松木渓谷黒沢 / 横向沢
日程:2018/03/03-04
概要:足尾山塊の名峰・皇海山の東面に向けて切れ込む松木渓谷でのアイスクライミング。当初の計画では黒沢とウメコバ沢の予定だったが、春一番が吹いた直後の週末とあって気温が高く、2日目は確実な結氷が見込める横向沢に変更。
山頂:---
同行:ノダ氏
山行寸描
昨年の秋に清津川サゴイ沢でご一緒したノダ氏・ルーリーと、冬にはアイスクライミングをご一緒しましょうという話を前々からしていたのですが、ルーリーはこの冬を腰痛で棒に振り、ノダ氏と都合が合ったのはアイスクライミングシーズンも終盤の3月第1週末のこの土日。行き先は2人とも行ったことがない松木渓谷をセレクトしました。ここは前々から気になっていながら訪問のチャンスを得られずにいた場所です。
金曜日の遅くに西武線稲荷山公園駅で合流し、ノダ氏の車で足尾方面へ。日付が変わって午前1時半頃に公衆トイレもある駐車スペースに着き、テントの中で軽く前夜祭としました。ハンターでもあるノダ氏が振舞ってくれたのは年末に北海道で獲ったエゾシカの内ロースのローストですが、これは美味い!ジビエの癖などなく、上品な味わいに舌鼓を打ちました。
2018/03/03
△07:00 銅親水公園 → △08:40-09:15 ブルドーザー広場 → △09:30-13:40 黒沢 → △13:45-14:45 ブルドーザー広場 → △15:15 ウメコバ沢出合 → △15:45 ブルドーザー広場
4時間の仮眠の後、近くのコンビニで朝食をとってからわずかの移動で、足尾砂防ダムに併設された銅親水公園の駐車場に到着しました。銅親水公園に設置されている足尾環境学習センターでは足尾銅山の歴史と環境問題を学べるようになっているそうで、自分としてはそちらも興味津々ですが、今回は真っすぐ松木川を目指しました。
ゲートを越えて少し上流から久蔵川を渡り、左奥の松木川の北岸の道を進むと、途中にはカラミと呼ばれる銅採鉱の残滓の山や植林地、そして江戸時代に栄えたものの明治に入ってからの大規模な伐採と煙害とにより周辺の山が荒れたことでついに廃村となった松木村の跡など、この地の歴史を凝縮したような景観が続きます。
大ナギ沢出合に登山者向けのトイレがあり、ここから奥に続く林道は荒れて車が通れない状態になっていますが、人が歩く分にはおおむね歩きやすくよい道です。
銅親水公園からおよそ1時間半、大ナギ沢出合からなら30分で、この日の目標である黒沢が左手に見えてきました。さして標高がないのに上部は樹木を失って荒々しい岩肌が切り立つ独特の山容を持つ石塔尾根に深く急激な角度で切れ込むいくつものルンゼの中の一つがこの黒沢で、中腹にひときわ大きくF3、そしてそのすぐ下にF2が見えていて登攀意欲をそそる……と言いたいところですが、いずれも思ったより氷が薄そうな気配を漂わせていました。
黒沢のすぐ上に大きな堰堤があり、そのわずか上流の左岸にあるのが、このブルドーザー広場。朽ちた姿のブルドーザーが放置してある大きな広場で、周辺の氷瀑を登るための絶好のベースキャンプです。ここにテントを設営し、まずは黒沢を目指しました。
広場からすぐ河原に降りて適当なところを探して渡渉し、堰堤の上流側の際を上がってトラバースすると、すぐ目の前に黒沢F1が現れました。予想通りF1はほとんど氷が溶け、わずかに右側に雪と氷のミックスが続いている状態です。ロープはいらないくらいの傾斜の緩さでもありますが、ウォーミングアップを兼ねてロープを出し、丁寧にスクリューも使いながらここを越えました。その上は少しの距離があって、すぐにF2が見えてきます。
F2はなかなか見栄えのする姿をしていますが、全体にびしょ濡れになっており、とてもスクリューが利きそうにありません。ここは無理せず巻きましょうと話し合いながら見上げてみると、この滝の右端のリッジ状のラインにリングボルトが二つ見えました。どうやらこれは沢登りのためのものである様子ですが、途中のスラビーな岩は沢靴ならともかくアイゼンでは困難そう。よって右奥の浅いルンゼを詰めることにしました。
浅い凹角から1段上がるところまでをノダ氏がリードし、続く雪の着いた急な岩壁を登る2ピッチ目は私。いずれも見たところでは簡単に登れると思ったのですが、取り付いてみると意外に奮闘的な内容があって、まるでアルパインクライミングです。この冬はアイスばかりでアルパインを登っていないので、乏しいホールドとプアなプロテクションに身を託しながら高度を上げる久々の感覚が、怖くもあり楽しくもあり。
2ピッチ登ったところで横を見ると、F3の中間あたりに達していました。残置ピンと残置スリングがあるのはここが沢登りの際の高巻きのラインになっているからだろうと思いますが、ここでピッチを切ってノダ氏を迎えてから、リッジの左向こう側へ懸垂下降して沢筋に復帰しました。
F3は高距40mと大きな滝ですが、やはり気温の高さのために右半分には水が滴っており、登れるラインは限られそう。F2の落ち口の上に広がる雪田で行動食をとりながらオブザベーションをしたところでは中央左寄りの露出した岩をつなぐラインが有望に思えたのですが、いざロープを結んで滝の下に移動してみると、左端に近いところから氷のランペを右上するラインが最も簡明であることがわかりました。
リードを譲っていただいて私から取り付きましたが、出だし数mの透き通ったデリケートなパートを慎重にクリアすれば、以後は傾斜も氷もマイルドで、はっきり言って容易です。滝の大きさ・長さを楽しみながら上部に抜けると落ち口の左岸側の岩に明瞭な残置支点があって、そこまでで50mロープいっぱいでした。
続いてがんがん氷を叩きながらも淀みなく登ってきたノダ氏を迎えたところで上流を見たところ、凍ったルンゼが奥へと続いています。ここで白状しなければならないのですが、今回の計画では翌日のウメコバ沢に力点(というより不安)があったためにそちらばかり予習していて、黒沢の予習が疎かになっていました。このため、いま登ってきた滝がF3であること、さらに上流にも2段滝のF4があることが認識できておらず、アルパインな奮闘の後に大きな滝を登ったことに満足して、ここからの下降を選択してしまいました。F2はあんな状態でしたが、F4は(トポの記述によれば)緻密に硬く凍ることがあるようなのでこの日の気温でも十分に登れる状態だったかもしれないのに、そのことに気付いたのはテントに戻ってからですから後の祭り。これは宿題です。
F3、F2、そしてF1も左岸の支点から懸垂下降で下ってテントに戻り、何はともあれ乾杯!その後一服したところで、まだ時間にゆとりがあるのでウメコバ沢を偵察しに行くことにしました。
左岸の林道跡をのんびり歩くと、対岸には横向沢、夏小屋沢、そしてトポには載っていないものの顕著な氷柱も中腹に見えていました。
林道の終点にあたる位置は広河原になっていて、ウメコバ沢の出合のゴルジュはその奥にあります。さっそく渡渉してその奥を覗いてみたのですが、豊富な水量でどうどうと音を立てながら水が落ちていました。ウメコバ沢のF1とF2はあまり凍らないとは聞いていますが、この水量では上流の状態も推して知るべし。明日は今日よりもさらに気温が上がる予報であることも考えると、今回はウメコバ沢は見送った方が無難です。その代わり、ブルドーザー広場で一服しているときに通りがったパーティーから横向沢は氷の状態が良いとの情報を仕入れてあったので、明日は横向沢を目指すことにしてテントへの帰路に就きました。
2018/03/04
△07:30 ブルドーザー広場 → △07:35-09:15 横向沢 → △09:30-10:00 ブルドーザー広場 → △11:35 銅親水公園
就寝17時半、起床6時。そんなに眠れるのか?というくらい長い時間ですが、これが眠れてしまうから不思議です。
朝日が松木渓谷に射し込んでくると共に、石塔尾根の岩壁もオレンジに染まります。美しい……。
横向沢は、ブルドーザー広場の目の前の河原を渡渉して上流方向に徒歩1分。なんとコンビニエントなことか。そして見上げてみると、前日の情報の通りよい具合に凍っています。
まずは私のリードから。全体で20mほどのうち下部15mは傾斜が緩やかですが、最後の5mほどは垂直に近い傾斜があります。ただし氷はアックスを快く受け付けてくれ、先人のアックス跡も残っていて、多少のパンプを感じながらも気持ち良くTOすることができました。続くノダ氏のリードは、同じラインでは面白くないので上部を右奥から回り込むことにしましたが、こちらも立体的な動きが求められて楽しいラインでした。ただし氷の薄さには要注意。
短時間でしたが、これで横向沢は終了です。わざわざ遠くからここだけを目指して来るような滝ではありませんが、それでも何かの機会に手をつけるにふさわしい内容を持っている滝だと感じました。
テントに戻って、ゆっくり帰り支度をしました。気が付けば気温がぐんぐん上がっていて、ほとんどTシャツ1枚でも足りるくらいの陽気です。
荷物をまとめ終えたら松木川沿いの道を下流へとのんびり歩いて、やがて再び松木村跡。そこには昨日はあまり気に留めなかった、しかし、ある種すさまじい光景が待っていました。
松木渓谷に入ったのは今回が初めてでしたが、その荒涼とした景色にもかかわらず(むしろその景色の故に)、素晴らしいところだと思いました。アイスクライミングはもとより、沢登りでもアルパインクライミングでも多くの課題を提供しているこの山域は、季節を変えながらこれから何度か足を運ぶにふさわしい内容を備えています。いずれアイスシーズンにここに再訪することは確定的ですが、夏や秋にも松木渓谷を目指して遠出することになるかもしれません。
そして松木渓谷に魅了されたのは、私だけではなかったようです。この山行の間に見掛けた野生の鹿の数は50頭を下らず、そのことがノダ氏のハンター魂に火をつけてしまった模様。ウメコバ沢出合の北岸の斜面にたむろする鹿を見上げたノダ氏は、アイスクライミングそっちのけで鹿猟→BBQ計画を熱く語ってくれました。
私「それでは次回、ルーリーと私がアイスで登っている間にノダさんに鹿を獲ってもらって」
ノ「いや、ルーリーも鉄砲を持って来ると思いますよ」
実はルーリーも狩りガールで、この週末は射撃場で練習をしていたそうですから確かにそういうことになりそうですが、それでは私は誰とロープを結べばいいのだろう?
しかし帰宅してから調べてみたところ、この辺りは鳥獣保護区に指定されていました。果たしてこれは、BBQを逃したことを残念がるべきか、アイスクライミングのパートナーを失わずにすんだことを喜ぶべきか。