尿前川本沢
日程:2024/09/08
概要:焼石岳の中沼登山口を起点とし、尿前川を遡行して標高1360m過ぎで登山道に出たら銀明水、上沼、中沼を経て中沼登山口に戻る。
⏿ PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。
山頂:---
同行:ヅカ氏
山行寸描
◎「夏油川枯松沢」からの続き。
2024/09/08
△06:35 中沼登山口 → △07:10 尿前川入渓 → △08:05 三ツ折滝 → △10:45 大滝 → △13:35 夫婦滝 → △16:35 登山道 → △17:15-20 銀明水 → △18:35 中沼登山口
午前4時半に起床して、最初にしたのは天気予報の確認です。すると、目指す尿前川の源頭にあたる焼石岳では4時から6時にかけてかなりまとまった雨が降る様子。7時からは雨は上がりますが、これだけ降ると増水が怖くなってきます。
とにかく沢の表情を拝んでみなければ話になるまいと焼石岳に向かったところ、空の右側(北)は雲がとれ、左側(南)はどんより雨模様で、どうやら前線に伴う雨雲の北端が頭上にある様子です。これが少しでも南にずれてくれれば遡行の可能性はぐっと上がるはずだと期待しながら、西を目指しました。
中沼登山口で身繕いをしている間にも雨がぱらついてきて今ひとつ気勢が上がらないままに金明水に向かう登山道を進み、尿前川にぶつかったところで様子を見てみると思ったほど、特徴的なブルーを呈する川面の水位はさほど上がっていません。とりあえず引き返せなくなるポイントまではこのまま進んでみようと水中に踏み込み、やがて前方に出てきた大岩を乗り越してさらに上流に進みました。
ハタシロ沢、風呂沢を左に分けて、ついで六沢を右に分けて正面にゲートのような滝をかけているのが尿前川の本沢(尿前沢)です。遡行を開始してから雨は降っておらず、沢の様子に不穏な気配も感じられないことからこのまま遡行を継続することにして滝に取り付きましたが、意外にホールドが細かく高さもあるこの滝の突破は思ったより難しく、滝の上にある小釜もスリップすれば滝の下まで叩き落とされそうなので慎重に右から回り込みました。
その後も両岸が迫る中に釜を持って連なる小滝をいくつか越えていくと、15分ほどで沢の幅が広がり、前方に大きな滝が見えてきました。あれが最初の大滝となる三ツ折滝です。
三ツ折滝は樹木が濃い左(右岸)から高巻いて25mの懸垂下降で滝の上に出るのがセオリーなのですが、右(左岸)を上がって落ち口近くの壁をトラバースしている記録もあり、またヅカ氏が共有してくれていた古いトポ(『いわての沢』(2004年))にも右の岩場を登り草付をトラバースして、25mの懸垂下降
と書かれていました。
我々の目にもトポと同様のラインが行けそうに思えたのでここでロープを結び、まずは左岸の岩のリッジを登ってみると、確かに途中に1箇所リングボルトが出てきました。これに意を強くしつつ、ところどころの低灌木にスリングを巻いてランナーとしながら短いピッチを二つ重ねて頭上の岩壁の手前まで達すると、落ち口よりはるかに高いところながら左へトラバースするポイントに達したことが草の雰囲気でわかります。実際、そちらに進んでみると明らかに人に踏まれた跡が残っていてしめしめと思ったのですが、50mいっぱい伸ばしたところでぶつかる小尾根でピッチを切ってヅカ氏を迎えた後の下り方がわかりません。小尾根を左(沢のある側)へ回り込んだところにはしっかりした灌木が生えていて懸垂下降支点を得られますが、そこからでは50mロープ1本では下まで届かなさそう。試行錯誤の末、上流方向への斜め懸垂で若干高度を下げたところにあらためて懸垂下降支点を求めることにして、まずヅカ氏が下ってポイントを作ってから私も後続したのですが、バランスを取るための手掛かりとしていた岩ががばっと剥がれてプチフォールを喫し、その際に右手親指をはさまれてしまいました。幸い外傷はなかったのでそのまま行動を継続することにしたのですが……。
ヅカ氏が設置した支点からの懸垂下降はロープが下に届いているかどうか見通せないためにひやひやでしたが、まさにぴったり25mで三ツ折滝の落ち口よりさらに上流側の一段高いところに降り立つことができました。やれやれ、助かった。それにしてもトポの著者はどこから懸垂下降したのだろう?それよりも色気を出さずにセオリーに従ってさっさと右岸巻きを選択した方が、結局は時間短縮になったはずだな【時短ポイント-1】……などと反省しきり。この滝を巻き終えるのになんと2時間弱を費やしてしまいました。
遡行再開。狭いゴルジュを抜けると目の前に立派な滝が出てきて「これが大滝か?」と思ったのですが、それにしては巻き道は明らかに右(左岸)です。実はこれは大滝手前の10m滝で、狙い通り左岸の巻き道は我々を落ち口の上へとすんなり導いてくれました。
今度こそ本当の大滝(40m)。こうして見ると先ほどの滝とのスケールの違いは一目瞭然です。これは大きい!そして、いつの間にか空がすっかり晴れ上がってくれているのも嬉しい限り。
ここはセオリーに従って右岸巻き。左のガレ斜面を登って落ち口より少し上の高さまで登ったら、滝の方向に若干歩いて灌木にスリングを巻いて支点を作り、ロープを出して私が先行してトラバースにかかります。ところがこのトラバースのどこかに「正と誤の分岐点」があったらしく、気がつけば落ち口よりずいぶん高いところへ追い上げられていました【時短ポイント-2】。後ろからはヅカ氏の「上がり過ぎだよ……」というボヤキが聞こえてきましたが仕方ない、ナントカと煙は高いところに上りたがるものなんです。
私が上がり過ぎたために大滝の落ち口の上へ降りるのに懸垂下降を2回要しましたが、大滝の上の滝(2段の大滝の上段と言ってもよさそう)は快適に登ることができて、これで大滝は終了です。とは言えもはや午後に入っています。急がなくては。
大滝の上にはどれも容易に越えられる数メートルクラスの滝が続いており、楽しくはあるものの徐々にお腹いっぱいになってきます。
それらの連瀑の最後にはひときわ目立つ滝が出てきましたが、予習していた先行記録には滝の左寄りを抜けられるもののそこへ向かうトラバースが「怖い」「しょっぱい」と書かれていたことを思い出し、あっさりと右からの巻きを選択しました。
いよいよ尿前川の最も美しいところ、白ナメが眼前に広がりました。行く手の高いところには焼石岳山頂が見え、そこに向かって一直線に伸びる沢筋はどこまでも明るく輝き、気持ちいいことこの上ありません。尿前川は数々の大滝を擁して一筋縄では行かない(それだけに楽しい)沢ですが、そうした苦難もこの癒しの渓相を味わうためにあると思えてきます。
白ナメの先には緩やかなクレーターのような起伏も現れ、そしてその先に夫婦滝が現れました。
直進方向の女滝を越えて右俣を詰めると六沢山と東焼石岳の間の鞍部に達しますが、我々が目指すのは左から落ちてくる男滝で出合う左俣で、銀明水から焼石岳へ登る登山道の途中に出ることになります。しかし、この時点ですでに焼石岳登頂は諦めており、それよりもレンタカーの返却時間の方が気になり始めていました。
男滝の左壁は滑りやすく脆さもあるもののさほど難しいものではなく、10mも登らないうちに斜度が緩んで緊張が解けてきます。一般的にはそのまま男滝の落ち口を目指して水流脇を登ります【時短ポイント-3】が、先行したヅカ氏はそのラインに嫌なものを感じたらしく、左俣右岸を左壁と区切る小尾根の左側に支点を作っていたため、2ピッチ目を担当した私はさらに10mほど登って右の小尾根に乗り移ったところ、そこには先人が残した懸垂下降の跡(スリング)が残されていました。
男滝を越えたあたりから水の色が透明に変わり、岩もぬめりが強くなってきてきます。そんな中、両岸が低くなってきたことを感じながらいくつかの小滝を越え、長いナメ滝をスリップに注意しながら登って高度を稼ぎます。
この見栄えのする滝は右壁から登るのが一般的ですが、ヅカ氏は「こっちでいいでしょう」と左からの巻きを指差しました。こうした選択は彼には珍しいことですが、もしかするとロキソニン錠で負傷箇所の痛みを抑えながら歩き続けている私を慮ってくれたのかもしれません。ただ、巻き道も急な泥壁が滑りやすくて時間がかかったので、特に支障がないのであればここは巻かずに直登する方がベターでしょう【時短ポイント-4】。
ラスボス的なこの滝は水流の左を登っている記録を散見しますが、この日の水量では取り付く気になれません。右からの巻きは容易で、ここではむしろ巻いたことで時間短縮ができただろうと思います。
階段状の多段滝を登ったら息が上がるゴーロが続き、やがて両岸からボサがかぶさってくるようになります。適当なところで沢通しに見切りをつけ、濃い藪を漕ぐこと10分ほどで待望の登山道に飛び出しました。
歩きで30分ほどの距離には焼石岳山頂が見えていましたが、断腸の思いでここから下山を開始しました。ここでぐずぐずしていると、レンタカーどころか東北新幹線の最終電車にも間に合わなくなってしまうからですが、それにしてもこの広闊な眺めはすてきです。いつの日か、純粋に登山としてこの山に登ってみたいものです。
銀明水避難小屋の前まで降りてからガチャ分けを行ったら、あとは一目散に中沼登山口を目指すばかりです。沢靴でなければとても歩けそうにないほどぬかるんだ登山道の状態には閉口しましたが、どちらも意外に大きな水面を夕暮れ迫る空に向けて静かに佇んでいる上沼と中沼の姿にちょっとした感動を覚えながら歩き続けて、登山口に降り着いたときにはもはや真っ暗。それでもどうにかレンタカーを無事に返却し、最終列車の1本前の新幹線に乗ることができました。こうして数え切れないほどの反省点(=【時短ポイント】)を抱えつつも「終わりよければすべてよし」の山行となりましたが、一つだけ心残りだったのは、新幹線に乗る際に時間的なゆとりがなかったために、2日間の沢旅の終了を祝うビールを買い損ねたことでした。
帰宅の翌々日に病院で診てもらったところ、右手親指の第一関節の指先側で骨にひびが入っていました。覚悟していたこととはいえ、やはりショック!治るまで6週間程度はかかるそうですから、これで今季(無雪期中)の登攀系山行は強制終了です。
それでも、これまでの長い登山歴の中で大きな事故を経験せずにすんできたことを思えば、今回もこの程度ですんだのはむしろラッキーだったと思ってよさそうです。それに、もし剥がれた岩が落ちる際にロープを切断していたら進退極まっていたわけで、その点でも被害は最小限ですみました。この幸運を大切に生かすべく、当分はノーマルな「山歩き」に専念するつもりです。