赤岩尾根

Rec. 1004

日程:2026/05/07

概要:日窒鉱山の集合社宅跡地から赤岩峠に上がり、赤岩岳に登ってから赤岩尾根を縦走して八丁峠に達し、起点へ戻る。

◎PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

◎GPSログのダウンロードは「ヤマレコ」から(要ログイン)。

山頂:赤岩岳 1550m

同行:アユミさん

山行寸描

▲赤岩岳山頂近くからの展望(左奥に八ヶ岳、右下に大ナゲシ)。紅葉の季節になったら大ナゲシの方も登ってみたい。(2026/05/07撮影)
▲1583峰の顕著なリッジ。遠目には傾斜がきつく見えるが、実際は易しい。(2026/05/07撮影)

岩友アユミさんとの3カ月ぶりの山行は、両神山の北に伸びる八丁尾根の先にさらに西に伸びている赤岩尾根を、西の赤岩峠から東の八丁峠まで。お互いに前から気になっていたこのコースを、巻いて登ることもできる赤岩岳と1583峰を直登することにより登攀的要素をプラスして歩きました。

2026/05/07

△08:30 赤岩橋 → △09:45-10:00 赤岩峠 → △12:25-35 赤岩岳 → △14:20 1583峰 → △14:10-15 P1 → △16:40 八丁峠 → △17:15 上落合橋 → △17:45 赤岩橋

瑞牆山登山と「NEXT MOUNTAIN」訪問を終えて昨夜韮崎から自宅に戻ってから、最低限の後片付けをしてただちに就寝。明けてこの日は始発電車で和光市に向かう算段でしたが、ちょっとした勘違いがあってアユミさんを和光市駅前で20分も待たせてしまいました。スミマセン。

登山の起点となる赤岩橋のあたり(中津川上流の小倉沢流域)には戦国時代から鉱山として金を採掘した歴史があり、昭和になって日窒鉱業(開発)株式会社が事業主体となってからは亜鉛、磁鉄鉱といった金属を1978年まで、そして大理石(結晶質石灰岩)を2022年まで採掘していたそうです。そのため最盛期には鉱夫とその家族を含めて2,500人もの人がここに暮らし、病院・学校・共同浴場・講堂などを持つ大集落を形成していたそうですが、今では廃墟マニアが訪れるだけの寂れた集落跡になっています。私もそうした産業遺跡には興味がある方ですが、今回の訪問の目的はあくまで登山。立派な建物の数々を横目で見ながら登山口へと急ぎました。

登山口からしばらくは暗い植林地の中を登りますが、標高1190mで尾根上に乗ると広葉樹が主体の明るい道になって、気持ちも晴れ晴れとしてきます。

1時間あまりで赤岩峠に到着。峠に近づく頃からクライミング中のコールらしい声が聞こえており、我々も峠でギアを装着したら、その後を追うように正面壁に向かいます。おっと、その前に登る順番を決めなければ!ということでジャンケンした結果、勝ったアユミさんが奇数ピッチ、私が偶数ピッチの担当となりました。しかる後に正面壁に向かっていって、壁にぶつかる手前で左へ踏み跡を5mほどトラバースしたところの左上に被り気味の凹角があり、これがおそらく一般的な1ピッチ目の出だしです。ここで「一般的な」と書いたのは、このルートには明確なラインが設定されているわけではなく、登れるところを登るというスタンスでかまわないからです。ともあれその凹角の下でロープを結びシューズを履き替えて、クライムオン。

◎赤岩岳正面壁の登攀中の写真は〔こちら〕にまとめてあります。

1ピッチ目(30m / IV-):アユミさんのリード。出だしのかぶった部分(上の写真)はバランスがとりにくく、ホールドとなりそうな岩も完全に信用することができないので不自由な身体の動きで凹角上の木に手を届かせる必要がありましたが、アユミさんは巧みなムーブでここをこなすと、凹角の上からフェース〜リッジを右上していき、立ち木を使ってピッチを切りました。

2ピッチ目(45m / III):私のリード。アユミさんがピッチを切ったところから頭上に赤っぽい岩壁があり、おそらくそこが登路だろうと思うもののしばらく確信が持てずにいましたが、意を決して目の前の壁(上の写真)を直登。凹角を塞ぐように立っている木をつかんでその左の狭い隙間に身体をねじこんで登るとチョックストーンがありましたが、これは左側から簡単に巻き上がれます。チョックストーンの上に立ったら右のリッジに乗り移り、これをロープいっぱい近くまで伸ばしたところで立ち木でセルフビレイをとりました。そして、アユミさんを迎えてから10mほど歩きで進み、前方の岩壁の前であらためて支点を作りロープを捌きました。

3ピッチ目(40m / III+):アユミさんのリード。出だしは10mほどのスラブになっており、その左寄りから豊富なフットホールドを生かしてこれを抜けたら右壁を直上。さらにそこから外傾したバンド状(上の写真)を辿ってカンテの右側に回り込んだら、カンテを登ってまたまた立ち木でビレイ。なぜかこのピッチではスラブに一つ、右上後の壁に二つ、さらに回り込んだ後のカンテにも一つの残置ピンが見られました。なお、外傾バンドは露出感があって緊張しそうですが、出だしで一歩上がると手がガバに届き、安心して登ることができます。

3ピッチ目の終了点から私がロープを引いて少し上がると赤い境界見出標が立つ小広場に出たので、そこでロープを解き、シューズも履き替えることにしました。さらにそこから稜線通しに踏み跡を辿ってわずかの登りで、赤岩岳の山頂に到着しました。まずは1ラウンド目の終了です。

ピンクのツツジや黄色いキジムシロの花に癒されながら稜線上を進んでいくと、1583峰の手前の岩峰にぶつかります。ここは直登もできそうだな、と思いながら見回すと、左にフィックスロープが付けられた道が続いていました。

しかし、これはなかなか際どい。フィックスロープが新品ならそこまで緊張しないのですが、ちょっと体重を預けたくない感じの古びた様相です。直登か?左か?とここでも少々悩みましたが、アプローチシューズのまま直登できるという確信が持てなかったので、左巻きを選択しました。

とは言うもののトラバースした先のこの壁は普通に難しく、フィックスロープに触らずに登るためにはちょっとした思い切りが必要でした(アユミさんはロープにがんがん体重をかけていましたが)。結局、ここで緊張するくらいなら最初から直登ラインを狙った方が良かっただろうと言うのが、巻き終わっての結論です。

その後も岩稜の側面を辿ったり凹角を登ったりといったアルペン風の道を進み、やがて前方に目指す1583峰が見えてきました。

こちらから見る1583峰は斜めに切れ落ちるリッジを手前に置いてぐっと立ち上がった姿をしており、なかなか立派です。

その手前にはちょっと高さのあるギャップがあり、ここでかねて用意の20m補助ロープを取り出して懸垂下降しましたが、降りてから振り返ってみるとクライムダウンも可能だった様子。しかしこの補助ロープは、後で小さいルートミスから回帰するときにも使用したので、持参した甲斐はありました。

◎1583峰の登攀中の写真は〔こちら〕にまとめてあります。

リッジ(45m / III):私のリード。リッジの手前に突き出た岩の前でロープを結び、まずこの突き出た岩を左から巻いて前方に進むと、一段上がって右の岩棚に乗り移り、そのままリッジの右側へ回り込みます。残置ピンはないのでそこまでのピナクルや細い立ち木にランナーをとることになりますが、ホールドがしっかりしているのでランナウトしても怖さは感じません。そしてリッジの右側からリッジ上に登るフェースは細かい階段状になっていますが、ここだけはやや脆いところがあったために慎重に確かめながらホールドを使用する必要がありました。しかしリッジ上に乗ってしまえば、そこから先は遠目に見た印象とは裏腹に傾斜の緩い登路が一直線に続いており、快適に登ることができました。

リッジを登り切った先の安定した小平地でセカンドを迎え、これでクライミングシューズは御役御免です。足に優しいアプローチシューズに履き替えて歩いた先が1583峰のてっぺんですが、そこにはその場所を示す標識の類は何もありませんでした。

1583峰まで登ってしまえば、あとは簡単な稜線漫歩だろうと我々は思っていたのですが、赤岩尾根はそんなに甘いところではありませんでした。『山と高原地図』で波線ルートとされているくらいなのでそれなりに踏み跡があり、わかりにくいところにはピンクテープも付けられているのですが、それにしても無限に繰り返されるアップダウンや少々際どいトラバースが心を削ってきて、二人とも徐々にこの尾根に対するボヤキが口を突いて出るようになっていきました。

ちょっとしたギャップやらクライマー心をそそる岩場なども尾根上に現れて飽きさせないのですが、我々にしてみれば「そういうアトラクションはもういいからまっすぐ歩かせてくれ」と言うのが正直なところです。

そうしたアトラクションの極め付けは、P3の手前にあるチムニーです。メタボチェッカーになりそうなこのチムニーはリュックサックを背負ったままでは窮屈なので、一人が空身で登って補助ロープかスリングを使って荷上げを行い、残りの者も空身になるのが吉です。

やれやれ、やっとP3に着きました。しかし我々には、数日前にここを縦走したもののP2を認識できず「#P2どこよー」と涙目のタグをFacebookに記した我々の共通の友人フジミさんのために、P2を見つけるというミッションが与えられています。

その本当に見つけたかったP2の標識が掛けられていたとおぼしきワイヤーを発見したのは、先を歩いていたアユミさんでした。なるほど、これでは見逃すのも無理はありません。フジミさん、仇はとりましたよ(たぶん)。

ミッションは無事に果たしたものの、P1どこよー。地形図で見る等高線からは読み取れないくらいに思い切り下って登り返さなければ、あのピークに着かないのでは?

その読み通り、ぐっと下ってぐいと登り返す道が我々のボヤキを怨嗟の声にまで高めてくれました。この道の途中には顕著な垂壁があって、そこでトップロープを張ってクライミングをしている動画も目にしていたのですが、もはやそんなモチベーションは皆無です。ただしこうしたネガティブ思考の背景には、実は二人とも持参した飲料が足りず、この時点で底を突きかけていたという事情も反映していたかもしれません。

それでも、こんな具合に眺めの良いところがたまにあるのが救いです。眼下には集落っぽいものが見えていますが、あれは廃墟となった日窒鉱山の建物群に違いありません。

最後はゴジラの背のような岩のリッジを登り、さらに少々の歩きで待望のP1に到着しました。

ここで残された飲料を飲み干し、アユミさんが持ってきたドライ梅干しを分けてもらって最後の小休止。あとは下るだけ……だったらいいのですが、地形図を見ると八丁峠の手前にはもう一度だけアップダウンが待っています。

P1からの急な下りの途中には、ずいぶんと年季の入った道標が立っていました。木の道標は「←至ル八丁峠.山子▪️」の文字が読めましたが、鉄の道標は錆びてしまって字が読めません。しかし、その形を見るとここ(八丁隧道の真上あたり)が分岐になっていたことを示しているようです。

さらに進んで30mほど登り返したところには祠があり、その中には石祠が二基納められていました。ここまでの道中でさんざんボヤいたり悪態をついたりしていたことは隠して、無事に山行を終えられそうであることの御礼を神様に申し上げましたが、それにしても先ほどの道標といい、この祠といい、現在の道の付き方からすると不思議に思える場所にこれらが存在することの歴史的背景を知りたくなってきます。

やっと八丁峠に到着。これでもう登りはないと思うとうれしさが込み上げてきます。振り返れば、初めてここに立ったのは1989年、次に来たのは2017年で、これが3回目の八丁峠です。ちなみに、かつて日窒鉱山から採掘された鉱石は中津川沿いを下るのではなくここを索道で北に越え、大きく迂回して三峰口まで運ばれて列車に積み込まれていたということです。

八丁峠からは、広葉樹の中のふかふかの斜面、植林の中の明瞭な道、川沿いの道に周囲が開けた車道とさまざまな種類の道を歩き継ぎます。そしてそのどれもが歩きやすく、最後にご褒美をもらったような気分です。

再びの廃墟(朽ちた建物や見事な石組みたち)が現れたら、すぐそこがゴール。お疲れさまでした。

後半は尾根歩きの長さに辟易してしまいましたが、赤岩岳正面壁も1583峰も、ライトアルパインとして楽しいところでした。特に後者は、見栄えの良さとすっきりした登攀内容が相俟ってすこぶる快適。赤岩峠でのジャンケンに負けたことで気軽で楽しいピッチを引き当てられて、ラッキーでした。

最後に装備に関して付言しておくと、文中にも記したように赤岩岳正面壁の(我々のカウントで言えば)3ピッチ目では残置ピンにアルパインヌンチャクが使えるものの、それ以外のピッチではもっぱら灌木やピナクルにスリングを巻いてランナーとすることになるので、長めのスリングとカラビナのセットを多めに持つことが肝要です。また、我々はリンクカム一式を持参したのですが、使おうと思えば使える箇所もあるものの必然性までは感じられませんでしたし、むしろ岩の隙間や灌木の中を通過する際に引っかかる場面が多かったので、カムは不要と言い切ってもよさそうです。