旭岳東稜

日程:2008/02/10-11

概要:八ヶ岳東面の旭岳東稜を、初日に五段ノ宮のワンピッチ下まで登り幕営。翌日、核心部を直登して旭岳頂上へ抜け、ツルネ東稜経由で下山。

山頂:旭岳 2672m

同行:現場監督氏

山行寸描

▲見上げる権現岳(左)と旭岳(右)。上の画像をクリックすると、旭岳東稜の登攀の概要が見られます。(2008/02/11撮影)
▲五段ノ宮全景。上の画像をクリックすると、五段ノ宮のルートが見られます。(2008/02/11撮影)
▲権現岳をバックに立つ私。終始好条件に恵まれた登攀だった。(2008/02/11撮影)

八ヶ岳東面の旭岳東稜は、この山域でもとりわけ人気の課題。地獄谷の奥から標高差800mほどを一気に突き上げてぴったり旭岳山頂に抜けるこのルートは基本的には雪稜登りに終始しますが、途中に「五段ノ宮」と呼ばれる手応えのある岩稜を擁し、上部のナイフリッジも雪の付き方によっては緊張を強いられます。現場監督氏はここを2002年に単独で登っていますが、そのときは五段ノ宮を左から巻いており、よりよいスタイルで登り直したいという気持ちもあったのでしょう、私につきあって再チャレンジしてくれることになりました。

我々が出発した土曜日の夜の東京は雪で、中央自動車道は八王子〜相模湖間が通行止め。これはスムーズには辿り着けないな、あまり時間がかかるようなら日曜日は西面の赤岳鉱泉に転進し、石尊稜でお茶を濁すかな、と半分諦めムードで下道を進みましたが、幸い相模湖から先はスムーズに高速道路を走ることができ、双葉SAで仮眠ののち無事に美しの森に到着できました。

2008/02/10

△07:35 美しの森 → △11:10 出合小屋 → △15:10 幕営地 

美しの森からの林道を歩くのは4回目ですが、その中では今回が最も雪の量が多い感じ。快晴の空の下に権現岳や旭岳が純白の屏風を見せてくれるのは気分がいいのですが、トレイルの上でも足はしょっちゅう潜って体力を消耗します。しかし、そんなこともあろうかと持って来ていたワカンを途中から装着したら、以後はスムーズに進むことができるようになりました。林道終点から地獄谷に入り、堰堤が連なるあたりで下山してくる2人組とすれ違ったので話を聞いてみると、権現岳東稜を狙ったものの深雪のために断念したのだそう。気になる旭岳東稜には先行パーティーがいくつか入っているとのことで、本来ならバージンスノーをラッセルできない不運を嘆くのが山屋としての正しい(?)姿勢なのでしょうが、そこまでストイックになりきれない我々はこの情報に素直に喜んでしまいました。

さんざん世話になったワカンを非情にも無人の出合小屋に残置し、地獄谷をさらに詰めて権現沢を分ける二俣からすぐ旭岳東稜に取り付きました。先ほど教えてもらった通り1人や2人ではない先行者のトレース跡が尾根筋を上へと登っており、ラッセルの必要性は皆無。順調に高度を上げていくと見晴らしの良い台地状になって、権現岳・旭岳が正面に見上げられるようになりました。

下部の尾根の途中には1カ所、岩の露出したアップダウンが続くやせた岩稜が出てきます。最初のギャップへの下降は残置スリングを使ってクライムダウンしましたが、足の置き場所に迷って無理な姿勢になったときに、以前肉離れを起こしたことがある左足のふくらはぎにピシッ!と痛みが走りました。ヤバい、またやったか?と思いながら体勢を直し下って屈伸してみたところ、膝を深く曲げると鋭く痛むものの自然な姿勢なら問題はなさそうなので、以後だましだまし登り続けることにしました。さらにもう2カ所急な下降を経て、最後のギャップへの下りはロープを出して懸垂下降しました(手前から右を巻いている踏み跡もありました)。

さらに前進するうちに尾根は旭岳本体の壁に吸収されるようになり、急な登りとなってきます。開けた短い雪稜を越えると草付混じりの雪壁になって、先行パーティーがロープを出して登っているのを見ることができるようになりました。この上はもう五段ノ宮直下の肩になるようで、そのまま雪壁を登るかどうか迷いましたが、先行パーティーが多いとテントを張るスペースが足りない可能性があり、15時にはこの日の行動を終えようと話していたことでもあるので、雪壁手前の小尾根上を整地して幕営することにしました。

今回、幕営装備として現場監督氏が担いで来たのはアライの自立式シェルター、ライズ1。その設営中にポールがつるつるの雪の斜面を滑り落ちてしまうというアクシデントがありましたが、ド根性の現場監督氏ははるか下方まで下って奇跡的に回収に成功しました。そんなドタバタをしている間に後続の3人パーティーが横を抜けて急雪壁を登っていきましたが、ずいぶんたって我々がテント内での家事にいそしんでいる頃にざくざくと音をたてて戻ってきました。現場監督氏が顔を出して話を聞いてみると、五段ノ宮基部の肩上には4、5組も幕営しており、そのために彼らはテントを張るスペースを見つけられずわざわざ戻って来たのだそうです。それを聞いて我々も作戦会議を行いました。そんなにたくさんのパーティーが上にいるとなると明日は岩場で渋滞するかもしれない、あまり早出をして不安定な位置で待機するより頃合いを見計らってゆっくり目に出発する方がかえって安全そう、あまり岩場が混むようなら巻きルートを選択することもやむを得ない……。

ここまで決めてから、ありったけ着込んでシュラフにもぐり込みました。

2008/02/11

△07:45 幕営地 → △08:10-25 五段ノ宮取付 → △10:50 五段ノ宮終了 → △11:45-12:00 旭岳山頂 → △12:30 ツルネ → △14:15-35 出合小屋 → △16:40 美しの森

強烈な寒さのために眠れなかった一夜が明けて、富士山が朝焼けに染まりました。夕べの打合せ通りのんびり出発準備をしましたが、我々より下に幕営していた3人組も既に上に抜けているようで、ちょっとゆっくりし過ぎだったかもしれません。

出だしの数十mの急雪壁は、ところどころ露出している凍った草付にバイルを打ち込みアイゼンを蹴込みながら登りましたが、ロープを出すほどではないもののそれなりに緊張を強いられました。そしてここを越えるといったん傾斜が落ちて、五段ノ宮が姿を現しました。なるほど、確かに顕著な階段状の岩稜が5段重なっていて、段差部分はそれぞれに立ち、また段の上にはキノコ雪がかぶさっていていやらしそうに見えます。そして昨夕の情報の通り、基部の雪稜には幕営スペースをきれいに切り拓いた跡が四つあり、夕べはけっこう賑やかだったに違いありません。ところが、先行していた現場監督氏に追いついて正面から五段ノ宮を見上げたところ、どういうわけか他のパーティーは全て左からの巻きルートを登っており直登ルート上の雪面には踏み跡も見えません。なんだ、それならもっと早出すればよかったと少々後悔しながら、ここでロープを結んでいよいよ登攀開始です。

1ピッチ目:現場監督氏のリード。まず、1段目出だしの5mほどの垂壁を正面のクラック状に沿って登ります。取付にリングボルトがあり、中間にはハーケンからスリングが垂れていて、抜け口の灌木と合わせて3カ所でランナーがとれますが、中間のハーケンまでは難しくないものの、そこから上がかなり微妙。よいホールドは左手側に横引きがあり、そのまま右腕を伸ばせば遠いしっかりしたホールドに手が届きはしますが、その姿勢では身体が伸びきってしまって次の動作を起こせません。現場監督氏はパンプに耐えながら岩を探っていましたが、意を決して右上のホールドに手を掛けると、思い切り開脚で右のアイゼンを高いフットホールドにかけ、体幹の力で強引に上がってしまいました。ビレイしている私は「それはアルパインのムーブじゃないだろう!」と心の中でツッコミを入れたのですが、現場監督氏は構わず灌木に手を掛け、ここも苦労しながらなんとか1段目の上へ抜けました。

しかしその上の雪も不安定らしく、現場監督氏には珍しく「悪い!」「ここ、登れるのかよ!」といったボヤキを漏らしながらザリザリと雪を掻き落とす時間が続きました。続いて2段目は下からでは岩の陰になって見えずロープの動きで上の様子を推し量るしかありませんが、そのうち突然「うわー!」という声が聞こえてきました。あわてて衝撃に備えましたが、ビレイヤーまでテンションがかかることなく止まった様子。ここも時間がかかっていましたが、やがて左寄りの灌木を使って木登りで抜ける姿が見えました。2段目の上の雪の不安定さも先ほどと同様で、さらに3段目の段差をガリガリとアイゼンを鳴らしながら越えて、ようやく「ビレイ解除!」のコールが掛かりました。

続いて私の後続。1段目の先ほど現場監督氏が大胆なムーブを披露した箇所はなんとかバランスで……と粘りましたが、着膨れ・リュックサックを背負ってではなかなか難しく、ああでもないこうでもないと試行錯誤しているうちにやはりパンプしてきてしまいました。こうなってしまうと、もうスタイルにこだわらずに登るしかありません。ハーケンからぶら下がっている残置スリングをアブミにして振られそうになりながら乗り上がり、そこからはかかりの良いホールドに助けられて1段目の上へ。続く2段目は稜の右手の方がいいんじゃないかと思えましたが、実は現場監督氏はそこで二度落ちたとのこと。左手3mの草付混じりの垂壁を灌木の根や枝をつかんで上がりました。そして3段目は、やはり5mほどの段差を凹角を使ってバランシーに上がり終了です。

この1ピッチに、2人合わせて1時間半もかかってしまいました。後続がいなくて、本当によかった。

2ピッチ目:私のリード。4段目は手掛かりのない段差なので、ここから左へエスケープするラインもあるようですが、我々は右手から巻くように上がりました。といっても、はるか下方まですっぱりと切れ落ちた急斜面にへばりついた雪をだましながらのデリケートなトラバース、そして不安定な体勢で雪の中から掘り出した灌木の根にすがっての登りで、なかなかスリリングです。そろりと踏み込んだ雪が沈み込むたびに「頼むから崩れないでくれ……」と心に念じながら、なんとかキノコ雪を崩して4段目の上に乗り上がりました。その上は急なナイフリッジが続いており、途中に1カ所これも微妙なバランスで抜ける小垂壁をこなして、その上のキノコ雪をかき分けていくと左下から巻きルートの踏み跡が合流してきました。これで五段ノ宮の直登に成功です。巻きルートと合流したすぐ先のしっかりした灌木に支点をとり、現場監督氏を迎えました。この2ピッチ目が2人合わせて50分、自分としては満足のいくパフォーマンスでした。

そこから先はコンテでも行けそうでしたが、上からは先行パーティーのコールも聞こえているのでのんびりスタカットで2ピッチ伸ばすと、山頂手前の三角ピークの基部にぴったり届きました。ここは正面の浅い凹角も登れるようですが、この日は左上するバンドが安定しており、バンドを渡りきった先から折り返して雪の稜角を上がるとすぐに水平な見晴らしの良い雪稜となって、正面にはドーム状になった旭岳山頂が待っていました。

旭岳山頂に到着して現場監督氏とがっちり握手。お疲れさまでした。無風快晴、そして360度の大展望。隣の権現岳や盟主の赤岳の姿も素晴らしいですが、西の方にははるか彼方に北アルプス全山が純白の屏風を横一線に広げているのが見えています。どこへ消えたのか先行パーティーの姿は見えず、今、この山頂でのぜいたくな時間を味わっているのは我々だけでした。

名残惜しい山頂を後にして下山開始。まるで春山のように穏やかな稜線をツルネを目指して歩きました。さすがにエネルギーが尽きてきて足取りは重いものの、登攀を終えて安全地帯に入った安堵感で心は軽やかです。

ツルネのてっぺんから先ほど登った五段ノ宮のラインを遠望し、わずかに下った樹林帯の入口で行動食を口にすると、後はひたすらツルネ東稜を下るだけ。昨年は誤ったトレイルにだまされて懸垂下降混じりとなりましたが、今回はルートを正確にトレースした踏み跡が下まで続いており、順調なペースで出合小屋へ帰着することができました。小屋でおとなしく留守番してくれていたワカンを回収し、ガチャ分けなどをしていると、天狗尾根に向かっていた3人パーティーがラッセル敗退してきました。こうしてみるとこの連休は権現岳東稜も天狗尾根も人が少なく、ほとんどが旭岳東稜に集中したということのようです。我々も、この2日間の好天に加えて先行パーティーのラッセルがなければこうもスムーズに登ることはできなかったでしょう。改めて幸運を喜ぶとともに、先行者の労苦に感謝しました。

後はよく踏まれて固まった雪道を、美しの森までだらだらと下りました。何度歩いてもこの道は長くて嫌になりますが、それでも十分に明るいうちに美しの森駐車場に到着。振り返ると雲一つない空の下に権現岳や旭岳がゆったりと横たわっていました。

手元にある『岳人』501号(1989年3月)の旭岳東稜の記事では、五段ノ宮についてはじめから岩稜を避けてもいいが、それではこのルートの価値が半減するから、なるべく正面を登るようにしたいとした上で、3段目までを直登し、そこから左下へバンドを伝ってブッシュ帯へ入るコースが紹介されています。

今回我々は4段目を右から巻き上がってさらに直上を続けましたが、ここは雪の着き方次第で危険度が違ってくる可能性があり、一般的に勧められるラインではないのかもしれません。それにしても、上の図に3段目まで「III級」と書かれているのは、ずいぶん辛いグレーディングのように思います。