小菅川本谷
日程:2025/06/04-05
概要:林道小菅線の終点から入渓し、初日は12m滝の上で幕営。翌日、遡行を続けて大菩薩峠の手前で登山道に上がり、大菩薩峠を往復してからフルコンバを経て起点に戻る。
◎PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。
山頂:---
同行:kusutto氏
山行寸描
◎本稿での地名の同定は、主に『新版 東京起点 沢登りルート100』(山と溪谷社 2020年)の記述を参照しています。
今年は4月末に泉水谷大黒茂谷でわらじ始めを行いましたが、梅雨入り前にもう一度くらい手軽な沢登り(それも焚火泊つき)に行っておきたいと考えて資料を漁った結果、見つけた行き先はやはり多摩川の源流で大菩薩峠に突き上げる小菅川本谷。当初予定していた組合せでの遡行が雨天で流れたためにソロで行くことも考えたのですが、直前のジム練習をご一緒したkusutto氏に話を持ちかけたところ、快く付き合ってくれることになりました。
2025/06/04
△12:05 林道小菅線終点 → △13:55 標高1390m二俣
元来日帰りで遡行できる沢をあえて泊つきとしているので正午出発とし、そのためkusutto氏とは高尾山口駅前で10時合流という超のんびりプランです。しかし、そこから小菅村へは山越えのくねくね道を飛ばすことになり、出発点となる林道小菅線の終点に着いたときには私は車酔いでなかばふらふらの状態でした。
とにもかくにも沢装備に着替えて出発。林道終点の広場の奥にある「釣り人の皆様へ」という看板の横からほぼ水平に続く踏み跡を辿って上流に向かいました。ちなみにシューズはkusutto氏がラバー、私はフェルトです。やがて踏み跡は最初の堰堤の上で下降を始めましたが、微妙にシューズが滑りやすそうな雰囲気だったので安全を期して懸垂下降しました。ただ、下降の直前に我々が立っている位置の少し上で上流方向にさらに水平に続く踏み跡らしきものが目に入ったのですが、懸垂下降を終えて少し進むと右(左岸)に窪が入ってくるところにその踏み跡が降りてきていたので、そちらを進めばロープを出さずにすんだようです(結局、この遡行でロープを使ったのはこの懸垂下降と幕場でのツェルト設営の2回だけでした)。
河原に降りてすぐに第2の堰堤が現れましたが、これは左から簡単に乗り越えられます。さらに上流に進むと山道が木橋で沢を横断し、ついで大規模なワサビ田と朽ちた作業小屋が残されていました。こんな具合に遡行を開始してからしばらくはそれなりに興味を引くものが残されていたのですが、このワサビ田の後しばらくの間は、面白みのない歩きを淡々とこなさなければならなくなります。
林道終点から歩き始めて1時間半、やっと滝らしい滝が現れました。前日の雨のせいか水量は豊富で直登の可能性は見出せず、左(右岸)から小さく巻き上がりました。
続いて高さのある2段滝が出てきました。これも直登ははなから考えず、右か?左か?と見比べて左をチョイス。これもちょうど滝の落ち口の上にトラバースすることができます。
今度はまともに登れる滝が現れました。これは釜の左の壁から滝に近づいて、顕著に見えている右上ランペを辿って落ち口へ抜けることになります。登ること自体は容易ですが、岩がぬめっているために慎重さは必要です。
さらに出てきた7m滝の手前の釜の左には、まだ白骨化しきっていない鹿(?)の遺体が半身を水につけて横たわっていました。かわいそうに、きっと崖の上からこの釜に落ちてしまったのに違いありません。それにしてもここより下流で沢の水を飲まなくてよかった……と思いながら滝を眺めて、右壁の弱点から簡単に滝の上に抜けました。
7m滝のすぐ上(標高1390m)は二俣になっており、その左岸にツェルトを張るには格好の広場がありました。時刻はまだ14時前とあまりにも早いのですが、どうせ明日の行程も短いのでこの日の行動はここで打ち切ることにし、リュックサックをおいてツェルトを張ったらせっせと薪集めに精を出しました。
山ほど集められた薪はどれもひどく湿っており、いつもはバーナーでの着火を潔しとしない私も今回ばかりは文明の利器の世話になることをためらいませんでした。おかげで無事に火を熾すことができ、乾杯の後は各自持参した料理を振る舞いあったり、ククリラムをkusutto氏に賞味してもらったり。そうこうするうちにさすがに暗くなってきて、19時すぎには就寝しました。
2025/06/05
△06:45 標高1390m二俣 → △09:10 登山道 → △09:15-25 大菩薩峠 → △10:00 フルコンバ → △11:05 林道小菅線終点
ちゃんと着込んでいたので寒さを感じることはなかったものの、原因不明の胃痛やら仕事がらみの悪夢(すでにリタイアしているのに)やらに見舞われて寝苦しい夜を過ごし、シュラフを出たのはすでに明るくなってきている4時半近く。焚火を熾し朝食をとって諸々片付けて、この日もゆっくり目の7時前の出発となりました。
二俣を左に入るとすぐに出てくる4m滝は、いったん左手前の岩に上がってから滝に近づいて正面突破。朝一番で登るには少々手応えがありました。
そしてラスボス12m滝は右壁の凹角からですが、ここも妙にバランシーで難しい。それでもkusutto氏は難なくここを越えていきましたが、私は途中まで登ったところでスリップを恐れてお助け紐を出してもらいました。お恥ずかしい……。
12m滝の上には大規模な幕営適地があり、そこから先はまた淡々とした歩きが続きます。それでも奥の二俣を右に入ると、ムードのある連瀑が現れたり山道[1]が横断したり、ついでにツツジも咲いていたりして、それらに目を向けながら遡行を続けるうちに高度をどんどん稼げてしまいます。
かくして最後は水が涸れるか涸れないかの高さで登山道に乗り上がることができ、そのままただちに大菩薩峠を目指しました。
青空の下の甲府盆地とその向こうの南アルプスはうっすら霞んでいましたが、視界の左端に富士山をとらえられて十分満足。kusutto氏と握手を交わし、これで遡行終了です。お疲れさまでした。
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大菩薩峠から起点(林道小菅線終点)への下りは、ニワタシバ(荷渡し場)やフルコンバ(古木場?)といった特徴的な地名[2]を点在させ、緩やかな下り勾配が歩きやすい上に広葉樹の緑が明るく、とても楽しい道でした。おかげで2時間もかからずに車に戻ることができた我々は、「小菅の湯」での入浴と昼食の後に、再びくねくね道を越えて帰路につきました。
小菅川本谷は二俣の前後に滝を連ねていてそこだけ切り取れば遡行対象として面白い沢なのですが、いかんせんその前と後とが面白味に欠ける歩きに終始するため「つまらない沢」だという印象を持たれることもあるようです。しかし、最後に大菩薩峠からの大展望というご褒美が待っていますし、今回の我々のように沢の中で泊まること自体を目的として心穏やかに遡行する分には滝の少なさも気になりません。遡行終了後の下山は大菩薩峠からでも2時間弱、最後にニワタシバへエスケープすればもっと短くてすむというコンビニエントさも嬉しく、新緑の時期か紅葉の時期であればこの登山道歩き自体が楽しいものになるでしょう。まだ小菅川本谷に足を踏み入れたことがない人は、「いずれ行く沢」リストの片隅にこの沢の名前を書き足してもよいのではないでしょうか。
脚注
- ^標高1690mで沢を横断するこの「山道」は水源巡視路で、大菩薩道のニワタシバから小菅川源流をぐるっと回って牛ノ寝通りの玉蝶山と榧ノ尾山の間に通じています。大菩薩峠に出ることなく遡行を早めに終了して起点に戻りたければ、この道を右(左岸)方向へ辿ってニワタシバに出るのが簡便です。なお、先日買い求めた『バリエーションハイキング』(新ハイキング社 2012年 松浦隆康著)p.257(「小菅川の最源流」の項)はこの道を
源流ロマンの回廊
と紹介していました。同書p.256より引用。
- ^「フルコンバ」も「ニワタシバ」も、かつて甲府と丹波との間で行われていた交易の荷物受渡し場所(荷渡し場)で、大菩薩峠をはさんで双方から往復1日の距離にあるこれらの場所に荷札付きの荷を運び、帰路にはそこに置いてあった荷を持ち帰るということがなされていました。この荷渡し場は、旧峠が使われていたときはフルコンバにあり、明治になって現在の大菩薩峠を通るルートに道が付け替えられてからは今のニワタシバに移ったものの、柳沢峠が開通するとこの交易路は廃れることになったということです(下記「参考」参照)。