塾長の山行記録
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塾長の山行記録

マチガ沢〜東南稜

日程:2003/09/28

概要:マチガ沢を詰めて東南稜から谷川岳オキの耳のすぐ南の稜線へ。下山は西黒尾根から巌剛新道。

山頂:谷川岳 1,977m

同行:Niizawa氏 / Sakurai氏

山行寸描

▲マチガ沢の大滝の向こうに西黒尾根。上の画像をクリックすると、マチガ沢〜東南稜の登攀の概要が見られます。(2003/09/28撮影)
▲恐いトラバースに挑むSakurai氏。どうやら正規ルートを外している模様。(2003/09/28撮影)

◎「一ノ倉沢衝立岩中央稜」からの続き。

前夜は湯テルメ谷川で汗を流し、湯檜曽駅の構内にテントを張ってぐっすり眠りました。今日は当初の予定では幽ノ沢のV字状岩壁右ルート(通称「V右」)を狙う予定でしたが、就寝前の予報では夜の天気が悪いとの御託宣。濡れた幽ノ沢のスラブを登るのは気が進まなかったので、協議の結果マチガ沢に転進することにしました。

2003/09/28

△07:00 マチガ沢出合 → △08:30 大滝 → △13:40-14:00 東南稜取付 → △16:45-55 終了点 → △17:10 稜線 → △19:35 巌剛新道登山口

巌剛新道前の駐車場に車を駐め、明るく開けたマチガ沢の出合から沢に入りました。下流の方はごろごろした河原歩きで面白みもあまりありませんが、前方には西黒尾根のスカイラインも見えており、気候も暑からず寒からずの穏やかさです。

徐々に雪に磨かれた地形になってきて、やがて大滝に到着。巌剛新道の第一見晴台まで登るとこのすぐ手前へ降り立つこともできるようで、ここまで遡行の面白味はあまりなかったのでショートカットした方が良かったようです。大滝自体は一見するとどこからでも登れそうですが、左に回りこんで階段状の丸いカンテを登りました。その上はスラブ状になっており、アプローチシューズのNiizawa氏とSakurai氏はフリクションを利かせてどんどん登っていきましたが、軽登山靴のビブラムソールが滑る私はスラブを避けて少しでも凹凸がある地形を選ぶために時間がかかってしまいます。しかも徐々に傾斜がはっきりしだし、やがてシンセン沢を右に分けるとすぐに小さな滝壷が現われました。ここをいったん左の踏み跡に巻き上がりましたが、草付の斜面はどんどん高度を上げて沢筋には降りられそうもなくなってきて、どうやらこれは道を誤ったらしいと思い30分も登ったところから引き返しました。ちょうどこの頃後ろに後続の数名のパーティーが姿を見せましたが、彼らはシンセン沢を東尾根へ上がっていったようでした。

もとの滝壷に戻り、今度は右から小さく巻いてU字にえぐれた谷底の歩きになると雪渓の残骸が左岸にへばりついていて、崩れた雪のブロックはひとつでも直撃を受けたらひとたまりもなさそうな大きさでした。やがて三の沢を左に分けるところに辿り着いてみると、先ほど途中で通過を断念した右岸の斜面はこの辺りで緩やかに沢筋に下りており、どうやらそのまま進めばよかったらしいことがわかりましたが後の祭り。そして、ここからマチガ沢は悪相の顕著なゴルジュ状になっていきます。

まずは悪い左壁を登って1段上がり、そのままゴルジュの中を進んだり左に逃げたりしながら先に進みます。ゴルジュの中も両岸の岩も極めて大雑把でデリカシーのない風情で、こんなところは早く抜けてさっさと東南稜に取り付きたいという気持ちを顔に出しながら遡行を続けていくと、そんな3人の気配を察したのか正面に高度差があって巻けそうにない滝が現われました。沢の真ん中のカンテ状の岩は最初はホールドも豊富で難しくなかったのですが、上部でつるっとした丸いカンテに変身し、ここでとうとうビブラムソールの私はNiizawa氏にロープを出してもらうことになりました。しかし核心部はその先で、目の前に左上から右下に向けてまっ平らな広いバンドが走り、その向こうにブロック状の岩が1mほどの壁を作っています。Niizawa氏と私が手に汗握りながら眺める中、ここはSakurai氏が果敢にリードし、濡れてつるつるのバンドを微妙なバランスで左上してからブロックの壁の左を回りこんで上へ抜けていきました。セカンドのNiizawa氏もラストの私も足を滑らせながら後続し、ビレイしているSakurai氏のところに到達したときには思わず「Sakuraiさん、よくこんなところリードしましたね!」と声が出ました。

しかしマチガ沢はなかなか我々を許してくれず、滝だか沢だかわからないような急傾斜が次々に現われて時間を消耗させられました。しかも悪いことに徐々にガスが上から降りてきて見通しがきかなくなり、先ほどまで見えていた東南稜との距離感がわからなくなってしまいました。

源流帯の様相を呈しはじめてからしばらくして濃いガスがかすかに薄れたとき、前方に茶本の写真で見た東南稜のシルエットが浮かび上がって、我々が東南稜の直下にいることがようやく認識できました。そこから草付のひと登りで到達した東南稜の取付は3人が登るといっぱいの狭いテラスで、そこに打たれた古いピトン4、5本にかろうじてカラビナをかけ、ビレイポイントを作りました。この頃にはあたりはガスばかりで眺めもなく、もう登攀の楽しみは失せてしまって、早く片付けて稜線に抜けたい、明るい内に下山して温泉につかりたい、とそればかりを考えていました。

今日はNiizawa氏にリードを任せて私は御隠居モード。1ピッチ目は凹角を登って立った部分をステミングで越え、その奥の左壁がハングになったところで右のスラブを登ります。ここがいわば東南稜の核心部で、Niizawa氏も奮戦している様子が伝わってきましたが、やがて上に抜けた気配がするのにロープはさらに伸び、やがて動きが止まったと思ったら今度は待てど暮らせどコールがかかってきません。待っているSakurai氏と私はどんどん体温が奪われて消耗していき、これはちょっとヤバいかもしれないと思い始めた頃にようやくコールがかかりました。

セカンドのSakurai氏も核心部のハング下では苦戦しているようで、それでもなんとか乗り切ってラストの私の番。出だしの凹角は簡単ですが、奥のハング横のスラブは傾斜はそれほどでもないものの濡れてぬるぬるです。それでも最初は「ラストがA0しちゃいかんだろう」とがんばりましたが、どうにも条件が悪くて結局ドロドロの残置スリングのお世話になりました。抜けたところは傾いたテラス状で、本来はここでピッチを切るようですがNiizawa氏はさらに進んだ凹角の中に確保支点を作ってビレイしていました。

正規のルートでは2ピッチ目はテラスから正面のクラックを登るか、この凹角〜チムニーを上がってさらに上部の凹角を登るのですが、このときは我々が誤った場所でピッチを切っているという認識がなく、ビレイポイントからすぐ上のチムニーをわずかに登り、そこから右へトラバースするのが正しいと思い込んでいました。実際そちらには残置ピンやスリングがあったのでNiizawa氏が間違えたのも無理はないのですが、A0しまくりで抜けていったNiizawa氏の後にセカンドで私が続いてみると、45度に外傾したバンドはかなりシビアでトポに書かれたピッチグレードであるIV-には思えません。しかも悪いことにトラバースした先の小さな凹角を登って左に数mで「リッジ下の安定したテラス」があり、そこにも支点用のピトンが打ってあっていかにも2ピッチ目の終了点のように見えてしまいます。しかし、Niizawa氏をビレイしていたSakurai氏がNiizawa氏からの「ビレイ解除」のコールを聞いたときに「えっ?」と驚いたように、ここではロープが20mも出ていなかったのだからおかしいと気付くべきだったのに、ガスで見通しがきかない上に身体が冷えて思考能力が低下していた私は、とにかく前に進みたい一心で深く考えもせずに後続してしまいました。

Sakurai氏がA0トラバースを終えてビレイポイントに追いつき、3ピッチ目をNiizawa氏が再び先行。目の前のリッジは直登できそうになく、右に伸びている踏み跡を辿ってやがてフェースを登っていきました。その姿を見送りつつ後ろを振り返ると、先ほどまで我々がいた1ピッチ目終了点の上数mのところに確保支点が見えています。あれは左フェースルートで使うものなのかな?などとぼんやり見ていましたが、ふと気付いてガスの上の方を見ると、目の前のリッジの左に走る凹角の上の方でバンドが横に走り、1本左のスカイラインをなしている尾根上のテラスに続いているのがうっすらと見えました。この時点でようやく、我々は本来の東南稜の右側にルートを外していることがわかりましたが、このときにはNiizawa氏は立ったフェースを越えて目の前のリッジの上に抜けてしまっており、引き返すことはもう無理です。そこで下から声を掛けて様子を聞いてみると、どうやら目の前のリッジは上部で正規ルートと合流している様子なのでそのまま進むことにしました。

またしても長い待ち時間の後にコールがかかり、Sakurai氏・私の順でフォロー。ちょっとしょっぱいツーポイントを越してNiizawa氏がビレイしている場所に着くと東南稜らしきリッジ上の岩の下で、そこから右上に踏み跡が続いています。ここでリードを引き取った私がリッジ上を辿り、ワンポイントIII+の岩を越えて抜けたところは緩やかな尾根上で、どうやらここからは草付の中の踏み跡が稜線まで続いている様子でした。

草付の中の踏み跡はしっかりしており、尾根筋の左側をからむように進むとオキの耳のわずかに左に出ました。稜線では既に紅葉が始まっていましたが、その美しさを愛でる暇もなく、装備もそのままに直ちに下山開始。誰もいないトマの耳を巻いて、西黒尾根の下降路をひたすら下りました。

幸いザンゲ岩などの滑りやすい岩場はまだ明るい内に通過することができ、巌剛新道の分岐まで下ったところからヘッドランプを点灯しました。それでも途中で暗闇の中に道を失いそうになったり、倒木の枝に思い切り足をひっかけて傷ついたりと下降は簡単ではなかったのですが、やがてマチガ沢の出合付近が見えるようになると車がライトをつけたまま停まっているのが見え、しかも女性の声でこちらに呼び掛けているのが聞こえてきました。その様子が切迫していたので何かあったのかと心配しながら登山口に下り着くと、やはり、そこにいた女性の仲間がこの日2人で一ノ倉沢から東尾根に上がったまま帰ってこないとのこと。しかし我々の後ろには誰も続いてはいなかったのでどうしようもなく、登山指導センターに相談してみてはどうかとアドバイスするくらいしかできませんでした。

その女性と別れた我々はとるものもとりあえず「湯テルメ・谷川」へ急行しましたが、あいにく20時の受付終了には間に合わず一瞬目の前が真っ暗になりました。しかしダメもとで水上温泉に移動し、たまたま目についた水上観光ホテルのフロントに訊ねてみたところ外来OKといううれしい返事、おかげで身体をゆったり暖めることができました。その後、関越道をNiizawa号で飛ばし、自宅には24時前後に帰り着きました。


この日は思わぬ苦戦を強いられてしまいました。マチガ沢の核心部になったつるつる滝はフェルトソールならもう少し楽に突破できたでしょうし、東南稜は派生ルートなのか単に先人が誤っただけなのか至るところにピトンが打たれていて正規ルートの判断が難しくルートミスすることになってしまいました。しかしそこを軌道修正できなかったのは私の力量不足で、まだまだルートファインディング力が足りないと反省しました。

とはいえ、Niizawa氏もSakurai氏もめでたく谷川岳の岩場デビューを果たし、ことに初日はおおむね天候に恵まれた中でテールリッジを登ることができたので、一ノ倉沢の概念はばっちりつかむことができたはず。というわけで、いずれ、変チや中央カンテにも行きましょう。また、今回行かなかった幽ノ沢にもいつかトライしましょう。

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