高尾山(北面の道)

No. 990

日程:2026/02/27

概要:高尾駅から金比羅神社を経て金比羅台に上がり、2号路から蛇滝道を下っていったん車道に出た後、日影沢西側の尾根道を上がって小仏城山への車道に出たらこれを下り、下の二俣からいろはの森コースを登り返して1号路に出て高尾山に登頂。下山は4号路・2号路北区間をつないで1号路から高橋家へ。

◎PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

◎GPSログのダウンロードは「ヤマレコ」から(要ログイン)。

山頂:高尾山 599m

同行:---

山行寸描

▲〔動画〕浅川金刀比羅大権現。地図での小さな扱いとは異なり実物は立派。(2026/02/27撮影)
▲蛇滝。いずれ滝行を申し込んでみようか……。(2026/02/27撮影)

今月4回目の高尾山。どれだけ高尾山が好きなんだ?と思われそうですが、先日の奥武蔵トレランで「春の訪れ」を感じたので、花粉シーズン本格到来前の駆込み登山というわけです。ただしいつもの登路では面白くないので、これまで歩いたことがない高尾山北面の登路をいくつか組み合わせてのトレーニング山行にしました。もっとも、トレーニングとは言っても数日前に走ったばかりなので、スピードにはこだわらずに途中の寺社や梅林に丹念に挨拶をして回りながら、累積標高差を稼ぐことに重きを置いて歩きました。

2026/02/27

△09:30 高尾駅 → △11:25 蛇滝 → △14:30 高尾山 → △15:25 高橋家

最初に歩く「歩いたことがない登路」は金比羅台園地に東側から上がる道で、起点になるのは高尾駅南口です。その道の入り口までは下道を通って行くこともできますが、その手前にある金比羅山(P256)を経由する方がもちろん楽しいに決まっています。

京王線高尾駅のホームから高尾山口方面に見えるこんもりした丘がその金比羅山で、京王線はトンネルでこの山の下を抜けているのですが、恥ずかしながらこの高尾駅と高尾山口駅の間が単線区間になっていることをこのとき初めて知りました。ともあれ改札口を出て、駅の南の車道を東に向かい、突き当たったら左に曲がるとすぐに金比羅山の裾に到着です。

それらしい標識はないのですが、地形から見れば明らかにここが登り口。斜度の強い尾根筋に明瞭な踏み跡が続いていて、途中には石祠も立っていました。

途中に鞍部をはさんで登り着いた金比羅山の山頂には、地図に書かれているとおり浅川金刀比羅宮が建っています。「浅川金刀比羅大権現の由来」にはこの神社が江戸時代に創建されたものだという簡素な解説が書かれていました。そこには書かれていませんでしたが、後で調べたところではこの山は北条氏の砦が築かれたところとのことです。

狭い山頂ながらもこの境内に、拝殿に加えて摂社もあってなかなかの充実ぶり。拝殿の扉に貼られた案内を読むと毎月10日の月例祭ほか各種イベントが運営されているようで、地元の人々が活発にこの神社を盛り立てている様子がわかります。そしてこの神社は、参拝すると強運に恵まれると言われているそう。これはぜひともあやかりたいものです。

登ってきた方角とは反対の方向が表参道で、こちらにはちゃんとした石段があり、鳥居をくぐって神域から出てしばらく進むと左手の市街地から上がってくる道が設けられていました。本来であればこちらから上がって参拝し、同じ道を戻るべきだったのでしょうが、今日は山登りの一貫での訪問なので、市街地には降りずにそのまま尾根筋を辿ります。

この分岐点をまっすぐ進めば四辻、その先は草戸山になり、そちらを目指すトレランの男女が私を抜かしていきましたが、こちらは高尾山に向かうために右に下ります。

ジグザグの道を下ると京王線の線路脇を歩くようになり、線路をくぐる道の東側に御室社・山王社が現れます。もちろんこちらにも参拝して、今日一日の安全を祈願しました。

線路の下をくぐってわずかの車道歩きで出てくる石碑には「是ヨリ右 金ぴら宮高尾山ちか道入口」と彫られています。「ちか道」というのは、八王子側から来たときに現在の高尾山口まで行かなくてもここから薬王院に上がれるということのようで、その証拠にこの石碑の左面には「是ヨリ本堂迠 本道四十四町 ちか道三十四町」とありました。

この「ちか道」を緩やかに登っていくと、白梅が見事に咲き誇っている場所に出ました。その下で庭仕事をしていた方に話を伺うと、特に手入れもしていないがちょうど見頃を迎えたところだというお話。その梅の並びに古民家風の家があって、これも後で調べてみたところ「ろくざん亭」という料亭だったようです。この「ろくざん亭」は昨年3月31日に閉店したそうですが、張り紙に「ろくざん茶屋オープンに向けて改装中」とあり、インスタのアカウントもすぐに見つかりました。オープンしたら訪れてみたいものです。

「ろくざん亭」のすぐ先から山道に入り、金比羅台を目指します。道はよく整備され、斜度も適当で歩きやすく、20分弱の登りで金比羅台に到着しました。すると……。

そこには10人ほどのちびっこたちがいて、引率のお姉さん二人と共に休憩中。許可を得て後ろ姿を撮らせてもらいました。それにしてもこの子たち、ここまで上がってくるとはたいした健脚です。

金比羅台から霞台まで1号路を歩き、2号路北区間に入って少し歩いたところに蛇滝じゃたきへの降り口があります。二つ目の「歩いたことがない登路」は、この蛇滝道です。

2日前の雨のせいで湿って滑りやすくはあるものの、それなりに整備された道を下って降り着いた蛇滝には、山の南側の琵琶滝と同じく小さい社殿と水行のための施設があって、ここに詰めている人の声も聞こえました。ただし、蛇滝自体は行を行う者しか近づけないようになっており、一般登山者がその姿を見ることはできません。去年の夏は御岳山で滝行を行いましたが、今年はこちらでやってみようかな。

沢沿いのひんやりした道を下っていくと、次に現れたのは千代田稲荷でした。立派な石鳥居に掲げられた「千代田稲荷大神略縁起」によれば、この稲荷大神は太田道灌が江戸城築城時に城内に勧請し、徳川家康が紅葉山に祀った後、明治維新の際に場外に移されて後年、この地に落ち着いたのだそう。

こちらも地図上の表記とは裏腹にしっかりした参道が山の中腹へ続き、そこに設けられた境内の奥に稲荷社があるほか、その左には不動明王像も祀られていました。高尾山と言うと薬王院の賑わいばかりが思い起こされますが、ここまでの神域それぞれのひっそりと厳かな様子もまた好ましいものです。

蛇滝橋を渡ったところには小仏川沿いに自然公園があり、こちらでも梅が見頃を迎えていて、梅見の人たちが散策していました。

白梅と紅梅がいずれも見事。花ぞ昔の香に匂ひける(紀貫之)と詠まれた「花」は梅のことですが、あいにく香りを感じ取ることはできませんでした。

西へ向かうこの道のどんづまりには小仏峠があって、明治21年に大垂水峠越えの道に付け替えられるまではこちらが甲州街道でした。今日はその途中で南に向かう日影沢沿いの林道に入りますが、このあたりで逆に北から小仏川に合流する支流が昨年遡行した小下沢という位置関係になります。

日影林道を歩くこと数分、「山と高原地図」に電柱「中継支6」と「5」の間の広場から対岸に渡るとある指定に従って日影沢を渡り、対岸の点線道に入りました。これが「歩いたことがない登路」の三つ目です。

道は植林地の中を通ったり落葉樹と笹の間を抜けたりしながら高さを上げていき、高尾山の標高より高い日影乗鞍(P621)を越えて左下に日影林道が見えるようになってからもさらに尾根上を登り詰めていきます。どうせこの林道を下ることになるので途中でショートカットしてもよさそうでしたが、この道を歩いたと言うためにはきちんと最後まで登りきらなければなるまいと、我慢の登りを続けました。

やっと日影林道に合流できたのは標高640m地点で、ここから小仏城山の山頂までの標高差は30mに過ぎませんが、今回の山行ではもう一つの「歩いたことがない登路」の登り口(標高270m)に向けて、この林道を標高差370mも下らなければなりません。やれやれ。

ところで『山と高原地図』では上述の標高270m=いろはの森まで下らなければ高尾山へ登り返す道は出てこないのですが、国土地理院の地形図を見るとそこまで下る途中の2カ所から高尾山方向へ登る道が表示されており、そのうちの一つは「Compass」において登山道として認識されています。それらを意識しながら林道を下っていくと、案内標識こそないもののそれぞれの登り口は明瞭で、しかも登山者の立入りを禁止する表示はありませんでしたから、登山道として使えないわけではなさそうです。いずれこれらの道の出口(山上側)の方を偵察してみて、そちらからも通行に支障がないことが確認できたらこれらの道を歩いてみようと思いつつ、ここはスルーしてさらに下り続けました。

いろはの森周辺は季節柄寒々しい雰囲気でしたが、初夏から秋にかけてであれば気持ちの良さそうなキャンプ場(日影沢キャンプ場)が設けられていました。公共交通機関で来ても徒歩わずかで到達できるこの場所に拠点を置いて、高尾山〜小仏城山を周回するのも楽しそうです。

最後の「歩いたことがない登路」は、この二俣から高尾山へ向かう道=いろはの森コースです。この時点で13時50分、少し時間が押してきました。がんばろう、自分。

この登山道はこれまたよく整備されており、そのところどころに樹木の名前を示す樹名板と、それにまつわる万葉秀歌の立札がありました。たとえば「ゆずりは」であればいにしへに恋ふる鳥かも弓絃葉の 御井の上より鳴きわたり行く(弓削皇子)。そしてこのいろはの森には「ゆずりは」の「ゆ」のようにいろは48文字を頭文字とする樹木に樹名板が設けられているそうです。

途中で緩むことなく登り続けて30分ほどで4号路に接続しましたが、ここから山腹をトラバースする4号路には入らず、そのまま尾根を詰める道を辿って1号路に合流して、これで今回の「歩いたことがない登路」シリーズは終了です。

平日であることに加えて曇り空ということもあって、山頂はがら空き。展望台から富士山方向を見てももちろん雲の中ですが、それにしては空気が澄んでいて向こうに見える丹沢山塊の陰翳がくっきりしており、高尾山らしからぬ(?)深みのある山岳展望を味わうことができました。

あとはどの道を使って下山してもいい(ただし3号路は伐採作業のため通行止め中)のですが、せっかくなので「北面尽くし」とするべく4号路と2号路北区間をつないで歩くことにしました。

2号路の途中で3時間45分ぶりに蛇滝道への降り口を眺め、そのまま2号路を進んで1号路に戻ったら、朝方登ってきた道を逆方向に金比羅台へと下ります。

金比羅台は閑散としていましたが、一段下って「ちか道」を左に分け高尾山口方面へ下りかけたとき見慣れない鳥を2羽見かけました。尾羽が短く小ぶりではあるものの、その色合いからしてこれはヤマドリかと思います。もしや朝方に金比羅台で見かけた健脚のちびっこたちは、このたぶんヤマドリが化けたものだったとか?


この冬は故障のために氷瀑も岩雪稜も登れず、ようやく身体を動かせるようになった今月から手近な高尾山に通っているのですが、しかし自分としては、アルパインに行けないから「仕方なく」高尾山に登っているという感覚ではありません。もちろん体調万全ならアルパインに積極的に時間を使い、そのことの必然として低山歩きの回数が減っていたでしょうが、高尾山には高尾山の魅力があるのであって、アルパインとの間に優劣があるわけではないということは、ここで確認しておきたいと思います。

そんな高尾山の魅力の一つである「高橋家」でひとり打上げをして、満ち足りた気分で帰路についたのですが、帰りの電車から帰宅して今に至るまで目の痒みを感じているのは、もしや蕎麦アレルギーでしょうか(違)。