湯檜曽川大倉沢
日程:2004/08/14
概要:湯檜曽川上流、十字峡に本谷の反対側から流れ込む大倉沢を遡行。最後は左の滝を選んで朝日岳山頂にぴったり上がった。下山は白毛門から土合へ。
山頂:朝日岳 1945m
同行:ひろた氏
山行寸描
沢のエキスパート・ひろた氏からの8月中旬の沢のお誘いメールを見たのは、シンガポールの空港でメールチェックをしているときでした。さっそく「OK」の返事を送ってから1週間のスイス旅行を終え、帰国してから具体的な調整に入ったのですが、ひろた氏から打診があった日程は「8月13・14日」(金土)だったのに私はてっきり週末の土日と勘違いしていて、そのことが発覚したのは12日の夕方、ひろた氏がこれから出発しようとする間際に私の携帯に電話を入れてくれたときでした。まったくの私のチョンボで2日行程の沢の計画(井戸小屋沢を予定していました)はおじゃんとなり(申し訳ありませんでした)、急遽土曜日帰りで湯檜曽川大倉沢に転進することとなりました。
湯檜曽川の支流で大倉沢という名をもつ沢は2本あり、『上信越の谷105ルート』では土合駅と湯檜曽駅の間あたりに西側から流れ込む大倉沢が紹介されていますが、今回我々が遡行するのはずっと上流の十字峡に右から出合い、朝日岳へ詰め上がる大倉沢。遡行図は『日本登山体系』「谷川岳」に載っています。
2004/08/14
△05:20 土合駐車場 → △06:35-45 武能沢出合 → △08:05-15 十字峡 → △10:00 40m大滝 → △10:55 CS滝 → △11:30 最後の二俣 → △13:15-30 朝日岳 → △14:15-20 笠ヶ岳 → △15:00-05 白毛門 → △16:40 土合駐車場
前夜水上駅で落ち合って湯檜曽公園にテントを張って就寝し、4時半に起床して軽く朝食後、ひろた氏の青いCR-Xで土合駐車場へ移動。私はスニーカーですが、ひろた氏はここからいきなり沢靴です。湯檜曽川の右岸、蓬峠まで続く新道をまるで競歩並みのスピードでがんがん歩くひろた氏についていきながら「これは……生きて帰れるだろうか」と不安になりましたが、おかげで1時間余りで武能沢の出合に到着しました。ここで沢支度を整え、武能沢を短く下って湯檜曽川に入り、上流にわずかに歩くと早くもゴルジュが始まりわくわくしてきます。
出だしわずかで沢が右に曲がったところのすぐ先に6mの魚止滝が斜めに傾いで落ちており、ここは左の岩を乗り越していくのがルートのようです。以前湯檜曽川本谷を遡行したことがあるひろた氏にとっては2度目の場所で、「ここに残置があります」とハーケンに短いスリングが手掛かりとして残置されているのを示しながら手本を示すように乗り上がっていった……と思った次の瞬間、下の釜に大胆なダイブ。ひろた氏は泳ぎながら「お約束をやってしまいました!」と照れていました。私はためらわずスリングを使って岩の上に立ち、さらに右岸を巻き気味に先に進みましたが、気を取り直したひろた氏は魚止滝を越えたところで再び水流に戻り、引き続く小滝群に挑んでいきました。
ゴルジュを抜けると河原状となり、左から白樺沢が見事な大きさと落差で出合うのを見送ると幅広い釜をもつナメ滝が登場しました。先行した私は左から腰まで水につかって取り付くことができましたが、ヤケになった(?)ひろた氏はここもあえて泳いでアプローチ。実は水温は思いの外に高く、またこの頃は天気が良くて日が差していることもあり、Tシャツ1枚で水につかるのが苦になりません。そうこうしているうちに沢が右に曲がり、ここでウナギ淵と出会いました。廊下状の淵は左岸が平らな草付で、「右から濡れずに巻けます」というひろた氏の解説を聞きながら小休止。さて行きますか、ということになってウナギ淵に近づきながら巻き道に入るルートを目で追っていると、ひろた氏はそのまま淵に入っていき、こちらを振り向いて「じゃっ!」と爽やかに一声かけて泳ぎ始めました。おいおい、話が違うんじゃないの?と思いつつ後続してみると、泳ぎはあまり得意ではない方の私でも、適当に壁のホールドをつかみながら前進していくことができ、50mほどでここを抜けることができました。
沢が左に曲がるところの8m滝を左から越えると、目の前には30mのナメ滝。水量が豊かで明るく、正面奥の抱返り沢まで見通しが良くて実に気分がいいところです。歓喜の声を上げながらどんどん進んで行くと、間もなく十字峡に到着しました。正面は悪そうな50m滝を落とす抱返り沢、左に曲がるのが湯檜曽川本谷で、我々の目指す大倉沢は右側からF1=8m滝で出合っています。
大倉沢出だしのF1は傾斜のきついナメ滝ですが、水流右側の凹凸を拾えば難なく登ることができます。浅いゴルジュ状を数分進むとF2=8mで、ここは右から近づきシャワーを浴びながら突破しました。続くF3=8mは左から越えましたが若干微妙。ひろた氏は上手にホールドを見つけて抜けていきましたが、私はその1段上を小さく巻き気味に越えました。
しばらく進むとF5=20mで、おそらくここがこの沢では最も困難です。正面には壁のようになった滝に水流が左右2条に分かれてかかっており、右からは草付へ抜けて巻くことができそうですが、左の濡れた岩壁もラインがつながりそう。ひろた氏はまず左のルンゼ状を上がってから右にトラバースし、水流に近いところを斜上していきましたが、1、2カ所際どいところがあったらしく、本当ならロープを出し、ハーケンでランナーをとるべきところだったかもしれません。ともあれ上に着いたひろた氏から「ロープ出します?」と聞かれて最初は「いらない」と答えた私でしたが、待てよ、せっかくロープを出してもらえるのなら遊び心を出してみようか、と気が変わりました。向かって右の水流沿いは、思い切り水圧を受けることにはなりますがすっきり上に続いており、見たところなんとかラインがつながりそう。また、仮に途中で行き詰まっても右の草付に逃げることが可能なので、これはトライするしかないでしょう。そんなわけでひろた氏にロープを出してもらい、ひろた氏が上でハーケンを打ってセルフビレイをとる間にこちらはリュックサックからヤッケを取り出して着込み、手首をベルクロテープで厳重に縛りました。お互いに用意ができたところでスタート。右の水流にランペ状の右壁から近づき、ヘルメットに水圧を感じながら手で上を探ると水の中にホールドが見つかり、両足を突っ張りながら身体を1段引き上げるとこの時点で滝の中ほどまで登ったことになります。まともに水をかぶりながらさらに上を目指してひろた氏と顔を見合わせられるところまで進みましたが、その先の2mがホールドが見つからず行き詰まってしまいました。しばらく粘ってみましたが、諦めて1段クライムダウンし、右の壁から垂直に近い草付を「抜けるなよ」と念じつつ上がって落ち口へとトラバースしました。そんなわけで、この滝の突破に30分を消費したことになります。
F5でかなりアドレナリンが出ましたが、滝はまだまだ続きます。F6=30m滝は左から簡単に越え、しばらく河原になって「もう終わりか?」と口に出すと、そんな我々の心を見透かしていたかのように現れたのがF7=40mの大滝です。下部はハングしているので巻きかとも思いましたが、最下部の階段状を右上してから左へ戻ると水流沿いのカンテに取り付くことができて、そこから高さはあるものの豊富なホールドに助けられた快適な登攀となりました。2人ともフリーで上まで抜けて落ち口から振り返ると、素晴らしい高度感に感無量となりました。
そして、この上はナメ滝帯となりました。最初のF8=30mナメ滝を私は右側から越えましたが、瀑心原理主義者のひろた氏は果敢に水流沿いに突っ込んでいって、上部のつるっと立った部分で「ム、ムズイ……」とセミになってしまいました。あわてて上から近づき、テープスリングを2本つないでお助け紐としてレスキュー。ひろた氏は「いやぁ、落ちても途中で止まると思って」と笑っていましたが、はっきり言ってここで落ちたら下まで止まりません!
この後も気分の良いナメやナメ滝が続き、そのたびに上がる喜びの声が裏返ってヨーデルになってしまうほど。5:1の二俣を左にとるとすっきり立ったF10ですが、これは水流通しで問題なし。続くF11=10mは水流の左から上がってみると、落ち口直下で右へ水流を横断するようなラインが引かれていて自然の造形に感歎しきり。この上からまたまたゴルジュ帯になり、難しいといわれるF12=5mCS滝に到達しました。「では」ということで私から釜に入りましたが、手前のラインは足場がなくうまく身体が引き上げられません。そこですかさずひろた氏から飛んだ「奥に進んでみたら?」とのアドバイスにしたがって横泳ぎで2-3m進み、そこにある縦ホールドから左へ湾曲する横ホールドをつかんでみるとこれがイイ感じ。左足を飛ばして戻り気味に移動し、安定した場所に乗り込むことができました。後続のひろた氏も難なくここを突破し、さらに先を急ぎました。
ちょっと悪い小滝を左岸の高いところに残置された2本のスリングで抜け、両岸が迫った部分は両足突っ張りで越えたところでゴルジュは終わります。10mの滝を難なく登ると目の前に100mナメが広がり、男2人でまたしてもヨーデル。しかし先ほどから徐々に雨模様となってきており、なるべく早めに稜線を目指す方がよさそうです。ひたひたと足裏の感覚を楽しみながらナメを登ると、今度は岩の色が赤っぽく変わって立体的な地形に戻りました。この後も次々に現れる滝の数々にそろそろお腹いっぱいになってきた我々は「またかいっ!」「まだまだ来ますか!」といちいち声をあげつつなるべく水流通しを高度を上げていきました。まさに「滝のデパート」「沢のテーマパーク」といった感じで、これだけバラエティに富んだ滝に恵まれた沢がメジャーなガイドブックに載っていないのが信じられません。しかも今回は天気に恵まれてはいないのですが、それでもこれだけ楽しいのですから、これで快晴の日だったらすごいことになりそうです。
最後の3:2の二俣は右に行けば滝らしい滝もなく稜線に出られるようですが、我々は当然のごとく左のちょっと脆そうな赤い岩のF16=50m滝に取り付きます。先に登ったひろた氏から「下の方、岩が脆いから」とアドバイスが飛び、ちょっと微妙なラインをトラバースしながら「このホールドがもってくれたら大丈夫」と思いつつ手を掛けたホールドが案の定パキッといって「!」。それでも右に逃げ気味にこの滝を越えて、さらにもう一つ厳しい滝を右から巻き、いくつかの小滝を直登していくと、ようやく傾斜が緩やかになってはっきり源頭部の様相を呈してきました。
笹の下の沢形を追うと麗しげな草原に出たりして「薮漕ぎなしでいけるかな?」と期待に胸が膨らみましたが、残念ながらそれほど世の中甘くはなく、最後はハイマツ・シャクナゲ・小灌木の薮漕ぎにたっぷり絞られました。それでも20分ほどもがいているうちに前方高いところに山頂標識のシルエットが見えてきて、先に到着したひろた氏の「あと5・4・3・2・1」というカウントダウンに励まされて私も登山道に飛び出しました。ほぼどんぴしゃで登り着いた朝日岳山頂は強い風雨で寒かったのですが、何はともあれひろた氏とがっちり握手しました。
ここからは笠ヶ岳、白毛門を越えて土合駐車場へ下るだけですが、「だけ」と言ってもけっこう長く、特に朝日岳・笠ヶ岳間はアップダウンが繰り返されて嫌になってきます。しかし、新潟側から群馬側へ移動するにつれて天候が回復して、寒さからは解放されてきました。
下山後は湯テルメ谷川で温泉につかってから、近くのレストランで夕食(私は奮発して和風ステーキ膳2,200円也)をとりつつ、楽しかった大倉沢のあの滝この滝をほめそやしあいました。ひろたさん、今回はどうもお世話様でした。また次回もよろしくお願いします。