松木渓谷ウメコバ沢

日程:2025/02/12

概要:足尾山塊の名峰・皇海山の東面に向けて切れ込む松木渓谷でのアイスクライミング。当初の計画では2日をかけて黒沢または夏小屋沢とウメコバ沢の予定だったが、初日は暴風敗退。ワンデイの計画に変更して銅親水公園からウメコバ沢を往復した。

⏿ PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

山頂:---

同行:kusutto氏

山行寸描

▲F3。想像していたほど大きくはなかった。(2025/02/12撮影)
▲F4。想像していたよりも大きかった。(2025/02/12撮影)

足尾の松木渓谷には2018年3月に一度だけ入ったことがあり、そのときの印象がとても良かったのでいずれは再訪問しようと思っていたのですが、COVID-19があったり相方が見つからなかったりで延び延びになっているうちに7年が経過してしまいました。それでもようやく機会が得られ、前回と同様にテントを担いでの1泊2日で黒沢または夏小屋沢とウメコバ沢でのアイスクライミングを楽しもうと思って2月11日に銅親水公園から渓谷道に入りました。ところが、出発しようとしたところで単独行の男性が駐車場に戻ってきて、聞けば黒沢をソロで登ろうと思っていたのに地吹雪に見舞われて退却してきたとのこと。えっ、そんなに風が強いんですか?と驚きつつも我々は渓谷に入ったのですが、確かにこれはきつい!20kg以上の荷物を背負っているのに軽く突き飛ばされるような感じの風で、しかも予報ではこの後さらに風が強くなる見通しです。30分ほど歩いたところで「こりゃダメだ、撤退だ」とこの日の登攀を断念し、駐車場に戻って作戦会議。他の地方に転進することも考えましたが、それよりもどこかキャンプ場を見つけて今日はそこに落ち着き、翌日あらためて日帰りでウメコバ沢を狙うことにしようと話がまとまりました。

ネットで検索した結果、日光市街にほど近い「日光だいや川公園」のキャンプ場に向かうこととし、その途中で目についたゆば料理店「さん・フィールド」に入りました。日光と言えばゆば、という評判にあぐらをかいてコスパの悪い料理を提供する店もなくはない中、この店のゆば御膳は味・量・値段のいずれも文句なしです。満ち足りた気分になってキャンプ場にチェックインすると、広い敷地にテントを立てたのは我々だけでしたが、これまた施設が整った気持ちの良いキャンプサイトですっかり寛ぎ、13時すぎにビールで乾杯した後に手をつけたMIHOさんからの差し入れの日本酒(四合)が15時前には空になってしまいました。とはいえ、さすがにこれ以上飲むと翌日に差し障るのでここでお酒は封印し、キャンプサイト内を散策したりしてのんびり過ごしてから19時頃には就寝しました。

2025/02/12

△06:10 銅親水公園 → △08:10 ブルドーザー広場 → △08:30-09:00 ウメコバ沢出合 → △10:40-11:55 F3 → △12:05-13:00 F4 → △14:50-15:10 ウメコバ沢出合 → △15:30 ブルドーザー広場 → △17:05 銅親水公園

4時15分に起床してテントを片付け、足尾に向かう途中のコンビニで朝食をとり、再び銅親水公園へ。幸い、今日は昨日のような強風はなく穏やかな一日になりそうです。

駐車場には出発の準備をしている3人組がいて、そのうちの一人はkusutto氏の知り合い(某登山用品店勤務)でしたが、彼らはウメコバ沢のアルパインルートである中央岩峰正面壁に向かうということでした。そしてこの後、ここからウメコバ沢出合を経て中央岩峰の前まで彼らが雪の上につけてくれた踏み跡に多大なるお世話になりました(ありがとうございました)。

駐車場で準備をしているときはヘッドランプが必要でしたが、歩き出す頃には十分に明るくなっていました。空は青く晴れて風もなく、絶好の登山・登攀日和です。

2時間ほど歩くと2018年にテントを張ったブルドーザー広場に到着しますが、その手前から対岸を見ると黒沢のF2がよく見えていました。しかし前回もそうだったように、今もF2はあまり氷が発達していない感じです。かたや廃ブルドーザーの方は、相変わらずその姿をしっかりととどめていました。きっとこのブルドーザーは、この世の終わりまでここにあり続けるに違いありません。

ブルドーザー広場からほんのわずか上流に進むと、ウメコバ沢の前の広い河原に到着しました。ちょうど先行した3人組がここでギアを身につけているところだったので、我々も荷を下ろして身繕いをし、手近の木にデポするリュックサックをくくりつけストックも置いて戦闘態勢に入りました。

ウメコバ沢を覗き込むと、深く切れ込んだ谷の中のすぐそこにF1が水を落としています。この滝が凍ることも稀にはあるようですが、通常はその右壁に張られたフィックスロープを使って巻き上がることになります。我々が見ている前で先行の3人組もここを登っていましたが、これだけでもなかなか奮闘的な雰囲気が感じられました。

凍った松木川の上を普通に歩いて渡りウメコバ沢に入ると、確かにF1右壁はフリーで登るにはそれなりの覚悟が必要そうなので、まず私がフィックスロープの1本にタイブロックをセットしてゴボウで登り、セカンドのkusutto氏は上から自前ロープで確保しました。続くF2も右からの巻きで、こちらは傾斜が緩いので確保は不要にも思えますが、せっかくロープを出してあるので先後を交代して先ほどと同様の手順で登りました。これら二つの滝を越えるとしばらく左岸の斜面のトラバースが続きますが、3人組がつけてくれた踏み跡のおかげで道に迷う心配がありません。私もkusutto氏もウメコバ沢に入るのはこれが初めてだったので、この踏み跡がなかったらラッセル含めかなりの労力と時間を空費していたことでしょう。

そんな恩人とも言うべき3人組は、我々が左岸の顕著な岩峰の前を通るときにちょうど登攀を開始した直後でした。ウメコバ沢のクライミングルートには明るくないのですが、これはおそらく中央岩峰正面壁の大凹角ルートでしょう。しかし、ドライツーリングでの5.10aのマルチピッチか……自分には到底無理だな。

中央岩峰の前を過ぎて沢筋を奥に詰めていくと、左前方に目指すF3が見えてきました。トポの記述によれば高さは40m、斜度は75〜80度。しかし予想していたほどの高さは感じられません。あらかじめの打合せでここは私がリードすることになっているのでロープを結んだらただちに発進ですが、滝の正面の足元には釜の水面が見えているために、右寄りの雪が厚く覆った凹状の中を半分ラッセルのようにして登らざるを得ません。このために滝の高さの少なくとも下から3分の1まではこれといった危険を感じることもなく登れましたが、やがて氷が薄くなってくるあたりから左の膨らんだ氷に乗り移るととたんに強傾斜を感じることになります。それでもおおむね階段状と言っていい形状ですが、ワンポイントだけごく短いながらもバーチカルに感じられるセクションがあり、その手前でスクリューと共にレストも入れて万全を期してから、気合いもろとも一気に乗り越しました。

途中で使ったスクリューは8本、さらに落ち口近くの残置ピンも活用してこまめにランナーをとりながら落ち口に抜けると、そこには古びた残置支点が待っていました。しかし、さすがにこれに自分と相方との命を預ける気にはなれず、ロープの残りを確認してからさらに奥に進んで立木にスリングを回し、確保支点としました。

F3をスムーズに後続してきたkusutto氏を先頭に立てて沢の奥に進むと、沢筋が右に折れた先にF4が現れました。正直に言うと、その立派な姿を見たときにはkusutto氏にこの滝のリードを委ねたことを少々後悔したのですが(笑)、約束は約束です。

……とは言うもののこの日は気温が高く、中央は水が滴っているために左端から登ることになります。このためF3と同様に途中までは半ラッセル、そこから氷を求めて逆S字を描くようにラインを組み立ていくことになりますが、氷の状態が安定しておらず、ところによってはアックスを刺すと水が噴き出るところもありました。

そもそもこのF4をkusutto氏の担当としたのは、参照したヒロケンさんのトポにF4の方が傾斜が緩いという趣旨のことが書いてあったからなのですが、kusutto氏が登った後をなぞって登ってみるとF3と遜色ない程度に氷壁が立っており、上から見下ろした高度感もF3に引けを取りません。かくして落ち口の左(右岸側)の残置支点でビレイしてくれているkusutto氏のところに辿り着いた私の第一声は「ナイスリード!」でした。

F4のすぐ上には鞍部があって、その先がどうなっているのか見に行きたい気持ちも湧きましたが、この時点で13時。もう下り始めるべき時間です。よって残置スリング・残置カラビナをありがたく使わせてもらってまずF4を懸垂下降。そのままロープを引きずってF3へ向かいました。

F3の懸垂下降には、やはり落ち口の支点ではなく少し上流の立木を使いました。ここから下まで50mロープ2本でお釣りがくるくらいの高距で、下りながらF3の斜面を確認していくとやはりそれなりの斜度が感じられます。これを見て自分で自分に「グッドジョブ」と声を掛けました。

F3の下で小休止をとって行動食を口に入れてから下山を開始すると、中央岩峰の3人組は壁の真ん中あたりで奮闘中でした。リードがルートファインディングに難渋しながらもスラブを果敢に登ろうとしており、見上げるこちらも手に汗を握ってしまいます。しかしあいにくこちらは先を急ぐ身、彼らの無事の帰還を祈りながらさらに下流を目指しました。

F2とF1ではフィックスロープに下降器をセットしている記録もありますが、我々は自前のロープをセットして懸垂下降しました。そしてこの二つの滝を降りきってしまえば、ほぼ安全地帯です。デポしてあったリュックサックとストックを回収し、雪まみれのロープとギアを詰め込んでずっしり重くなったリュックサックを背負って、銅親水公園までの平坦ながら長い道を歩きました。

初日に風に吹かれて退却したときはどうなることかと思いましたが、終わってみれば楽しい2日間でした。その主目的であるウメコバ沢でのアイスクライミングも充実していましたが、それ以上にこの松木渓谷は2018年に初めて入ってその荒涼とした景色に惹かれ、いつか再訪問したいとずっと思ってきた場所だったので、今回こうして松木渓谷のただ中に身を置くことができてハッピーです。