不帰一峰尾根〔敗退〕
日程:2012/04/28-29
概要:初日に八方尾根を下ノ樺まで登ってベースを張り、八方尾根支尾根を下って唐松沢・不帰沢出合から上流に向かい取付のルンゼを確認。翌日、同ルートを経由して不帰一峰尾根に登り、稜線通しに登高を続けたが、断壁の手前のリッジに乗った雪の状態が悪く、時間も押していたために完登を断念。不帰沢側へエスケープし、八方尾根支尾根を上がってベースへ帰着。その日のうちに八方尾根山麓まで下山。
山頂:---
同行:かっきー / きむっち
山行寸描


今年のゴールデンウィークは、前半と後半でそれぞれまとまった日数を登山に振り向けられるので、4月28日からの三連休を後立山、5月3日からの四連休を剱岳にあてることにしました。前者のプランをきむっちに持ち掛けたところ、きむっちからのつながりでかっきーともジョイントすることに。お二人とは、1月の尾白川本谷以来久しぶりにお会いすることになります。
2012/04/28
△09:10 八方池山荘 → △10:25-11:25 下ノ樺(BC) → △12:50-13:10 不帰沢途中(取付) → △15:30 下ノ樺(BC)
金曜日の夜に蕨駅でかっきーと落ち合い、さらに熊谷駅できむっちをピックアップして、かっきー号で一路八方尾根へ。駐車スペースに車を駐めて数時間仮眠してから、スキーヤーばかりが目立つ(←当たり前)ゴンドラとリフトを乗り継いで八方池山荘に到着。身繕いをして、おもむろに歩き始めました。この日は八方尾根支尾根近くのベースキャンプサイトまでの短い行程なので、それぞれにあまり軽量化は考えない荷物を背負っています。幸い、この日はとにかくドピーカン。真っ青な空、純白の雪、そして八方尾根の右前方には早い段階から明日目指す不帰一峰尾根が見えていました。
不帰一峰尾根は、不帰ノ嶮を構成する三つのピークのうち最も北側にある一峰から東へ真っすぐ伸びているブッシュまじりの岩尾根で、積雪期にはきれいな雪稜となって不帰沢と唐松沢の間を出合へと落ちています。ポイントになるのは途中にある「断壁」と呼ばれる岩壁ですが、今年は例年になく遅くまで雪が降ったため、リッジ上の雪のつき方も気になるところ。そして今回のプランは、初日に八方尾根支尾根に近いところにBCを張って宴会。翌日、八方尾根支尾根を下り不帰沢側に回り込んでから不帰一峰尾根に取り付いて尾根通しに登高。一峰からは、唐松岳方向に下り一・二峰間ルンゼを下降して唐松沢に下り、八方尾根支尾根を登り返してBC帰着後、その日のうちに下山という忙しいものです。事前に参考にした記録では、一峰から不帰の三つのピークを縦走して唐松岳の山頂を踏み、八方尾根を下ってBC帰還。3日目にゆっくり下山するというプランを採用していましたが、私は不帰ノ嶮を残雪期に縦走したことがあるし、かっきーやきむっちも山スキーでこの辺りの尾根と沢筋は何度か入っている模様。そして2人は三連休の3日目をスキーにあてたいという希望もあって、2日目に一気に下山する計画となったわけです。
広闊で緩やかな尾根を登ることわずかに1時間余りで、下ノ樺に着きました。もう少し上がれば八方尾根支尾根の分岐点に達しますが、ここからでもきれいに開けた雪面をトラバースしていけば八方尾根支尾根に到達可能なので、ここにBCを設営することにしました。かっきーはきむっちと共に寝泊まりするモノポールシェルターを、私は自分専用に使用するエアライズ1をそれぞれ立てて、それではと偵察&トレース付けのために八方尾根支尾根に向かいました。
高い気温のために雪が柔らかくアイゼン不要の緩斜面をひたすら真横にトラバースして八方尾根支尾根の主脈上に到達し、そこから尾根通しに1段下ると左下へ斜度はきついものの真っすぐに唐松沢へ下れる斜面が開けていました。下部がどうなっているか不安はあったものの「なんとかなるやろ」と下ってみると、目算通り雪はきれいにつながっていて難なく唐松沢に下り立つことができました。幅広い唐松沢をわずかに下ったところが不帰沢との出合で、ここから今度は不帰沢を遡りながら取付を探します。不帰一峰尾根の不帰沢側はおおむねブッシュと岩壁で切り立っており取りつく島がない感じですが、少し上流に入ったところから左上に、まるでそこに道があるかのように雪に覆われたルンゼが上へ伸びていました。なるほどこれか!と思いつつ念のためさらに上流へ進んでみましたが他に適当な登路を見出すことはできず、やはり先ほどのルンゼしかないだろうと当たりを付けたところで往路を引き返すことにしました。
八方尾根支尾根の登り返しはかなり厳しく、暑さのせいもあってヘトヘト。明日はここを登攀装備一式(ロープを含む)を背負って登ることになるのか……と暗い気持ちになりながらなんとかBCヘ戻り着きましたが、かっきーが担ぎ上げてくれていた食材(豚肉・手製つくね・えのき・白菜・もやし)での豪勢な鍋が苦行の後のお楽しみ。おいしい鍋にお酒も進みましたが、もちろん翌日のための水作りも怠りなく、万端の準備を整えて早めに就寝しました。夜、時折強い風が吹きましたが、テントの中はぬくぬくで快適。しかしかっきーときむっちは、シェルターが飛ばされないようにポールを押さえなければならない場面もあったそうです。
2012/04/29
△03:40 下ノ樺(BC) → △05:00-25 不帰沢途中(取付) → △07:30 不帰一峰尾根上 → △12:30-13:30 断壁手前 → △13:55-14:05 不帰沢 → △17:15-45 下ノ樺(BC) → △18:20-30 八方池山荘 → △19:50 八方尾根山麓
2時に起床し、それぞれに朝食をとり朝のお勤めも済ませて、暗いうちに出発。雪は締まってアイゼンがよく利く上に、昨日つけた足跡が奏功して快調に八方尾根支尾根を下りました。唐松沢と不帰沢の出合に着く頃、頚城から戸隠にかけての信州の山々の向こうからお日様が昇り始め、やがてあたりの雪面はピンク色やオレンジ色に染まって得も言われぬ美しさ。太陽がすっかり姿を現した頃に昨日確認した登路のルンゼの下に着いて一息入れて、いよいよ登攀開始です。
ルンゼの真ん中には雪崩れた後の溝ができており気持ちのいいものではありませんでしたが、早い時間帯なので雪は安定しており、斜度も思ったほどきつくはありません。3人で先頭を交代しながら快調に高度を上げていきましたが、ルンゼの先が開けて幅広い雪面になるあたりから、少し悪くなってきました。途中の雪が切れたところでロープを出し、かっきーが先頭になってワンポイントの岩場を越えて、絶妙のラインどりで突破して尾根上に乗り上りました。振り返ってみれば、2時間かけて登ってきた雪面の斜度のきつさと不帰沢からの高度差とに共に満足。そして前方には、細い雪のリッジがところどころにブッシュを露出させながら一峰の高みに向かってうねうねと続いています。
最初のスノーリッジはスタカットにしましたが、すぐに雪が安定していることがわかり、コンテに切り替えました。3人での登攀でオーダーをどうするか悩ましいところですが、かっきーと私とでリードをシェアしたかったので、ロープを2本出してリード1人に後続2人とすることはせず、ロープ1本でリードを交代し合い、きむっちは真ん中に入ってアッセンダー(ロープマン)を使用するというシステムにしました。
すぐに出てきた30mほどの雪壁は私のリード。下から見ると傾斜が寝ているように見えますが、実際は70度くらいあってちょっと冷や汗をかきました。それでも途中の灌木にランナーをとりながら上に抜けて、スノーバーでセルフビレイをとり後続を肩絡みで確保し、きむっち・かっきーの順で迎えました。そこから雪稜を進むと、今度は巨大なキノコ雪が尾根の上に聳えている場所に遭遇しました。ここはキノコの傘と柄の境目まで確保なしで進んで、傘を乗り越すパートのみビレイされた状態でかっきーが先行。この辺りでわかってきたのですが、山スキーではベテランの域に達しているきむっちも、雪壁登りは意外に不得手な模様。足元が不安なために雪面に何度も足を蹴こんでスタンスを確保しようとしていましたが、こういうところは優しくじわじわいかなければなりません。さらに、持参したアッセンダーの操作に習熟しておらず、ロープのセットにも手間取っていました。もっとも、自分も雪稜のアップダウンのうち「ダウン」になると途端に腰が引けてスピードが落ちていましたから、あまり他人のことは言えません。
なんとかキノコ雪の上に出てしばらく進むとまたまた立った雪壁で、ここも斜度がきつく、出だしの短いセクションが80度くらい、その奥の長いセクションが70度くらい。ラッキーなことに、順番からして私のリードです。実は、こういう柔らかい雪の斜面とか沢登りでの泥斜面とかをじわーっと体重移動しながらだましだまし登るのは嫌いではありません。それでも何カ所かで横に亀裂が入っている雪面をほとんど気休め程度のランナーを信じながら登るのは心臓によくありませんでしたが、なんとか30mあまりロープを伸ばしてリッジ上のしっかりしたハイマツにセルフビレイをとり、ほっと一息つきました。しかし、この雪斜面でセカンドのきむっちが大いにハマることになってしまいます。じわじわ登りで私が上に抜けるまでにかかった時間が、おそらく約20分。引っ張ってきたロープをフィックスしてきむっちを待ちましたが、待てど暮らせど離陸してきません。上からでは何が起きているのかわからず「?」という状態でしたが、後で聞いたところ、私がじわ抜けした出だしの垂壁にセカンドで取り付いたきむっちは思い切りスタンスを崩してしまい、二進も三進もいかなくなってしまったそうです。おまけに昨年脱臼した左肩が完治しておらず左腕に力が入らないきむっちは、数度のトライの末に、セカンドでの離陸を断念。きむっちを叱咤激励し続けていたかっきーも仕方なく、自分がセカンドになって先に上がってきてから、きむっちを引っ張り上げる作戦に切り替えました。このオーダー変更は成功し、無事に全員が雪壁を突破できたのですが、結局このワンピッチで全員が上へ抜けるのに90分を要してしまいました。
雪壁の上は文字通りのナイフリッジ。ただし傾斜は先ほどまでに比べれば緩く、かっきーにリードしてもらって難なく突破できました。しかしこの時点で既に正午に近く、上がってきた気温のせいで周囲の谷筋では雪崩の轟音が頻発するようになっています。まだ核心部の「断壁」にも達しておらず、そこから先も相当の高距が残されていることを考えると「時間切れ敗退」の文字が脳裏にちらつきます。果たして、エスケープルートはあるのか?
エスケープルートはありました。ナイフリッジを越えてしばらく進むと大きく湾曲した雪のコルになっていて、そこからの不帰沢側斜面は幅広く緩やかな雪面。これなら問題なく下れそうです。
さて、改めて目を前方に転じると、はるか高く遠いところに目指す一峰が聳え立ち、その手前のほぼ真正面に灰色の岩壁が露出している場所があって、どうやらそこが断壁であるようです。ラインを目で追いながらかっきーらと「あそこを左に回ってから右上して、雪・薮・雪・薮とつないで……」とイメージを固めていきましたが、雪の残り方がどうも悪そう。そして私のリードで断壁に向かう細いリッジに取り付いたのですが、リッジ上に残っている雪は片側が大きくえぐれていて体重をかけることをためらわれる状態になっていました。うーん……こりゃダメだ。
時間のこともあり、ここで敗退決定となりました。目の前の雪は、あるいは右から回避することもできたかもしれません(偵察したかっきー・きむっちは可能性を見出していました)が、その先の思い切りハングしたキノコ雪や急斜面に不安定に残った雪の状態を見ると、この3人で突っ込んだとしても突破できるかどうか不安ですし、仮に突破できても日の入りとの競争に負けてしまいそう。ここは自分たちの実力不足を認めて、潔く撤収するしかなさそうです。
不帰沢に降り着いて、半ば放心した状態のまま降りてきた不帰一峰尾根を見上げましたが、そうしている間にも小規模な雪崩が2、3度周囲で発生しており、これは山が早く帰れと言っているのだと理解して(←不帰沢の真ん中でいきなり大キジを始めたか○きーを咎めているのではないと信じたい)往路を戻ることにしました。
八方尾根支尾根を登る途中から振り返ると、沢筋にはこちらを見上げているスキーヤーが3人。彼らの目には、すごすごと雪面を登り返している我々の姿が不思議に思われたことでしょう。そして彼らの上には、完登ならなかった不帰一峰尾根の全景。
こうして見ると、結局我々は、長さでも高さでも、半分も登れていなかったようです。残念……。
BCを撤収したら、後は八方尾根を下るだけ。八方池山荘まではあっという間で、自動販売機で買った缶ビールで互いの苦労をねぎらいあいましたが、当然リフトやゴンドラは既に営業を終了しています。スキー場の係員さんの指示に従い、ゲレンデの右端を進みながらどんどん高度を下げ、最後は真っ暗な草斜面を重荷に耐えながら下って、人気のない山麓の市街に下り立ちました。あぁ、疲れた。それでも、来年はぜひともリベンジしたいものです。