りが待っていました。

最後のひと頑張りで登り着いた唐松岳山頂からは、南に五竜岳、そのずっと先に槍ヶ岳と穂高岳、そして西は先ほどから見えていた剱岳、東は頸城や戸隠の山々、その少し南にはうっすらと浅間山が見えています。残念ながら不帰一峰は二峰の陰に隠れてしまっているようでした。

この素晴らしい展望台でひとしきり写真撮影の時間をとってから、唐松岳山頂を後にしました。

現場監督氏は真っすぐテントを目指し、私は不足しているお酒を買い足すため唐松岳頂上山荘に立ち寄りました。買い物を済ませて八方尾根を下り始める頃にはすっかり日が翳り、丸山ケルンからは下界の灯りを眺めることになりました。

帰幕は19時10分で、テントを出発したのが3時50分ですから15時間行動だった計算です。我ながらよく頑張ったもので、そのご褒美は先ほど買い求めてきたお酒です。

2014/05/05

△06:30 丸山下(BC) → △07:50 八方池山荘

最終日は下山するだけですが、それでも5時前には起床しました。お茶と行動食の残りでの軽い朝食をとってからテントを畳み、のんびりと八方尾根を下りました。

この日は朝から吹雪模様となりましたから、我々の登攀は幸運にもピンポイントの好天をつかまえたことになります。そして八方池山荘に着いたときにはリフトが動き出していて、そのまま文明の利器に頼っての楽チン下山となりました。

最後に付け加えると、我々に下降路を教えてくれた親切なパーティーは昨日、現場監督氏がテントに戻るのとほぼ同じタイミングで帰幕していたそうです。我々より出発が遅れていたのに抜かされた形跡はないので、III峰のA〜C尾根のどれかを登ったのでしょうか。どこを登ったにせよ、テントの中からは楽しげな笑い声が絶えませんでしたから、きっと実りあるクライミングだったのに違いありません。お疲れさまでした。