葛根田川〜大深沢

日程:2025/07/19-21

概要:葛根田地熱発電所前から林道を進んで葛根田川(北上川水系)に入渓。初日は葛根田大滝を越えて滝ノ又沢出合まで進み幕営。2日目は大場谷地から大深沢(雄物川水系)に下り、北ノ又沢出合に幕営。3日目に北ノ又沢を詰めナイアガラの滝を越えて縦走路上の大深山荘に登り着き、松川温泉へ下山。

◎PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

山頂:---

同行:ノリコさん

山行寸描

▲〔動画〕葛根田川〜大深沢の遡行のあらまし。(2025/07/19-21撮影)

◎本稿での地名の同定は、主に『東北・上信越・日本アルプス 沢登り銘渓62選』(山と溪谷社 2016年)の記述を参照しています。

北上川の支流である雫石川の、そのまた支流である葛根田川は、東北地方の銘渓として沢登ラーの間では有名な存在です。私自身も2014年にこの沢に入っているのですが、そのときは途中の大石沢出合に泊まって翌日大石沢を遡行し乳頭温泉郷へ下る1泊2日の行程にとどまっており、いずれ再訪問して秋田県側の大深沢(雄物川水系)と組み合わせた2泊3日の沢旅をしたいと思い続けていました。今回の山行は、近年沢登りに何度かつきあってくれているノリコさんの同行を得て、この宿願を果たそうとするものです。

2025/07/19

△08:50 葛根田地熱発電所前 → △09:25 入渓点 → △12:20 大石沢出合 → △13:40-50 葛根田大滝 → △15:15 滝ノ又沢出合手前

夜行バスで盛岡駅に6時に到着し、朝食と買出しの後に雫石駅まで電車で移動。手配してあったタクシーで「滝の上温泉まで」とお願いしたところ、車はさらにその先の葛根田地熱発電所の前まで入ってくれました(7,500円)。

激しく噴き出す蒸気に大地の力を感じながらゲートの先の車道を進み、最後の堰堤の手前で適当に河原に降りて身繕い。前日が晴れだったおかげか水位は低めで、渡渉には何ら心配がいらない穏やかな川の流れに踏み込みました。

平坦な河原や緑のナメを快適に歩いていくと、前回来たときにも強い印象を受けた巨神兵の頭部のような滝が左岸に現れました。ここで小休止をとってからさらに進むと、やがて両岸が狭まってルート探しが必要な地形になってきます。前回の遡行時の記憶が確かなら、途中には右岸の岩の上をトラバースしてトラロープに全体重を預けて下る箇所もあったはずですが、今回は似て非なる解決法で通り抜けてしまいました。

葛根田川の最初のポイントは「お函」と呼ばれる幅広のゴルジュですが、やはり水量が少ないせいでノリコさんにも私にも特にこれといった困難はなく、立体的な地形を楽しみながら抜けることができました。ちなみにノリコさんも私も履いているのはフェルトソールですが、ここの岩はフリクションが抜群でフェルトでも何ら不安なく歩けるのがうれしいところです。ただ、もし水位があと数cm上がっていたなら、この手前を右岸から入るか左岸から入るか悩んだかもしれません。

遡行開始からのんびり進んで3時間で懐かしの大石沢出合に到着しましたが、見れば木には忘れ物らしき行動食が入ったビニール袋がぶら下がり、焚火跡にも針金などが残されています。忘れ物の方はともかく、焚火跡のゴミは故意に捨てていったものに違いありません。さすがに回収していくほどリュックサックの容量にゆとりがなかったために、これらを横目に素通りせざるを得ませんでしたが、実に残念なことです。しかも、この「残念」はこの後あちこちで感じることになりました。

気を取り直して先に進むと、やがてこの日の二つ目のポイントとなる葛根田大滝が現れました。前衛の小滝の奥に大きな釜を持って10mほどの高さから水を落としているこの滝はとても立派ですが、直登は無理。よって前衛滝の手前から右(左岸)の草付きにつけられた踏み跡を辿って巻き上がります。落ち口に降りる斜面には細いロープが中途半端な長さでフィックスされていましたが、ここは安全を期して自前のロープで懸垂下降しました。

大滝を越えてさらに進むこと1時間、この日の泊まり場に予定していた滝ノ又沢出合に着いてみると先行パーティーがすでに寛ぎ中&釣りの最中で、周辺の幕営適地情報を教えていただき、また自分たちの目で確認もした結果、少し戻って左岸に20m滝が落ちてきているカーブの右岸の河原がやや高くなった場所に我々も幕営することになりました。


ツェルトやテントを張ったらノリコさんは魚釣りに、私は薪集めにそれぞれ精を出しましたが、残念ながらまだ経験値が十分ではないノリコさんのテンカラに釣り上げられるうぶな魚はいませんでした。その代わり、この日の行程が平坦な歩きに終始することを踏まえて担いできた野菜類や生ハムをアテとして乾杯し、それなりに豪勢な食卓を作ることができました。

それにしても残念なのは、この場所に残されていた焚火跡にも真新しいゴミが残されていたことです。普通の登山者のメンタリティでは考えられないことが、どうしてこの美しい川の中で起こるのか。あるいは釣り師にとっては、河原にゴミを捨てていくことは常識なのか?まさかそんなことはないと思いますが、いずれにせよ頭に来た我々は、焚火の炎を盛大に上げて燃やせるゴミはすべて燃やし尽くし、燃え残った金属ゴミは翌朝回収して下界へ持ち帰ることにしました。

2025/07/20

△06:05 滝ノ又沢出合手前 → △11:00-10 八瀬森山荘 → △14:30 北ノ又沢出合

夜は十分暖かく、ツェルトにシュラフカバーでも十分なほど。快適に眠って4時起床、6時出発です。

滝ノ又沢を左に分けてすでに葛根田川の北ノ又沢と名前を変えている本流を進むと、うっかりすると見落としそうなくらい唐突に左(右岸)に滝を掛けて左俣が合流していました。これを見送って右俣へ進めばぐるっと回って大白森を越え明通沢に降りて起点に戻ることができますが、今回我々が目指しているのは関東森と八瀬森の間にある大場谷地なので左俣に入ります。

左俣の入口の滝からしばらくは大岩がごろごろしている中の急登ですが、やがて傾斜が落ちて穏やかな森の中の流れを辿るようになり、そのうち沢床や側壁にグリーンタフが現れて楽しいナメ歩きが断続的に続くようになりました。

そうした中に立ちはだかったのは存在感のあるこの15m滝。予習したところによれば直登を試みるパーティーもいるようですが、こちらははなから巻く気満々です。よって滝の足元から左の樹林帯の中の斜面を上がったところ隣の沢筋との間の尾根上に出て、そこから右の滝の方向へと踏み跡が続いていましたが、露出感のある少々嫌らしいトラバースをしてから木登りをして落ち口を目指すラインになっていたため、途中からロープで確保して登ることにしました。

さらに出てきたのがこのトポには記述がない10m滝ですが、落ち口に倒木が垂れ下がっていることもあって直登は困難そう。ではどうやって巻くか……と考えた結果、少し戻って右の枝沢に入り、これを少し遡行してから左へ尾根を越えて懸垂下降で滝の上流に出ました。念のため降り着いたところから下流方向に進んでこの滝の落ち口に達し、正しくこの沢筋に戻ったことを確認できたのですが、どうやらこの滝のすぐ上で左に分かれる細い(ように見えた)枝沢を進むか、あるいは(もしかすると)この滝の手前で左の枝沢に入りこれを詰めていけば、目指す大場谷地へダイレクトに登り詰めることができたと思われるのに、滝の落ち口からのナメを忠実に辿った結果、あさっての方角へ進むことになってしまいました。

先ほどの分かれ道となった滝の先にも小滝がいくつか現れてそのたびに左右を見回すことになり、とうとうノリコさんが「もう滝はいいよ!」と沢に向かって毒づくことになりましたが、一方の私もいつの間にやら大場谷地ではなくその東にある1168ピークの南東の鞍部に向かっていることにがっくり。実際には大した時間のロスにはならないとは言え、この沢が仕掛けたトラップに見事にはまったような感覚です。お恥ずかしい……。

こうして登山道に達した後、わずかな上り下りで縦走路上の傾斜湿原である大場谷地に着いた我々は、まずは八瀬森山荘に足を伸ばして大休止することにしました。ちなみに大深岳から葛根田川源流域をぐるっと回って乳頭山から秋田駒ヶ岳へ続く道筋はいつか歩き通したいと思っているルートですが、今回こうしてその一部を歩いてみた上で学習したことは「ここを歩くなら登山靴ではなく長靴で」というものでした。

二階建てでそこそこ収容力がありそうな八瀬森山荘で行動食を口にした後、再び大場谷地に戻って北東に進み、大深沢を目指します。カラフルな初夏の湿原の花々の中を縫うように歩き、水流の中を進むようになるとその水量は徐々にかさを増して、標高1050mの二俣を過ぎればはっきりと沢の下降というかたちになってきます。ところがこの二俣のすぐ下の淵にはイワナがびゅんびゅん泳いでいて、これを見過ごすことはできません。かくして竿を出したノリコさんではあったもののここでの釣果はありませんでしたが、こうなったら今日の幕場は当初予定していた十字峡(北ノ又沢・東ノ又沢・仮戸沢出合)ではなくその手前の北ノ又沢出合に求めることにして、ノリコさんには今宵のタンパク源獲得に頑張ってもらおう、ということになりました。

その後の下降の中で高さを感じる滝は二つあり、最初の滝は右岸側を簡単にクライムダウン、続いて関東沢出合の先の滝は右岸の残置スリングをありがたく使わせてもらって懸垂下降。その後は単調な川下りとなり、飽きてきた頃にようやく大深川の北ノ又沢との出合に到着します。

この出合に着いてみると、昨日滝ノ又沢出合で出会った先行パーティーが釣りをしているところでした。今朝我々が出発するときにはまだ焚火の周りで寛いでいたはずなのになぜ?……と疑問に思ったのはむしろ彼らの方だったようですが、もちろん我々が大場谷地へのルートを誤って遠回りしている間に彼らは別ルートから効率よく大場谷地に達していたため、そこで追い抜かされることになったのです。そんな話をノリコさんが先行パーティーの方と交わしている間、私の方は周囲を探索して出合のやや下流左岸に絶好の幕営適地を見つけました。雰囲気としては上州のナルミズ沢左岸台地のテン場とよく似たこの広場はテント3張り程度は余裕をもって張れる広さがあり、そして先行パーティーの皆さんはここでの釣りを終えたら十字峡を目指すとのことなので今夜は我々の貸切です。


昨日は滝ノ又沢出合周辺のテン場情報を教えてくださった先行パーティーでしたが、今日はさらに大事なアドバイスをノリコさんに残してくれました。それは、テンカラで釣るのであれば夕方暗くなってからトライしたらいい、というものです。

……というわけで暗くなる前に先に乾杯と夕食をすませ、その後は焚火の近くでぼーっとしていた我々は、助言通りに暗くなったところでノリコさんが釣り、私が火の世話にそれぞれ励んだところ、見事に2尾のイワナをゲットすることができました。これまでの釣りではリリースしてばかりだったノリコさんにとって、食べるための魚を獲るというのは稀有な体験だったようですが、この日ばかりはありがたく命をいただくことにして、2尾にはソテーと蒸し焼きになってもらいました。

2025/07/21

△05:50 北ノ又沢出合 → △06:50-07:20 ナイアガラの滝 → △07:30-40 十字峡 → △14:45 大深山荘 → △17:15 源太ヶ岳登山口

今日は最終日。後から思えば宿泊地の変更に伴い行動開始時刻を早めるべきだったのですが、トポに書かれている所要時間がさほど長くないことにあぐらをかいて、昨日と同じ6時頃の出発にしてしまいました。

北ノ又沢出合からしばらくはおおまかに岩が積み重なる川筋の歩きが続き、30分ほどで顕著な7m滝が目の前に現れます。これはトポにはシャワークライミングで越えるとありますが、この水量では弾き飛ばされそう。それよりも滝の左斜面にある凹角で小さく巻き上がる方が自然です。

そしてこの沢のハイライトとなる20m滝(通称「ナイアガラの滝」)が眼前に広がりました。本物のナイアガラの滝は高さ50m、幅は(カナダ滝だけで)670mあるので真面目に考えればそのスケールは比較にならないのですが、それにしてもこの滝は堂々として風格があり、沢登りの心得がある者にとっては確かに一見の価値ありと言えそうです。

正面からオブザベーションしてみたところ、登路としては中央の膨らんだ部分と、その左の水流の中央寄りの際きわが考えられそうですが、やや脆そうながらもホールド豊富と思われる真ん中に取り付きました。足にせよ手にせよ不用意に体重をかけることはせず、一手一手大事にホールドを確かめながら登れば体感III級くらいで、滝の上の乾いた岩の上に出たら肩絡みで後続を確保。ノリコさんもスムーズに登ってきてくれました。

ナイアガラの滝の上にはこの沢のもう一つの売り物であるナメが続きますが、ナメの方は1週間前にクワウンナイ川で堪能し尽くしたばかりなので(申し訳ないながら)あまりありがたみを感じられません。そして、当初のプランでは昨夜泊まることになっていた十字峡に着いたとき、ちょうど東ノ又沢へと出発しようとしていた先行パーティーの方々がこちらに気づいて手を振ってくれました。ありがとうございました。

ナイアガラの滝が終わればもうこれといった滝はないのかと言えば、さにあらず。この10mほどの滝は左端のごく浅い凹角から意外に苦もなく登れますが、遠目には手掛かり足掛かりがなく傾斜も強いように見えて、取り付くまではむしろナイアガラの滝よりも不安をかきたてます。

また楽勝だと思ったこの水苔に覆われた滝は、正面突破を図ってみたところ存外難しく、今回の遡行の中で唯一たわしが効果を発揮することになりました。ゴーロ歩きでのノリコさんの遡行スピードは舌を巻くほどに速いものでしたが、これらの滝では安全のために都度ロープを出しているために、時間がどんどんたってしまいます。

しかし、この沢で最も所要時間を左右するのは最後に待っている笹藪漕ぎです。北ノ又沢は最上流で稜線(登山道)と並行になりながら緩やかな斜面に消えていくので、どこかで沢筋を離れて東を目指さなければなりません。しかし、密笹の藪を等高線と平行の方向で漕ぐのは厳しく、一方、等高線になるべく直角になるように進めば小沢の窪みを利用できるかもしれません。そう考えて立てた作戦は、地形図上の北ノ又沢の右岸に見られる二つ目の崖マークの少し上流(標高1240mあたり)で右岸に入ってくる枝沢を辿り、極力これを使って高さを稼ごうというものでした。

実際にその通りにしてみると、この枝沢はすぐに二手に分かれて片方は涸れ沢になっており、これを使えば標高差100mほどはスムーズに高度を稼ぐことができた上に、その先で傾斜が緩くなってもしばらくは沢型を活用することができて狙い通りかと思われたのですが、残念ながらこの沢型は平坦な台地上をくねくねと蛇行していて水平距離をはるかに超える長さを歩かなければならず、しかもやはり沢型の上に覆い被さってくる笹や灌木の枝が思うように前に進ませてくれません。最後は沢型すら外してただの笹の広がりの中を無我の境地になって漕ぎ続けていくうちに、葛根田川や大深沢での楽しかった思い出はすべて密笹に吸い取られ、脳内のイメージは藪漕ぎの記憶へと置き換えられていきました。

それでも最終的には意図した通りのほぼ直線的なコースどりを維持し、小さいながらも美しい池塘を眺めた直後に登山道に達することができたのですが、後でGPSログによる軌跡を見た限りでは、このコースをとるなら標高1350m程度までは本流を登り、そこから東へ転じた方が良かったようです。もっともこれは机上の分析にすぎないので、本当のところは実際にそのコースを歩いてみなければわかりませんが、これを確かめるためにもう一度あの笹藪の中に身を投じようという気にはなれそうにありません。

大深山荘のすぐ下には二つのお花畑が広がり、キスゲを中心にさまざまな花が咲いていました。しかしここまで予想外の時間を費やしてしまっていた我々にはそれらの一つ一つを愛でるゆとりはなく、かろうじて草原の向こうの岩手山の姿をカメラに納めただけで、松川温泉への下り道をひたすら歩き続けなければなりませんでした。


松川温泉発盛岡駅行きの最終バスは16時40分出発で、下り着いたのは17時15分。この日の出発を1時間早めていれば、速攻で湯を浴びた上でバスで帰れたかもしれません。仕方なくタクシーを呼んで送ってもらうことにしたところ、タクシーが高速道路を飛ばしてくれたおかげでノリコさんが予約している新幹線の時刻に対し1時間ほどのゆとりが生まれることになったので、盛岡駅近くにある「開運の湯」に立ち寄ることができました。これでノリコさんも私も爽やかな姿になって帰路に就くことができるわけですが、私の方は新幹線ではなく夜行バスで帰京するので時間にさらなるゆとりあり。よって「開運の湯」に着いたところでパーティーを解散しました。ノリコさん、お疲れさま。これに懲りずに(笑)またどこかの沢でご一緒しましょう。

のんびり風呂につかり、上から下まで全部着替えてさっぱりした姿になった後は「開運の湯」併設の食事処でビールと夕食。ふわふわした心持ちになりながら今回の沢旅を振り返って、いくつもの滝やゴルジュ、ナメ、それにイワナディナーといった楽しかった記憶を取り戻すことができましたが、一方で大場谷地へのルートを誤ったことと3日目に予想外の時間を費やしてしまったことは、大きな反省点として心に刻み込むことになりました。

ところで意外だったのは、このコース上の幕営適地に見られたゴミの多さです。上述の通り、大石沢出合・滝ノ又沢出合手前のいずれにも故意に残置したとおぼしきゴミが見られましたし、十字峡の河原に残されていた古い焚火跡(今回お世話になった先行パーティー以前にそこに泊まった者が残したと思われるもの)にも燃えさしの金属が残されていました。我々の間では、火の始末に際しては必ず灰をかき分けて燃え残ったもの(土に還らないもの)を回収することをルーチンとしていますが、せめてその程度のことは今後葛根田川に入ろうとするすべてのパーティーが実践してもらいたいものです。もちろん、その際に先人が残したゴミも回収してくれればモアベターです。