塾長の山行記録
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塾長の山行記録

蓼科山

日程:1990/03/24-25

概要:女乃神茶屋から登山道に入り中腹で幕営。翌日蓼科山を越えて双子池から竜源橋に下る。

山頂:蓼科山 2,531m

同行:F女史

山行寸描

▲下山の途中振り返る蓼科山。登りのときにこの半分でも晴れて欲しかった。(1990/03/25撮影)

1990/03/24

△06:45 ピラタスロープウェイ入口 → △07:45-08:55 女乃神茶屋 → △10:40 2130m地点

昨春天祥寺原から仰いで登頂は諦めた蓼科山に挑戦。初日は蓼科山を越えて双子池に幕営し、2日目に北横岳を越えて坪庭からピラタスロープウェイで下る計画です。

まずはピラタスロープウェイ入口バス停から女乃神茶屋まで車道を1時間歩き、おにぎりとバナナの朝食をとりパッキングをし直して雪道に入りました。登るうちに雨が降り始め、肩にのしかかる30kgの荷の重さにも負けて、あまりにも早い時刻ではありますが複式火山である蓼科山の下層と上層の境目の平坦地に幕営することに決めました。1時問程で設営を終えたら後は、昼食→昼寝→タ食→就寝と食べて寝るだけです。

1990/03/25

△08:25 2130m地点 → △10:00-20 蓼科山 → △10:40-55 将軍平 → △12:10-13:10 大河原峠 → △13:50 双子山 → △14:25-30 双子池 → △15:05-10 亀甲池 → △17:45 竜源橋

朝4時起床のつもりが目覚めたのは5時40分で、テント内の気温は0度。テントの外に出てみると雲が流れていますが、時折南アルプスや赤岳方面が見渡せました。

さすがに前日休み過ぎたので今日は休みなく一直線に急斜面を登り、一気に雪と岩の山頂に到着しました。雪山らしい強風とガスの中で三角点や蓼科神社の祠、方向指示盤を訪ねうろうろ歩き回ったら、山頂の北東にほぼ雪に埋もれている蓼科ヒュッテの前を通り視界数mの雪の急斜面をアイゼンを利かせて大河原峠へと下ります。

大河原峠に着いたのは正午頃で、大河原ヒュッテの建物を風よけにして昼食をとっているうちに天候が回復してきました。そこから先は緩やかな斜面をスキーヤーが滑っているのを横目で見ながら、重い足を運びました。双子山からの眺めは意外に良く、荒船山・両神山・御座山、雲取山から金峰山への奥秩父連山、硫黄岳と北横岳、そして悔しいことに蓼科山が優美な山頂を露わにしています。

樹林帯で道を失いながらも双子池に無事到着すると池は白い鍋と化しており、大勢の登山者がテントを設営中でした。いったんは大岳経由で北横岳を目指しましたが、どうやら時間的に無理と判断し、計画を変更してそのまま亀甲池へ抜けました。亀甲池から天祥寺原を過ぎるまではトレイルに従って歩きましたが、頻繁に雪面を踏み抜き体力を消耗します。道の左右には快晴の空を背景に北横岳と蓼科山が聳えて見えるため、朝もっと早く起きればよかったとか、いやそもそも逆コースを採るべきだったなどと愚痴をこぼしましたが、その罰が当たったのか竜源橋手前で氷に足を滑らせ左膝を捻ってしまいました。

ほうほうの態で下り着いた竜源橋で山行は終了。靴を替え、ピッケル等も手提袋に詰め替えてからピラタスロープウェイ入口まで歩きましたが、バス停に着いてみるとバスは16時台で終わっています。仕方なくしばらく車道を下ったドライブインの公衆電話からタクシーを呼んだところ、車を待っている間にドライブイン前に予想外のバスが到着しました。なんで?と驚き、かつタクシー会社には申し訳ないと思いつつタクシーをキャンセルしましたが、茅野駅に着いたときにはタッチの差で新宿行最終電車は出てしまった後。結局、市内のビジネスホテルに1泊する羽目になりました。

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