横岳西壁小同心クラック

日程:2012/10/20-21

概要:初日は赤岳鉱泉まで。2日目に大同心稜を登り、大同心ルンゼを渡って小同心クラックを登攀。横岳山頂から硫黄岳方面へ少し下ったところから大同心ルンゼに入り、大同心稜を下降して赤岳鉱泉帰着。その日のうちに下山。

山頂:横岳 2830m

同行:さとし&よっこ夫妻 / 常吉さん

山行寸描

▲大同心稜から小同心クラックを経て横岳山頂へ、そして再び大同心稜を下降。帰路にはカモシカにも遭遇。(2012/10/21撮影)

北鎌尾根をご一緒したボル友のさとし&よっこ夫妻とセキネくんを今度はライトアルパインに連れて行こうということで選んだ先は、八ヶ岳の横岳西壁小同心クラックです。これまで秋・冬・春と季節を変えて4回登っているルートですが、最後に登ったのは6年前のちょうど今頃。これだけ久しぶりなら私自身もそこそこ新鮮な気持ちで登ることができそうです。しかし3人を引っ張るとなるとさすがに私だけでは無理なので、頼りになる山仲間の常吉さんに同行をお願いしたところ、二つ返事で引き受けてくださいました。当初の予定では常吉さんにセキネくんと組んでいただき、私はさとし&よっこ夫妻をまとめて引っ張る計画だったのですが、直前にセキネくんの都合が悪くなり、登攀時は「よっこ・常吉ペア」と「ツジタ・塾長ペア」の2組ということになりました。

2012/10/20

△12:20 美濃戸 → △13:50 赤岳鉱泉

朝、登攀成功を祈願して斎戒沐浴(「朝風呂」とも言う)している間に常吉さんから予定外の着信アリ。なんだ?と思って残されたメッセージを聞いてみると……「酒買って来い」でした。ヤレヤレ。やがて私の自宅近くの交差点に到着した「赤い彗星」ことさとし&よっこ夫妻のトヨタ・クルーガーに乗せてもらい、中央自動車道でもさしたる渋滞につかまることもなく順調に美濃戸口まで到着し、さらにいつもなら歩きとなる美濃戸までの道へもそのまま乗り入れて、やまのこ村まで車で入ることができました。天気は絶好、山は紅葉シーズンとあってやまのこ村の駐車場は11時半前でほぼ満車状態。ツジタ号もかろうじて奥のスペースに駐めることができ、後からやってきた常吉さんと無事に合流できました。

美濃戸から赤岳鉱泉までの通い慣れた道は黄葉の盛りにはまだ少し早い感じでしたが、気分良くのんびりと歩きました。この日は晴れてはいるものの雲が多く、やがて見えてきた横岳の山頂部分は雲に隠されていましたが、それでも我々が近づいていくとサービス精神旺盛な大同心と小同心がちらりと姿を見せてくれました。

受付で宿泊の手続をして大広間に寝場所を確保しましたが、駐車場の混み具合から相当な人数がこの赤岳鉱泉に入っているものと覚悟していたのに意外にゆとりがありそうです。何はともあれ談話室に移って、常吉さん持参のワインと私が持参した日本酒、それにさとし氏たちのアテで軽く酒盛りとしました。ストーブに火が入っていない談話室は案外寒く、そこそこ飲んだわりにはあまり酔いが回りません。アルコールが尽きたところで常吉さんとさとし&よっこ夫妻は風呂に向かい、私は寝床へ直行して遅い昼寝です。

夕食はステーキとサラダ、けんちん汁でした。ここの夕食のおいしさには定評があり、これを是非セキネくんにも味わってもらいたかったのですが……残念。

2012/10/21

△06:40 赤岳鉱泉 → △07:20-35 大同心基部 → △08:20-35 小同心クラック取付 → △10:15-55 横岳 → △11:10 稜線から下降開始 → △11:55-12:15 大同心基部 → △12:55-13:20 赤岳鉱泉 → △14:30 美濃戸

朝食を小屋でとってから、いざ出発。遠くの赤岳の斜面に雪がまだらに着いていることに驚きましたが、我々の行き先は反対方向です。硫黄岳方面へ少し歩いて最初に出てきた沢筋が大同心沢で、「危険」と書かれたプレートが下がったロープをくぐって踏み跡を辿り、樹林に覆われた大同心稜の急坂をぐんぐん登りました。

樹林が尽きる少し手前の平坦地でリュックサックを下し、ヘルメットやハーネスを装着。天候は文句なしですが予想外に寒く、私はヤッケを着た状態でハーネスのベルトを締めました。道沿いには発達した霜柱が綺麗に姿を見せていましたが、すぐに大同心基部の岩場に乗り上がり、ここから大同心を右に回り込んで大同心ルンゼを下ります。その先、小同心クラックの取付までの草付は存外悪いという印象が残っていたのですが、実際には比較的しっかりした踏み跡が続いていて問題なく小同心の基部へ達することができました。

小同心基部の安定したテラスで、これから登るルートを見上げながらロープを結びクライミングシューズを履きました。こちらから見る大同心は正面からのこけし型とは異なり、切り分ける前のスコッチケーキが八ヶ岳の主脈からにゅっと押し出されたような異様な姿をしていて、この光景を初めて見たよっこさんは驚くやら喜ぶやら。しかしここは西面なのでこの時間帯は日が当たらず底冷えがしており、後続組となる常吉さんはペンギンのような姿になって「スピーディーに登れよ」という無言のプレッシャーをかけてきています。

1ピッチ目:私のリード。以前登ったときは出だしに残置ピンがあったと思うのですが、今回は見当たりませんでした。要するに落ちなければいいのだな、と考えながらボコボコのフェースを15m左上し、凹角に入って直上。途中残置ピン2カ所にランナーをとった後に最初に出てきたハンガーボルトの支点はまだ距離が短いのですが、ロープの流れや声の通りにくさもあり、ここで切りました。もっとも、その5mほど上にある支点の方が足場も広いテラス状で安定しており、そこまでロープを伸ばすのが正解だったようです。

2ピッチ目:再び私のリード。凹角をさらに登って支点が作られているテラスを右寄りに回り、さらに立った凹角の中をぐいぐいと登って行きます。最後に急なチムニーをステミングで真上に登ると小テラスに出て、そこまででもロープに多少のゆとりあり。後続のさとし氏もまったく問題なく登ってきましたが、スポートルートではあり得ないワンピッチの長さに驚いているようでした。確かに長いと言えば長いのですが、それにしても寒い!久しぶりにバラクーダを履いた足は、冷たさのために感覚をすっかり失っています。早くお日様の下に出たい。

3ピッチ目は長さが短くルートファインディングの問題もないので、さとし氏にリードを委ねることにしました。ここは出だしの突き出した岩をかわして上に乗り上るところをクリアすれば後は簡単。もちろんさとし氏もいとも簡単にここを抜けて、すぐに待望の日差しの中に飛び出していきました。ちょうど常吉さんがステミングのチムニーを抜けてきたところで上からお呼びがかかり、支点を常吉さんに譲って私もフォローしましたが、1週間前の広沢寺でのトレーニングの成果があってセカンドを迎えるための支点構築もノープロブレム。アルパイン初リードの成功です。

小同心の頭でビレイを解除し、ロープを結んだまま横岳直下まで稜線漫歩。山頂からは登山者がちらちらとこちらを見ている様子が見てとれましたが、このルートはその登山者の皆さんが待つ山頂へダイレクトに登り詰めるのがいいところです。最後の易しいワンピッチもさとし氏がリードしたのですが、記念撮影中の登山者をかき分けて山頂標識に支点を作るのは憚られたらしく、さとし氏から「支点を作る場所がありません!」コールがありました。仕方ない、やはりここでも「落ちなければいいのよ」(by 大村摩耶@『オンサイト』)と自分に言い聞かせて後続しました。

横岳山頂でシューズを履き替えてほっと一息。しばらく待ったところで小同心の頭に常吉さんが、さらにずいぶん後によっこさんが姿を現し、山頂の我々とお互いに手を振り合いました。最後の急斜面の登りはよっこさんのリードで、ランナウトに緊張しながらも無事に山頂に到着し、常吉さんもすぐに後続して、これで登攀無事終了です。お疲れさまでした。

快晴の横岳山頂で広闊な展望を楽しんでから、ヘルメットとハーネスは身につけたまま硫黄岳方面へ下山を開始し、登山道をしばらく進んだところから稜線を離れて左手の大同心ルンゼ源頭部に足を踏み入れました。この下降は6年前にも行っているのですが、今となってはその下降ラインはすっかり忘却の彼方。それでも勘を働かせてまずは左下に見えている小尾根へ斜めに下り、ついで右手の大同心方面の斜面の切れ込みに向かって下降しました。岩場になってからは適当にルートファインディングを行い、若干のクライムダウンも交えて下り続けると、無事に大同心基部のバンドに下り立つことができました。

自然の回廊になっている大同心基部のバンドを辿り、大同心雲稜ルートを登る3人パーティーと挨拶を交わしてから、大同心稜を少し下った安定した場所で装備一式をリュックサックにしまいました。後はしっかりした踏み跡を下るだけ……と思っていたら思わぬ伏兵が!立派な体格のカモシカが道の上に居座っていて、先頭を行くよっこさんとにらみ合いになってしまいました。

これ幸いとしばらくは写真を撮りまくったのですが、いつまでもそうしてはいられないのでよっこさんに蹴散らしてもらうことにしたところ、その殺気を感じたのかカモシカは道を空けて樹林の中へ消えていってくれました。こうして無事に降り着いた赤岳鉱泉でラーメンやカレーの昼食をとったら、後は平坦な登山道を北沢沿いに下るだけ。抜けるような青空の下の横岳の姿を振り仰いで感嘆の声を上げ、道中の紅黄葉に癒されながら、爽やかな秋の山道を歩き続けました。

さとし&よっこ夫妻は、マルチピッチの手順についてはそれこそ付け焼き刃の練習しかできていなかったはずですが、事前に渡した技術書も読み込んで本番でしっかり対処できていたのは見事です。もともと登攀技術には問題がないので、後は支点構築など「仕事」の部分の手際を磨けばOK。アルパインではとにかく、スピード=安全ですから。そして常吉さん、おつきあいいただきありがとうございました。