塾長の山行記録
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塾長の山行記録

蔵王連峰縦走

日程:1996/08/17-18

概要:笹谷峠から縦走路を南下。刈田岳避難小屋に1泊してさらに南下し、硯石へ下山。

山頂:雁戸山 1,485m / 熊野岳 1,841m / 不忘山 1,705m

同行:F女史

山行寸描

▲早朝の刈田岳からの熊野岳とお釜。この辺りは観光地化しているが、その北にも南にも、静かな縦走路が伸びている。(1996/08/18撮影)
▲南側から見る刈田岳。ゆったりと広がる山肌に刻み込まれた道路が痛々しい。(1996/08/18撮影)

1996/08/17

△07:00 笹谷峠 → △09:30-40 雁戸山 → △10:50-11:50 八方平避難小屋 → △13:50-14:05 名号峰 → △15:45-55 熊野岳 → △16:40 刈田岳

前日のうちに山形市内に入りホテルに1泊。翌朝タクシーで山形と宮城の県境の笹谷峠へ。

靴の紐をしっかり締めてから登山道に入れば緩やかな登りが続き、蟻の戸渡手前では南側遠くに谷を隔てて今日の目的地である熊野岳の大きな図体を眺めました。

雁戸山からは山形市内方面が眺められましたが、このとき熊野岳は雲に隠れていました。さらに1時間ほど歩いたところに建っている八方平避難小屋はがっしりとして非常にきれいな小屋で、備え付けの登山日誌を見ると小屋のきれいさへの感激と感謝の言葉ばかりでした。ここで昼食休憩にしましたが、小屋に入って間もなく大粒の雨が降りだしました。仕方なくそのまま1時間ほどもぐずぐずしているうちに雨脚が弱まったので、覚悟を決めて先を急ぐことにしました。

木漏れ日が美しいブナの尾根を歩いて眺めがよくコケモモやコマクサが可愛い砂礫の頂上を持つ名号峰に到着し、さらにひとしきり頑張って最高峰の熊野岳に登り着きました。ガスに覆われた山頂で神社に拍手を打ち、記念写真を撮ってから刈田岳を目指す途上、緩やかな台地状の山頂部の東側に有名な御釜を見下ろすことになりましたが、その姿は聞きしにまさる奇観で、緑色の火口湖がはるか下から我々を見上げているようでした。

観光客に混じって刈田岳山頂に到着し、そこからわずかに下ったところに今宵の宿となるコンクリート造りの避難小屋がありました。外観はぼろいものの中は清潔で、ローソクの火を明かりとして夕食とし、19時には就寝しました。

1996/08/18

△06:00 刈田岳 → △07:35-55 杉ヶ峰 → △09:00 屏風岳 → △09:40-50 南屏風岳 → △10:30-50 不忘山 → △13:20 硯石 → △13:50 南蔵王ユースホステル前

4時半頃、人が小屋の中を覗き込む気配で目が覚めました。御来光を見にきて避難小屋に興味を持ったものの、まさか本当に泊まっている者がいるとは思わなかったようですが、これをしおにこちらも靴をつっかけて外に出ると、日の出を待つ観光客が既に30人程も山頂で佇んでいました。

待つことしばし、4時55分にゆっくりと太陽が上ってきました。どうやら今日は快晴らしいと喜びながら小屋に戻り、朝食をとって6時に出発しました。

観光道路を渡ってだらだらと登ると最初の山頂が杉ヶ峰。振り返ると刈田岳の山腹に道路がつけた傷跡が痛々しい姿です。展望は左へ順に、月山・朝日連峰・飯豊連峰・吾妻連峰。山形は本当に名山に囲まれた土地だと実感しましたが、自分が立っているここは既に宮城県です。

緩やかな稜線を辿りながら縦走を続け、ハクサンフウロやトラノオの豊富な鞍部を経て最後のピークである不忘山に到着。ここでグレープフルーツを分け合い、名残を惜しんでから急坂を下りました。

源頼義がここで墨を摺ったという硯石を見学してから、舗装された車道をとぼとぼ歩いて南蔵王ユースホステル前へ。40分の待ち時間でバスに乗り、白石蔵王から新幹線で帰京しました。

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