小川山涸沢岩峰群トラバース

日程:2025/09/22

概要:小川山の涸沢岩峰群を、花豆スラブを起点に岩壁・岩峰をつないで1峰まで縦走する「涸沢岩峰群トラバース」を登る。

◎PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

山頂:---

同行:セキネくん

山行寸描

▲涸沢4峰から見た涸沢3峰。この日は我々の後に目視できただけでも2パーティーが後続していた。(2025/09/22撮影)

◎下記『小川山クライミングガイド』はこのルートを「涸沢岩峰トラバース」と紹介していますが、開拓者の一人である佐藤勇介ガイドのサイトでは「涸沢岩峰トラバース」と記されているため、本稿では後者の表記を採用しました。

整体リハビリ通いと自宅でのストレッチを真面目に続けていても一向に治らない首肩背痛(病名としては「頸肩腕症候群」)のために9月に入ってからジムにも行けていない状態ですが、あまりにも岩に触っていないのでどこか易しいマルチピッチで癒されようと出かけた先は、小川山の「涸沢岩峰群トラバース」。8月に登った「屋根岩トラバース」の兄弟ルートで、付き合ってくれた相方もそのときと同じセキネくんです。

このルートは「屋根岩トラバース」に先んじて2020年に開拓された岩稜縦走コースで、『小川山クライミングガイド』の「中」に詳細な解説が載っています。今回はセキネくんが大枚はたいて買ったそのトポを写真に撮ってスマホに入れてくれており、これを随時参照しながら登りました。もっとも、それでも途中で道筋を見失って右往左往することにはなったのですが……(←どこかで聞いたことがあるようなセリフ)。

2025/09/22

△07:55 廻り目平 → △08:35 花豆スラブ → △10:50-11:10 涸沢4峰 → △13:20 涸沢3峰 → △13:45-50 涸沢1峰 → △15:05 廻り目平

前回とほぼ同じ時刻に、しかし前回とは違ってひんやりした空気の中を廻り目平入り。この日は飛び石連休のはざまの月曜日で、駐車場は空いていました。

金峰山に向かう道を進み、トポや先人のGPSログを見ながら途中で右の斜面に入ると林道らしきものが続いています。このへんは植林地なのか?と思いながら見れば確かに、周囲のカラマツ林は人の手になるもののようです。

林道の終点からちょっと上がったところにある花豆下部スラブがスタート地点。ここからロープを結んでのクライミングとなりますが、今の肩の状態では私がリードするのは危険を伴う(かと言って全ピッチをフォローしたのではこのルートを登ったことにならない)ので、前回と同様につるべは諦めて比較的容易なピッチだけ譲ってもらうスタイルとしています。そんなわけでスラブの右端をすいすいと登っていったセキネくんからのコールを待って後続しましたが、下から見るとどこでも登れるように見えて実際に取り付いてみると足の置き場に気を遣うことになるというのはスラブあるあるです。

スラブの上に出てフィックスロープを辿って短く移動したところから見上げた壁が花豆上部スラブ。ラインは一目瞭然、左の凹角を登って右上ですが、この出だし(上の写真のロープが屈曲しているところ)にはなぜかハーケンが打たれていました。

花豆上部スラブを登り切ると、前方に涸沢3峰の特徴的な姿が見えてきます。ここから踏み跡を数分歩いて右に少し上がると第一岩壁です。

第一岩壁の出だしはバンドを左トラバース。このバンドは外傾しているもののフリクション良好で問題にはなりませんが、このピッチにこのルートで最も難しい「5.8」がつけられているのはその先のクラックのためです。

これがそのクラックで、一見すると「楽勝では?」と思えるのですが、実際には「かゆいところに手が届かない」感じで微妙に手がかりがなく、少々奮闘することになります。ただし、ここではキャメロット#4がばっちり効いて、リードするセキネくんの安心材料になってくれていました。

再び歩いて第二岩壁。トポの快適なピッチという惹句につられて私がリードしました。正面の三角形に見えるピナクルの上に立ち、そこから一段上がるムーブがこのピッチの核心部ですが、問題は中間支点で、ここではサイズの小さいカムを持っていないとランナーをとることができずにメンタル核心になってしまいます。私の場合はどうにかリンクカムを決めることができたものの明らかに効きが甘く、本当に墜落したら止まっていたかどうかわかりません。それでもどうにかここを越えて太い灌木でピッチを切り後続のセキネくんを迎えたところ、セキネくんは「普通に難しかったです」と言ってくれました。なんと心優しい若者であろうか[1]

わずかの歩きで到達する涸沢4峰1P目は、岩に挟まっている枯れ木(上の写真右端)が目印です。これも登路は一目瞭然で、真正面の立ったパートを登り右へ切り返してホールド豊富な数メートルを登ったら、歩いて登れるほど緩やかなスラブに乗り上がります。

引き続き涸沢4峰2P目は目の前のクラックを微妙なバランスで登って右上。その上の階段状を登り切ると、目の前にすっきりしたリッジが伸びています。

このリッジの向こうが涸沢4峰のピークで、トポによればリッジはとても気持ちの良い絶好の撮影ポイントとのことですが、ランナーをとれない中での水平移動なのでリードもフォローもミスは許されません。もしビギナーを引率していたら、むしろここが核心部になりそうです。

涸沢4峰のピークではカム類で支点を作るとされていますが、240cmスリングを岩に回して安定した支点を構築することができました。これにランヤードをつないだところで休憩をとることとし、周囲の岩峰とそのところどころに取り付いているクライマーの姿を見ながらのんびり寛ぎました。

涸沢4峰からの下りは明瞭な土のルンゼになっていて、トポの指定は徒歩もしくは懸垂下降(最後の人はクライムダウン)という不思議なものです。これは自然物では堅固な懸垂下降支点が得られないということを言っているのだと思いますが、このルンゼの斜度なら全体重をロープにかけずに降りることもできるだろうからと、ルンゼ入口近くにあるそこそこ太い灌木の幹を使って懸垂下降しました。それでも後から降りたセキネくんはクライムダウンを選択しましたが、途中2箇所出てくる岩下りのポイントは彼の言によれば「身長がない人には難しいですね」とのことです。

涸沢4峰を下りきったところから数分歩いたら涸沢3峰の登りになりますが、ここで迷ってしまいました。踏み跡を辿っていくと前方やや上に階段状の緩斜面が見えたのでそちらに進み、直上気味に登ってしまったのですが、そちらは立った壁に突き当たってしまって先の見通しが立ちません。右か?左か?と偵察を重ねたもののいずれも違いそうなので、道に迷ったときの常道に従い元に戻ることにして懸垂下降しました。

先ほどの階段状に向かって上がるポイントの手前に左へ下る踏み跡が続いていたのでそちらに進むと、こういう感じで見上げられる場所がありました。少し上がって右に移動してスラブの端を直上というラインはトポに書かれている登り方とは異なってしまうものの、登った先は上まで続いていそうなのでここから取り付くことにして私のリード。本来「5.4」のピッチが別ラインになったので少々難しくなってしまいましたが、これでどうにか本線に戻ることができたようです。それにしてもこの涸沢3峰1ピッチ目の正解は奈辺にあるのかと不思議でしたが、後から思えば、最初に見た階段状の緩斜面をひたすら左上方向へトラバースしていけばよかったのかもしれません(実はこの緩斜面の取付に立ったときの第一感はそれだったのですが)。

涸沢3峰2ピッチ目は1ピッチ目の確保支点から正面に見える階段状のリッジで、その途中には残置ピンも見られました。ワンポイントだけバランシーな箇所があったものの、あとはこのリッジを快適に登り続けていくと涸沢3峰の頂稜直下に出て、安定した態勢で確保支点を構築することができます。

上の写真を見るとあまり「安定した態勢」に思えないかもしれませんが(笑)、実際にはしっかりした灌木の幹にスリングを巻いてセルフビレイをとり、普通に立つことが可能。セキネくんのヘルメットの左上にトポに記述がある短いハンドクラックが見えていますが、ここはクラック登りではなく、このクラックと左側のまあまあ使えるホールドを駆使してレイバック気味に身体を引き上げれば一段上に乗り上がることができます。そこから先は水平に近いリッジ登りとなって、そのまま涸沢3峰のピークに導かれました。

ついに待望の涸沢3峰に到着。ロープを出してのクライミングはここまでなのでこれが事実上の終了点ということになりますが、すばらしい露出感である上に安定して立つことができて気分は最高です。振り返ると涸沢4峰のピークに相次いで2パーティーが上がってきていて、この「涸沢岩峰群トラバース」が人気ルートであることを実感しました。

涸沢3峰のピークにはしっかりした懸垂下降支点が設けられていて、これを使ってごく短く下ったところにある平坦地でいったんロープしまい、シューズも履き替えました。ここからは明瞭な踏み跡(ところによりピンクテープあり)を頼りに涸沢2峰の奥を回り込むように歩いて涸沢1峰に向かいます。

涸沢1峰のてっぺんは眺めの良い展望台になっており、金峰山の全貌を見ることができました。その左には、涸沢2峰になかば隠されて涸沢3峰の頂稜も見えていて、登攀終了の充実感を高めてくれました。

しかし、実はまだ難物が残っています。涸沢1峰からの下降は懸垂下降2ピッチですが、トポによれば1ピッチ目は30m、2ピッチ目は31mとされています。

たしかに2峰方面の岩壁のスケールを見れば、我々がこれから下ろうとしている壁の大きさも想像がつきますが、それにしても「31」って何?

懸垂下降1ピッチ目はピークから少し下ったところにある岩に巻かれたスリング(残置カラビナ2枚あり)を使い、途中から空中懸垂になりますが、30mいっぱいまで下る前に安定した岩の上に降り立つことができました。続いてそこから下に向かって右方向に少し移動した場所にあるテラスの灌木に2ピッチ目の懸垂下降支点が設けられていましたが、そこからロープを落として下を覗き込んだセキネくん曰く「ロープが下に届いていない……」。

それでも意を決し、慎重にバックアップをセットした上で降りていったセキネくんは、涸沢1峰の隣の小さな岩塔の足元にある岩の上に飛び移ることで無事に下りきることができ、私にも同様の方法で下るようにと下から助言してくれたのですが、私が降りてみるとぎりぎり爪先が地面について、かろうじて危険を犯すことなく懸垂下降を終えることができました。体重がかかることによるロープの伸びはもちろんあるのですが、さらに私が下り始める前にロープの位置をスキーヤーズレフト側へわずかに移したことがこの違いを生んだように思います。なお、懸垂下降1ピッチ目で右のテラスではなく左下を覗き込むとその先にスポートルート用と思われるフィックスロープが見えていたので、そこまで30mで届くのであればそちらに下った方が2ピッチ目が容易かつ安全だったかもしれません。

何はともあれ、この懸垂下降を終えればもはや安全地帯です。ギアをすべてリュックサックにしまいこみ、樹林の中の踏み跡を下っていくと15分ほどで行きに歩いた林道に合流しました。駐車場に向かって歩きながらこの日を振り返ってみると、とりあえずは登り切れたことでほっとした面はあるものの、登っている間も姿勢によっては痛みが出てしまい、肩の可動域の狭さもクライミングの妨げになっていて、ここでしっかり治さなければこの先まっとうなクライミングはできなくなってしまうという焦燥感の方がまさった感じ。引き続き日々リハビリあるのみです。

登り終えての感想としては、この「涸沢岩峰群トラバース」は「屋根岩トラバース」よりもはるかにスッキリとしていて気持ちよく、とっつきやすいルートでした。歩きの区間は短いし、怒濤の懸垂下降もなく、気分よくクライミングに専念できる感じです。涸沢3峰の取付きで迷ってしまって1時間ほどを空費したのは残念でしたが、そうした点も含めてアルパイン的と言っていいのかもしれません。もっとも本チャン(死語)のアルパインルートに向けたトレーニングとしては、「屋根岩トラバース」の泥臭さの方がフィットしそうではありますが。

最後に宣伝をひとつ。今回、セキネくんはアプローチと花豆スラブではVibram FiveFingersのSCRAMKEYを履いており、そのソールのグリップ感覚がたいへん具合が良かったとのこと。また、彼のアタックザックはBLUE ICEのリーチ15Lで、このコンパクトさの中に必要十分なパッキングができている上に、私が持参した9.8mm60mロープを外付けにして運搬することも可能でした。これらの商品はセキネくんが山梨県韮崎市に開いている登山用品店・ガイドオフィス「NEXT MOUNTAIN」で購入可能なので、気になる方はまずは「NEXT MOUNTAIN」を覗いてみてください。同店のインスタアカウントもフォローしておくと、気になる新商品情報も手軽に得られるかも。

脚注

  1. ^セキネくんは12クライマーです。