谷川岳東尾根
日程:2015/09/05
概要:マチガ沢からシンセン沢を遡行して右俣からシンセンのコルへ。東尾根を辿って谷川岳オキの耳に達し、トマの耳を経て天神尾根を下る。
山頂:谷川岳 1977m
同行:よっこさん / ハマちゃん
山行寸描
仕事の都合で土日を続けて休めないセキネくんから、9月6日に谷川岳一ノ倉沢へ行きたいとリクエスト。彼とは今年の5月に南稜を登っていますが、今回は雪渓通しにテールリッジへアプローチできない時期の一ノ倉沢を登ることが目的の一つとなります。それなら今回は中央カンテを登ってみようかと話はすぐにまとまったのですが、前回のように土曜日を移動日にして(セキネくんの休日である)日曜日だけ登るのではもったいないので、7月に北岳バットレスを目指して果たせなかったよっこさんとハマちゃんを土曜日のパートナーとして誘うことにしました。この3人での行き先として選んだ東尾根は積雪期に登られることが多いルートですが、無雪期でもそれなりにトレースされています。ただし『日本の岩場』ではやさしいバリエーション入門ルート
とされていますが、他の人の記録を読んでみるとそれぞれに怖い目に遭っている模様。いったい真相は?
2015/09/05
△06:55 ベースプラザ → △07:15-20 マチガ沢出合 → △07:55-08:05 展望台 → △08:35 シンセン沢出合 → △09:50-10:05 シンセンのコル → △11:00-25 第二岩峰 → △12:45-50 観倉台 → △13:00-20 第一岩峰 → △13:50-14:05 オキの耳 → △14:15 トマの耳 → △14:20-40 肩の小屋 → △16:00 天神平
金曜日の夜に都内を出て、日付が変わってからあまりたたないうちに立体駐車場に到着。1階の駐車場で私は車外のツェルト泊、残りの2人は車内泊で十分に睡眠をとり、明るくなってから歩き始めました。行き先が一ノ倉沢なら先行パーティーによる落石の危険や渋滞による時間切れを避けるために一番乗りを目指して早出するのが鉄則ですが、今日はマチガ沢の方から東尾根に乗り上がる計画なのでそうした気遣いも不要です。
マチガ沢の出合から、周囲の空はおおむね晴れているのに稜線はガスに覆われている谷川岳を見上げてから巌剛新道に入りましたが、フリークライマーのくせに歩きの速いハマちゃんのペースについていくのはなかなか大変でよっこさんは早々に息が上がってしまいました。
マチガ沢を見下ろす「展望台」と呼ばれる場所に着いて小休止としましたが、そこから沢筋への下降はかなりの急降下に見えます。ここは懸垂下降したいくらいだ、とハマちゃんは警戒していましたが、案ずるより産むが易しでいざ下ってみればさして苦労することもなく、無事にマチガ沢に降り立つことができました。
マチガ沢の右岸から飛び石を伝って簡単に左岸に渡って、目の前の大滝は右の凹角から。ジムナスティックなこの登りはアプローチシューズでも問題なく、この日の登攀の良いウォーミングアップになりました。
足を濡らすことなくしばらく遡行したところではっきりと段々になった滝が現れましたが、これがトポに書かれている「4段の滝」だとすれば……と右を見ると細く水のない沢筋が入ってきていて、その向こうの高いところには鞍部も見えています。これがシンセン沢に違いありません。
涸れた沢筋をぐいぐい詰めていくと顕著なスラブ状の二俣に出ました。ここからは右俣経由でも左俣経由でも東尾根に突き上げることができるようですが、左俣は途中のクラックが難しい(IV級)上に詰め上がったところは第二岩峰の先ですから、東尾根登攀という観点からはやや本線から外れた感じがします。よってここはセオリー通り、シンセンのコルに通じる右俣を登ることにしました。
ところが、トポのほぼ歩き
という記述とは裏腹に右俣の草付の登りは案外悪く、たまらず左の岩がちの斜面に逃げたハマちゃんとよっこさんはルートを外してしまいました。
やがて、このままの行く手に未来は開けそうにないと察した2人は悪いトラバースと藪漕ぎをこなして小尾根を乗り越しなんとか本線に帰還。そこから先もあまりフレンドリーとは言えそうにない草付の斜面が続いていますが、ところどころに先人の登攀の痕跡(小灌木に巻いた残置スリングやリングボルトの支点など)が出てきて、これらに励まされながら登り続けるうちにいつの間にかコルが間近になっていました。
じわじわとした登りの末に到着したシンセンのコルは、これまで積雪期の写真でしか見たことがありませんでしたが、思ったよりも狭いことに意外の感を覚えました。コルをまたぎ越した先の急なルンゼはもちろん一ノ倉沢の一ノ沢で、冬季の場合は雪崩の危険がより少ない一ノ沢からこのコルに登ってくることになります。
小休止を終えて尾根筋を登り始めましたが、まず最初からつまずいてしまいました。シンセンのコルからすぐに小さな岩尾根になり、その先に比較的大きな岩場が見えているのですが、その岩場=第二岩峰がコルからそんなに近いとは知らない私はトポにあるすぐに小さな岩場となり、一ノ倉沢側から巻く
という記述に囚われてしまい、ルートを右寄りに大きく迂回するようにとるのだと思い込んでしまいます。
私の指示を受けて悪いスラブのトラバースをこなしたハマちゃんは藪漕ぎにつかまり、仕方なく目の前の小さな岩尾根(実は正規ルート)を直登した私とよっこさんも大きな岩場(実は第二岩峰)を右から巻こうとして行き詰まりました。幸い、その巻き道で灌木の藪漕ぎを突破したハマちゃんと合流できた私とよっこさんは、これはおかしいぞといったん岩場の手前まで戻ってから、ロープを結んで稜線通しに進んでみることにしました。
細いと見えた稜線通しには1段上がると明瞭な踏み跡があり、リングボルトも残されています。岩峰に突き当たったところから左へ回り込むとそこには顕著な凹角があり、ここでようやくこれが第二岩峰だということがはっきり理解できました。なんだそういうことだったのかとがっくりしながら、濡れて滑りやすくプアプロなこの凹角をハマちゃんにリードしてもらい、私、よっこさんの順に後続しました。
凹角の登りでよっこさんは思い切り足を滑らせて悲鳴を上げていましたが、岩峰を抜けてしまえばその先は気持ち良く開けた尾根筋になっていました。
気分の良い水平鞍部を通過して、岩がちの斜面は薄い踏み跡に沿っていったん左側をトラバース気味に進み、途中で尾根筋に戻るべく適当に斜面を右上します。ところがこの辺りから、上越の山特有の岩と草付の斜面の意地悪さを思い知らされることになりました。
脆く風化した岩の斜面を微妙なルートファインディングで登りきって尾根上に出た我々は、今度は右側(一ノ倉沢側)に回り込んで岩と草のミックスの急斜面を登りました。しかし、この急斜面の登りがけっこう不安定。もしかすると早く尾根上の岩の稜線に回帰すべきだったのかもしれませんが、そちらに上がるラインの傾斜のきつさを嫌った我々は崩れやすい足元を気にしつつ、さらに「抜けるなよ」と念じつつ草の束をつかみながら、草付斜面の中の踏み跡ともそうでないとも判別しがたい弱点を狙います。後から思えば、無雪期の東尾根の怖さというのははっきりした岩場のクライミングの難しさではなく、こうした一見なんでもない斜面に潜むリスキーさに由来するものだったようです。
この手の「だましだまし登る系」は、私は(決して好きではないものの)それなりに慣れていますが、よっこさんとハマちゃんにとってはおそらく未体験領域だったことでしょう。しかし2人とも口ではボヤキながらも安定感のある登りを続けてくれた結果、どこが登路かわからなかった滑りやすい草付の斜面をなんとか抜けて、やがてはっきりとした尾根筋へと乗り上がることができました。振り返ればシンセン岩峰ははるか下方で、おかげでそれなりに行程が進んでいることが実感できました。
やがて登り着いたところは観倉台と呼ばれる場所で、その名の通り一ノ倉沢の烏帽子沢奥壁を一望することができる小ピークでした。大量発生している羽アリの群に辟易しながらも「あれが6ルンゼ、あの出っ張ったのが烏帽子岩」などと高村光太郎ばりに解説しましたが、それよりもこうして眺めてみて驚くのは、セキネくんとの南稜登攀終了後に登った一ノ倉尾根の急峻さ。あんなに急だったかな?と驚くばかりの角度で一ノ倉岳へと突き上げています。
観倉台からは今度こそ穏やかな水平リッジが続き、その先にぼこっと飛び出したコブ状の岩が第一岩峰でした。ここは右から巻くこともできるそうですが、そちらを覗いてみた感じでは草付が滑りそう。一方、岩峰を直登するラインはおおむね明瞭でホールドもガバばかり。しめしめこれはおいしいぞ、とリードを買って出ました。
よっこさんのビレイで私のリード開始。足回りはアプローチシューズのままですが、III+程度ということだから問題はないはず……とは思ったものの、岩峰の基部に立って見上げてみるとかなり威圧的です。意を決して1段上がってから左に回り込むようにして身体を引き上げてみると、全体にかぶり気味の上にホールドの向きがあまり良くなく、おまけに残置ピンもなかなか見当たりません。それでも岩の出っ張りにロープを掛けながら徐々に足を上げていくにつれてホールドは手を掛けやすいものになっていき、露出感のある数mをこなして安定した場所まで登るとそこには残置のハーケンが待ってくれていました。
タイブロックで登ってくるハマちゃんとラストのよっこさんを迎える間、すぐ先に見えているオキの耳の上では登山者たちが我々のコールを聞きつけて覗き込んでいましたが、やがて山頂はガスの中に隠れてしまいます。第一岩峰の先には刃渡り状の岩があり、その先から右手の草付斜面に降りて、後は草付の中をひたすら山頂を目指しました。
山頂直下には岩壁が待っていましたが、その左手から右上へエスカレーター状に凹角ができており、ここを辿るとぽんとオキの耳に飛び出しました。しかし、どこから登ってきたのか?と驚く登山者は少数派で、多くの登山者は自分たちの記念撮影に余念がありません。ガスがかかっていなければ東尾根を登る我々の姿を目に留めてもらうこともできたでしょうが、まあこればかりは仕方ありません。
オキの耳で3人揃っての記念撮影、さらに谷川岳初登頂というハマちゃんはトマの耳でも歓喜のポーズ。
引き続きガスに巻かれたままの肩の小屋に立ち寄った我々は、ここでトイレ休憩をとってから大賑わいの天神尾根を下りました。天気予報によればこの週末は土曜日だけが好条件だったために登山者がこの日に集中したようで、おかげで尾根道はところどころで渋滞しましたが、東尾根登攀が予想外の奮闘になったために思わぬ疲労感に見舞われていた我々にはちょうどいいペースでした。しかし「予想外の奮闘」にしてしまったのは、自分の目でルートファインディングを行うという基本を忘れ、トポの字面に振り回されて第二岩峰の基部や観倉台手前の草付斜面でいらぬ労力を費やした私のせいです。要反省。
「湯テルメ谷川」でさっぱり汗を流しレストラン「諏訪峡」でおいしい夕食をとった我々は、土合駅舎内でビール片手に反省会を行いました。ところがそのうちに強い雨がひとしきり降り、これでは翌日の中央カンテは岩が濡れてしまって無理なのではないかという結論に達しました。この山行のきっかけを作ってくれたセキネくんには誠に申し訳なかったのですが、翌日になってもどんより湿った曇り空でとても乾いた岩など望むべくもない状況だったことからすれば、前夜のうちにセキネくんに「中止にしよう」と連絡できたのはむしろラッキーだったかもしれません。