小川山屋根岩トラバース

日程:2025/08/04

概要:小川山の屋根岩岩峰群を1峰から主峰まで縦走する「屋根岩トラバース」を登る。

◎PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

山頂:---

同行:セキネくん

山行寸描

▲大日広場の駐車場から見た屋根岩岩峰群。岩根山荘側から見た方が、よりワイルドな姿をしているように思う。(2025/08/04撮影)

このところ沢登りが続いて乾いた岩に飢えていた私と「NEXTMOUNTAIN」開業以来商売や登山ガイド業に忙しくて自分のクライミングができていなかったセキネくんの志向が一致し、小川山の廻り目平から容易に見上げられる屋根岩の岩峰群をつないで登る「屋根岩トラバース」を登ることにしました。「トラバース」というと日本では斜面を横断することを指す場合が多いですが、このルート名のトラバースはその本来の意味である「縦走」です[1]

このルートは先に開拓されていた「涸沢岩峰群トラバース」と同じく佐藤勇介ガイドを中心とするメンバーによって2022年に開拓されたもので、その開拓の経緯やルートの詳細は『Rock & Snow 105号』に掲載されています(私はKindleで購入しました)が、佐藤勇介ガイド自身による「屋根岩トラバース トポ」がルートの勘どころを豊富な写真で示していてさらに詳細なので、我々も登りながらiPhoneでこのトポを逐一参照しては行き先を確認していました。もっとも、それでも最後に道筋を見失って右往左往することにはなったのですが……。

2025/08/04

△08:00 廻り目平 → △08:35 屋根岩1峰 → △14:40 屋根岩本峰 → △16:00-15 登攀終了 → △16:50 廻り目平

前日甲府のゲストハウスに泊まり、甲府駅発の始発電車で韮崎に移動してセキネくんと合流。ここからセキネ号で廻り目平を目指しましたが、実は前夜は長野県内の豪雨のために甲府から下り方向の列車が運休となるほどで、川上村への道すがらも薄い霧に囲まれ路面は濡れている状態でした。これでは岩場は大丈夫だろうか?と心配しながら現地を目指したところ、幸いなことに川上村に入る頃からきれいに晴れ上がって、一面のレタス畑を眺めながら快調に車を走らせることができました。

月曜日とあってがら空きの駐車場に車を駐め、身繕いをしたらパノラマ遊歩道(反時計回り)を使って屋根岩の末端尾根に取り付き、1峰を目指して歩き始めます。途中にわかりにくいところはなく、やがてトポにあるとおり三叉路に着いたらバツ印がある方向へ登っていくと、すぐに尾根の上に出て視界が開けました。

登り着いたところには立派な岩壁がありましたが、アプローチルートはこれを正面に見て左の方に進んだところにある狭いルンゼで、ここをぐいぐいと登っていくと砂地の小テラスが現れたので、そこでロープ(60mシングル)を結ぶことにしました。

佐藤ガイドのトポには「5.4」とあるのでアプローチシューズのまま、まずは私のリード(以下、明記ない場合は、相対的にグレードが高いピッチはセキネくん、易しいピッチは私のリードです)。フリクションがよく効くざらざらの斜面を右上に登り、上に着いたらスリングを木に回してロープの流れを整えて左に曲がります。

ごろんとした大小の岩をつないで1峰の最高点に立ったら懸垂下降ですが、このときできる限りスキーヤーズレフト(下に向かって左)に降りるのがポイントで、うっかり進行方向に向かって懸垂下降するとハマることになります。

上から見下ろすと「本当にロープが下まで届くのか?」と不安になるほどの高距がありますが、方向を意識しながら降りてみるとぎりぎり30m(60mロープの折り返し)で届きました。

ふかふかの土のコルから「スラブ状の小尾根」を左に回り込んでしばらく登り、ワイヤーの垂れたルンゼを登り詰めるとテラスに出て、そこからすぐ右に2峰のてっぺんが見えています。

2峰までの登りは、ちょっとした岩も出てきますがおおむね普通の歩きなので確保不要です。

2峰の上に立つと目の前の3峰が実に立派。そちらに向かって緩やかなスラブをすたすたと歩き下り、コルまで降りてから登り返して途中で左に出ると、眼前に見事な岩壁が広がります。

「メルトダウン」などのルートが拓かれている壁の上部を右から左へ横断していくこのパートは、ロケーションの凄まじさに似ずうまい具合にバンドが続いており、一応確保はしたもののアプローチシューズのままで不安なく渡ることが可能でした。

最後はワイヤーが垂れたルンゼを登って着いたところは「レモンルート」の最終ピッチ(のはず)。「レモンルート」は2017年に登っているのですが、そのときの記憶はすっかり消えてなくなっており「こんなところを登ったっけ?」という感じしかしません。目の前にはハンガーボルトが1本打たれている風化したスラブがあって、さすがにここはアプローチシューズでは無理だと判断した我々はこの日初めてクライミングシューズを履きましたが、カチをつないで慎重にここを抜けていったセキネくんからコールがかかった後に取り付いた私は、薄いフレークが剥がれてプチフォール。やれやれ……。

先ほどのスラブ壁を越えて左のスラブを登り、さらにもう一つの短いスラブ壁(ハンガーボルト1本あり)を登ったら、頂稜の右側を渡って3峰の奥にある頂上広場まで移動しました。なお、このあたりの登り方はトポの記述ルンゼを詰めると合っておらず、本来のラインを外している可能性もあります。

安定した広場で小休止して行動食をとってから、縦走再開。まずは進行方向にある岩の左を巻き下ると……。

左下から上がってきている土のルンゼに行く手を阻まれます。これを下るのかな?と思いいったんそちらに降りかけましたが、正しい方向はこのルンゼが詰め上がった尾根上です。してみると、先ほど左から巻いた岩を巻き下らずに乗り越えてもよかったのかもしれません。

その先に急な岩壁が現れてここからクライムダウンということになりますが、何にも増してクライムダウンが嫌い(「苦手」とも言う)な私が逡巡しているとセキネくんは涼しい顔ですいすいと先に降りてしまい、ナイーブな私の神経を逆撫でしてくれました。続くクライムダウンはなんと言うこともなく、その後に立木を使った支点から25mの懸垂下降です。

目の前の岩峰が「エビのシッポ」ですが、こうして見るとずいぶん立っていて登路の見当がつきません。

しかし狭いコルに降りて見上げてみればラインは明瞭で、まずは正面のちょっとバランシーな登りをこなしてから左の壁へ出ます。

するといかにもここを登ってくれと言わんばかりの浅い凹角が頭上に現れて、しっかりしたガバに助けられながらこれをぐいぐいと登ることになります。ここは、このルートの中で最も気持ちのいいパートと言えるかもしれません。

続いて左に進み、小垂壁を越えた後に岩のすき間(トポでは狭いチムニー)を抜けて左端のコルへ。

そこはクラックルート「エビフライ」の終了点になっていて、しっかり整備された支点からまたしても25mの懸垂下降です。そしてこの頃になると、自分たちが懸垂下降を何度繰り返したのかわからなくなってきました。

「エビのシッポ」の次は「3.5峰?」という扱いで、土付きの斜面を登ってから左へバンドをトラバースするとその先にピナクルがあり、このピナクルの上に立って目の前のスラブに乗り移ったのち数メートル奥へ進んで右上〜左上するのですが、まるで人がそこを通るために作られたように登路がつながっていて、ここのリードを担当した私は思わず「うまくできているなぁ」と声を上げてしまいました。

この「3.5峰?」のてっぺんには真っ白な枯れ木が立っており、これに巻かれたスリングを使ってまたしても懸垂下降です。

降りたところから見上げる正面壁は苔が貼り付いている上にランナーも取れそうになく、トポの記述に従って右の薮から巻きましたが、あまり巻きすぎると先に進めない場所に突き当たってしまいます。ここはわずかに巻いたところから左の土のルンゼに入るのが正解で、これを詰め切ると4峰の頂上部の一段下のテラスに簡単に乗り上がることができます。

ごく簡単なクライミングで達した4峰の頂上は小さいながらも安定したテラスになっており、この先の歩きを考慮してここでクライミングシューズからアプローチシューズに戻しました。

背の低い松の木に設置された支点を使って懸垂下降し、降りたところから右へ巻き気味に登っていくと開けたところに出て、その先にワイヤーを巻いた大岩が現れます。これが5峰頂上です。

ここからどの方向へ向かうのか少し迷いましたが、大岩を右から危なっかしく回り込んでみると(左から回り込んだ方が安全だったのかもしれません)歩いて下れそうなスラブが広がっています。しかしその先には2.5mのクライムダウンが待っているということなので、ここはためらうことなく懸垂下降を選択しました。

誰が巻いたか大岩のワイヤーには懸垂下降用のカラビナ2枚が付けられており、ありがたくこれを使って懸垂下降すると案の定、最後のクライムダウンの箇所はそこそこ立った岩壁になっていて、懸垂下降していなかったらここで私は肝を冷やしたに違いありません。

降り着いたところから、まず一段上がってかぶり気味の壁の前をのけぞりながら横歩きすることになりますが、これは上にしっかりしたホールドがあるので問題にはなりません。むしろその先の細いキレットになっているところが嫌らしい感じで、中間支点のない横断だけに落ちればロープは役に立たずダメージが大きそう。ここで助けになるのは花崗岩のフリクションだけです。

キレットを渡った先がガメラ岩の頂上で、そこに並んでいるショートルートの支点のうち(手前から見て)最も右のものを使ってまず10m下降します。

本峰方向へ少し歩いて踏み跡を下り左へ折り返すとその先にテラスがあって、そこに立つ松の木でさらに20m下降。ここはスキーヤーズライトへ下る必要があるので、壁の途中に生えている灌木の右側にロープを投げるのがよさそうです。そして少し歩いて小さな岩壁を乗り越えて、そこにあるピナクルに巻きつけられたスリングを使って15m下ります。この懸垂下降を終えたところで日陰を選んで小休止し、再び行動食を口にしながらトポを確認してみると、残っているのは懸垂下降が1回と3ピッチ分のクライミング。登攀そのものよりも暑さのために疲弊気味ではあるものの、この時点で時刻は13時半なのでさほど遅くならずに登攀を終了できそうだと目星をつけたのですが、その皮算用が甘いものだったことを後で知ることになります。

小休止をとった場所から少し歩いて目の前に現れた6峰の前でクライミングシューズを履きましたが、にもかかわらずここで珍しくセキネくんが奮闘することになりました。正面の三角形の岩を一段登って、そこから一見すると右上に登っていけそうなのですが、手持ちのカムではそちらのクラックにフィットするものがなくリスキー。ああでもない、こうでもないと迷っているうちに消耗していくのはクライミングの負けパターンなのでいったん降りることを提案しようとしたとき、ようやくセキネくんは反対側の左サイドに手頃なクラックもフットホールドもあることに気づき、さらにそこを水平移動して左端の小リッジをまたぎ越すと登路が開けることを発見しました。ここをクリアできれば後は難しいところはなく、ややあって6峰頂上に着いたセキネくんからビレイ解除のコールがかかりました。

最後の懸垂下降は6峰の上から10m。その先はしばらく歩きになるのですが、2ピッチを残すだけだからとクライミングシューズのままで行動することにしました。

本峰に向けた樹林の中の踏み跡は明瞭で、途中にはテープも巻かれていて間違えようがないと思われたのですが、ここでポイントになるのは本峰が近づいたら右の踏み跡に入るという点で、さらに言えば『ロクスノ』のガイドに出てくる本峰スパイヤーの位置を認識できていることも必要です。

しかし、このあたりの地理に明るくない我々は踏み跡をまっすぐ辿り続けているうちに岩壁にぶつかり、その脇にある脆い鞍部を通って上部に抜けたところ、本峰頂上の広場に出てしまいました。

堂々たる本峰北ピーク(最高点)はとても「屋根岩トラバース」の最終ピッチにつけられた「5.7」というグレードで登れそうになく、これと向き合っている南ピークの肩に乗って周囲を見回しているうちに、そこが『ロクスノ』のガイドに掲載された写真の中で終了点として紹介された場所であることにセキネくんが気づきました。

どうやら行きすぎてしまったようだと理解した我々は、先ほど辿ってきた踏み跡の左側に道が分岐していたことを思い出し、いったんそこまで戻って岩稜っぽいところを選んで取り付いてみたものの、再びただの歩きで広場に出てしまいました。これはどうしたことなのか?

あらためてトポを読み返し、最後の2ピッチがあるべき場所がこれまで歩いてきた踏み跡の右側(上図矢印)だということを再認識した我々は樹林の中を引き返して、とうとうそれらしい地形に行き当たることができました。

見上げてみれば、見事なまでに立った垂壁を擁する本峰スパイヤーの左にランペ状のラインを見せているリッジがあって、これが「屋根岩トラバース」の最終パートに違いありません。

まずは私のリードでランペの中をまっすぐ登り、細い灌木にランナーをとったらいったん左のリッジに移って3mほど高さを稼いだ後、カムを決めてから右へ水平移動して太い松の木まで。続いてラストピッチをセキネくんに託し、ゴールを目指します。

松の木から先はリッジの右側面を登っていき、そのまま登り詰めればワイドクラックが待っているようですが、セキネくんは途中から左壁の風化した脆い直上クラックを選び、慎重にカムを決めた後、一気に身体を引き上げてクラックを抜けていきました。

クラックを抜けた先にカムで確保支点を作ったセキネくんからコールがかかり、私も後続。クラックの途中までは順調に高さを稼げたのですが、向こう側でビレイしているセキネくんの姿が見えるようになると、彼はザラザラの花崗岩に決めたジャミングのせいで手首を赤く染めています。あれは痛そうだ!と恐れをなした私は、ロープをつかんでゴボウであっさりここを抜けてしまいました。さらに完璧を期するならそこから本峰南ピークまで登るべきだったでしょうが、先ほどすでに南ピークの肩に乗っている上に手持ちの水分も尽きかけていた[2]我々は、クラックを抜けて小さくクライムダウンした場所を終了点とし、そこで装備を解除することにしました。最初に本峰頂上の広場に着いてから最終的に装備を解除するまで実に1時間20分の大回りでしたが、何はともあれトポに記された全ピッチを登ることができたのは幸いでした。

屋根岩本峰からの下りは明瞭な踏み跡を左へ左へと辿り、最後は顔馴染みのボルダー群の間を抜けていきます。駐車場に帰り着いたところで私は「のどごし〈生〉」、セキネくんはコーラで喉をシュワシュワに潤してから、廻り目平を後にしました。

廻り目平に行ったことがある人なら誰でも目にしている屋根岩の岩峰群を末端から本峰まで登り詰めるこのルートは、グレード的には容易な部類とされていますが、ボルト類がほとんどないためにプロテクションという点でもルートファインディングという点でも難易度が上がっているので、トポに書かれたグレード(最高5.7)を鵜呑みにしてかかるのは早計です。またそれ以上に大事な点として、10回もの懸垂下降と数多の歩きの区間を含むため、ロープ捌きの面でパーティーの息が合っているかどうかがスピードを大きく左右します。懸垂下降のためのロープセットや懸垂下降を終えてからのロープ回収、歩きのパートに移行する際に各自ロープコイルを作って素早く移動態勢に入るなど、一連の動作がわざわざ口に出さなくても互いの役割分担を心得て実行に移せるようになっていれば理想的。もっとも屋根岩岩峰群はどこからでもエスケープ可能ですから、そうした状態を目指す練習の場としてこのルートを活用するのもよさそうです。

それにしてもこのルートは長い。登って下って歩いてを延々と繰り返すために、体力と共に精神的な持久力が求められる感じで、その点でもアルパイン的と言えるかもしれません。また真夏に登ろうとすると暑さとの戦いにもなり、脱水症状になれば集中力を欠いて思わぬ事故につながりかねないので、十分な量の水を担ぐことが必要です。したがって快適に登るためには新緑の時期や紅葉の時期を選び、なるべく朝早くから歩き出すことをおすすめします。

脚注

  1. ^「トラバース」が本来は「縦走」という意味であることを私が知ったのは、恥ずかしながら登山を始めてから20年以上もたってから。ツェルマットでマッターホルンに向けたテスト山行として「ブライトホルン・ハーフトラバース」を歩いたときでした。
  2. ^セキネくんは1.5リットル、私は1リットルを担ぎましたが、私の方はぎりぎりでした。