浦山川冠岩沢

日程:2025/09/09

概要:秩父の浦山川冠岩沢を遡行し、P1197(横倉山)に登り着いてから道なき支尾根を下って起点に戻る。

◎PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

山頂:---

同行:アユミさん

山行寸描

▲〔動画〕2段15m滝。アユミさんが見事にリード。(2025/09/09撮影)
▲〔動画〕スダレ状大滝25m。右(左岸)から巻いた。(2025/09/09撮影)

◎本稿での地名の同定は、主に『新版 東京起点 沢登りルート100』(山と溪谷社 2020年)の記述を参照しています。

今日は、足掛け10日間に及んだキリマンジャロ登山旅行から2日前に帰国したばかりのアユミさんとの日帰り沢登り。夕方から用事があるという彼女の都合に合わせ「遠くない」「難しくない」「まだ遡行したことがない」という三ない条件を満たす沢として、奥武蔵の冠岩沢を選びました。アユミさんにとってはいわば沢リハビリであり、私にとっては肩の不調の具合を確認するテスト山行です。

2025/09/09

△08:15 冠岩橋 → △08:35 入渓点 → △09:30 2段15m滝 → △10:45 スダレ状大滝25m → △12:15-25 P1197 → △13:45 冠岩橋

和光市駅前で待ち合わせた我々は、アユミ号で下道を使って秩父盆地に入り、浦山ダムが作る秩父さくら湖沿いの道から浦山川上流へと走り続けます。地図を見るとこの浦山川左岸の山懐には至る所に集落(跡)が点在し、それらをつなぐ道も通じていて民俗学的興味をそそられますが、今日はそこが目的ではないのでスルー。

途中から車1台分の幅に細くなった道を走り続け、冠岩橋を渡った先で車を駐めて沢装備をすべて身に着けました。ただし入渓点はここではなく、冠岩橋を渡り返して右岸側にある道をしばらく歩くことになります。川の中を覗き込むとしっかりした石垣が組まれていて、どうやらそこにはワサビ田があったらしく、他にもさまざまな人工物が残置されていて人の暮らしの気配が意外に濃厚でした。

人の気配と言えばこの右岸の道の途中にマイクロバス(日産シビリアン)の残骸が放置されているのも目を引きますが、ロゴの形状からするとこれは1967-70年に製造された個体であるようです。半世紀以上前に作られたこのバスはどんな歴史を経てここに朽ち果てることになったのか、としみじみ思わなくもありませんが、丹沢に行けば第二次世界大戦中の戦闘機のプロペラなどが落ちていたりするのでこの程度では驚くには値しないかもしれません……などと思ったのは実は帰り道での話で、行きはむしろ道の右下を流れている沢筋を眺めて、水位が平水らしいことや透明度が高いことに注意を向けていました。そしてこの車道のどん詰まりで鉄板の橋を渡ると山道になり、さらにしばらくこの沢沿いの道を進むことになります。

意外に急な斜面に付けられた山道は、ところどころ荒れてはいるもののよく踏まれています。途中で折り返したところからさらに高度を上げればその先に鳥首峠がありますが、我々はこの折り返しで道を離れ、橋から見て二つ目の堰堤のすぐ上から入渓しました。堰堤はその先にも二つありますが、最初のものは左から、次は右から、いずれも問題なく越えることができました。

最初の滝らしい滝はこの3m滝ですが、アユミさんが試みに触ってみたところ岩がボロボロ崩れてしまい取り付けません。ここはおとなしく水流の奥の凹角を登って通過しました。

その後しばらくは植林地の中のあまり面白みのないゴーロ沢が続きますが、ところどころに「滝」とは呼べないまでもそれなりに面白みのある段差があって楽しめます。

やがて出てきた3段8m滝は、下2段を水流通し、最上段を右から回り込むように越えました。

そして3段8m滝のすぐ上に左から落ちてくるのがこの日のメインイベントになる2段15m滝で、ここだけはロープを出しました。

リードはアユミさんで、最初は水流のすぐ左から取り付こうとしたものの、ややぬめっていることから仕切り直し。さらに左のカンテっぽいところから登り、途中3箇所にカム(リンクカム#0.5〜#1)をきめて危なげなく落ち口の左へと抜けていきました。ややあってコールがかかり私も後続してみての印象としては、しっかりしたホールドが使えてぐいぐい登れるものの若干バランスが悪いところもあったりして容易とまでは言えず、トポの「III」というピッチグレードは辛すぎます。また、トポには途中から左の立ち木側にトラバースするとも書かれていますが、それよりもアユミさんが登ったようにまっすぐ落ち口を目指す方が自然だと思えました。それはさておき、冒頭に記したようにこの登攀は自分にとっては肩の具合の確認でもあったのですが、やはり態勢によっては肩関節の深いところに強い痛みが走りました。うーん、III級の滝でこれでは、当分まっとうなクライミングはできそうにないなあ。当分リハビリあるのみです。

そんなことを言っていても、2段15m滝の落ち口からすぐそこには右から落ちてくる5m+5m滝が腕組みして控えています。まずは目の前の課題をこなさなくては。

下段は水流通しに行けるかと思いきや、最後の1歩がシビア。そこで動きが止まってしまったアユミさんのために私は右から巻き上がり、お助けスリングを差し伸べました。上段の方はアユミさんが右から、私が左から抜けましたが、スタンスが外傾していたり滑りそうだったりしていずれも慎重さを求められました。

5m+5m滝が終わればしばらくは癒し系。トイ状の滝が続いたりジムナスティックな小滝が出てきたりしますが、いずれも気持ちよく突破していけます。

この沢で最大のスダレ状大滝25mは実に見応えがありますが、一応オブザベーションをしてはみたものの登れるラインは見出せず、ここは右(左岸)から巻くことにしました。なお、高さがあるとはいっても水量はさほどではないので、これは滝行にうってつけだと思ってアユミさんに「修行します?」と誘いをかけましたが、あっさり却下されてしまいました。残念。

しかし、この高巻き斜面は見た目以上に傾斜があって登りにくい。トポには初心者・初級者にはチェーンアイゼンがあったほうがよいと書かれていますが、別に初心者・初級者でなくても文明の利器を駆使した方が無難でしょう。その代わり、高巻くラインを適切に選べば懸垂下降することなくすんなり落ち口の上に降り立つことができます。

スダレ状大滝25mの上も、トポに記述のない小滝が次々に出てきて飽きさせません。さほど期待していたわけではなかったのですが、この沢は予想をいい意味で覆してくれて面白いかも。

最後の大物はトポにも記述のある赤滝8m。この沢の随所に南アルプスでよく見かける赤い岩(ラジオラリアチャート)によく似た岩が見られましたが、この滝も全体に赤っぽい色をしています。そしてこの滝を見上げながら、アユミさんと作戦会議。

ア「登るなら右下からバンドに上がって壁の右端でしょう?でも登らないけど

私「しかし中間から上のつるっとしたところが難しそうだなぁ。どうせ登らないけど

予習の際にこの滝を登っている記録を見てはいるのですが、いざこれを登るとなると相当奮闘的なクライミングになりそう。ここは先を急いでいることを口実にして、おとなしく右から巻き上がりました。

赤滝8mが終わればこれといった滝はなくなり、源頭部の様相の中を高度を上げていくうちに沢筋に霧がかかって幽玄な雰囲気になってきました。

最後は右手の尾根に逃げ、「横倉山」という標識が掛かったP1197にほぼダイレクトに詰め上がって、ここで遡行終了です。入渓してからここまで3時間半あまりしかかかっていませんが、途中にはこの規模の沢にしてはたくさんの存在感ある滝を擁して登り甲斐があり、しかもパーティーの力量に応じて自分たちで難易度を調節できる楽しい沢でした。

行動食を口に入れつつ一息ついたら下山開始。登山道を鳥首峠方向にしばらく進み、途中から冠岩集落方向へまっすぐ下る尾根に入ります。

ところにより傾斜は強いもののおおむね歩きやすい尾根を下り続けると、すでに電線を外されてなんとも言えない虚無感を漂わせる送電鉄塔あり。その足元を通過して植林地の中をさらに下れば、あっさりと鳥首峠からの道に降り着くことができました。

登山道をしばらく歩くと出てくるのは冠岩集落跡のお地蔵様と、その前にずらりと並ぶ石板です。秩父市のサイトが教えるところによれば、この石板は「冠岩の青石塔婆[1]」と呼ばれ、そのうち二つは銘から15世紀のものであることがわかるそうです。おそらくこれらはかつては祠に納まっていたものと思いますが、今は吹き晒しの状態で、近くには祠の残骸と思しき廃材などが置かれていました。また、このお地蔵様の向こう側には見事に組み上げられた石垣の上に廃屋が2棟残されていました。冒頭に記した廃車のごとく、この集落も人が住まなくなってから相当の年数がたっているようですが、かつてこの地は鳥首峠を介して東側の白岩や名郷とつながり、反対に西へ下れば今に至るまで獅子舞[2]が伝承されている浦山がありますから、我々が立っているこの道もかつては盛んに人が往来した生活道であったことでしょう。

おっと、ここでのんびりしていたらアユミさんが夕方からの用事(早い話が飲み会)に間に合わなくなってしまう。後ろ髪を引かれつつ冠岩集落跡を離れ、道すがらに入渓点を見下ろし、冒頭に記した廃バスに挨拶をしてから、起点となった冠岩橋に戻り着きました。

脚注

  1. ^冠岩の青石塔婆」 - 秩父市ウェブサイト(2025/09/10閲覧)
  2. ^浦山の獅子舞」 - 秩父市ウェブサイト(2025/09/10閲覧)