伯耆大山
日程:1989/11/19
概要:伯耆大山の夏山登山道から三角点峰の弥山(みせん)を往復。
山頂:弥山 1711m
同行:---
山行寸描
1989/11/19
△06:50 白雲荘 → △08:15 六合目避難小屋 → △09:05-20 大山(弥山) → △09:30-50 頂上避難小屋 → △10:30-35 六合目避難小屋 → △11:35 登山口
薄明かりの中、大山寺に近い宿を出発。昨夕は下からきれいに眺められた山頂も、今日はすっかりガスに隠されています。登山口で「一木一石連動」の石を一つリュックサックに詰めて登りにかかると、途中の登山届提出所には左右が切れ落ちた弥山〜剣ヶ峰間の縦走路の写真が掲示され、ベテランのクライマーも立って歩く事は困難である
足場はほとんど無く、山肌も絶えず崩壊している
といった脅し文句が登山届の提出を促します。
六合目から雪道となりましたが、霧の中でも登山道は明瞭で100m刻みの標高標識と合目標識とが励みになりました。とはいえ、有名なダイセンキャラポクの純林も雪とガスの中、木道が続くのでそれとわかるだけです。
弥山山頂に着き、リュックサックに忍ばせていた石を置いて、頂上の小屋に泊まっていたという夫婦に記念写真を撮ってもらいましたが、当然のように視界ゼロ。本来ここから最高峰の剣ヶ峰へ縦走するはずでしたが、麓であれだけ脅された上にガスと寒風に包囲され、再考を促す「危険」の立札にも説得されて、三角点まで行ったところで縦走を断念し撤退することにしました。
だだっ広く頑丈そうな頂上避難小屋の中でたった一人で弁当を広げたもののとにかく寒く、予報では天候の好転も望めなかったので、早々に下山開始。六合目避難小屋から元谷越しの三鈷峰と荒々しい北壁を眺めました。
二合目付近から振り返ると、高曇りではあるものの頂稜部はきれいにガスがとれておりガックリ。縦走できなかったこともあり、再訪を期しつつ足取り重く下りました。