塾長の山行記録
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塾長の山行記録

吾妻連峰縦走

日程:1995/05/04-05

概要:浄土平から一切経山、家形山を越えて東大巓北の弥兵衛平小屋に1泊。翌日東大巓に登り返し、西吾妻山まで到達した後天元台へ下山。

山頂:一切経山 1,949m / 東大巓 1,928m / 西吾妻山 2,035m

同行:F女史

山行寸描

▲浄土平を見下ろす。吾妻小富士のクレーターがユニークだがそれどころではないほどに厳しい風だった。(1995/05/04撮影)
▲一切経山への登りから酸ガ平・鎌沼越しに西吾妻山を遠く望む。翌日はホワイトアウトの中この山を目指すこととなった。(1995/05/04撮影)
▲一切経山から見下ろした五色沼。まるでブルーキュラソーのフローズンカクテル。(1995/05/04撮影)

ゴールデンウィークは福島・山形県境の吾妻連峰を歩こうと決めたものの、今年成人の日の赤岳以来という久しぶりの山行で体力的に少々不安あり。浄土平近くの吾妻小屋も電話で聞くと満杯と言われ、仕方なく5月3日はゆっくり福島市内の旅館に泊まり、翌4日早朝にタクシーで浄土平へ上がることにしました。

1995/05/04

△07:25 浄土平 → △08:35 一切経山 → △14:45 東大巓 → △15:05 弥兵衛平小屋

浄土平でパッキングをし直し、一切経山を目指して強風の中をスタートしました。幸い天気は高曇りで、背後の吾妻小富士の奇観を時折振り返りながら乾燥した岩礫の尾根を順調に高度を上げました。前後には数人ずつのハイキングらしいパーティーがおり、後ろの家族連れは小さい子供を連れていましたが、この風に吹き飛ばされないか心配になりました。

左手に磐梯山を見ながら一切経山に到着したもののとにかく風が強く、ほうほうの体で家形山方面へ下り始めると、いきなり目の前に青く凍った五色沼が現れました。ブルーキュラソーの入ったカクテルを綺麗に凍らせたような湖面は、話には聞いていましたがこれほど美しいとは知りませんでした。登山道はその五色沼の横を北へ抜けて家形山から西に折れており、その辺りから樹林の中に残雪が深くなってきたのでスパッツを着けました。

稜線通しの起伏の少ない道が4度目の登りに入ると、右前方に遠く弥兵衛平小屋が見えてきます。一切経山からの主脈や左手の谷地平など、吾妻連峰の広がりの大きさを感じながら東大巓に到着しましたが、山頂標識は木に囲まれた小平地にあり展望はなく、一息入れたらすぐに小屋を目指しました。

この日弥兵衛平小屋に入ったのは我々が最後で、1階には6人パーティー、我々が上がった2階には単独行2人が荷物を広げていました。中年男女6人パーティーは既にすっかりできあがっており、歌う者あり、高村光太郎の詩を朗読する者ありと実に楽しそう。いつの間にかF女史もちゃっかり仲間入りして相伴に預かっていました。

1995/05/05

△07:50 弥兵衛平小屋 → △09:35 藤十郎 → △11:15 梵天岩 → △12:05 西吾妻山? → △14:05 天元台

夜は雨が屋根を激しく叩いていましたが、明け方には雪に変わり外は真っ白。天気予報では午後から晴れるということですが、今日中に東京へ戻ろうと思ったらあまりゆっくりはできません。視界は30m位で、これはコンパス頼りの計器飛行だなと覚悟を決めて外に出ました。まずとにかく南にある東大巓の頂上近くまで戻ってから西を目指すことにしましたが、15分位歩いてコンパスを見ると真っすぐ西に向かっているはずがいつの間にか真南を向いていてびっくり。緩やかな斜面や樹木の切れ具合に沿って歩く内に、徐々に左へ左へと曲がってしまったようです。あわてて自分達の踏み跡を辿り元の東大巓山頂へ逆戻りし、方角を見定めて改めて出発しましたが、ここで30分のロスになりました。そうこうする内に雪はいつの間にか霧に変わっていましたが、見通しが利かないことには変わりありません。しかし、F女史と話し合って今度は後ろにつく者がコンパスを手に持ちながら進路を補正することにしたので、概ね西に向かえている模様。しばらく歩いて広い雪原に出たところで霧の中に指導標らしいものが見え、確認しに行ってみるとそこには「弥兵衛平」とありました。どうやら本線に戻ったかと思いながらF女史の方を振り向いたときに風で一気に霧がとれて、行手に中大巓や西吾妻山方面の大展望が広がりました。

見通しがよくなればこっちのもの。さっきまで「遭難」の2文字がちらついていたことはお互いおくびにも出さずよく締まった雪面の上をぐんぐん歩きましたが、中大巓の東斜面を急登する頃から再びガスに覆われはじめ気分も再び落ち込みだしました。しかも中大巓の南斜面をトラバースしている途中1分ほどガスがとれて行く手に現れた西吾妻山は、地図で見るよりはるかに遠く感じます。やがて息を荒げながら登りついた岩場は地図によれば梵天岩ですが相変わらずのガスで何も見えず、近くには女性2人パーティーがテントが張って停滞していました。それでも踏み跡を頼りに梵天岩を回り込むとすぐ近くの天狗岩方面に道が続いており、途中から左に折れれば西吾妻山だろうと検討もつきました。

シャリバテ気味になって時間がかかりながらもこうしてなんとか西吾妻山の頂上部に到着しましたが、どこに頂上の標識があるのかわかりません。スキーの跡について頂上部をぐるぐる回ってもさっぱりわからず、仕方なく竹竿が立っている広場状のところを頂上と「認定」して記念写真を撮りました。幸か不幸か天気予報通り、下山にかかる頃から再び晴れ上がりだし、西吾妻山から中大巓方面へ戻る斜面では一切経山方面の展望が広がりました。

中大巓の西側を適当に巻きながら下るとうまい具合にスキー場のリフトの上部に到着し、ここからはスキーヤーのカラフルなウェアに混じることの気後れを感じながらゲレンデの端をぐんぐん下って40分ほどで天元台に下りつきました。そういえば今回、背中のピッケルは一度も使いませんでした。その後、白布温泉で食事をとりバスで米沢へ出て、山形新幹線に乗り19時には東京に戻りました。

山行の最後にきれいに晴れ上がってくれたのはありがたかったのですが、おかげですっかり日焼けしてしまい土曜日から月曜日まで顔がパンパンに腫れ上がる有り様。火曜日はとうとう会社を休んでしまいました。

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