塾長の山行記録

塾長の山行記録

私=juqchoの登山の記録集。基本は癒し系バリエーション、四季を通じて。

滝川豆焼沢

日程:2005/06/05

概要:奥秩父北面、豆焼橋のたもとの「出会いの丘」から豆焼沢に下り着き、遡行開始。大滝も水流沿いを直登して、雁坂小屋近くの登山道に出る。下山は、雁坂小屋経由黒岩尾根。

山頂:---

同行:ひろた氏 / 現場監督氏

山行寸描

▲最初の滝に喜ぶひろた氏。上の画像をクリックすると、豆焼沢の遡行の概要が見られます。(2005/06/05撮影)
▲4段50mの大滝。この沢のまさに真打ちの滝。(2005/06/05撮影)
▲スダレ状50m。じっくり味わって登ろう。(2005/06/05撮影)

◎本稿での地名の同定は主に『東京周辺の沢』(白山書房 2000年)の記述を参照しています。

プロジェクトK」が終了してのほほんとしていた私のもとに、ひろた氏から「6月最初の週末に奥秩父北面の豆焼沢へ行こう」との誘いのメールが届きました。豆焼沢?たしか昨年ナメラ沢を遡行したときに泊まった雁坂小屋のおっちゃんが盛んに勧めていたのも豆焼沢だったはず。結局この招集に乗ったのは現場監督氏と私で、ひろた隊長に引率される構図で金曜日の夜に豆焼橋近くの「出会いの丘」に集合することにしました。ところが土曜日は私が仕事の都合でアウトになり、それに天気も良くないとあって直前に日程を変更し、日曜日の速攻日帰り遡行となりました。

2005/06/05

△05:45 出会いの丘 → △06:25 沢床 → △07:10 ホチの滝 → △08:30 トオの滝 → △09:30 12m滝 → △10:00-11:45 4段50m大滝 → △12:25 4段24m滝 → △13:00 スダレ状50m → △14:10-15 登山道 → △14:30-15:00 雁坂小屋 → △17:00 出会いの丘

現場監督氏の車に乗せてもらって出会いの丘に着いたのが、ちょうど日付が変わる頃。ひろた氏は既に数時間前に着いて爆睡状態だったようです。我々も車の中でさっさと寝て、5時の目覚ましの音に起き上がってみれば、前夜の雨はすっかりあがっていました。ひろた氏の執念おそるべし、と思いつつ車を出て3人勢揃いし、身繕いをしてまずは遡行図をひと通り確認しました。

現「難しいのは、50m大滝くらいなんだよね?」
ひ「うん、巻き道もあるみたいだし」
現「でも、巻かないんでしょ?」
私「……」

近くのヘリポートの隅っこから続く踏み跡を辿って出発。しっかりした道のような踏み跡でしたが、すぐに途切れて先は崖になってしまいました。おかしいなぁ?赤テープもあったのに、と思ったものの後の祭り。こうなれば強引に急斜面を下るしかありません。樹林の中の急坂をずりずりと滑りながら下りましたが、ロープを使った方がいいということで早くも懸垂下降の連続となり、やっとのことで暗い沢床に降り着きました。

上流に向かってひたひたと歩みを進めて行くと、最初に出てくるのが6mの水量豊富な立派な滝。最初からそうくるか!とひろた氏は喜んでいますが、ここは左から簡単に越えられました。そして、続くゴルジュ状の先に出てくる25mの滝がホチの滝です。はるか頭上を雁坂大橋が横断し、その下に一直線に降り注ぐホチの滝は立派ですが、眺めはいいものの登攀の対象とはならず、そそくさと左手のガレを使って巻き上がりました。続いてゴルジュ内に出てきた滝は正面の右壁に長いロープが垂れていましたが、濡れてつるつるの壁をロープの位置まで登るのも困難そうで、左の奔流沿いを短い残置スリングを使って1段上がりました。すると踊り場のような場所からさらにもう1段壁を登らなければならず、ここにもロープが垂れていますが、ひろた氏は自分のロープにハンマーをくくりつけて投げ縄。その第2投が見事にひっかかり、順次ゴボウで上へ抜けました。

暗い渓相の中に次々現れる滝を極力正面から越えていくと、8m2段のトオの滝。左壁にもラインがとれそうでしたが、ひろた氏は滝の右側の水際をざぶざぶと登っていき、現場監督氏、私の順で後続。右壁のホールドが甘く若干微妙な一歩があったものの、なんとか上へ抜けました。その先にも形の良い小滝・ナメ滝が連続し、遡行図に書いてある仕事道や作業小屋は見つけられなかったものの、両岸から支沢が流入するところで現在地点を把握して「もう半分くらい来たのか、こりゃお昼には終わるかもしれないな」などと甘く考え始めたところに、美しいスダレ状の12m滝の景観が広がりました。

ここまで多少物足りないものを感じていた様子のひろた氏も、これには大喜び。目をきらきらさせながらルートを読んでいましたが、瀑心突破ルートを見極めたらしく、おもむろにリュックサックの中からリュックサックカバーをとりだすと荷物の防水処理をし始めました。この滝は左手が急傾斜で落ちてきていて一見するとどこを登るんだ?という感じですが、奥に回り込んで滝を正面から見ると右寄りに意外に難しくないラインを見いだすことができます。ひろた氏は準備を終えたかと思うと滝の右下に取り付き、水をかぶりながら左上するようにしてあっという間に登りきってしまいます。一方、残された2人は濡れるのが嫌なので、さらに右手のカンテ状を豊富なホールドに助けられて越えました。

さらにいくつかの小滝を越えるといよいよ本日のメイン・イベント、4段50mの大滝が登場しました。ひろた氏の熱意が伝染したのか、もはや誰も巻き道を探そうともせず一緒に登攀ラインを検討しましたが、ざっと見たところ、滝はぐんと高度を上げた後いったん角度を緩やかにし、すぐに細く強い水流が急傾斜で落ち込んでおり、その緩やかなところでピッチを切って2ピッチの登攀になりそう。最初は基本的に右壁沿いを行けそうだと見えたのですが、近づいてみると1ピッチ目の2条に分かれた滝の真ん中の緩いカンテ状上部に残置スリングとビナが残されていることがわかりました。本当にこの真ん中のラインなのか?と半信半疑ながら、ここは最も強力な守護霊様の加護の下にあるひろた隊長に2ピッチともリードをお願いすることにして、現場監督氏がビレイに入りました。

果敢に真ん中のラインを登っていったひろた氏は、残置ビナにランナーをとってから1段目の上へ乗り上がろうとしたところで緑の苔に足を滑らせずるずるとフォール。「!」と驚きましたがどうやら身体4分の1くらいの小滑落ですんで大事には至らず、再度足を上げていって1段目を終えました。確保支点を求めてそこから水流沿いを左寄りに登っていったひろた氏は、しかし試行錯誤の末にこのラインを断念して前向きに若干クライムダウンし、方向を変えて水流右手の壁に飛びつくように乗り移って灌木にランナーをとってからさらに右壁を1段上がって、ようやく安定したバンドを見つけたようです。灌木にセルフビレイをとって「ビレイ解除」のコール。ここまででロープは30m弱出ていますが、セカンドの私が少しフリーで登ればロープの真ん中よりひろた氏側で結び目を作れるので「固定じゃなく、上から引いてー!」と合図した上でひろた氏のラインをなぞりました。登ってみればIII級程度で難しくはありませんが、なにしろ足の置き場は濡れてつるんとしたものばかりで不確定要素が大きく、このランナウトはリードには相当厳しいものです。ひろた氏の度胸に改めて舌を巻きつつ、ひろた氏が確保しているバンドへ登り着いて灌木にセルフビレイをとりました。

最後尾の現場監督氏には我々の下5mほどの灌木にセルフビレイをとってもらって、そこから再びひろた氏のリード。バンドからはひろた氏の姿が灌木に隠されてよく見えませんが、水流右の壁でかなり苦戦している様子は伝わってきます。それでもしばらくの時間の経過の後、上からコールが掛かり、ロープがぐいぐいと引かれて上に着いたことがわかりました。

ロープがかなり出ていたのでプルージックをセットして後続しましたが、これは厳しい!いったんバンドを数m進み、右に岩を乗り越してから水流沿いの1段高い壁を登っていくのですが、はっきり使えるホールドはほとんどなく、しかしながらわずかに使えるフットホールドをきちんと拾わないと届かないような絶妙の間隔でテープスリングが下がっており、これを使ってA1で身体を引き上げていくしかありません。テープスリングは脱色して強度が信じられないし、ハーケンも古そうですが、なるべく衝撃を与えないようにループに足を入れてじわじわと乗り込んだり、ゴボウで身体を引き上げたりを繰り返します。プルージックで確保しているスリングが短く(←タイブロックを持ってこなかったことを後悔)、ムーブの自由がきかない中で時間ばかりが過ぎていきましたが、それでもなんとかひろた氏の待つ安定した場所に登り着いて、ラストの現場監督氏をビレイしました。

大滝の先、沢の方向が変わるところに小さなビバーク適地があり、そこで小休止。約2時間の激戦となった今の登攀ですっかりお腹いっぱいだし、雨もぽつぽつと降ってきたので、後は癒し系の滝をさくさくと登って終了といきたいものですが、世の中そんなに甘くはありません。遡行再開後に出てきた4段24mの最初の6m滝は美しい苔としっかりしたホールドが楽しい左壁を登れますが、その上のスリッピーな緩傾斜部はおそるおそるのフリクション登攀となります。そしてその先に残置スリングを使った際どいトラバースが待っていて、ここで落ちたら最初の滝の下までまっさかさまとなるのは必定ですが「ロープ出そう!」との訴えはあえなく却下され、半ベソをかきながら甘いホールド頼りに身体を引き上げていきました。

やっと来ました、癒し系。現場監督氏が「釜ノ沢の両門の滝みたいだ」と感想を漏らした二俣です。両側からスダレ状に落ちてくる滝はいかにも優しげで、本流である右に入って、階段状の易しい岩の上を水がシュワシュワと音をたてながら白く流れる様子にうっとり。シビアな登攀も悪くはありませんが、やっぱり沢はこうあってほしいものです。

この後は特筆すべき滝もなく、ナメ、ゴーロ、そしてミニゴルジュの中を細かくムーブを使いながら高度を上げていくと、やがて前方にガレが広がり、そこから伏流になっています。このまま進んでもいいようですが、左手に支沢が入っていてそちらには水流があるのでさらに水を求めてこちらを登ったのがどうやらこれが正解だったようで、苔に覆われたいくつかの滝の先に雁坂小屋の水源施設が見えたところで登山道が沢を横切っています。ここでリュックサックを下ろし、遡行終了の握手を交わしました。

登山道は水平で歩きやすく、やがてほぼ1年ぶりの雁坂小屋に到着しました。ピンクのシャクナゲがきれいな小屋にはあのおっちゃんがいて、泊まりではない我々に小屋の中で着替えることを勧めてくれた上に、暖かい麦茶まで出してくれました。小屋から豆焼沢までの黒岩尾根の道の下りは地面がふかふかと柔らかく足に優しい道で、桟道も新品同然だし、ところどころのシャクナゲやツツジも美しいすてきな道でした。霧に囲まれて展望はほとんどなかったもののこれもまた奥秩父らしくいい雰囲気で、コースタイム3時間とあるところを2時間ジャストで下って元の出会いの丘に下り着きました。秩父経由で帰るひろた氏とはここでお別れ。お疲れさまでした。

豆焼沢は遡行時間もさして長くなく、また厳しい滝には巻き道が整備されている(らしい)ので、ある程度の沢の経験がある方には誰にでも勧められます。しかしこの沢の魅力はやはり、白山書房『東京周辺の沢』の表紙を飾った4段50mの大滝ですし、見た目だけでなく登攀の対象としてもこの大滝が豆焼沢の白眉であることは間違いありません。

この記録を見て豆焼沢に入る方には、ぜひ大滝の登攀に挑戦していただきたいものです。

そんなこと言うならリードしろ?……ごもっとも。