前穂高岳北尾根
日程:2002/07/30-31
概要:涸沢から前穂高岳北尾根五・六のコルに上がり、北尾根を登攀して前穂山頂へ。そのまま奥穂を越えて涸沢に戻り、横尾まで。翌日上高地へ下山。
山頂:前穂高岳 3090m / 奥穂高岳 3190m
同行:さかぼう氏
山行寸描
◎「北穂高岳東稜」からの続き。
2002/07/30
△04:00 涸沢 → △05:15-20 五・六のコル → △05:55 四・五のコル → △06:30-35 四峰 → △06:40-50 三・四のコル → △08:40 二峰 → △08:55-09:20 前穂高岳 → △11:20-25 奥穂高岳 → △12:05-20 穂高岳山荘 → △13:25-15:10 涸沢 → △17:05 横尾山荘
午前4時、さかぼう氏と共に出発。月の光でヘッドランプもいらないくらいの明るさの中、前日下見した通りに池の平の左から雪渓の左端を歩きます。道は比較的歩きやすく、高度を上げるにつれて夜明けも近づいていい雰囲気になってきました。時折後ろを振り返ってみましたが、同じコースを目指しているのは雪渓の中を登ってくる2人パーティー1組だけのようです。1時間余りで五・六のコルに到着するとちょうど涸沢カールを囲む奥穂〜北穂の岩壁が朝日に染まって美しく、反対側には奥又白池が顕著な尾根の上の奇跡のような位置に水面を輝かせています。
五・六のコルから右手に五峰がそびえており、一見すると稜線は狭く悪そうですが、踏み跡は尾根筋のすぐ右に比較的はっきりと伸びていました。それでもところどころに不安定な箇所もあってのっけから緊張しながら五峰の頂上に立つと、目の前に実に立派な岩峰が立っており、さかぼう氏と顔を見合わせました。「三峰……ですか?」「いや、四峰のはずだけど」。核心部の三峰と見まがうくらい、ここから見る四峰は立派な姿なのでした。
ちょっと悪いトラバースまじりで四・五のコルに着き、ここから四峰へはまず涸沢側をからむ踏み跡に入りました。しばらく進んだところで踏み跡は途切れ、そこから上へ稜線を目指すのですが、さかぼう氏は少し左へ戻り気味のラインをとってこれが正解だったらしいのに対し、私は真っすぐ上を目指したところ思いの外に岩が脆く、おまけに頭上を遮られそうになって冷や汗をかきました。
稜線通しをしばらく進むと岩にペンキ印があって、ここから奥又白側へトラバース。狭いバンド状をぐるりと回り込んだところから、今度は残置された黄色いスリングの垂れた岩峰へと右上して再び稜線に戻ります。この辺りは岩が堅くなってきて、快適に登ることができました。そのまま涸沢側に回り込んで進むと四峰の頭で、今度こそはっきりと、ガイドブックの写真で見慣れた三峰の姿を眼前に眺めることができました。
四峰の頭から三・四のコルへの下りはまったく問題なし。コルでいよいよ登攀装備を身につけ、9mmのシングルロープを結び合いました。10mほどコンテで登り、支点に確保をとって1ピッチ目のスタート。前日の打合せ通り、栄えある出だしのリードは私が担当します。頭上に張り出した巨岩の左に回り込み、凹角状になった岩にホールドを求めて身体を引き上げていくと、残置ピンが随所にあってランナーには事欠きません。とはいいながらもラインどりにちょっと悩ましいところがあり、だんだんロープの流れが悪くなって重くなってきました。なんとかテラスに到達して残置ピンにカラビナとスリングで支点を作りコール。さかぼう氏はこのピッチを問題なく登ってきて、続く2ピッチ目を私の左側から登っていきます。
ところが、しばらくするとさかぼう氏が引いていったロープは全く進まなくなってしまいました。いったいどうしたことか?と訝しみながら声を掛けてみましたが、コールが届いていないか、またはこちらに返事が聞こえてこない様子。しかも、実はさかぼう氏が登ったラインよりもずっと右側から登る方が容易だったらしく、後続してきた2人パーティー(ガイドの男性とゲストの女性の組み合わせ)のトップにここで抜かれてしまいました。やきもきしているうちにようやくロープが進む気配があり、ややあってコールが聞こえてきたので、やれうれしやと出だしの岩を乗り越し狭いチムニー状を抜けてみると、ちょうど我々を抜かしたパーティーのセカンドが目の前のチョックストンのあるチムニーに入っていくところです。さかぼう氏が引いているロープもその中に伸びていたので、後ろで待機して女性に先行してもらったところ、女性はガイド氏が設置した残置スリングをつかんでチョックストンを越えて行ったので「A0にするのか……」と思いながら私も後に続きましたが、途端に上からその女性の声で「ラクー!」のコール。あわててチョックストンにへばりつきました。気を取り直して取り付いてみると確かにこのチョックストン越えは難しく、さかぼう氏のロープの動きが止まったのも納得です。手はしっかりしたホールドがあるのに足を上げる場所がなく、結局強引に腕で身体を引き上げ、膝スメアリングで乗り込んでここを解決しました。
上で確保してくれていたさかぼう氏とコールを再確認し「大声大会で『ばかやろー!』って叫ぶくらいのつもりでコールしよう」と話すと、そこで待機していた女性クライマーが「本当に『ばかやろー!』って叫んでも聞こえなかったりして」とナイスな突っ込みを入れてくれました。
3ピッチ目はディエードル状の短いピッチで堅い岩にしっかりしたホールドがあり気持ち良く登れ、その上の安定した場所で小休止として水を飲んでから、しばらくはコンテで進んだところに再びディエードル状の岩が出てきました。ここは確保なしで私が先行し、途中の支点で短く切ってさかぼう氏を迎えましたが、問題はその上です。どうやら頭上に三峰の頭が見えているようですが、そこまで直登するとなるとけっこうかぶり気味で手ごたえがありそう。頭の右側に巻いて行けそうにも思えるのでその旨をさかぼう氏に告げて先行してもらったところ、さかぼう氏はしばらく直上してから右にトラバースし、ランナーもとらずにいったん下り気味に進んでから斜上していく様子。思いっきりランナウト状態で、そんなに簡単なラインなのか?と思いながら後続してみると、トラバースから1段下るところの足場は空中に突き出した岩でいかにも崩れそうな風情です。その先の斜上ラインも岩の状態が悪く、こちらは確保されているにもかかわらず青くなり、上で待っているさかぼう氏のところに着いたときには思わず「さかぼうさん、よくこんなところ行きましたね!」と言ってしまいました(右巻きを告げたのは自分なのに)。
抜けたところは三峰の頭のわずかに先で、ここから二峰へは目の前の岩稜をコンテで登ります。奥又白側を回り込んだところから前方を見ると目の前に前穂高岳の山頂が見えていて、頂上の登山者たちがこちらを指差している様子。そのまま二峰の稜線の突端に出て、切り立った岩壁を先にさかぼうさん、次いで私の順にコルへとクライムダウンしました。
後は目の前の斜面を適当に登るだけで、山頂への最後の一歩はさかぼう氏と肩を組んで同時に踏み、これでめでたく登攀終了です。山頂標識の前でさかぼう氏とがっちり握手し、居合わせた登山者に記念写真を撮ってもらいました。ここまで終始好天に恵まれ、渋滞に巻き込まれることもなく、おかげでとても快適なクライミングができました。
前穂高岳の山頂でギアを外し、紀美子平を目指して下りましたが、適当に下れるところを下っているうちに紀美子平よりも奥穂高岳寄りの地点に下り着いてしまいました。そのまま吊尾根を進みましたが、この奥穂高岳までの登りはけっこうこたえました。昨日までは10時になると岳沢側からガスが登っていたのに、今日に限ってガスが上がるのが遅く、おかげでかんかん照りの中を奥穂高岳まで登り返さなければなりませんでした。最後はへろへろになって、やっとガスに覆われ始めた奥穂高岳に到着し、修学旅行らしい高校生(?)の群れと相前後しながら穂高岳山荘に下って、とりあえずコーラで乾杯。最初はここでカレーでも食べようかと言っていたのですが、ここまで来ると急に涸沢ヒュッテの生ビールが恋しくなり、とっととザイテングラートへの道を下りました。
ザイテングラートを飛ぶように下って帰幕したらただちに涸沢ヒュッテの売店に行って、生ビールで乾杯!あぁ、至福……。おでんをビールのアテ兼昼食にして腹を満たしてから、今後のことを話し合いました。さかぼう氏は、翌日北穂高岳東稜を登ってその日のうちにお子さんの待つ自宅へ帰るそうですが、私はこの時間なら横尾まで下って風呂に入りたいので、さかぼう氏に北穂高岳東稜の最新情報を伝授してから、テントを畳んで横尾山荘を目指すことにしました。
パッキングを済ませてさかぼう氏と別れたのは15時すぎ。そこから2時間ほどで横尾山荘に到着し、宿泊の手続を済ませたらさっそく風呂に飛び込んで熱い湯につかって身体中の筋肉をほぐし、すっかりリラックスできました。横尾山荘は部屋は清潔で食事もおいしく文句なしに快適な宿でしたが、唯一の難点は同室の宿泊客のいびきです。こうしてちゃんとした山小屋に相部屋で泊まるのは久しぶりだったので他人のいびきや寝言が気になって寝付かれず、真剣に「濡れた和紙」が欲しくなりました。
2002/07/31
△05:15 横尾山荘 → △07:20 上高地
朝、横尾から眺める前穂高岳は北尾根のぎざぎざのスカイラインとその前面に見事な岩壁を朝日に輝かせて、雲一つない青空の下にそびえ立っています。
その特徴的な姿は角度を変えながらも徳沢あたりまで見ることができて、見上げる自分の頬が自然に緩んでくるのを抑えることができませんでした。