北山川東ノ川本流

日程:2022/10/01-02

概要:大台ヶ原駐車場から尾鷲道を歩いて白崩谷を下降し、東ノ川に入ってしばらく遡行した後に岩小屋付近に泊。翌日、さらに遡行して西ノ滝、中ノ滝、東ノ滝を見上げ、シオカラ谷吊橋で遡行を終了して大台ヶ原駐車場へ戻る。

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山頂:---

同行:T女史

山行寸描

▲西大台から東ノ川へ落ち込んでくる西ノ滝(手前)と中ノ滝(奥)。高さは前者が150m、後者が245mだそう。(2022/10/02撮影)
▲東ノ川〜シオカラ谷の最後の大滝=東ノ滝。これを右から巻けば山頂台地に乗り上がることになる。(2022/10/02撮影)

本稿での地名の同定は、主に『関西起点沢登りルート100』(山と溪谷社 2011年)の記述を参照しています。

大阪府在住の山友T女史とは2009年から2014年にかけて何度か中央アルプスの沢に通いましたが、T女史のホームグラウンドである近畿の沢に初見参したのは2018年の堂倉谷でした。これを機に近畿の沢の有名どころにも年に1度は通ってみようと思っていたのですが、2019年は都合が合わず、その後はCOVID-19の影響を受け、ようやく今年、2度目の近畿の沢を遡行するチャンスを得ることができました。行き先としたのは大台ヶ原の西側の水を集めて南流する東ノ川ひがしのかわで、大台ヶ原駐車場を起点として白崩沢を下降し、東ノ川に達してからこれを遡行して駐車場に戻ってくる周回コースとしました。T女史は2020年にこのコースを経験済みですが、そのときは遡行終了が2日目の深夜になってしまったそう。そのときのルートミスの反省を活かして、今回は無駄なくスピーディーに遡行できるだろうというのが我々の目算でした。

2022/10/01

△06:05 大台ヶ原駐車場 → △07:50 白崩谷下降開始 → △12:50-13:00 東ノ川本流 → △14:40 岩小屋

前夜、大和上市駅前で合流した我々はT女史の車で大台ヶ原駐車場に到着し、ここで一夜を明かしました。駐車場には天体観測を楽しむ少なからぬ数の車や人がいましたが、確かにこれはすごい!と思わせるほどの星空でした。ただし気温はすこぶる低く、明日の沢の中での泊まりは大丈夫だろうか?と心配になるほど。

朝焼けの光の中を出発した我々は、まずは一般登山道を等高線に沿って尾鷲辻へと向かいます。

尾鷲辻には東家が建っており、その裏手のちょっと気づきにくい方向へ伸びる道が尾鷲道です。この尾鷲道は堂倉山の西側を巻くようにつけられており、その少し先の白サコと呼ばれる鞍部を越えればそこが東ノ川への下降に使う白崩谷の源流域になります。

T女史がセレクトした下降点は白サコから300mほど先の尾根上で、ここから樹林に覆われた緩やかな傾斜の中を左寄りに向かうことを意識しながら下ってゆくとやがて沢筋に達し、さらに右からもう1本の沢が合流すると水量がぐっと増えました。沢の中に足を踏み入れるというより右岸の斜面をトラバースしながら下る場面が多かったのですが、やがて大きな滝の落ち口にぶつかることになります。

これは左の尾根をまたぎ越して谷筋に降りてゆく踏み跡を使い簡単にやり過ごすことができますが、振り返ってみると先ほどの滝はなかなかの迫力で、20mはあるのではないでしょうか。また、この滝のすぐ下にもう一つ大きな滝がありましたが、これは1段クライムダウンしてから右岸の尾根へ逃げて解決しました。

その後も巨岩ごろごろの沢筋の中をクライムダウンしたり巻いたりしながら降り続け、白崩沢の半分くらいの場所に達する頃にいったん伏流になりました。そこにはひときわ立派なボルダーがあって目を見張りますが、実はこれでも東ノ川基準では決して大きな方ではないことに後で気づくことになります。

再び水流が復活し、基本的に西に向かう白崩谷がいったん南に向きを変えた後に再び西進し始めるカーブの近くの右岸に、人為的な石組みが残っていました。不思議に思って周辺を探すと磁器の欠片やらレンガやらが散らばっており、ここに人の営みがあったことは明らか。しかし、いつ・誰が・何のために・どのような施設をここに設けたのかは不明です。

下降を開始してから5時間で、やっと東ノ川に出合いました。ここからがいわば本番というわけですが、実はこの時点で私は既にグロッキー。ここに降り立つまでの間にもT女史のペースに私がついていけず、何度もT女史を待たせる場面が生じてしまいましたが、それと言うのも前日あたりから原因不明の下痢に見舞われており、加えて下降の途中からは軽い嘔吐感も感じるようになっていたからです。このため、出合で休憩をとったときにT女史に自身の体調不良を告げ、幕営適地が出てくれば早めにこの日の行動を打ち切るようお願いをしました。

そんな状態ではありましたが、東ノ川の遡行は岩の形状を読みながらへつったり渡渉したりと頭を使う楽しいもので、しかも水の美しさが際立っています。これでもう少し気温が高く体調も良ければ積極的に水につかりながら前進しただろうと思いますが、残念ながら腹を冷やしたくない状況であるために水との戯れは必要最小限にとどめなければなりませんでした。

やがて右岸に現れたのが立派な岩小屋で、その前はテントが何張りも張れる広場になっていました。計画上のこの日の泊まりは中崩谷出合でしたが、実に快適そうなこの地形に2人とも惚れ込んで、ここで荷を置くことにしました。薪集めも半径10m以内で用が足り、私はお一人テント、T女史は岩小屋の庇の下に寝床を定めて夜を迎える準備は万端です。

食事当番のT女史のザックからは次々に食材が出てきましたが、あいにくこの頃から翌朝にかけてが私の不調のピークとなり、つまみ的なものをちょっと口にしただけで間をおかずにロールペーパー片手に岩陰へ駆け込まなければならない状態です。これはダメだと食べることも飲むことも諦め、まだ明るい18時にはテントに入って横になりました。おかげで2人分の食材を1人で片付けるハメになったT女史はお酒の方も進んだらしく、夜中にトイレに立ったときに覗いてみるとT女史は焚火の番をしたまま寝込んでいて、その脇には白ワインが入っていたPETボトルがほぼ空になって転がっていました。

2022/10/02

△07:10 岩小屋 → △13:15 西ノ滝直下 → △16:40 東ノ滝直下 → △17:20 シオカラ谷吊橋 → △18:00 大台ヶ原駐車場

就寝が早かったのに目が覚めたのは5時40分。テントの外に出てみるとT女史も岩小屋の中で起き出しているところでした。大寝坊です。

下痢のピークはどうにか過ぎたらしいという感覚がありましたが、大事をとって私の朝食は白米半パックにふりかけと味噌汁1杯だけ。すませるべきことをすませたら、ウンを天に任せて出発です。

泊まり場を出て30分ほどは川の中を進むことができましたが、やがて釜が現れたところで早々に右岸からの巻きに入りました。踏み跡はそれほど明瞭ではありませんでしたが、目を凝らせば進む道はおのずと見えてきます。

高巻きの途中から見下ろしたあの滝はアメ止メの滝10mだろうか?魚止めの滝というのはよく聞きますが、この「アメ」もたぶんアマゴのことだろうと思います。

この立派な直瀑はエボシ滝10mのはず。写真では大きさが伝わりにくいですが、それは周囲の岩の巨大さに起因しています。そしてこの滝を見下ろした場所からわずかの位置に、再び石垣を見つけました。

こんな斜面の中腹に、なんで?この対岸は大蛇嵓ですが、それは関係なさそうです。

右岸巻きを終えて川筋に戻ると当初幕場に予定していた中崩谷出合。そしてその先に現れたのは、巨岩の墓場のようなこの川の中で例外的なまでに優美な、しかしそれにしてはおどろおどろしい名前の地獄釜滝です。これは一見の価値あり、そしてこの滝を見たら今度は左岸からの高巻きです。

高巻きを終えて川筋に回帰すると、徐々に巨岩のスケールが小さくなってきました。いや、岩の大きさに対する感覚が麻痺してきただけかもしれません。先の先まで見通して進む方向を決め、濡れたくないとは言っても時には腰まで水につかり、さらには空荷になって登ってからスリングでザックを引き上げてといった具合に頭脳と全身の筋肉を駆使しながら進み続けるうちに、ふと前方を見ると奥に高みが見えて、東ノ川はそのあたりで向きを変えているらしいことがわかります。また足元を見れば穏やかな淵がグリーンに輝き、魚影らしきものも見掛けました。

奥に見えている巨大な岩は谷を丸ごとふさぐほどの大きさで、どうやらここがトポに言う「3つの大岩」である模様です。しかし、どれを指して「3つ」と言っているのか今ひとつ判然としません。

ともあれはっきりしていることは、2020年にT女史がここを遡行したときに右岸のリッジにあったフィックスロープがなくなっていることで、その代わりなぜか川の中の岩にロープが残されていました。あれに登ったところで何があるというわけでもなさそうなのに、なぜ?どうもこの川はあちこちに意味不明な人工物が点在しているようですが、いずれにせよここは安全を期して懸垂下降で川に降り、飛び石と浅瀬の渡渉とちょっとしたボルダリングで対岸に渡って左岸の巻道に入りました。

ここに限らず高巻きルートはそれなりの踏み跡になっていますが、ところによって際どかったり不鮮明だったりしますし、何より驚いたのは笹がことごとくヒョロ長くてつかむとポキポキ折れ、ホールドとして使えないことです。上越の沢での笹の(煩わしくもあり信頼もできる)強固さに慣れている身にとっては、ちょっとしたカルチャーショックでした。

大岩の巻きを終えると右岸に昨夜の泊まり場に負けないほど快適そうな幕場があり、焚火の跡も残されていました。そして、そこから上流を見ると大きな滝が落ちているのが目に入りました。あれが西ノ滝?いやいや、西ノ滝は左に隠れており、ここから見えているのは中ノ滝の方。そしていずれも登攀対象として登られているというから驚きです。

いよいよ東ノ川が直角に右に折れるポイントに到達し、そこから西ノ滝の圧巻の姿を見上げることができました。この滝は前回堂倉谷を遡行したときに、その前哨戦として滝見尾根を途中まで下って眺めていますが、こうして真下から眺めるとその迫力は圧倒的です。ここまで頑張ってきた甲斐があったと言うものですが、そういえば幸いなことに出発からここまで下痢の症状は出ていないので、あとはシャリバテや脱水症状に陥らないよう少しずつでも水と行動食を口にし続けることを心がけるだけです。なお、滝見尾根の道はこの西ノ滝の対岸に降りてきているはずですが、我々は右岸側を渡ったのでその入口を確認することはできませんでした。

谷が狭まって東ノ川がシオカラ谷と名前を変え、背後の西ノ滝に別れを告げても、沢筋を埋める巨岩の積み重なりの中に弱点を探して遡行するという基本的な性格は変わりません。

とにかく濡れないことと早く遡行を終えることを優先しているので、あそこはシャワークライミングなら登れるなと思う滝も、巻いた方が容易な場合は積極的に左右の斜面に登路を求めました。このためトポに記載されている滝と実際の地形を照合することが難しく、現在地の同定はGPS頼みとなってしまいます。

それでも行く手に千石嵓の大岩壁が広がると、ゴールはそれほど遠くないことがわかって勇気百倍です。ちなみにここには「サマーコレクション」「サンダーボルト」というマルチピッチルートがありますが、クライマーの姿は見つけられませんでした。

岩と岩のすき間をくぐり抜けたり、トポにはほとんどが直登して行けると書いてあるがさすがにこんな滝は直登できないだろうと思える滝を横目に見下ろしたりしながらゴールを目指しますが……。

……さすがにこの滝まで巻いてしまってはシオカラ谷に対して失礼に当たるなと思える滝は右壁から通過。その先に続く短い滝を水流左からかわすと、正面に高倉滝15mが現れました。

以前T女史が遡行したときと比べるとこの日は水量が多いようですが、水量が少なくてもさすがにこれを水線通しに行ったら水圧で弾き飛ばされそう。ここも迷わず右(左岸)巻きです。

そして東ノ川本流の最後の大物、東ノ滝25mにぶつかりました。高さは西ノ滝や中ノ滝と比べ物になりませんが、間近で見上げればやはり立派です。そしてその右壁は登攀意欲をそそる形状をしていますが、ここはもちろん自重して少し後戻りしてから左岸の薮の中を登りました(上の動画でT女史がいる右岸の枝沢から巻き上がることもできるようです)。

すると思ったよりも早く滝見尾根の登山道に登り着き、そこからほんのわずかで東ノ滝の落ち口を越えることになりました。

ここはもう大台ヶ原の山頂台地の一角で、渓相も打って変わって穏やかです。登山道をそのまま登って行ってももちろんいいのですが、ここはシオカラ谷の最後の姿を堪能すべく沢筋に戻ります。

夕方の斜めの光の中に輝く紅葉しかかりの樹林と、その中を流れ下るナメ滝。フィナーレにふさわしい情景が続きます。そして……。

ようやくゴールのシオカラ谷吊橋に到達しました。ここから上流にも好ましい沢筋が続いてはいるようなのですが、我々はここで遡行を終了し、登山道を使って駐車場に戻ることにしました。

ちょうど日が西の山の端に沈もうとする頃、最後のワンピッチを頑張って歩き、どうにかヘッドランプの世話にならずに駐車場に戻ることができました。この後、麓の温泉に入って温まってから夜行バスで帰京するつもりでしたが、下山が遅かったために日帰り入浴できる温泉はどこも営業していません。しかしどうしてもこの日の内に身体を清潔にしておきたかった私は大和八木駅近くに宿をとり、そして大和上市駅前で大阪に帰るT女史と別れました。Tさん、この2日間本当にお世話になりました。次はぜひ東日本の山登りに来て下さい。


トポによるこの沢の解説は、次の通りです。

東ノ川は大台ヶ原西方一帯の水を集め、南流して北山川に流入する長大な川である。大杉谷と並んで最も名の知れた渓谷で、両岸見上げるばかりの峭壁、累積する巨岩、奔騰する急流と優れた渓谷美を見せ、右岸からの西ノ滝、中ノ滝の長瀑は関西随一を誇り、堂々たる風格を見せてくれる。上流でシオカラ谷と名を変えてからもゴルジュの中に数々の滝を連続させ、東ノ滝が最後を締めくくる。

確かにこの解説に異論はないのですが、いざそのただ中に入っての沢登りの楽しみという観点からすると、まず白崩谷の下降が長過ぎる上に、東ノ川に入ってから西ノ滝までの間はボルダリング千本ノック的なハードワークと多くの巻きの区間に終始して大味な印象。その例外は地獄釜滝の美しさですが、直登ができない(右の凹角を登った記録はありました)のが少々残念です。したがって、この沢の最もいいところだけを切り出して楽しもうと思えば滝見尾根を下って直接西ノ滝の直下に出て、そこからシオカラ谷を遡行するワンデイコースとすることが考えられ、現にそのようにして登っている記録が少なからず見られます。

とは言うものの、それでは東ノ川の、ひいては大台ヶ原の地形のダイナミックさを味わうには苦労が足りないようにも思えるのが悩ましいところ。ここは覚悟を決め、その代わり豊富な食材を背負って白崩谷を下り、焚火の一夜を楽しむことを考える方が健全かもしれません。

なおネット上の記録を見て回ったところ、このコースどりで日帰りとしている猛者もいればゆっくり2泊3日としているパーティーもありさまざまですが、高巻き道が必ずしも明瞭ではない中で初見でこの沢を1泊2日でこなすことはそう簡単なことではないだろうというのがT女史と私の共通見解でした。

以下、参考情報です。

  • 我々が白崩沢へ下る際に下降したコースは冒頭のログに記載の通りですが、このコースで下ったとき、白崩沢の中でロープを使う場面はありませんでした。また、遡行全体を通してもロープ(30m1本)を使用したのは「3つの大岩」手前の右岸リッジからの懸垂下降だけで、ここにしても上手な人ならクライムダウン可能だと思われます。もっとも、より積極的に滝の登攀に取り組むのであればロープの出番は増えるでしょうし、その場合はピトンやカムも使用することになるでしょう。
  • 全体的に岩とラバーソールとの相性はすこぶるよく、絶大なフリクションが期待できました。もちろん、ところによってはぬめりが気になる場合もありましたが、それは通常想定できる範囲内に限られました。
  • ヒルの被害は受けませんでした。ただし、大台ヶ原駐車場でも泊まり場でも見掛けはしましたので、ヒルの活性の高い季節にはそれなりの対処が必要です。

最後に、私の体調不良はその症状(急性の下痢と嘔吐感)から推し量るにウイルス性胃腸炎だったようです。直接的に行動を制約する下痢という現象が2日目には収まってくれていたことが救いでしたが、それにしてもこの2日間で摂取できていたエネルギーは泊まり場での2日目の朝食とした白米半パックと味噌汁1杯、それに行動食としてのわずかのパンとT女史からもらったグミに限られていたことからすると、人間というのは食事がとれていなくても2日間くらいはどうにか行動できるものなのだなと妙な感心をすることになりました。

もちろん、感心する以前にこうした状態に陥らないよう衛生管理・健康管理に努めることの方が大事ではあるのですが……。

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