瑞牆山大ヤスリ岩ハイピークルート

日程:2007/11/03

概要:植樹祭広場駐車場を起点に瑞牆山への道(廃道)を辿り、大ヤスリ岩基部へ。ハイピークルートを登ってから瑞牆山頂に立ち寄り下山。

山頂:瑞牆山 2230m

同行:現場監督氏

山行寸描

▲顕著なチムニーが目印の1ピッチ目。上の画像をクリックすると、ハイピークルートの登攀の概要が見られます。(2007/11/03撮影)
▲最終ピッチの人工登攀。ピンの間隔は部分的に遠い箇所もあるが、2段目に立ちこめばだいたい届く。(2007/11/03撮影)
▲大ヤスリ岩全景。左下のテラスからてっぺんまで真っすぐなラインが引かれている。(2007/11/03撮影)

本当は10月最後の土日で丸山東壁へ行く予定だったのですが、私の仕事の都合でキャンセルとなり、代わりに日帰りで行けるルートとして目をつけたのが、これも前々から狙っていた瑞牆山大ヤスリ岩ハイピークルートです。これは瑞牆山頂から見下ろせる顕著な岩塔の大ヤスリ岩のてっぺんに立てるルートで、下部の難しいフリー区間を越えてこじんまりしたパティオから明るいテラス、そしてラストは40mの人工登攀となる、短いながらも楽し気な一本です。

金曜日の夜に例によって京王線の八幡山駅で待ち合わせ、現場監督号で中央自動車道を西進。途中双葉SAで仮眠をとり、明るくなってから瑞牆山麓にある植樹祭広場を目指しました。

2007/11/03

△07:00 植樹祭広場 → △08:55-10:00 大ヤスリ岩基部 → △12:10-25 テラス → △13:20-55 大ヤスリ岩頂上 → △14:35-45 瑞牆山 → △16:25 植樹祭広場

ひんやりした空気の中、植樹祭広場を出発。きれいな舗装路をわずかに歩いて、道幅が広くなった駐車場があるあたりのなんともわかりにくい標識の右手から山道に入りました。植樹されてさほどたっていないと思える幼木がずらりと並んでいる中に縦横に道が引かれて迷路のようになっており、何度か行きつ戻りつしてやっと本来の道を見つけましたが、その出だしのところには「この道は一般登山道ではありません」と注意書きがしてありました。

確かに落葉に隠れてわかりにくいところもありますが、それほど悪くはない道を赤テープに導かれてどんどん奥へ進むと、頭上に顕著な岩壁がのしかかるように聳えているのが見えました。これがカンマンボロン(「大日如来」を意味する真言)で、ひときわ目を引く巨大なハングを含めエイドルートが何本か引かれているようで、現場監督氏は鎌形ハングルートに特に関心がある模様です。ただし、大ヤスリ岩を目指すにはカンマンボロンに突き当たっては行き過ぎで、道はその手前を右へ回り込むように続いています。

尾根筋を乗り越すところから前方に大ヤスリ岩が見えるようになり、さらに急な登りを続けて大ヤスリ岩の基部に到着すると背後には八ヶ岳が半透明の雲海の向こうに浮かんでいて、ずいぶん高度が上がっていることが実感できました。

我々の前にはちょうど男女2人パーティーが準備をしているところで、特に寒さ対策でしきりに意見を交わしながらのんびり装備を着けていましたが、まだこちら側に日が当たっていないこともあって確かに気温が低く、凍えます。私はフリース、現場監督氏はヤッケを着込んでその上からギアラックを着けることにしましたが、そうこうしている間にも先行パーティーはなかなか離陸してくれません。女性の方が行動食を口にし始めたときにはさすがに「えっ、マジ?」と思いましたが、実は後でこの2人には大変お世話になることになります。

30分待ちで、ようやく先行パーティーが女性のリードでスタート。1ピッチ目は顕著な岩の割れ目の左にあるコーナークラックを10m登ってから右にトラバースし、チムニー〜スラブをさらに10m。そのままさらに20mロープを伸ばしてチムニーを奥の広場まで進む記録も少なくありませんが、先行のリードは大奮闘の末に下から見える20m地点にある支点でピッチを切りました。一方、フォローの男性はスムーズな登りで一安心。頭上から「後で『前のパーティーが遅かった。』なんてブログに書かれるね」といった声が聞こえてきて、現場監督氏は「書きますよ〜」とにやにやしながら言っていましたが、登りそのものは遅くてもある程度は仕方なくて、各支点での作業の手際さえよければ不平は申しません。

さて、スタートにあたり現場監督氏から「どうします?」とオーダーを聞かれましたが、まっとうなクライミングはブランクがあって自信がないので、現場監督氏に先攻をお願いしました。先行パーティーの男性が2ピッチ目の登りにかかったところで、我々もいよいよスタートです。

1ピッチ目(20m / IV,A0):出だしのコーナークラックは左右にスタンスを拾いながら高さを稼ぎ、最後に上のガバをつかんで段の上に出られます。そこから右手のチムニーへの2mのトラバースがフリーでは難しいところで、現場監督氏は最初フリーで行きたそうにしていましたが、そこは膨らんだスラブ状でスタンスは外傾しており手掛かりにも乏しく、断念してボルトにかけられたワイヤーにクイックドローをセットし、A0で右のチムニーへ乗り込みました。そこからのチムニーも狭くて身体の自由がきかず、かといって左フェースのスラブは手掛かりに乏しいので、現場監督氏も私もここは連打されたリングボルトを利用してのA0となりました。

2ピッチ目(20m / A0, III):狭いレッジから目の前の立ったスラブがこれまた厳しく、リードの私は一般登山道から見上げるおばちゃんたちの「凄いわねえ」という声を背中に聞きながら、左コーナーのリスに連打されたハーケンを使って恥ずかしのA0。そのまま右のチムニーへ滑り降り、階段状の窮屈な廊下を奥に進むと樹木もあって小庭園風の中庭(パティオ)に出て、ピナクルにスリングをかけて現場監督氏を迎えました。

3ピッチ目(30m / IV):木と岩の間を抜けて正面の壁を右下から左上する階段状のランペを登りきり、クラックにハンドをきめてレイバック気味に上がると広いチムニー。このピッチではカムを使うかと思っていましたが、リングボルトが途中4カ所あって結局カムは使いませんでした。

広いチムニー内で、今度は40分待ち。もっともこれは、先行パーティーのリードが最終ピッチを登りきるのに要した時間だから仕方ありません。

4ピッチ目(5m / A1):先行パーティーのセカンドが動き出したところで、とりあえず右上のテラスまで上がることにしました。ここは両手両足突っ張りのフリーでも登れるようですが、予習を兼ねてアブミを取り出しA1でテラス上へ抜け出ました。

テラス上に出ると急に展望が開け、予想以上に近くに瑞牆山の山頂やそこに至る登山道が見えています。今日の瑞牆山は大賑わいで、登山道は次々に山頂を目指す登山者が行列をなしており、山頂もギャラリーが鈴なり。先行パーティーのリードが大ヤスリ岩のてっぺんに着いたときには「よく頑張った!」などと盛んに声援を受けていて内心うらやましかったのですが、テラス上に寝転がって先行パーティーのフォローが青い空に向かって登っていくのを見上げていると、純粋に岩登りの楽しさが心に染み渡ってきました。

5ピッチ目(40m / A1):最終ピッチは現場監督氏に譲ってもらって私のリード。チョックストーンを踏み台にして最初のリングボルトにクイックドローをかけてから、一つおきにランナーをとりながら登っていきます。比較的最初の方に遠いところがあってそこはアブミの最上段にじわじわと立ち込みましたが、後はいずれも2段目にしっかり立てれば届く位置にリングボルト(一部RCCボルト)がありました。結局11本のクイックドローを使って、最後の数mは簡単なフリーで待望の大ヤスリ岩のてっぺんに到着です。

そこは、思いの外に広く安定したテラスになっていました。見れば多くの残置ロープがごちゃごちゃとボルトにかけられており、その中でも比較的太いロープを選んでセルフビレイをとり、現場監督氏に声を掛けて後続してもらいました。その間、先行パーティーの2人はどのロープを懸垂下降に使うかを検討していたようですが、そのうち女性の方が、私がとんでもないミスをしていることに気付いてくれました。ビレイをとっているロープは弧を描いて二つのボルトのリングを通っているように見えていたのですが、よく見るとそのロープは一つのボルトのリングを通ってはいるもののもう一つのリングボルトでは軸にひっかかっていただけだったのです。これで万一現場監督氏が落ちて荷重がかかりロープが軸から外れると、一つのリングに2人分の荷重がかかって破断ということになりかねません。あわてて女性にお願いし、手持ちのビナでリングとロープを連結してもらって事なきを得ましたが、支点は原則として自分で作ること、残置を使うならしっかりチェックすることという基本をおそろかにしたヒヤリハットでした。大反省。もう絶対こんなミスはしません。

何はともあれ無事現場監督氏を迎えることができて、まずは握手。2人合わせて最終ピッチに1時間はかかっていないから一応及第点でしょうか。そのまま、眼下の登山道にヘリコプターがレスキュー隊員を下ろすのを眺めたり、四囲の景色、なかでも山頂を白くした富士山の姿に感動しながら行動食を口にして一休み。図らずも恩人になった先行の2人とよもやま話をしてみると、どうやら2人は5月の剱岳八ツ峰で我々の直前を歩いていたパーティーにいたらしいことがわかり、またしても山の世界の狭さを実感しました。

大ヤスリ岩からの下降は、いったん先ほどのテラスまで40m下り、そこから瑞牆山方面へ15mほどの懸垂下降で樹林の中に降りて、後は踏み跡を辿ると登山道に出ることができます。ギアを外しリュックサックをデポして、急な上り坂をこなし裏手から回り込むと、20年ぶりの瑞牆山頂に着きました。目の前には先ほど登った大ヤスリ岩が突き立っており、これをバックに記念撮影を行うのはお約束です。

秋の日はつるべ落とし。早くも傾き始めた日差しにせき立てられるように瑞牆山の山頂を後にし、大ヤスリ岩の近くからロープで閉鎖された道に入って往路を引き返しました。

大ヤスリ岩ハイピークルートは、なんといっても最後の岩塔の人工登攀が露出度満点で楽しいルートでした。ゲレンデで一通りアブミを使えるようになったら最初の本番課題として採り上げるのもよさそうですが、身長が低い人には多少ボルトが遠く感じられる箇所もある(私の身長は172cm)のでそれなりの対策を。また、帰路の途中カンマンボロンではクライマーのコールが聞こえましたが、どのルートを登っているのかはわかりませんでした。たぶん来年以降、この岩場を再度訪れることもあるでしょう。