中川川西沢下棚沢
日程:2009/05/31
概要:西丹沢自然教室から西沢奥の下棚沢を下棚から遡行。畦ヶ丸を経て善六のタワ経由下山。
山頂:畦ヶ丸 1293m
同行:現場監督氏 / ひろた氏
山行寸描
久しぶりの沢登りは40mのスラブ壁が圧巻の下棚を擁する西沢下棚沢。そもそも、2005年の夏にひろた氏・現場監督氏、そして今はすっかりボルダラーと化したSakurai師の3人が丹沢最悪の滝と言われる西沢本棚を登った帰り道に下棚に立ち寄り偵察したとき、よせばいいのに現場監督氏が「よし、見切った!」と宣言したことに端を発して、いつかこの滝も登ろうということになっていたのがこの日まで延び延びになっていたものです。ちなみに今年ひろた氏はこの日が既に15本目(!)の沢、現場監督氏も1週間前に勘七・小草平・モミソの表丹沢三連発でコンディションを調えていたのに対して、私はこれが今年初めて(しかもほぼ8カ月ぶり)の沢登りです。
2009/05/31
△08:15 西丹沢自然教室 → △08:40 下棚 → △11:10 F2 → △13:15 F5 → △16:05-20 畦ヶ丸 → △17:40 西丹沢自然教室
始発電車に乗って小田急線新松田駅に7時すぎに到着し、ひろた氏おススメのホンダ「FREED」を新調したばかりの現場監督氏に拾ってもらいました。さらに「道の駅 山北」でひろた氏とも合流し西丹沢自然教室へ移動すると、ちょうどこの日は山開きでたくさんの登山者に加えて合唱隊やら神主さん・巫女さんやらが集結していました。我々も便乗して手を合わせてから橋を渡って西沢を詰め、25分ほどでこの日のハイライトである下棚(40m)の直下に到着しました。私がこの滝を見上げるのは、やはり2005年にモロクボ沢を登ったとき以来です。
真っ先に目についたのは滝の左に垂れている赤いロープで、こんなものがこんなところになぜ残置されているのかと訝りながら見回すと手前には黒いシャツも置き去りにされていて何やら不穏な気配ではあるのですが、正直、非常に目障りでもあります。ともあれ改めて下棚を見上げてみると登攀ラインは濡れていて滑りそうですし、上の方は高過ぎてどうなっているかもわからず、リードは避けたくなる様相。3人の間に瞬時に「譲り合いの精神」が生まれるのが感じられました。
かつて「見切った!」と宣言した手前、現場監督氏はある程度リードの覚悟を決めていたようですが、その悲壮感漂う表情にひろた氏が助け舟を出しました。すなわち、まずひろた氏と私がジャンケンをし、その勝者と現場監督氏とのジャンケンで勝った方がリードするというシード制トーナメント方式です。しかし、そのとき私は既にATCをハーネスに装着して「皆さんの骨は、私が責任をもって拾わせてもらいます」とさりげなく(?)アピールしており、ひろた氏と現場監督氏の一騎打ちになりました。その結果は……。
かつての本棚沢に続いて、ここでもリード役を引き当ててしまったひろた氏。これはもう運命としか言いようがありません。背中で泣いているひろた氏を無情にも送り出して、私がビレイ、現場監督氏が写真班。ひろた氏は出だしの1段目を上がって最初のピンにクリップし、さらに乗り上がるところで彼には珍しく早くもA0となり、そこから先も残置ピンを探してはこまめにスリングを掛けA0もためらわずに駆使しながらも、じわじわと慎重に登っていきます。中間部では浮き石をがんがん落として「そんなに岩が脆いのか?」と焦らせ、ロープを操作する私の後ろで現場監督氏は「ジャンケンに負けてよかった〜」としみじみつぶやいていましたが、その声が聞こえたかどうか、ひろた氏は最後のスラブも落ち着いて突破して落ち口の上に消えていきました(登攀時間約1時間)。
セカンドは私ですが、確かにこれは難しい。下から1/3は外傾して滑りやすい上に遠いホールドに手を掛け足を乗せていかなければならず、ひろた氏がとったランナーのスリングはほとんど全てつかんでA0しまくりで高度を上げました。中間で右に2mトラバースしたところが唯一安定して立てる場所でしたが、そこからしばらく立体的で比較的登りやすいと思えたセクションでもスリングを引いたらハーケンがすっぽ抜けたりして気が休まりません。最後のスラブも残置ピンとスリングのお世話になってどうにかひろた氏のすぐ下に到着し、灌木にセルフビレイをとってようやく息をつきました。
後続の現場監督氏は上から見る限りすいすいと登ってくるようでしたが、それでも落ち口に達したときの第一声は「いやぁ〜、リードはヤだな、こりゃ!」。後続の2人を合わせてやはり1時間。3人で都合2時間の奮闘です。
すぐそこに立っているF2(10m)は現場監督氏がリード。最初の1歩が少々トリッキーですが、後はかなりの傾斜で落ちている滝の右端を数カ所の残置ピンや苔の壁も使いながら巧みに登って、最後は落ち口右のハングを、奥のガバを見つけて難なく越えて抜けました。その先で適当な確保支点が得られなかったらしく後続を呼ぶコールが掛かるまでしばらく時間がかかりましたが、やがてひろた氏、私の順番で後に続きました。
その奥の左手には2段のF3(7m)。手前の小滝を難なく上がってから、ロープを結び直して私のリードです。左側のクラックの中にハーケンが1本打たれており、そこにランナーをとってついでにA0で身体を引き上げ、後はカチを拾いながら1段上がると、その上は右の流芯を行くか左のグズグズのルンゼ状を行くかの二者択一。残置ピンを探してみたもののそれらしいものはなく、どうやら上に抜けるまでランナウトは必至の情勢です。それなら岩がしっかりしていそうな流芯の方がいいかと右上を眺めていると、後ろから現場監督氏とひろた氏さんが「濡レルノハイヤダ、左ヘ行ケ」と指さしてきました。ムカツク!しかし、2日前までの雨で水の流れは勢いが強く、確かに流芯に入ると弾き飛ばされそうです。仕方なくルンゼ状をステミングでじりじりと上がりましたが、不安定な足元と崩れやすい岩とにけっこう緊張しました。
続く小滝は右から簡単に、さらにF4(5m)を私とひろた氏は右から、現場監督氏は左から抜けると、ゴーロの先に2mほどの顕著なCS滝。ここはチョックストーンの左のつるつるのランペを登るのですが、とにかく滑りやすくて腕試しっぽい面白い登りになりました。
その上の狭いプール状の淵で現場監督氏が20cmほどもある立派な魚を発見し、うまい具合に岸に追い上げて素手でキャッチしました。しばし「釣果」を撮影した後にリリースしようとしたのですが、魚は腹を上にしてぐったりしてしまっており、これには我々も後ろめたい気持ちになって「かわいそうなことをしたなぁ」「いっそのこと……(とナイフを取り出す私)」といった会話を交わしながら見守っているうちに、ふとした拍子に元気を取り戻してさっと姿を消してしまいました。
この殺生未遂が下棚沢の神様の逆鱗に触れたのか、続くF5(15m)で事故が発生しました。この滝は出だしの5mほどが立っており、そこを突破すれば後は階段状で上へ出られそうなのですが、手掛かり足掛かりが微妙に足りず簡単には抜けさせてくれません。左から取り付いたひろた氏がハーケンを打ちA0突破を試みようとしている横で、右からアプローチした現場監督氏が2m上のガバに手を掛けて身体を引き上げようとしたところ、突然ガバの部分がもぎとれて背中から落下!その際に現場監督氏は右手首を深く切ってしまいました。本人の判断でその場では処置をせず、左岸から大きく高巻く途中の安定した場所でひろた氏が薬とテープで傷の手当をしてくれましたが、先ほどから雨も強く降っている上に主だった滝は終えているのでもう尾根に上がろうか?と協議したところ、現場監督氏が「自分は大丈夫だから」と遡行継続を強く主張してくれたのでそのままピンクテープを目印に沢筋に降りました(といっても簡単ではなく、ザレザレの下降が苦手な私はロープを出して懸垂下降しました)。
沢筋に戻った位置からすぐ上流には稲妻状にジグザグを切るスラブ滝があり、その下半分は簡単ですが上のつるつる斜面は足を滑らせれば下まで止まりそうになく、リスに打たれたハーケンにスリングをかけてA0で抜けました。
ナメ〜ゴーロを歩いて、逆層階段状のF6(8m)は左寄りから残置スリング2本をつないで登り、顕著な二俣を右に進んでいくつかの小滝を越えると丸く膨らんだ(色も形も)タマネギ状のF7(7m)となって、これは右のルンゼから小さく巻きました。このへんはそれぞれに個性をもった小滝が次々に現れて飽きない……と言えば聞こえはいいのですが、時間はかかるし気温は低いし、おまけに自分は行動食を車の中に忘れてきているしで、正直「早いところ終わってほしい」と思いながらの遡行になりました。
3段F8(8m)をひろた氏は右から、私と現場監督氏は左から微妙なバランスで1段上がり、易しい中段に乗り上がってからの上段もだましだましの登り。最後に奥の二俣で涸滝F9を脆い右斜面から巻き上がると、ようやく滝は終了です。詰めのルンゼから薮漕ぎなしで尾根筋に出て、そこからははっきりした道を緩やかに10分余りも登ると、ぽんと飛び出した広場が畦ヶ丸の山頂でした。
ここで握手を交わし大休止。ガチャ分けをしてから、3人とも沢靴のままで善六のタワ経由の登山道を下りました。
下棚沢は出だしの下棚がハイライトで、残置はそれなりに多いものの、利きを確認しながらの慎重な登りが求められます。腕に覚えのある沢登ラーならぜひ一度は取り付いてみていただきたいものですが、では私自身にリードができたかと言えば少々疑問。ジャンケンに勝って悶絶しながらもきっちりリードを務めたひろた氏には大感謝です。またF2以降の滝も困難過ぎず易し過ぎず、比較的短い間隔で次々に現れて弛むことがありませんでした。薮漕ぎなしに稜線に抜けられるのもポイントで、この沢は下棚だけの沢ではなく、全体を通して面白みの続く秀渓でした。