塾長の山行記録
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塾長の山行記録

トムラウシ山〜十勝連峰

日程:1990/08/07-09

概要:トムラウシ温泉からトムラウシ山に登り、南沼に幕営。南下して十勝連峰を縦走し、富良野岳に連した後、十勝岳温泉へ下山。

山頂:トムラウシ山 2,141m / オプタテシケ山 2,013m / 美瑛岳 2,052m / 十勝岳 2,077m / 富良野岳 1,912m

同行:---

山行寸描

▲トムラウシ山頂からの旭岳方面。朝焼けの景色が信じられないほどに美しかった。(1990/08/08撮影)
▲釣鐘山から振り返るトムラウシ山。この道は長かった。(1990/08/08撮影)
▲美瑛岳からの十勝岳。笠のような優美なラインに似合わず近づいてみると岩屑の堆積でできた山。(1990/08/09撮影)

◎「芦別岳」からの続き。

芦別岳から降りてキャンプ場にもう1泊した後、8月6日はトムラウシ東面の登山基地となる新得町トムラウシ温泉の東大雪荘への移動日としました。

1990/08/07

△05:00 トムラウシ温泉・東大雪荘 → △07:20 カムイ天上 → △09:50-10:20 前トム平 → △11:35-12:10 南沼キャンプ指定地 → △12:35-13:10 トムラウシ山 → △13:45-14:15 南沼 → △14:25 南沼キャンプ指定地

登山口からよく刈り払われた歩きやすい道が、樹林の中を緩やかに登ります。長い樹林帯を抜け、涸沢沿いの道がコマドリ沢のお花畑になり、さらにハイマツとゴロゴロ石の坂になって幅広い尾根上の前トム平に着きました。ここでトムラウシ山がいかつい姿を現します。

昼食後、岩の積み重なりを越えてトムラウシ公園に下りました。ここは一面の高山植物と共に岩とハイマツ、ナナカマドを見事に配し、その中を清流が音をたてて流れる美しい庭園です。

1年ぶりのトムラウシ山頂には2組の登山者たちが陣取っていました。北東は五色ヶ原から沼ノ原、振り返って西は黄金ヶ原までは見通しが利きましたが、その先はいずれも雲に隠されていました。

南沼キャンプ指定地にテントを張ってから水を汲むために南沼へ下ったところで双子池から縦走してきていた単独行者と出会い、登山道や水場の様子を教えてもらいました。彼と別れて南沼の畔に降り立つと、一部を雪に覆われた沼からは思いの外にきれいな水が得られました。

キャンプ場に戻ると先ほどの単独行者が質間攻めに逢っており、十勝岳方面へ抜ける登山者は自分だけではないと知ってほっとしました。テントに入った途端に大粒の雨が降り出し、タ方から雷雨に変わりました。

1990/08/08

△04:05 南沼キャンプ指定地 → △04:20-55 トムラウシ山 → △05:10-06:00 南沼キャンプ指定地 → △06:10-15 南沼 → △07:15 三川台 → △08:35-09:20 釣鐘山 → △11:05 コスマヌプリ → △11:35 美真岳 → △12:15-45 双子池 → △14:55-15:00 オプタテシケ山 → △16:00 辺別岳 → △16:45 美瑛富士避難小屋横幕営地

3時に起床し、朝食を済ませあらあらのパッキングを終えてから山頂に向かいました。明るい月明かりの中を山頂に登ると雲海の下に赤い円盤のように沈んでいる太陽の姿が見られ、やがて太陽の上縁が雲の上に顔を覗かせると雲海と空とが接する部分が360度赤く染まりました。表大雪の山々、十勝連峰も一望でき、美瑛富士の右には夕張山系も見えています。中でも今日その山頂を踏むことになるオプタテシケ山がとりわけ大きく、今日あれを越えるのかと思うとボーゼンとなりました。

体が冷えてしまったので帰幕したらまずお湯を沸かして飲んでから、テントを撤収していよいよ出発です。

道はカール状地形を左に見下ろし、右は黄金ヶ原の広がりを見ながら西へ進みましたが、三川台で向きを変えて鞍部へと下降するとハイマツとナナカマドの下を潜り、笹に覆われた見通しのきかない道が続きくようになりました。やがて辿り着いた釣鐘山で大休止をとりながら眺めると行く手のオプタテシケ山はこの時点では雲の中に隠れて見えていませんでしたが、振り返ると大きな根張りの上のトムラウシ山の角のような岩峰がこちらを見送ってくれているように見えました。

釣鐘山からコスマヌプリを越えて双子池までの間は、地図上は大した起伏は無いように見えますが実際は厳しいアップダウンを強いられ、灼けるような日差しの下でかなり消耗しました。へろへろになりながら着いた双子池にはほとんど水がなく、しかも大部隊の先発がテン場を占拠していてこちらにも「ここまで我々がテントを張りますから」と言ってきましたが、こちらはもとよりもっと先まで行くつもりです。眼の前にはオプタテシケ山が一気にそそり立って、アイヌ語のその名が意味する通り「槍がそこに反り返っている」よう。気押されるものを感じながら、それでも意を決して登りにかかりました。

トウウチソウやウサギギク、チングルマのお花畑を抜けて斜面にかかる頃から暗いガスの中に入り、長いアルバイトの末にハイマツ帯の上のニセピークから痩せた稜線を進んでやっと山頂に着きましたが、ここまでの間は冷たいガスを運ぶ強風が右手から吹き付けて何も見えず、眼鏡の片方だけが何度ぬぐっても曇ってしまうほどでした。体もすっかり冷えきってしまい、危険なものを感じつつ早々に山頂を退散し、ヒグマは霧の時に行動すると聞いていたので腰に下げた鈴を思い切り鳴らしながら走るように進みました。

やっと美瑛富士避難小屋近くの幕営地に着いたときには、風とガスの冷たさに疲労困憊してしまっていました。どうにかテントを張って水汲みに行ったものの残雪はすっかり消えており、手近の水場跡にかろうじて残っていた水溜まりの水をポリタンクにすくいタオルで漉してから煮沸して調理や飲用にしました。これほど消耗したのは初めての経験で、後から思えば低体温症になりかけていた模様。この状態を一歩進めると「疲労凍死」となるのでしょう。水筒に湯を入れ、替えの靴下に入れて湯たんぽ代わりにしてどうにか寝付きましたが、その後何度か寒さで眼が覚めました。

1990/08/09

△05:00 美瑛富士避難小屋横幕営地 → △06:35-55 美瑛岳 → △09:05-20 十勝岳 → △10:00-40 上ホロカメットク山避難小屋 → △11:05 上ホロカメットク山 → △12:15 三峰山 → △12:50-55 分岐 → △13:20-35 富良野岳 → △13:45-50 分岐 → △15:30 十勝岳温泉

幸い、朝になると快晴でした。いい加減飽きのきたフリーズドライの食事を手早く済ませましたが、極力荷を軽くするため食料を切り詰めたのは行き過ぎで、たとえ多少重くなっても食事は充実させるべきだと考えを改めることになりました。

朝一番にはきつい急登の後に美瑛岳山頂に到着すると、ポンピ沢越しに望まれる十勝岳は山頂からかなり下の方に口を開けた火口から白い噴煙を盛んに噴き上げていました。西から流れてくる雲が十勝岳の尖った山頂を見え隠れさせていますが、草木を寄せつけない黒い滑らかな地肌はいかにも活火山らしい容貌です。ここからいったん岩場を下り、鞍部からザラザラの砂礫の急坂を登り返す頃から雲の中に入って展望がなくなってしまいました。風の中に硫黄臭が混じり始めた稜線を辿って着いた待望の十勝岳山頂は潤いのない岩の積み重なりの上で、しばらく待っている間に何度か空が明るくなりましたが、遂に天候は回復してくれませんでした。

その後もガスの中を標識に導かれながら縦走を続け、上ホロカメットク山避難小屋で小休止。しかし誰もいない避難小屋でじっとしていると、外をヒグマにうろつかれたらどうしようなどと疑心暗鬼に駆られてしまい落ちつきません。ややあって縦走を再開し、三峰山を過ぎた辺りで雲の下に出ました。稜線の左手に十勝川源流地帯の広大な森林が広がる様子を見ながら右に十勝岳温泉へ下る道を分ける分岐点に到着し、ザックをデポして節約の必要がなくなった水をたっぷり飲んでから、この山行最後の登りにかかりました。

富良野岳の山頂に到着して見回すと、十勝岳は雲に隠れているものの富良野岳の周囲には青空が広がっています。緑に囲まれた潤いの多い山頂で厳しかった今回の山行を思い返しながら、最終目的地である十勝岳温泉の赤い屋根を見下ろして一休み。その後、分岐に戻りザックを回収して下山路を下りましたが、斜面をトラバースしつつ下る道が尾根を乗り越えるところから見上げたとき瞬間的に雲が切れて、左右に笠のような優美な線を引く十勝岳の山頂を目に焼き付けることができました。

◎「幌尻岳〜戸蔦別岳」へ続く。

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