前穂高岳屏風岩東壁東稜

日程:2005/09/17-19

概要:横尾を起点に屏風岩東壁東稜を登り、そのまま屏風ノ頭から徳沢へ下山。

山頂:---

同行:Sakurai氏

山行寸描

▲屏風岩東壁全景。上の画像をクリックすると、屏風岩東壁東稜の登攀の概要が見られます。(2005/09/18撮影)
▲2ピッチ目、早くもこの高度感にシビレる / 4ピッチ目、ハング下をトラバースして回り込み気味に直上。(2005/09/18撮影)

屏風岩東壁東稜は、かつてガイド山行で挑み時間切れ敗退となった因縁のルート。以来いつかはリベンジをと意欲を燃やし続けていたのですが、おなじみSakurai氏が「一度は屏風岩を登りたい」と手を挙げてくれて、2人で広沢寺や越沢バットレスでトレーニングを重ね、9月最初の連休にいよいよ計画を実行に移すことになりました。

2005/09/17

△09:25 上高地 → △11:55 横尾

初日は横尾までなので沢渡の駐車場で遅起きをし、@900円の乗合いタクシーで上高地入りしたのは9時25分。思ったより人が少ないと思いましたが、紅葉にはまだ早いからのようです。2人とも乾燥重量10kgのリュックサックを背負って横尾までの通い慣れた道を時間を気にせずのんびり歩きましたが、今回の私はいつものパイネのアタックザックでもオスプレーのセレスでもなく、手持ちのリュックサックの中で最も古株のミレーを背負っています。事前に用具を吟味した結果、容量と重量の兼ね合いから長らくお蔵入りしていたこいつを引っ張りだしたのですが、気のせいかリュックサックも久々に爽やかな空気を吸って喜んでいるようです。もちろん持ち主である私にしても、天気はいいし、時間にゆとりはあるし、おまけに今日は贅沢に小屋泊まりの予定だしで、こんなに寛いだ気持ちでこの美しい道を歩けるなんてしみじみ幸せ。車から降りたらあわただしく急登という山もありますが、こうしてゆっくりと歩きながら徐々に山懐に入る気分はやはり格別です。

横尾についたのは昼前で、とりあえずリュックサックを小屋の前に置いて明日の徒渉点を下見に行きました。橋を渡って涸沢方面へ15分ほども歩くと、左手に屏風岩の東壁がどーんと高く広がり、道の右手にも岩小屋が現れます。河原に積み上げられた岩の堤の上に立つと、対岸に1ルンゼの押し出しとその近くにテントがふた張り見えました。水量はさほどではないものの、見たところどこも微妙に飛び渡りにくそうでしたが、Sakurai氏がうまい具合に岩を飛び渡れる場所を見つけてくれて、これで翌日の徒渉のメドも立ちました。

横尾の小屋に戻ってチェックイン。記帳の際に翌日の行き先を「ビョーブ」と書くと、アルバイトの女性ではなくベテランの男性が出てきて「近頃は屏風を登る人も少なくなってねぇ」と言いながら部屋の選択やデポ品の有無などに気を使ってくれました。後は風呂に入って汗を流し、談話室で前祝いの缶チューハイとビール、おいしい夕食。6人部屋で相部屋となったのは比較的若い4人で、男性1人+女性3人というなんともうらやましい組み合わせでした。翌日は槍ヶ岳に行くという4人と少し言葉を交わしましたが、20時には皆はやばやと寝入ってしまいました。

2005/09/18

△04:35 横尾 → △05:45-06:20 T4尾根取付 → △07:45 T4 → △08:00-25 T2=東稜取付 → △14:40-55 東稜終了点 → △15:55-16:05 屏風ノ頭 → △18:30 徳沢→嘉門次小屋へ移送

4時起床。まだ外は暗いですが、小屋の中は出発の準備を始める登山者たちのたてる物音が響いています。身繕いをして屋外で朝食をとってから、空がうっすらと明るくなりかけた頃に横尾の橋を渡りました。昨日確認しておいた徒渉点をSakurai氏の後から慎重に渡ると、Sakurai氏はテントの2人と話をしています。聞けば2人は今日はまず「フリークライミング」(東壁ルンゼ上部のフリー化ルート)、さらに時間があれば「オープンロード」(東稜のフリー化)を登るつもりなのだとか。お先にと挨拶して我々は1ルンゼを詰めて行き、涸れた沢状の地形が高度を上げて周囲が開けだす頃にヘッドランプが必要なくなってきて、最後は草付の踏み跡を登ってすっかり明るくなったT4尾根に到達しました。T4尾根を初めて見るSakurai氏は垂直に近い壁を見上げて「……『尾根』じゃないじゃないですか」と不平を漏らしましたが、そんなこと今さら言っても後の祭り。先行パーティーは年配の男性と女性・若者の3人組で、行き先情報を交換すると彼らは雲稜ルートだという話。これで3パーティーがそれぞれ別のルートを目指すことが判明し、渋滞の心配を考えなくてもよさそうだということがわかりました。後はルートファインディングさえ間違えなければ、すんなり行けるかもしれません。

3人パーティーが恐ろしいスピードで登っていくのを見送ってから、我々もT4尾根に取り付くことにしました。先行は私で、1ピッチ目は出だしアンダーで身体を支えながら2mほど登り、その後凹角をちょっと細かいホールドに緊張しながら登っていきます。ビレイポイントに着いてみると後から来たテントパーティーのリードが我々の左から一気に上へロープを伸ばしていて、そのランナーをビレイポイントのスリングからとっていたので、彼が安定したポジションに着くまでSakurai氏に下で待機してもらいました。このためここでテントパーティーにも抜かされることになったのですが、「フリークライミング」や「オープンロード」を登ろうという気鋭のパーティーだから先に行ってもらって正解でしょう。

2ピッチ目はSakurai氏のリード。頭上のかぶり気味の岩を豊富なホールドで気分良く越えてから、左上へ続くつるっとしたフェースを樹林帯の入口まで。グレード的にはこちらの方が1ピッチ目より上(V-)ですが、体感的には1ピッチ目(IV)の方が嫌らしく感じました。後は樹林帯の中の溝状をコンテで登り、最後に1ピッチIII級をSakurai氏のリードでT4に到着です。既にこの時点で3人パーティーは雲稜ルート1ピッチ目をフォローの2人が登り始めており、右を見れば「フリークライミング」の方もリードが1ピッチ目のずいぶん上を登っています。両方とも速い!……というより、我々が遅いのだな。

草に覆われたバンドの上の歩きやすい踏み跡を途中からフィックスロープにも導かれてT2に到着。ここでジャンケンをして勝った私が偶数ピッチを選択させてもらいました。これは4ピッチ目のすっきりしたトラバースで写真を撮ってもらいたいという下心が主たる動機ですが、同時にその前後でのちょっと迷いがちなルートファインディングは一度経験がある私が担当した方がいいだろうというすこぶる真面目な理由も表向き用意してありました。

1ピッチ目:Sakurai氏のリード。目の前の垂壁のリングボルトをアブミで直上して5mほどで小ハング越え。まだ身体がアブミの感覚を思い出しておらず多少苦労していましたが、ゆっくり確実に高度を稼いでいきます。ハングのすぐ上にリングボルト、続いてハーケンが打ってあって、その次のボルトが2本連続してリングが飛んでおり、Sakurai氏はここで落ち着いて3mmスリングをタイオフして突破して15mでレッジに到着。3mmスリングは後続の私が回収しました。

結局、3mmスリングの出番はこの1ピッチ目のみでした。

2ピッチ目:私のリード。レッジ左からすっきりした垂壁をひたすらアブミの掛替えです。ボルトやハーケンの間隔は近く、ほとんどが上から2段目に立ち上がれば難なく届く位置にあり、スリングで補修されているものも含めて強度的に不安を感じる箇所はありませんでした。30mほど登ったところのハング下にアブミビレイ用の支点がありますが、次のピッチを見通せる位置で切りたかったのでそのまま左へアブミトラバースしてからハンガーボルトとリングボルトで支点を作ってぶら下がりました。その直前、ワンポイントだけアブミの最上段に立ち上がる場面があって意外に安定して立てたことに自分で感心しましたが、リーチに恵まれたSakurai氏はここも上から2段目で届かせたようです。なお、私がピッチを切った場所からすぐ左上にずっと安定した支点があったことに次のピッチで気付きましたが、そこまで下からロープが届いていたかどうかは不明です。

3ピッチ目:15m左上ランペをフリー(IV)。リードのSakurai氏はどこで切るべきか確信が持てなかったようですが、後続してみるとドンピシャの位置でした。長いアブミの後でのフリーはちょっと怖く感じるものですが、Sakurai氏はフリー区間になると心が落ち着くようです。

4ピッチ目:フェースを右へアブミトラバースしてから小ハングを直上し、さらに右へ回り込んで上へ。ここが一番絵になるところで、ビレイ中のSakurai氏に2回も写真を撮ってもらってから先に進み、赤茶けた壁の途中(約30m)で切ってSakurai氏を迎えました。前回は、ここで時間切れ敗退となったのでした。

5ピッチ目:赤茶けた壁の残り20m。ここからは未体験ゾーンですが、残りは3ピッチです。出だしは人工登攀で、途中からIV級程度のフリーとなり、Sakurai氏は快調にロープを伸ばしていきます。ここでも私がビレイした狭いレッジの少し上にもっと安定した支点がありましたが、スリングが補強を要するほどに擦り切れかけていました。

6ピッチ目:ギャップをまたぎ越してバンドを右にトラバース(III)し、突き当たりから易しいバンド状を左上。上に着いてみると、ちょうどこのピッチのビレイポイントの真上に達していました。そこには狭いながらも安定したテラスがあって、眺めは最高だしすっきりしたナナカマドの木が赤い実をつけていて、ここでのんびりお茶をしたいくらい快適な場所でした。

この時点で13時。ちょっとゆっくりし過ぎたようです。左の壁を並走していた雲稜パーティーや「フリークライミング」パーティーは既に懸垂下降で下っており、我々2人だけが屏風岩の壁の中に取り残された格好です。事前の打合せでは、13時までに終了点に着けば同ルートを懸垂下降して横尾に戻り、翌日は雲稜ルートを狙うことになっていましたが、タイムオーバーなので、これも予定通り屏風ノ頭経由でパノラマコースを徳沢へ下る方針を確認し合いました。

7ピッチ目:Sakurai氏のリードで、ルート図上の最終ピッチ。顕著なピナクルを手前から越えて、垂壁をアブミの掛替えで直上した後、短いフリー(IV)で右に回り込んでから左上。終了点に2人が揃ったのは13時40分で、登攀時間は5時間15分です。後続がいないことをいいことに写真を撮りまくるなどしていましたが、ルートファインディングも含めてあれこれ切り詰めればかなり時間短縮できたでしょう。それでも『チャレンジ!アルパインクライミング』に書かれた2時間というのは、さすがに今の我々には無理です。

さて、同ルート下降の場合はここから懸垂下降4ピッチですが、我々は屏風ノ頭に向かうのでさらに樹林の間にロープを伸ばします。この本当の最終ピッチは私がリードしましたが、ラインがわかりにくくて往生しました。途中の露岩はちょっと危なげなところもあって時間がかかり、40mあまりロープを伸ばして樹林帯の中に安定した場所を見つけ、後続のSakurai氏を迎えるまでにさらに1時間使ってしまいました。とはいえこれでようやく登攀終了で、まだ下山が残ってはいますが3年前の宿題を片付けられたと思うとやはりうれしく思いました。パートナーになってくれたSakurai氏には心から感謝です。

ロープを解き、ギアをリュックサックに納め、軽く行動食をとってから屏風ノ頭に続く踏み跡を進みます。道は明瞭で迷いようがなかったのですが、ところどころハイマツに覆われてうるさい上に予想外に遠く、1時間たっぷり登って屏風ノ頭に着いたときにはすっかり消耗してしまいました。それでも大きなケルンのある屏風ノ頭からの眺めは素晴らしく、特に涸沢方面の見通しに恵まれたのは幸いでした。

ここで時間計算すると、中の湯のゲートが閉まるのは20時ですから、上高地に19時半までに着けばOK。徳沢から上高地まで1時間として、18時半徳沢到着は十分射程圏内です。がんばって下ろう!

屏風ノ耳を越えたらがんがん下るのみ(ただし、ビバークサイトのところでは急角度で右後方へ道が折れ曲がっているので要注意)。パノラマコースに入って格段に歩きやすくなった道を飛ばし、新村橋手前の林道からヘッドランプ歩行となりました。徳沢園に着いて小休止をとり自動販売機で飲み物を補給し、ついでに小屋の人に「上高地のタクシーは何時までですか?」と聞いてみたところ、返ってきた答は「ゲートが19時に閉まるので、18時半でタクシーは終わり」。えっ!20時じゃなかったのか?ショックを受けた2人はしばし呆然。後で知ったのですが、ゲートの閉鎖時刻は7-8月は20時ですが、9月から19時になっていたのでした。

……気を取り直して徳沢園に宿泊を申し込んでみたのですが、既に満室とのことでNG。しかし、徳沢園のご主人があちこち電話をかけてくださって、嘉門次小屋がこの時間なのに食事付きで引き受けてくれることになりました。しかも、わざわざ車で迎えに来てくださるとのこと。本当にありがとうございました。

2005/09/19

△06:10 嘉門次小屋 → △07:20 上高地

嘉門次小屋では風呂にも入れ、食事も食べきれないほど豪勢なものですっかり満ち足りた気持ちになり、ぐっすり眠れました。朝、小屋を出る頃には雨がぱらついていて、これでは前日横尾に下っていたとしても屏風岩は登れなかったでしょうから、徳沢まで下ったのは結果的にも正解でした。

ここから後はすっかり観光客モード。明神池の穂高神社奥宮でお賽銭を納め、人の少ない梓川右岸の自然探勝路を、潤いに満ちた景色を愛でながらゆっくり歩きました。徐々に雨も上がって、湿原の中の木道や川沿いの開けた道からは上高地を見守るように聳える霞沢岳や焼岳も見上げられました。

かくして屏風岩東壁東稜のクライミングは無事に終了し、自力でのリベンジを達成しました。これで満ち足りた自分は、このルートに再び登ることはよもやあるまいとこのときは思っていたのですが、思いがけず15年後に再訪することになりました。