燕岳

日程:1995/12/30-1996/01/01

概要:中房温泉と燕山荘に宿を取り、雪の燕岳を往復。

山頂:燕岳 2,763m

同行:---

山行寸描

▲合戦尾根を登る。背後の右寄りに高い台形は富士山。(1995/12/31撮影)
▲燕岳が見えてきた。絶好の気象条件に恵まれたことに感謝。(1995/12/31撮影)
▲稜線上での燕岳の眺め。強風が西(左)から東(右)へ吹きまくっている。(1995/12/31撮影)

1995/12/30

△11:10 宮城 → △15:00 中房温泉

新宿駅を朝7時発のあずさで穂高駅に降り立ち、タクシーで宮城みやしろへ。ここからゲートを回り込んで延々12kmの車道歩きが始まります。時折雪がちらつくあいにくの天気ですが歩きには支障なく、ニホンザルの群を見たり久しぶりの歩きに途中で足をつらせたりしながら、緩やかな登りの車道歩きを続けました。

温泉宿はなかなか広く、たっぷり熱めで気持ち良い湯につかりました。

1995/12/31

△07:25 中房温泉 → △11:30-50 合戦小屋 → △13:15 燕山荘 → △13:50-14:10 燕岳 → △14:40 燕山荘

売店横の登山道に入ってすぐのところで道を誤り時間を30分ロスしたところで、数日前のボウリングで膝を痛めたF女史がリタイアを宣言。いきなりの計画変更を余儀なくされましたが、結局F女史のザックから行動食を受け取って自分一人で登ることになりました。

今日は明日にとっておきたいくらいの快晴で、樹林帯の急登も快調に足が進みます。合戦小屋を過ぎたところで背後に浅間山や頚城の山々が見え始め、ここで行動食をとりアイゼンを着け、ストックをピッケルに持ち変えました。そこからしばらく上で森林限界を超え、遮るもののない尾根上を燕山荘まで辿ります。行く手の左には大槍、正面に燕山荘から燕岳、右手には針ノ木岳から鹿島槍ヶ岳が連なっていました。

最後の急坂を登り切り燕山荘の冬期小屋を回り込むと、西からの強風がもろに吹き付けてきます。燕山荘に着いたら玄関前にザックをデポして、烈風の中を燕岳を目指しました。主稜線上は風に雪が飛ばされて地肌が露になっており、痛いくらいの風の中をようやく山頂に到着すると、南アルプス、富士山、八ヶ岳、浅間山、頚城山塊、後立山、裏銀座の山々、笠ヶ岳、槍ヶ岳、穂高岳がぐるりと見渡せます。その大展望を目指して登山者が入れ替わり立ち替わり到着しましたが、あまりの風に長居する者はいませんでした。

往路を戻って山荘着。料金は暖房費込みで8,300円で、明日の初日の出を期待する登山者が100名程度宿泊しています。夜、ホールのテレビでの紅白歌合戦で美川憲一と小林幸子の超絶衣装合戦に小屋番さんが「あはは、わははは!」と大喜びするかたわらで、年越しそばも振る舞われました。

1996/01/01

△07:30 燕山荘 → △08:05 合戦小屋 → △10:05 中房温泉 → △12:30 宮城

残念ながら朝はホワイトアウトで日の出を拝むことはできませんでした。相変わらずの強風の中を下山を開始し、山荘直下の急坂では風に背中を押されたものの、森林限界の下に入ると後は淡々とした下りとなりました。

中房温泉からタクシー会社に電話を入れてから車道を宮城まで歩いたところ、思いの外早く宮城に着いたために改めて電話でタクシーを呼び寄せ、穂高駅まで走ってもらいました。幸いJRの接続もよく、その日の夕方5時には自宅に帰り着くことができました。

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