鹿島槍ヶ岳
日程:2000/05/03-05
概要:扇沢から爺ヶ岳南尾根を登って爺ヶ岳経由冷池山荘泊。翌日、鹿島槍ヶ岳をピストンして往路を戻る。
山頂:鹿島槍ヶ岳 2889m / 爺ヶ岳 2670m
同行:---
山行寸描
2000/05/03
△06:40 扇沢 → △07:05 柏原新道入口 → △12:05-10 ジャンクション・ピーク → △14:45-15:00 爺ヶ岳南峰 → △15:35-40 爺ヶ岳中峰 → △17:05 赤岩尾根分岐点 → △17:20 冷池山荘
ゴールデンウィーク山行のアプローチは、急行アルプスで夜の新宿から信濃大町へ。朝、目を覚ますと車窓のかなたに純白の鹿島槍ヶ岳が聳え立っていて、その崇高な姿に感動しました。バスで着いた扇沢で身繕いをし、持参のパンで朝食をとってからおもむろに出発。車道を少々下ったところに柏原新道の登山口があり、その手前には車が何台か駐めてありました。道は、沢沿いをわずかに入ってすぐに右の尾根へ取り付く急登となり、そのまま樹林の中の雪の急坂を黙々と登っています。上空には青空が覗いていますが、左手に仰ぐ稜線は雲に隠れています。時折ど〜んがらがらと聞こえてくるのは、落ちきっていない雪がなだれている音のようです。
森林限界に到着すると、左手に種池山荘の赤い屋根、正面に爺ヶ岳南峰へ続く雪尾根が見通せました。ここでテントを張るパーティーも多いのですが、この時点では時間も天候もゆとりがありそうだったので、予定通り冷池山荘まで歩き通すことにしました。しかし、高度を上げるにつれ風が強くなり、ガスが景色を隠し始めます。肩に食い込む幕営装備の重みにへとへとになりながら爺ヶ岳南峰に到着しましたが、その時点では何も見えない状態でした。
小休止の後、踏み跡を頼りに中峰を目指して出発。いったん下って西側の斜面をトラバースしてから稜線通しに斜面を登ると強風・ホワイトアウトの中峰で、身体中に「エビのしっぽ」ならぬ「ちりめんじゃこ」が貼り付きます。それでも体感温度は低くなく、日差しも雲を通して明るい上にトレイルがはっきりしているので危険は感じませんが、見通しが利かないのでいつまで歩けば山荘に着くのかさっぱりわかりません。
重荷に負けそうになりながらのろのろとトラバースを続け、夕方の暗さが感じられるようになった頃に最低鞍部を越えて登り返し、やっと冷池山荘に着きました。本当はここで幕営の予定でしたが、今から整地してテントを張る気力がなく素泊まりを申し込みました。山荘のスタッフはとても気持ち良く迎えてくれてうれしかったのですが、素泊まり5,600円はやはり痛い(ただし水1リットルとビール1本サービス)。ともあれ寝床を確保するとさっそく自炊室へ駆け込み、夕食をとって人心地がついたらストーブに当たりながら同じテーブルになった人たちと歓談しました。いずれも50歳を越えてなお意気軒昂な彼らの若かりし頃の武勇伝を、こちらは借りてきた猫状態でおとなしく拝聴していると、日本酒やウイスキーを分けてもらえてラッキー。しかし……。
客「ところでおたく、何歳?」
私「40ですよ。今年41」
客「やっぱり中高年しか山に来ねーんだなぁ」
私「(ちゅ、中高年!?)」
2000/05/04
朝、外は一面のガスなのでおとなしく停滞を決意しました。しかし、午前中喫茶室でうだうだしているうちにガスがとれはじめたので、今夜はテントで過ごすこととし、さっそくテントサイトに地所を確保して雪のブロックを積みました。ちなみに今年は積雪が多く、山荘前の雪庇が例年より5mも多く張り出していると立て札が注意を促しています。テントからの眺めは、目の前に北信の山々、背後には立山から剱岳、左手には頂上を雲に隠されてはいるものの鹿島槍ヶ岳という絶好のロケーションで、鹿島槍ヶ岳の東尾根第二岩峰の手前に大渋滞が発生しているのも手にとるように見えました。近くで無線交信している人の声を聞くともなく聞いていると、交信相手のパーティーの前にまだ16パーティー程が待っているそうなので、全体で何人があそこにいるか想像するだけでも恐ろしい状況です。
夕方、テントの外に出ると雲がすっかりとれ、鹿島槍ヶ岳の全貌が見えて明日の好天を確信しましたが、東尾根にまだ何パーティーかが残っているのには驚きました。このまま暗くなったらいったいどうするんだろうと思いながら振り返ると、ちょうどオレンジ色の夕日が剱岳の右手に沈むところでした。
2000/05/05
△05:30 冷池山荘前幕営地 → △07:05-45 鹿島槍ヶ岳 → △08:00 布引山 → △08:45-10:25 冷池山荘前幕営地 → △10:45 赤岩尾根分岐点 → △12:20-35 爺ヶ岳南峰 → △13:30 ジャンクション・ピーク → △16:00-25 柏原新道入口 → △16:40 扇沢
御来光に染まる鹿島槍ヶ岳をカメラにおさめてから、行動食をデイパックに詰めて出発。日焼け止めが凍っていたので目出帽で肌を極力隠しながら登ります。傾斜は緩やかで歩きやすく、荷が軽いこともあって快調に高度を上げている途中で雷鳥に出会いましたが、近寄ると逃げるので「おまえ、それでも雷鳥か」と怒るとばたばたと空を飛んでみせてくれました。
最後の急登をアイゼンをガリガリ言わせながら登ると山頂(南峰)に出て、眼下にいきなり白馬岳から五竜岳までの稜線の眺めが飛び込んできました。ほかにも剱岳・立山、薬師岳、針ノ木岳、槍ヶ岳・穂高岳、常念山脈など、北アルプスの主だった山々を全て見通せます。7年前の夏にここに立ったときは雲の中に入ってしまって何も見えなかったのですが、今回、文字通り雪辱を果たすことができました。
ちょっと離れたところにある北峰の根元にはテントが見えました。ここに来るまでにもヘルメットとクライミングギアのパーティーと何度もすれちがいましたが、彼らは時間切れで北峰を越えたところにビバークした模様です。ちょうど山頂で会った男女ペアのパーティーに聞くと、第二岩峰の手前で6時間待ちになってしまったと話してくれました。
しばらく山頂に粘って360度の展望を存分に堪能してから下山を開始し、行きには巻いた布引山に立ち寄ってから帰幕したら軽く食事をとってから撤収です。帰り際に山荘に寄って手洗を使い、外に出ようとするところで年配の客と係のお姉さんの会話が耳に入りました。
客「ビールいくらかの?」
係「賞味期限切れのなら安いですよ。500ml缶が500円です」
客「それそれ。ビールは期限の切れとるやつがコクがあってうまいんじゃわい」
私「……!?」
気を取り直してテントサイトに戻り、再び重くなったリュックサックを背負って帰路に就きました。
来たときは風とガスで何も見えなかった道も、今日は爺ヶ岳まで延々トラバースしているのがしっかり見えました。赤岩尾根の分岐を見送って少し登ったところから振り返ると、鹿島槍ヶ岳の見事な姿が視界を埋め尽くします。十分に大きな根張りとすっきりした山頂部の双耳、純白の山肌に厳しい岩尾根を隠している鹿島槍ヶ岳は、本当に素晴らしい山だと実感しました。
ゆっくりゆっくり歩を進め、爺ヶ岳南峰に到着。大町方面の平野が眼下に見下ろせて高度感が楽しいこのピークから鹿島槍ヶ岳に別れを告げて、南尾根を下ります。午後の気温のためにぐさぐさに腐った雪に足をとられながらのこの下りは、ここを2日前に登ったことが信じられないくらい長いものでした。それでもようやく降り着いた柏原新道入口で靴を登山靴からスニーカーに履き替え、パッキングを帰宅モードに切り替えてから扇沢までの車道の登りで、最後の力を使い果たしました。