横岳西壁大同心北西稜

日程:2016/03/27

概要:赤岳鉱泉から大同心稜を登り、大同心正面壁の裾を左下に下って北西稜への入り口に取り付く。1ピッチ登って大同心の裏側に入ってから、大同心左上のスカイラインをドーム上まで。南側に懸垂下降で下り、大同心稜を下って赤岳鉱泉に帰着。その日のうちに美濃戸へ下山。

山頂:---

同行:セキネくん

山行寸描

▲大同心全景(北西稜は左のスカイライン)。上の画像をクリックすると、大同心北西稜の登攀の概要が見られます。(2016/03/27撮影)
▲心理的な核心ピッチ(のはずが、この次のピッチでも冷や汗をかくことに)。実際は、見た目よりもはるかに立っている。(2016/03/27撮影)
▲技術的な核心ピッチ。リードのセキネくんは痛恨のA0、フォローの私も引き上げてもらった。(2016/03/27撮影)

◎「赤岳西壁ショルダー左リッジ」からの続き。

2016/03/27

△07:10 赤岳鉱泉 → △08:10-20 大同心稜上部 → △09:00-10 北西稜取付 → △13:15-35 大同心頂上 → △14:55-15:25 赤岳鉱泉 → △16:25 美濃戸 → △17:05 美濃戸口

赤岳鉱泉で朝食をとって、のんびり出発。当初の予定では裏同心ルンゼを遡行して大同心に取り付くことにしていましたが、セキネくんが鉱泉スタッフに昨日聞いたところでは裏同心ルンゼはすっかり雪に埋まっていて人も入っていないとのことだったので、今回はおとなしく大同心稜を登ることにしました。

通い慣れた大同心稜の登りはよく踏まれており、上部に出ると小同心クラックを登るクライマーのコールも聞こえてきました。

1時間ほど登ったところでハーネスを着け、さらに大同心の基部に近いところから左へトラバース。基部沿いに雪をつないで裏同心ルンゼ方向へ下っていこうとしましたが、ところどころ雪が切れていましたから、もう少し早めに大同心稜の左へ下り始めた方が良かったのかもしれません。

草付の斜面を下って大同心の北側の下端に近づくと、顕著な灌木の向こうにピンクのテープが三つ見えました。登りつくところはピナクル状になっていて、どうやらここが取付らしいと見当をつけてロープを結び、灌木を支点としてまずは私から登り始めました。

1ピッチ目(25m / III+):草付のバンドからチムニー状。この日最初のクライミングで身体が固く、なんだか妙に苦労しながら登りました。最初のピンクテープは灌木の枝、残る二つはハンガーボルトで、それぞれにランナーをとって登るものの、この日使用した手袋(手持ちでは一番厚いもの)ではカラビナへのクリップがうまくできず、途中で業を煮やして素手になってしまいました。それでもどうにかピナクルの右に乗り上がってみるとそこにもハンガーボルトと残置スリングがあるにはありましたが、はっきりと整備された支点という感じではなく、少々迷った末にセキネくんなら大丈夫だろうと肩絡みで彼を迎えました。ここから稜線通しに登るというのならルートは右上の壁に見えている浅い凹角ですが、岩の色や苔のつき具合からしてここは登られていない模様。そうではなく、前方(1ピッチ目取付の反対側)の緩やかな草付の斜面を右奥へ下って沢筋と言ってもいいくらい広いルンゼに入るのが正解らしいと見当をつけました。

その広いルンゼを少し登ると、右に回り込んだ方向には北西稜の稜上に容易に乗り上がれそうな岩がちの斜面がありましたが、ルンゼをそのまま上へ登るラインも雪がつながっていて何となくそそられます。そんなわけでセキネくんがルンゼの奥を偵察に行ったのですが、彼を見送りながらも「うーん、やっぱり右だよな……」とトポを読み返し、セキネくんに声を掛けて戻ってもらいました。直感を信じてすぐに右に上がれば良かったのですが、その上の方に見えている垂壁につい忌避感を覚えた私の判断遅れです。申し訳なし。

2ピッチ目(50m / II):私がロープを引っ張りましたが、岩の斜面の歩きやすいところを選んで登るだけ。途中にハンガーボルトもあったようですが気付きませんでした。ロープがいっぱいになるのと傾斜が立つのがほぼ同時で、岩角にスリングを回してセキネくんを迎えました。

3ピッチ目(30m / III+):セキネくんのリード。岩がちの草付斜面ですが、見た目よりも傾斜が立っており、ワンポイントいやらしいところもあって侮れません。ただし、そのいやらしいところの手前にはハンガーボルトが打たれていて助かります。

4ピッチ目(25m / IV+):私のリード。心理的な核心ピッチ。立った壁に明瞭な凹角があり、中段まではそこそこ立っているもののそこから先は傾斜が寝ていそう……と思って取り付いたのですが、「そこそこ立っている」は「かなり立っている」、「傾斜が寝ていそう」は「やっぱり立っている」の見誤りでした。雰囲気としては小同心クラックのチムニー部の登りをもっと難しく怖くした感じで、これが雪と氷にコーティングされていたらV級はありそうです。

ただし事前の情報では残置ピンが少なく心理的に厳しいとのことでしたが、実際には要所要所にハンガーボルトがあり、また凹角だけにステミングでレストすることもできるので、それほどの切迫感はありませんでした。また、このピッチをアックス2本でミックスクライミングとして登る記録も多く、ことに上部の草付は厳冬期で凍っていればアックスを打ち込んで登ることができそうですが、この時期は土が緩んでいるために岩と土を押さえつけてだましながらの登りとなりました。このピッチの終了点は凹角上部を右上に抜けて正面壁側の角に当たり、ハンガーボルトとリングボルトによる支点が2組設けられていましたが、ここから急に寒風にさらされることになりました。

5ピッチ目(25m / IV+):セキネくんのリード。ビレイポイント(4ピッチ目の終了点)から正面のぼこぼこの岩壁を登ってリッジに上がるのが正解に見えましたが、出だしがちょっと立っている感じ。それならばいったん右(正面壁側)に回り込んですぐそこに見えている凹角から左上のリッジへ回帰すれば楽だろう……とピッチのコンセプトを固めてセキネくんに「右から回り込んで」と指示をしたのですが、何を思ったかセキネくんは右に出たあと凹角を無視してさらに右奥のシビアなフェースに取り付いてしまいました。ややこしい態勢でカムを決めたり微妙なバランスで手足を出したりと時間をかけながらじわじわ登っていくセキネくんを、こちらは寒い思いをしながらビレイし続けました(この日に限ってアウターの下にダウンジャケットを着ておいて良かった!)が、さすがはセキネくん、どうにか上へ抜けて行ってくれました。しかし、この風ではコールが届かないだろう……と心配していたら、リッジ上の意外に近いところにセキネくんが顔を出し、おかげで意思疎通に困ることはありませんでした。

セキネくんに続いてなかなか奮闘的なラインとなった5ピッチ目を終えて、6ピッチ目は目の前の岩の段差を1段上がったら灌木の合間を抜け、ハイマツと雪のリッジをコンテで登ります。目の前にはドーム、そして最終ピッチが待っています。

7ピッチ目(25m / V+):セキネくんのリード。技術的な核心ピッチ。下から見上げるとそれほど立っているようには見えないのですが、見ると登るとは大違い。実際にはかぶった岩のオフウィドゥスクラックで、その手前に一応なんとか立てる足場があり、クラックの右にはリングボルト(A1用?)、左上にはぴかぴかのハンガーボルトがありますが、どちらも遠く簡単には届きません。ここでセキネくんは何度かテンションをかけた末に痛恨のA0。後続の私も、クラックに手を入れてみたところなんだか利く気がせず、おまけに左足を置ける場所も見つからないために戦意喪失して、上から引っ張り上げてもらいながらランナーを回収するのが精いっぱいでした。さらにクラックを抜けた後も予想以上に立っていて気が抜けませんでしたが、どうにかセキネくんのところに着いてみると、どうやらゴールを私に譲るために1段低いところでビレイしてくれていたようです。

8ピッチ目(10m / II):私のリード。どんよりとした雲の下ではありますが、大同心の小広いてっぺんに立つことができました。すぐ近くの小同心の左には横岳山頂、右には赤岳山頂。大同心の上に立つのは9年半ぶりですが、このダイナミックな山岳景観のど真ん中に立つ気分はやはり最高です。

下降ルートは、南稜方向に1段降りたところにある南稜・雲稜ルート共通の終了点を使っての懸垂下降からです。

安全地帯に向けての最初の一歩。

大同心と小同心の間のルンゼに近いところで横断バンドに降り立ち、大同心の正面側に戻って大同心稜を下りましたが、途中で何度も振り返って、たぶんもう登ることはないであろう大同心の雄姿を目に焼き付けました。

赤岳鉱泉に戻ってギアをすべてリュックサックにしまい、チェーンスパイクを装着して下山にかかりました。これでこの冬の雪山シーズンは終了です。

大同心北西稜は、小同心クラックや大同心南稜とは一線を画す難しさを持ったルートでした。下部のダイナミックな地形の面白さ(大同心の北側があんなに複雑な形状だとは知りませんでした)、4ピッチ目で問われるメンタルの強さ、7ピッチ目のテクニカルな難しさ、それらの間をつなぐ草付や雪稜などと変化に富み内容もある好ルートです。ただ、取り付いてしまえばおいそれとは退却できないので、それなりに練習してからのチャレンジをお勧めします。

大同心北西稜の紹介記事は、たとえば『岳人 2013年1月号』に掲載されています。これをあらかじめ読んでピッチの切り方を頭に入れておけば時間をかけずにすんだのに、という気もしますが、手探りでルートを探る面白さを得られたのは事前情報が少なかったおかげでもあります。

なお、これで見ると雪がつくと極端に難しくなるとされていますが、確かにそうかも……という感じはしました。今回はルート上に雪が少ない状態で登れたのですが、これを「よいタイミングで登った」と考えるべきか「楽をしてしまった」と考えるべきか、何とも悩ましいところです。