片桐松川本谷

日程:2014/09/14-15

概要:鳩打峠から沢筋を下って片桐松川本谷左岸の林道に達し、林道終点から入渓。遡行を続けて念丈沢出合に幕営。翌日、本谷を詰めて念丈岳の南側のコルに詰め上げ、念丈岳・池ノ平山を経て鳩打峠へ下山。

山頂:念丈岳 2291m / 池ノ平山 2327m

同行:トモコさん

山行寸描

▲大ナメ八丁の入口。上の画像をクリックすると、片桐松川本谷(初日)の遡行の概要が見られます。(2014/09/14撮影)
▲20m滝は左岸の斜上リッジから巻く。(2014/09/14撮影)
▲上流部に残っていた20m滝。上の画像をクリックすると、片桐松川本谷(2日目)の遡行の概要が見られます。(2014/09/15撮影)

ここ数年、毎年のように夏から秋にかけて中央アルプス・南アルプスの沢に行くことが恒例となっているトモコさんとの今年の遡行は、『登山技術全書 沢登り』(山と溪谷社)で遡行価値が高いと紹介されていた片桐松川本谷を選ぶことにしました。そうと決まってから調べてみると、この沢は『日本登山体系』はもとより『関東周辺の沢』(絶版)にも載っており、日本百名谷の一つでもあるようです。

9月中旬の三連休の初日は移動日と割り切り、私は長距離バスで東京から、トモコさんは自分の車で大阪からそれぞれ伊那谷に入って合流後、道の駅で軽く前祝いをしてから早めに就寝しました。そしてその翌日から、練達の沢登ラー・トモコさんとの1泊2日の沢旅が始まります。

2014/09/14

△05:45 鳩打峠 → △06:30 立ヶ沢橋 → △07:45 入渓点 → △08:40 烟ヶ滝跡 → △12:20 池ノ平沢出合 → △15:10 小松沢出合 → △15:40 幕営地

道の駅を5時に出て、鳩打峠に車をデポ。ここは烏帽子ヶ岳や念丈岳への登山口となっており、20台くらいは車が置ける2段の広場には仮設トイレも置かれていました。

ここから片桐松川本谷へは、登山口の標識の左手にある明瞭な踏み跡のさらに左の薮の中を透かし見て「保安林」と書かれた黄色い標識の足元の薄い踏み跡から斜面を下ることになります。途中までははっきりした仕事道などもあって歩きやすい下りでしたが、やがて細い沢筋に出てこれを下るようになり、小さな堰堤を右岸から巻いてちょっと足元が悪いトラバースの後にしっかりした舗装路に出ました。これが本谷沿いの林道で、出たところの橋には「立ヶ沢橋」と名前が付けられていました。ここまで足を濡らさずに下ることができるので、アプローチシューズのままでOKです。

林道をしばらく進み、トンネルを抜けた先で道が尽きたようになったところからいったん沢に降りましたが、少し上流に進むとすぐに大きな堰堤にぶつかり、左岸の悪いルンゼを冷や汗をかきながら登るとそこには林道の続きが残っていました。

林道をさらに進んでケルンの立つ位置から自然に河原に下り、再び出てきた二連堰堤は右岸に設置された階段から難なく越えると、やっと本来の沢の姿の中に身を置くことができました。

ちょっとしたナメ滝や2条の小滝などを(濡れたくないので)かわしながら進むと、やがて出てきたのは大まかな岩がごろごろと積み重なった場所で、これが烟ヶ滝跡です。烟ヶ滝は『日本登山体系』に幅の広い25mの滝が水しぶきを上げている。これが烟ヶ滝と呼ぶ滝で、直登もできるが、左岸のチョックストンをもつルンゼをアブミで乗越すと紹介され、この沢のポイントになる滝だったようですが、いつのことかは不明ながら崩壊してしまったようで、ただの岩塊の堆積と化していました。

イワタル沢を左岸から迎えた先に、エメラルドグリーンの釜を持つ顕著な5m滝が現れました。ここから先が「大ナメ八丁」と呼ばれるゴルジュ帯で、前方の滝は直登もできるそうですが、たいていの記録は右から巻いています。我々もここは無理せず巻くことにしたのですが、トモコさんが何の気なしに口にした「空身にしたら?」の一言でハマりかけることになってしまいました。

進言通り私のリュックサックは上から引き上げることにして、空身でまずはフリークライム。脆い壁の中に刻まれた小さいルンゼの登りは少々神経を使いましたが、リュックサックが軽量化できていればあえて空身になる必要もなかったでしょう。そして、壁の上に抜けてしっかりした木の幹にスリングを回してセルフビレイをとり、バックロープの途中にリュックサックを結びつけてもらって引き上げにかかったのですが、壁の途中の岩の出っ張りに引っ掛かってリュックサックが上がってくれません。仕方なくロープを固定し、これまた空身になったトモコさんがプルージック登攀で登ってきてくれたのですが、トモコさんが手を掛けた岩が剥がれて沢に落ちる「ザッパーン!」という大きな音に、下の様子が見えない私は肝を冷やすことになりました。それでもトモコさんのおかげでどうにか私のリュックサックを上へ回収することができ、ロワーダウンでいったん下へ戻ったトモコさんが自分の荷を背負って登り返してきてくれたときには、私が壁に取り付いた時刻から40分が経過していました。

明瞭な踏み跡を上流へ進んで沢に戻り、5mナメ滝は右岸のトラロープ、続く小滝群は左岸のトラロープを目いっぱい駆使して先を急ぎます。トラロープ使用には時間節約という意味もあるのですが、どうやらトモコさんのラバーソールはこの沢のヌメり気味な岩とは相性が悪いようでした。

やがて出てきた立派な20m大ナメ滝は左岸に斜上するリッジがあり、ロープを出してリッジの右手のルンゼを詰めると途中でリッジの左に出たところのテラスに残置ピンと腐りかけたスリングがありました。このテラスに上がる1歩もちょっと嫌らしかったのですが、それ以上に残置ピンから上のリッジに上がるところが立って滑りやすく、スリング頼みのA0ではリスキー。これはどうしたものかなと振り返ると何のことはない、1歩後ろに戻れば難なくリッジの上に出られて、そのまま40mロープをいっぱいに伸ばし、最後はコンテでトモコさんに少し上がってもらって灌木にビレイをとることができました。沢筋からはそこそこ高い位置に上がっていましたが、そのまま薄い踏み跡を辿って15分ほどトラバースするとこれまた自然に沢筋に戻ることができ、ここで小休止の後にまだゴルジュ状の沢筋のグリーンの淵や滑りやすい小滝を越えると大島沢出合で、『関東周辺の沢』の記述に従うなら「大ナメ八丁」はここで終了です。

その少し先で左岸に10m滝を掛ける池ノ平沢が出合い、赤い石が転がった両岸崩壊地を過ぎて小滝を簡単に越えると再び陰鬱なゴルジュ状になり、正面突破が難しそうなCS滝が現れました。右岸のスラブ壁も悪そうで、ここはやはり左岸から巻き。少し戻ったところにあるボロボロのルンゼを倒木の力も借りながら登りましたが、ルンゼの途中からの笹斜面のトラバースは崖に阻まれて行き詰まり、いったん戻ってさらに高い位置へと追い上げられることになりました。しかし、ここぞと思うところには薄い踏み跡が残っており、上流側へ進みながら懸垂下降ポイントを求めて少しずつ高度を下げていくと不思議にラインがつながっていきます。下流側へジグザグに下ったり笹の根元をつかみながらのクライムダウンが混じるところもありましたが、結局懸垂下降を駆使することなく沢筋に戻ることができて、この高巻きに要した時間は1時間半でした。

増水時には怖いことになりそうな狭隘部を過ぎて出口の10m滝を左から巻き上がると、やっとゴルジュの終了です。数分歩いた先のCS滝は左岸に小さく巻けるラインがあり、簡単に突破できました。

もう心理的にはお腹いっぱい、生理的にはかなり空腹の状態ですが、10分ほどのゴーロ歩きの先に出てきたのは20m紅葉滝です。ここは直登も可能とされていまですが、当然の如くに巻きを選択。右岸に水を落とす支流との間のガレたルンゼを登り、右手の尾根筋の鞍部を越えればすぐに小松沢出合で、本流は2段の滝を掛けていました。ここを左岸から巻き上がったらこの日の行程は終了で、後は幕営適地を探すばかりなのですが、なかなか思うような適地が見つかりません。ここもダメ、あそこもイマイチ……と踏ん切りがつかないままに遡行を続けるうちに念丈沢出合に達してしまいました。

出合には白砂の平坦地があったのですが、増水すればすぐに冠水しそうなので1段高い草の中にテントとツェルトを設営しました。近くの河原で焚火を熾し、ようやく待望の夕食です。

毎回食事当番を担当してくれるトモコさんは今回もリュックサックの中から大量の生野菜を出してくれて、麻婆茄子やら具沢山の味噌汁やらを作ってくれました。食事が終わる頃にはあたりはすっかり暗くなり、お酒を飲みながら焚火の側でおしゃべりを楽しむばかり。やがて身も心も満ち足りたところで就寝しました。

2014/09/15

△06:45 幕営地 → △08:50-09:15 稜線 → △09:30-40 念丈岳 → △10:35-45 池ノ平山 → △11:15 烏帽子ヶ岳 → △13:20 鳩打峠

心配された夜半の降雨=増水もなく、穏やかな朝を迎えました。

朝食を終え、燃えきらなかったゴミは回収して、遡行再開です。

念丈沢出合からは『関東周辺の沢』では快適な連瀑帯とされており、実際にも良さげな大ナメ滝がいくつか続いているのですが、それらの間はゴロゴロの岩。おそらく「日本百名谷」に選ばれた頃はここはナメと滝が連なっていたのでしょうが、その後ずいぶん崩壊が進んでしまったようです。

黄色いナメ滝をいくつか越えて最初の二俣は左がガレているので右に入りました。続く二俣も右に行きかけましたが、ここでコンパスと地形図を見比べて左(西)の鞍部を目指すのが得策だろうと判断。このジャッジは正解で、沢筋はぐんぐん高度を上げ、やがて水涸れとなってしばらくすると頭上に稜線の上の空が見えてきます。詰めで短い笹薮漕ぎがあり、ここで私がいつの間にか眼鏡をなくしてしまうというアクシデントもありましたが、最後の二俣から1時間の登りで稜線に抜け出ることができました。

飛び出したところは念丈岳のやや南のコルで、細いながらもそこそこ踏まれている登山道があり、ほぼ見通し通りのここで遡行を終了。沢装備をしまってからすぐそこに見えている念丈岳を目指しました。

念丈岳の山頂は眺めが良く、越百山前後の中央アルプス主脈が近くを走っているほか、東の方には伊那谷をはさんで南アルプスのほぼ全山の連なりを見通すことができました。

念丈岳からは長いもののよく踏まれた登山道を鳩打峠目指して下るだけ。池ノ平山の開けた山頂で今回の山旅で初めて他の登山者に出会いましたが、その先、烏帽子ヶ岳からの下りでは何組かの登山者グループと行き交うことになりました。その多くは烏帽子ヶ岳をゴールとしているようで、中央アルプスと南アルプスの展望台であるこの山が存外多くの登山者を迎えていることを知ることになりました。

烏帽子ヶ岳から下は展望がなく、樹林の中の下り道はいつ果てるともなく続きましたが、どうにか膝が悲鳴を上げる前に鳩打峠に下り立つことができました。その後、ここからはさほど遠くない清流苑で入浴してさっぱりし、新宿行きのバスの乗り場がある飯田市内まで車で送ってもらってトモコさんと別れました。トモコさん、お疲れさまでした。また来年もよろしくお願いします。

片桐松川本谷の遡行は1泊2日の沢旅としてはそれなりに充実して面白かったのですが、崩壊が進んでいるのと巻きが多いのと、さらに下山が長いのが難点で、残念ながら文句なしに遡行を推奨できる沢というところまではいきませんでした。中央アルプスの沢の白い岩と緑の水が好きで中御所谷太田切川本谷を遡行した後に「どこかいい沢はないかな」と探している向きに「こういうのも一応ありますけど」と控え目にお勧めしたい沢です。