剱岳小窓尾根
日程:2008/05/02-03
概要:馬場島から小窓尾根を登り、2121mピークでの幕営をはさんで三ノ窓まで。
山頂:---
同行:現場監督氏
山行寸描
沢登ラーひろた氏から「気を付けて行ってきてください」というメールが入ったのは、富山行きの夜行バスに乗る日の午後3時頃でした。ひろた氏の会社の山岳会の方が、翌日から私と現場監督氏とが登ろうとしている剱岳小窓尾根で滑落死しているのが見つかったという痛ましいニュースが書かれたそのメールを夜行バスの中で現場監督氏に見せると「H社のY氏?もしや常吉さんの山仲間の方では?」。その推測は不幸にも当たっていて、後日我々は常吉さんに悲しい報告をすることになりました。
2008/05/02
△07:20 馬場島 → △10:15-50 雷岩 → △12:45-13:00 1614mピーク → △15:25 2121mピーク
富山から地鉄上市までほとんど待ち時間もなく到着し、すぐにタクシーに乗って馬場島へ移動。冬は豪雪に埋もれるというこの道も、この季節はすっかり春の装いです。
馬場島から白萩川沿いの道を進み橋を渡って右岸に移ると10分余りで取水堰堤。前後には3組ほどのパーティーがいましたが、それぞれに徒渉ポイントを探したり右岸突破を試みたり。我々は少し下流の一部砂地になって流れの緩そうな場所を選び、徒渉準備にかかりました。私はこのときのためにとネオプレン地の沢ソックスを持参。一方の現場監督氏はおもむろにズボンを脱いでパンツ一丁という伝統的なスタイルでの徒渉ですが、雪解け水の冷たさは予想を超える厳しさでした。
取水堰堤から先のタカノスワリと呼ばれるゴルジュは右岸の高巻きを強いられることが多いそうですが、この日は微妙にスノーブリッジがつながっていて沢通しに進むことができました。やがて池ノ谷を右に分け、おおむね右岸の雪の斜面を進むとフィックスロープで下る岩場が出てきて、そのすぐ先の左岸に雷岩らしき大きなボルダー。その上から右手の小窓尾根の斜面を上までつないでいる土に汚れた雪渓があって、どうやらここが取付のようです。
雪渓登りなのか薮漕ぎなのか判然としない登りを土でドロドロになりながらこなしてなんとか尾根筋に到着したのが正午頃で、そこからひと登りで平らに開けた1614mピークに出ました。寝不足と重荷(22kgくらい)がこたえて、この時点で既に私はグロッキー。リュックサックに腰掛けフリースを頭からかぶってしばし意識を失っていましたが、ここからも池ノ谷上部から剱尾根までが眺められて気分は悪くありません。幕営するにはもちろんまだ早く、重い腰を上げ、現場監督氏の健脚(ほぼ同重量の荷を背負っているのに……)に引っ張られるように登高を続けました。
ようやく今日の宿り=2121mピークに到着。右手前方には小指を立てたような岩峰のニードルも見え、正面奥にはアルペンな景観も広がっていい感じのテントサイトです。起点の馬場島の標高が760mですからおよそ1360mの標高差をこなした計算で、ここまで来れば明日はゆとりをもって三ノ窓に到達できるはず。我々と前後しつつ進んでいた関西の3人パーティーもここで幕営するようで、それぞれに地所を決めてテントを設営しました。この後、一日の労働の疲労を回復するのに最も効果的だったのが現場監督氏のリュックサックから出てきたパック入り梅酒だったことは言うまでもありません。
この晩、現場監督氏は少々寒い思いをしたようですが、私は冬季シュラフを持参していて快適に眠れました。
2008/05/03
△06:30 2121mピーク → △11:25 ドーム → △11:40-45 ドーム〜マッチ箱ピーク間のコル → △14:55 マッチ箱ピーク → △15:20 2650mピーク → △17:10 三ノ窓
朝は外が明るくなってから起床し、棒ラーメンの朝食と朝のお勤めを気分良く済ませて、先行パーティーとほぼ同時にテントサイトを出発。いったん急坂を下ってから急雪壁の登り返しになりますが、気温が高く雪が非常に柔らかいので念のためロープを出してここを抜け、そのまま一部コンテ混じりで先に進みました。後から振り返れば適当なところでロープをしまった方がスピードアップになったのですが、何しろ初見のルートなので念には念を入れて。しかしそのせいで、ニードル手前の細い岩稜で後続のベテラン3人パーティーに追いつかれてしまいました。
ニードルの肩からは右下、ドームとのコルに向かって懸垂下降で下ることになります。ノーロープでスピーディーに進んで来ているベテラン3人パーティーに先を譲ると、彼らは懸垂支点を新しいロープで再整備して下って行きました。その手際の良さに感心しつつ、我々も安心感抜群の支点をありがたく使わせていただいて懸垂下降。
降り立ったコルから見上げるドームは雪がほとんど消えてしまっていますが、幸い左手に回り込む方向に雪がつながっており、そちらから急な登りをこなしてドームの上に達することができました。ドームの上からはとりわけ剱尾根の眺めが素晴らしく、これはいずれ登ってみたいものだと思いましたが、その前にまずは目の前の小窓尾根を片付けることが先決です。ドームの頂上からは稜線が緩やかに下っており、やがて前方に顕著な岩峰となってそびえているマッチ箱ピークとの間のコルに到達しました。
雪田状のこのコルからの登りはフィックスロープも張られたちょっとした岩場になっていますが、ここに限らずフィックスロープはほとんどが体重を預けられる代物ではなく、単にルートを外していないことを示す道しるべの役目しか果たしていません。そしてこの「ちょっとした岩場」が意外な曲者で、下からオブザベーションして行けると踏んで取り付いてみたものの、頼みにしていた大きなホールドが実は浮き石だったために私はセミになりかけてしまいました。うんうんうなっている私を見かねた現場監督氏が「上に回ってロープを垂らそうか?」と言ってくれましたが、かろうじて手の届くところにあったミミズのような細いハイマツの根を指でつまんで片足スクワットで立ち上がると、禁断の膝スメアでなんとかここを突破。今回の山行中、最も冷や汗をかいた場面となりました。
ところがこの間、現場監督氏はコルから池ノ谷側に雪渓を少し下ったところにピッケルが落ちているのを見つけ、収容しました。最初これは出発日にACMLに探索願いが流れていた落とし物のバイルかと思ったのですが、考えてみるとACMLで落としたと言っていたのは池ノ谷右俣の中央ルンゼ。してみるとこれは……と半信半疑ながら、現場監督氏はこのピッケルをリュックサックにつけて下界へ運ぶこととなりました。
セミになりかけた岩場を越え、ハイマツの中を右に回り込んで雪の斜面〜再びハイマツを斜上するときれいな雪の稜線に出て、そこから右手にマッチ箱ピークに至る水平の岩稜が目に入りました。この岩稜は左右がすっぱり切れ落ちており、途中にはIV級テイストのポイントもあったりして侮れません。
それでも2ピッチでここを抜けるといったん雪稜になり、マッチ箱ピーク手前の岩場を左側から雪の詰まった細いルンゼで抜けてしまえば、後は易しい雪壁の登りとなってマッチ箱ピークの右手に巻き上がりました。しかし登り着いた場所から見通す小窓ノ王はずいぶん遠く、しかもそこに至るアップダウンが気力を萎えさせます。やれやれ、小窓尾根は我々に対してあまりフレンドリーではないようだ……と落胆しましたが、実際には小さな岩稜を過ぎればそこから先は歩きやすい雪稜で、2650m峰を越えると左手から赤谷尾根方面からの踏み跡を合わせ、さらに2回の登りで小窓ノ王の基部に達しました。眼下に見える池ノ谷に向かって50mロープ2本をつないで懸垂下降し、わずかに登り返せばそこが岳人の楽園・三ノ窓でした。
体力的にきつい尾根登りでしたが、気分は爽快。明日はここをベースに軽装でチンネ左稜線を登る予定です。少々残っていた現場監督氏の梅酒で乾杯し、簡単に食事を済ませると、翌日の快適なクライミングを夢見ながら早々にシュラフにもぐり込みました。もっとも、隣のテントのフライシートが強風にばたばたとはためく音がうるさく、夜の間中まるで嵐の中にいるような錯覚にとらわれ通しではあったのですが……。
◎「剱岳チンネ左稜線」へ続く。